Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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BEYOND THE EDGERUNNERS/エッジの向こう側へ
六話


 アカデミーは正直言って苦痛だ。

 母さんが必死になって稼いでくれたお金で通っているとはいえ、あのアラサカに附属するアカデミーと言う事もあって学費も高いし、教材費も高い。

 その日を生きるだけでも怪しい生活だってのに、母さんは頑なになって俺をアカデミーに通わせたがる。

 基本的にアラサカ・アカデミーに通う子供ってのは富裕層出身で当たり前。

 NCPDの下部組織に当たる救急隊員として日夜働いている母さんには悪いが、俺は正直場違いな人間だ。

 それでも、母さんの前で元気では無い姿を見せる訳にもいかず、奥歯を噛み締めて耐える日々を過ごす。

 スクールカーストの最下位である俺を笑う声は多く、いつだって笑われて来た。

 成績が良くても、一生付いて回る産まれのせいで這い上がる事もできやしない。

 本当なら、母さんみたく俺も何処かで仕事をして働きたかった。

 家計を何とかしようとしてくれている母さんの力になりたかったが、母さんがそれを望まなかった。

 

「……はぁ、エッジランナーズの新作買うのはまた今度だな」

 

 エッジランナーズと言う裏BDを闇リパー一歩手前のドクから買い始めて少しだけ楽しかった。

 そこには非日常が常で、エッジの効いた新鮮で鮮やかな世界が広がっていた。

 もしもこんな生き方が出来たなら、だなんて妄想を何度もした事がある。

 ……結局、それぐらいしか満足に楽しめる娯楽が無かっただけとも言うが。

 シティ・センターの中央に位置するどでけぇアラサカタワーに見下ろされながら、何時もの様に下を向いて良い物が落ちていないかを探しながら帰路を歩いていた時だった。

 路地裏の近くでぼんやりとアラサカタワーを眺める少年の姿があった。

 日系人らしく黒い艶髪の短髪で、オーバーオールにタンクトップと言う少し変わった格好をしていた。

 あんな所に居たらチンピラに絡まれてしまうだろうに、そう思いながら視線を外した時だった。

 

「よぉ! 坊主、良い物持ってんじゃねぇか! おら、こっちに渡しな!!」

 

 案の定、路地裏から出てきたチンピラ共に少年は囲まれてしまって、此方からは見えないが動けないでいるようだった。

 ……可哀想だが、見捨てよう。

 高級なインプラントなんて買って貰えない俺じゃあの子の助けになれないし、何よりも俺も酷い目に遭う。

 目線を下げて、関わらない様にこっそりと抜ける……つもりだった。

 

「おい! 何してんだよ! 待ち合わせに来ないと思ったらこんなとこにいやがって!」

 

 俺の足は少年の方へ向かっていて、しかもその場しのぎの嘘までも口は吐いていた。

 分かってる、これが無駄に終わる事なんて。

 だけど、だけど、それを見逃す俺で居たくない。

 そして、何よりも――くっそだせぇ奴に成り下がりたくない。

 ギャングの抗争で勇敢に戦って散ったエッジランナーの裏BDでの高揚感が、俺の背を後押ししていた。

 

「……あーぁ、出会っちまった」

 

 そのか細い声は目の前のチンピラからではなく、後ろに庇った少年から聞こえた。

 そして、俺はとんでもない物を目撃する事となる。

 目の前で凄んでいた大柄の男性の顔に少年の靴が何時の間にかめり込んでおり、次の瞬間には隣の男が顔を押さえて蹲り、少し離れていた露出の多い女性は腹部を抱えてくの字に倒れ伏していた。

 その一瞬の、一度の瞬きの間に起きた事を成したであろう少年の顔が漸く見えた。

 日系人らしい黒い瞳が昏く沈んでいて、濃淡で言う所の濃に偏っていた。

 まるで路地裏の暗闇を覗いているかのような怖気が背筋に走り、無表情な顔の癖に少しだけ口角が上がっているのが見て取れた。

 

「うーむ、この時点で出会うつもりは毛頭無かったんだが……。まぁ、仕方がねぇ、そう言う運命だった、と言うだけか」

「は? お、お前がこれ、やったのか……?」

 

