Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
ナイトシティに住まう者にとって、ロックとは既に廃れてしまった音楽文化だ。
サイケデリックのアップテンポな電子麻薬の様な音楽が主流となり、リズィー・ウィズィーの様に喉をインプラントしたアーティストが増えていった。
故に、今日、この日、その場に居合わせた事ができた者たちは皆口を揃えて言うだろう。
ーー実にロックな日だった、と。
夕方頃、アラサカタワー前にあるセントラル・パークの中心部に一つのカーゴAVが降り立った。
降り立った矢先に四方に展開されたカーゴが変形し、主役たちのために相応しい舞台を作り上げていく。
次々と輸送AVがパーク上空に現れ、垂れたロープを降ってフル武装の警備服を着た《デラマンズ》の機体たちが周囲の人々に誘導を始める。
そして、一人の子機が緑と白に塗られた拡声器を様式美の様に口に当てて声を発した。
『2023年のこの日に起きたアラサカタワーでの悲劇を追悼すべく、三十分後、特別ライブを開始します。どうぞ、皆様、真のロックを目撃し、耳に焼き付けてください。繰り返しますーー』
周囲に居た人々はその内容に騒然となり、デラマン医療サービスで聞き慣れたその可愛らしい声に誰もが理解した。
ジャグラ・カグラの催しだ、と。
椅子などは用意されず、立ち聴きの青空ライブの告知に誰もが色めきあった。
そして、思惑通り、告知の情報は一瞬にしてナイトシティに広がり、トレンド入りして世間は騒がしくなり始める。
誰かが通報したのか、はたまた今の告知を耳にしていたのかNCPDの面々も到着したが、予想を裏切り《デラマンズ》の警備の穴を埋めるかの様に警備に着き始めた。
その光景を見た人々は、何故か安心を享受し始めていた。
この日の出来事を後々のインテリコメンテーターがTVで語る場面があったが、それの一部を抜粋しよう。
『驚くべき事に、この日行われたこのライブはゲリラ的なものであり、正式な認可を得たモノでは無かったのです。ですが、人々はデラマン社の者が、NCPDが居た事で安心していました。それ程までに当時のジャグラ・カグラ信仰は神格化されていたのです』
アラサカタワーの入り口から警備隊が出動し、正面入り口に陣取ったのは数分後の出来事だ。
若い者はピンと来ないが、あの日の出来事を聞き齧った者や当事者として記憶に焼き付いていた者は最大級の緊張を強いられた。
何せ、今の状況は過去の旧アラサカタワー襲撃の始まりをなぞっているからだ。
そして、勘の良かった一部のアラサカ社員は《デラマンズ》の姿を見た瞬間に背筋に怖気が走り、高級なスーツを脱ぎ捨てて、市井に混ざる様なラフな格好になってからタワーから逃げ出した。
何せ、何かが起きるまで三十分しか無いのだ、それはもう一心不乱の帰宅RTAだった。
同僚の突然な奇行に驚いた者も多かったが、ライバルが失態を犯したとニヤリと笑みを浮かべる者が大半だった。
運の良い者はそれにひっそりと便乗し、事のヤバさを教えて貰って行動に移す者も居た。
この時点で三割のアラサカ社員はタイムカードを切る時間すらも惜しんで速やかに退社していた。
彼らは理解していた、与えられた三十分の猶予が人道的な避難勧告なのだ、と。
流石に前例の様な大規模な被害を齎す方法は、ジャグラ・カグラの温情的な希望的観測で否定できたが、彼女によって使い捨てにできるスカベンジャーの手駒を潰された事のある者はそれに通ずる遣り方だろうと察していた。
更にコメンテーターの一部を抜粋しよう。
『この日、直接的な避難勧告と言うものはありませんでした。何故なら明確に口にしてしまえば襲撃の首謀者として名乗っているようなものです。故に、ジャグラ・カグラは篩に掛けていたのでしょう。危機管理能力の高い者や比較的善良な者、市井の情報をちゃんと得ていた者など、後々のアラサカを運営できる人材の見極めをしていたと思われます』
アラサカタワーに残った社員は六割弱であり、その大半がライブを鼻で笑い、仕事に手を戻していた。
定刻に近付くにつれてパークには見物人が増えて、それに乗じてビールやスコップドッグなどの商いに精を出す者も居た。
この場に居る人々は身体の何処かに番号のタトゥーやシールを貼る者が大半で、騒ぎを聞き付けたギャングたちも事の次第を知るために顔を出し始めていく。
そんなパークの一部から歓声と嬌声が聞こえ、モーゼの海割りの如く光景が其処にはあった。
「ジャグラ様だ……!」
普段のクリニックで見られている格好とは違い、他所行きの格好の様で非常に実用性の高い格好をしていた。
光を反射しない黒い素材で作られたサイバースーツによって微かながら身体のラインが見える程度で、露出はほぼ皆無でありながらも幼さと妖艶さの混ざった色気が見る者を魅了させていく。
そんなジャグラの三歩斜め後ろに追従する、執事服でメイドスカートのデラマンもまた人間に出せぬ美麗を曝け出していた。
……と言うよりかは、主人のカッコエロさに満たされてピンクな色を醸しているだけかもしれないが。
ステージの一角に待機していたディーヴァが席取りしていた場所に向かい、差し出されたパイプ椅子に座った。
何故、パイプ椅子に? と周囲の人々は疑問に思ったが、当人は待ち遠しそうに足をぷらぷらさせてステージを見ていたのでまぁ良いかと考えるのを止めた。
無論、ジャグラは何かしらの考えを持ってパイプ椅子に座っている訳では無い。
単純に外で使うのに便利で持ち運び易い物を選んで持って来たに過ぎない。
何なら部屋の片隅にあったから、だなんてしょーもない理由だったりする。
しかし、一部の市井の人々はそれに対し、散財を見せ付けるタイプでは無いのだと共感性を得ていたり、ぷらぷらしてるのマジ可愛いとほっこりしたりしていた。
最初に通達してから二十五分が過ぎ、段々と会場のボルテージがぶち上がっていく。
そして、ふとその場に居た者たちの中で気付いてしまう者も現れ始めた。
この催しを企画したであろうジャグラがこの場に、観客側に居るのは少しおかしくないか、と。
普通、この手のライブで企画者が居るならば、特設した観客席で見るものだと相場が決まっている。
ならば、目の前で楽しそうに足をぶらつかせる少女は主賓であって企画者では無いのでは?
その答えを出す様に、再び人混みは道を作るために割れた。
ガタイの良いバウンサーを引き連れてジャグラに近寄るは《アフターライフ》の女王たるローグだった。
一見お断りな《アフターライフ》に住まうローグを知る者は市井には少ないが、傭兵業を生業にする者や噂を知る者からすれば見知ったる姿だ。
「《アフターライフ》の女王……? まさか、このゲリラライブは……!」
ざわついていく周囲とは裏腹にローグの歩みは静かなものだった。
そして、律儀に座るジャグラの隣に立ち、ニンマリと笑みを浮かべた。
「随分と楽しそうじゃないか、仲間に入れておくれよ」
「貴女は……、成る程、ヴィットの奴何やらごそごそしてるかと思えばそう言う仕込みか。パイプ椅子で宜しいか?」
ローグの茶目っ気のある提案にジャグラは一を知って十を知る様な素振りを見せ、頷いてから虚空からパイプ椅子を一つ取り出した。
その奇術師の様な所作に誰もが、ローグすらも目を見開き驚愕を露わにした。
手渡されたパイプ椅子受け取り、何の警戒も無しに座った事で護衛のエメリックは眉を渋くしたが、小さく息を吐くに留めた。
「で、このやけに座り心地の良いパイプ椅子は何処から出てきたんだい?」
「あぁ、スキャナー避けもしてるから流石に気付かないか。自動走行するウェポンズラックからだ。光学迷彩とジャマーで周囲に溶け込んでるんだ、ほら」
ジャグラが何気無い様子で右を見やり演出のため指を鳴らすと、光学迷彩の擬態を解いたウェポンズラックが露わになる。
トランクに収まる程度の大きさでコンテナに酷似しているが、静音性に優れる八脚とサブアームが無機的な生物を思わせる。
「驚いた……。これを売りに出したら戦争が変わるよ」
「だろうな、だからこれしか作ってないし、オレからある程度離れたら起爆して周囲一帯を吹き飛ばす爆弾にしてある」
「……筋金入りの人間不信だね、生き辛く無いのかい?」
「別に? その分人を選べば良いだけだ。まぁ、幸いな事に出会いに事欠く事は無かったけど。こうしてローグにも会えたしな」
「ふっ、口が上手いね。そうやってデラマンも口説き落としたのかい」
「……どうなんだろうな。オレとしては友人関係になれたらなと接したつもりだったんだが」
『口を挟む様ですが、先程の様な遣り取りを毎回してくれた挙句に一個人として見做し、ある筈の無い人権を尊重して接していただきました。……無理です、落ちない訳無いじゃないですか』
「……そうだったか? 特別な事をしたつもりは無いんだがな……」
「はっはっは! 極端過ぎるのさ、あんたはね。まぁ、敵か味方かしかなかったなら仕方が無いとは思うけどね」
ローグの溌剌とした笑い声にジャグラは薄く笑った。
事実、デイビッドと言う使い勝手が良くて頼り甲斐のある明確な味方を得るまで、ジャグラ・カグラと言う少女は一人で闘っていた。
一人しか居ない肉親を守るために無理なインプラントに手を出し、一流のソロが扱う様なサイバーウェアをインストールしていた事から明白だろう。
……だからこそ、ミヤビは死を選んだのかもしれないが。
「そう、だな。だけど、今は違う。こんなにも恵まれた。恵まれて、しまったからな……。なら、成すべき事をするのが筋と言うものだ。……もっとも、こんな愉快な始まり方をするとは露とも思っていなかったがな」
左手を脇にやり、右手で頬杖をついたジャグラは苦笑交じりに呆れの声色を溢した。
それに同感なのかデラマンも肩を竦めていた。
実に似た者同士の主従だな、とローグは思ったが、片方がAIだった事を思い出し、学習元に似ただけなのだろうと結論付けた。
パークは既にゲリラライブの会場と化し、開始時間まで一分を切った。
誰も居らず、何も無いステージに誰もが首を傾げていたが、やがて輸送AVが新たなコンテナを其処へ降ろした。
空中投影されたカウントダウンが進んで行き、0カウントを示した瞬間、ステージ下方から四方へ火花を噴き出した。
そして、白い幕により隠されたコンテナが開く音がし、ギターの雄叫びがパークにこだました。
「【帰って来たぜッ!! 一夜限りだ、《SAMURAI》の帰還だッ!!】」