 蹲っていた大柄の男性が立ち上がろうとしていたのを見て、追撃の一撃を見舞った少年の鮮やかな回し蹴りを見つつ俺は困惑を口にしていた。

 

「ま、そうなるな。ここ等辺はシマじゃないからな、流石に無理があったみたいだ。礼を言うよ、悩める少年」

「お、おぉ、どういたしまして……でいいのか、これ」

「まぁ、なんだ。こうして出会っちまったんだ、ちょっとお話でもしようぜ」

 

 そう言って俺の手を取った少年は路地から少し離れた場所に止まっていた高級車に近付いていく。

 おいおい、マジかよ、まさかめっちゃ良いとこの坊っちゃんだったのかよこいつ。

 本来ならボディガードとかが居そうな立場だ、この様子だと抜け出してきたって感じか?

 案の定、高級車の後部座席が開き、少年が先に入って俺を引っ張ってくる。

 明らかな拉致現場だが、相手が相手だからあんまり気を張っても仕方がない気がしてくる。

 

『おかえりなさいませ、ジャグラ様。どちらに向かいますか?』

「オレの家で良い」

『畏まりました、発進致します』

 

 運転手が居ない事に驚きつつ、目の前のモニターに映る白いのっぺら顔に見覚えがあって驚きを隠せない。

 こいつ、超高級タクシーのデラマンじゃねぇか。

 ドクが言っていたが一度使うだけでも家賃数ヵ月分は吹っ飛ぶ高級サービスだ。

 しかも、AからB地点へ移動するだけの通常サービスと違って、少年の意思に沿っている事からハイグレードの会員である事は間違いない。

 手触りの良いクッションや座席に冷や汗を流しつつ、隣を見れば少年は非常に楽しそうにしていた。

 

「な、なぁ、良かったのか? 俺、大した事してなかっただろ」

「いやいや、立派に成果を上げてたよ。何せ、三人の命を救ってんだから」

「は? あー、実はどっかに怖い見張りが居た、とかか?」

「ま、そんなとこだね。どうせ安いテックしか使ってないからカツアゲするにも面倒だし」

 

 そんな事をさらりと言う少年に訝し気な視線を向けつつ、その肢体を見やると左腕と右腕、両方がクローム化されているようで、左目だけサイバー光学インプラントを入れているようだった。

 先程蹴っていたが、殴った方が硬かったんじゃなかろうか、そんな事を思いつつうちの家の車よりも遥かに静かな運転に感嘆の声が漏れる。

 

「自己紹介してなかったな。オレはジャグラ・カグラ。君は?」

「あ、俺はデイビッド。デイビッド・マルティネスだ。デイビッドで良い」

「そ。ならオレもジャグラで良い。親しくなったらジャグとでも呼んでくれよデイビッド」

 

 声変わりがまだなのだろうか、何処か高めのハスキー声で名前を呼ばれて少しだけドキリとした。

 ……母さんやドク以外で蔑みの色を乗せずに名前を呼ばれたのは何時振りだろうか。

 照れ隠しに窓を見やって、ふとその光景が見覚えの無い場所である事に気付く。

 街行く人々の恰好が見覚えの無い物になっていて、何処か別の国に来たかのような感覚に陥る。

 

「ジャパンタウンは初めてか、デイビッド。最高の観光地である日本を模した地域で、タイガークロウズって言う、あ、あそことかに居る刺青彫ってる輩が牛耳っている場所だ。そうそう、タイガークロウズの奴に俺の名前を出せば無事に帰れるから覚えておくと良いぜ」

「……は? なんでギャングにジャグラの名前出して助かるんだよ」

「そりゃあなぁ、オレの家を見れば分かるぜ」

 

 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべたジャグラの様子に、少しだけ関わらなかった方が良かったんじゃないかと不安になる。

 そして、段々と道なりに進んでいき、露出の多い人たちが増え始めた。

 ……おい、此処って所謂風俗街じゃねぇのか、んなとこに来てどうすんだ。

 ジャグラは我が家に帰って来たと言わんばかりのリラックス具合で、それを見た俺も肩の力が抜ける。

 そうしてデラマンタクシーが止まった場所は《グラッカー》と質素に書かれたクリニックで。

 何故だかタイガークロウズらしき立派な看板が飾られていた場所だった。

 

「此処だ。オレの家にして、オレの城。凄腕年少リパードク、ジャグラ・カグラとはオレ様の事だ、ってな」

 

 クリニックを背にして此方に無表情ながらも笑みを向けたジャグラはとても自信のある顔をしていた。

 って、リパードク!? リパードクって言ったか今!?

 正式にリパードクを名乗るためには資格が幾つか必要な筈だが、本気で言ってんのか?

 リパードクのクリニックにしては重厚な扉に手を当てたり目を見せたり番号打ち込んだり鍵を開けたりと、防犯の基礎を全て網羅したかのような徹底振りに唖然とする。

 そして、漸く開いた扉をくぐったその背を追って中へ入り、待合室らしき場所に出た。

 壁には電子モニターによってリパードク資格の電子証書が浮かんでおり、それらは全てジャグラの名前で書かれていてマジだった事に再び唖然とする。

 施術台の置かれた場所は、ドクの経営しているクリニックよりも遥かに上等で清潔であり、格の違いと言うものを思い知らされる光景だった。

 生活スペースへと繋がる廊下を進むと、狭いながらも落ち着きのあるリビングがそこにあった。

 そして、徐に靴を脱いでジャグラが上がったのを見て、そう言えばニホンの文化に土足厳禁ってのがあったな、と同じくして靴を脱いだ。

 

「あぁ、こっからは土足厳禁、靴を脱いで……って、博識だな」

「あ、いや、お前が脱いでたから、それに倣っただけだ」

「そーかい、でもまぁありがとよ。掃除の具合が違うんだわ、脱いでくれると」

 

 緑の変わったカーペットに足を付けると、合成樹脂らしくない感触が返って来て困惑する。

 よく見れば一定の大きさで床に敷かれてあるこれは複数から成っている。

 つまり、これ、一枚一枚が別物で嵌め込んでいるのか、……絶対に高級品じゃんこれ。

 膝程の高さしかない木製の机、クッションにしては薄いものが傍に置かれていてこれに座るらしい。

 座ってみると割と座り心地は良く、目の前の机も丁度良い高さに思える。

 キッチンスペースらしき場所からグラスを二つとピッチャーを持って来たジャグラが目の前に座る。

 そして、グラスに茶色の液体を注いで一つを此方に渡した。

 

「ま、麦茶しか無いが問題無かろうて。家ではジュースの類はあんま飲まないんだ、すまんね」

「麦茶? ……まさか、これ、天然物?」

「そーだぜ。輸入物で少しお高いが、口に合ってるんだ。気軽に飲みねぇ」

「あ、ああ……、ごくっ、……なにこれめっちゃ美味いんだが……」

 

 透き通る味と言うか、合成飲料がどれだけケミカルなのかを感じさせる味だった。

 思わず一杯飲み干してしまい、少し勿体無く感じたが、ジャグラは苦笑してあっさりともう一杯入れてくれた。

 自分の意地汚さを少し自覚してしまい、少しだけ恥ずかしく感じた。

 

「さて、口も潤った事だし、話してみろよ」

「へ?」

「何か、悩んでいる事あるんだろ? タワーで助太刀してくれたお礼に、悩み聞いてやるよ」

「それは……」

 

 確かに、悩んでいる事はある。

 貧乏なのにこのままアラサカ・アカデミーに通ってていいのかとか、このどうしようもない鬱憤をどう晴らしたら良いだとか、色々と、本当に色々とある。

 けれど、それを今日あったばかりの年下に愚痴るとなると、少し気後れする。

 そんな俺の心中を察してかジャグラはニヒルな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「なぁに、むしろ今日あったばかりの奴だからこそ、気兼ねなく言えるってもんだろ。何か気まずいんだったらこのまま出会わなきゃ良い話だしな」

「……そう、だな。それも……そうだ。悪い、少し、聞いてくれるか?」

「あぁ、聞いてやるよ。全て、此処に吐き出していけ」

 