その特徴的な銀色の左腕を大きく掲げ、アラサカタワーに中指を立てたヴィンセントがマイクを掴んで叫ぶ。
歓声が沸き起こり声にならない歓喜の声も上がり始めた。
ジャグラとローグには見えていない筈だが確信があった、彼処にジョニーも居る、と。
それもニッコニコなハイテンションでノリノリだろうな、とも。
突然のマイクパフォーマンスに隣のケリー・ユーロダインが一瞬呆けたが、直ぐに獰猛な笑みを浮かべてギターを掻き鳴らし始めた。
それに続くナンシー、溜息混じりにデニーが続き、よく分からんがまぁいいかとヘンリーが続いた。
一人は代役だが、大役を任せられる技量がある事をロックにぶつけて観客を捩じ伏せた。
賑やかなチューニングが終わり、ステージの面々が顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「【さぁ、ロックの時間だッ!! 刮目しやがれッ! これがお前らが忘れ去ったロックって奴だッ!!】」
ジョニーとヴィンセントが大分調子に乗ってるなぁと思うジャグラは、ニコニコ笑顔でメロイックサインに遅れないようこっそりと指を準備していた。
ローグは頭を抱えながら、随分と懐かしい感傷に浸り、左薬指に付けていた指輪をするりと抜いてポケットにしまい込んだ。
「……はぁ、悪い男ばかりだったが、あんたはまぁまぁ良かったよ、一番優しい奴だった。だが、一番好きだったのはアイツだったのさ。……分かってた、ってあんたは言うんだろうね」
そんな独り言をChippin' Inの演奏の騒がしさに隠して、ローグは妖艶な笑みを浮かべていた。
……隣でばっちりと聞いていたジャグラは、大人の恋愛だぁ、と聞こえなかった振りをした。
相手はサンチァゴだったりするのか、だなんて疑問を投げかけたい気持ちだったが不粋と感じて止めていた。
どうせ、デイビッドとはどうなんだとカウンターが返ってくるに違いないから。
Chippin' Inの演奏が終わり、パークの雰囲気は段々と熱気に包まれていた。
あの日忘れたロックが蘇った、そんな心地に誰もが夢心地だった。
次曲はThe Ballad of Buck Ravers、ギターの雄叫びが企業を潰せと駆り立てる様だった。
ジョニーがバッドランズからナイトシティに舞い戻り、企業は死ね、その奴隷も死ね、成金野郎も死ね、ついでにてめぇも死ね、とばかりに最下層から叛旗を翻すかの様な歌詞であり、メロイックサイン代わりにアラサカタワーへ中指を立てたそれに誰もが続いた。
その瞬間を見ていた警備員たちはさぞかし肝を冷やした事だろう、暴徒と成り襲い掛かってくる未来が見えるくらいには。
彼らにとって一縷の希望はジャグラがそれに続いていなかった事だろう。
もっとも、え、そっちなの、この形じゃないのか、とタイミングを外してしまい、ノリ遅れただけだったが。
【Tips】
・哀悼ゲリラライブ《SAMURAI》
ロックなギター演奏によりケリーを降し、そのままナンシー、デニー、ヘンリーを拾って、防音のコンテナの中でリハーサルし、ステージに降り立った。
最終話へのカウントダウンの始まりはロックから始まる。
デニーの家での騒動は起こらなかったので二人共居る。
ヴィットがジャグラくんちゃんへのサプライズライブを兼ねていると伝えた瞬間、全員の顔が真顔になり、成功させる以外の選択肢が消えた。
流石に累計処刑人数四桁の少女の機嫌は損ねられない模様。
・ローグの指輪
実在しない描写であり、太陽エンドの子供への遣り取りから捏造された。
サンチァゴ・アルデカルドはジョニーがオルトを取り返すべくアトランティスに行った際に、ローグの隣に居た奴。
あの後、ジョニーと一緒にアルデカルドス族に匿われ、ソロからノーマッドに出戻りした。
後の《アルデカルドス》の下地を作った人物。
サイバーパンクREDの主人公の一人、トレース・アルデカルドは彼の息子である。
そのトレースを産んだのがローグではないか、と言う噂が立っているので、今作はそれを採用した。
サンチァゴは既に亡くなっているので今作のローグは未亡人である(重要)
・地味にノリに乗れてないジャグラくんちゃん
可愛い。