 そうして、俺は少しずつ近況と一緒に俺自身の事を語って行った。

 サントドミンゴのH4ビルディングに住んでいる事、家賃がギリギリなくらいな生活をしている事、その理由がアラサカ・アカデミーに俺を通わせているからと言う事、貧乏人だからと陰口を叩かれている事、裏BDを見るくらいしか娯楽が無くてつまらない事。

 ジャグラは相槌と一緒に俺の言葉をするすると読み込んでは引き出す言葉を掛けてくれた。

 そのお陰で心の奥底にしまっておいて埃被っていた思いも口にしていた。

 この生活を変えたい。

 ビッグになりたい。

 裏BDで見たエッジランナーズの様に、俺もまたサイバーパンクな男に成りたい。

 そうして心内を吐露する俺の事をジャグラは一度も笑わなかった。

 

「……って、感じ、だな。あー……、なんか、スッキリした。胸の内にあったもやもやが晴れた気分だ」

「そうかい、なら良かった。こう言うのは口にするだけで自分で整理が付けるもんだ。本来ならアカデミーのカウンセラーの仕事だが、こうしてリパードクに零してみるのも良いもんだろう」

「……ありがとうな、ジャグラ。少しだけ楽になった。生活は変わらないけど、少し、やる気が出た」

 

 そうジャグラに頭を下げてお礼を言うと、よせやいと掌を振って肩を竦めていた。

 どうも俺よりも年下の筈なのに年上であるように思えるな。

 

「あっ、悪い、随分と話し込んじまった。もう帰らないと母さんが心配する」

「なら、表にデラマンが残ってるから送って貰いな。年間会費払ってるから使い放題だから気にするな」

「悪い、助かる。流石にこの距離は遠いからな」

 

 胡坐を解いて立ち上がると節々が若干悲鳴を上げていた。

 普段ソファだし、流石に直だと腰に来るな……。

 そう思いながら出て行こうとすると、ジャグラから紙を渡された。

 見やればホロコールと電子メールなどの連絡先の載った名刺だった。

 

「もし、また会うつもりがあるんなら登録しておいてくれ。あぁ、それと、一つ助言をしてやるよ」

 

 受け取った名刺を手にしながら俺はジャグラの顔を見て、その真剣さに息を呑んだ。

 年下の少年とは思えない凄みが滲んでおり、俺よりも遥かに経験を積んでいる様に見えてしまう。

 

「弱者は死に様を選べない、だからこそ強くなるための努力を忘れるな。……暇な時間があるってんならバイトでもして家に入れりゃ良いだろ。全部落ちたら、此処に来な。夕方の数時間を潰していいなら助手でもやってくれ」

 

 そう言って退席を促したジャグラに思わず頭を下げてから、何とも言えない気持ちを抱えて外に出た。

 瞬間、周りから視線がぶわっと集まり、思わず冷や汗が浮かんだ。

 しかし、見たのはその一度だけで、まるで俺の勘違いだったかのように彼らは動き出した。

 後ろを見やり、タイガークロウズと言うギャングのものらしい看板を見やる。

 ジャグラは、アラサカ・アカデミーに居るような富裕層とは違ったお金持ちなのは確かだ。

 俺の様な貧乏人とつるむ相手ではない。

 ……受け取った名刺を見て、引っ繰り返す。

 ――目指せ、未来のメジャーリーガー!(がおー!)

 随分と可愛らしくデフォルメされたタイガーがメガホン持って台詞を吐いていた。

 

「……そう、だよな。別に待ってるだけじゃ金は入って来ない。自分で稼がねぇと。……母さんに迷惑は掛けたくないしな」

 

 今までは学校を止めて働く事しか考えに無かったが、夕方以降の時間をアルバイトに使う事を思いつかなかった。

 裏BDに溺れて母さんが夕飯作ってくれるのを待っているだけの生活で、何がサイバーパンクになりたいだ、この生活を変えたいだ、アホみてぇじゃねぇか。

 よし、いっちょやってみるか。

 デラマンタクシーに乗り、H4メガビルディングへと戻る最中、近場のアルバイト情報を探して……。

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