Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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七話

「全部落ちるどころか、資格や空きすらも無かった、と」

「……ああ」

 

 翌日、アカデミーが終わった放課後に何とも気まずい気持ちでジャグラにホロコールを送った後、目の前に送られて来たデラマンに乗って《グラッカー》に来ていた。

 そして、タイガークロウズらしき男性の腕の中を弄るジャグラと背中越しに相談をしていた。

 デラマンの中でバイト情報を精査したものの、年齢や時間帯、内容に賃金がどれもこれもイマイチで、面接を受けようとも思えなかった事もあり、正直にジャグラの所に転がり込んだのだった。

 オーバーオールに黒のタンクトップ姿は普段着なのか、その前に手術衣らしき前掛けをしている姿は立派なリパードクのそれだった。

 ……そして、普通に話し込んでいる姿をお客さんたちが信じられない者を見る目で見てくるのが不安を感じるんだが。

 澱みの無い手付きでテックの取り付けを終えたジャグラが、デジタルエディーを受け取って客を追い出すとくるりと背の高い椅子を回して此方を見やった。

 

「では、面接を始めます。先ず、お名前から宜しいですか?」

「え、あ、はい。デイビッド・マルティネス、十六歳です」

「ふむ、二個上ですか。年下の上司に扱き使われる事に不満はありますか?」

「い、いえ、ありません。俺には専門的な知識も学も無いので、専門分野の先達には敬意を示すべき、かと」

「成程。我がクリニックのリパー助手への志望動機を聞いても?」

「え、えぇと、近場のアルバイトがイマイチで、ジャグラの所が一番安心できて頼れる、から?」

 

 自分で言っていてめっちゃくちゃ恥ずかしくなってきたが、事実だからどうしようもない。

 ジャグラは無表情な面のまま、ふぅーん、と少し嬉しそうな声色で面白そうにしていた。

 と言うか確実に俺の反応を見て楽しんでるよなこのガキンチョ。

 

「ふむ、では最後にお給料の話ですが、此処のクリニックは週二回、水曜日と土曜日が定休日となっており、デイビッド君が学生である事を加味してシフトを作りたいのですが、日給と時給どちらが良いですか?」

「え、えぇーっと……、お任せします!」

 

 そもそもの金額を聞いて無いのでどちらが良いのかも分からない。

 と言うか既にこれ受かった前提の質問してないか?

 此方の返答にくつくつと笑みを浮かべたジャグラは、真剣そうな表情を止めて普段の雰囲気に戻った。

 

「あ、そ。なら、割の良い時給にしとくか。送り迎えにデラマンを派遣するから、来るときはホロしてくれ。デラマンを向かわせる。此処、クリニックに着いて着替えたら時給発生な。んで、着替えを脱いだら時給終わり。その着替えに時給換算用のテック仕込んでおくから覚えてなくても良いぞ、まぁ、オレを信頼できるなら、だが」

「……面接は終わりか?」

「あぁ。ぶっちゃけ今のは単なるお遊びと質問ってだけだしな。面接は顔パスだよ、良かったな。ま、流石にまだ着替えは作ってねぇから今日はスキャンと受付くらいだな」

「お、おぉ、ありがとな」

「どういたしまして。日本には御恩と奉公って言う基本的にして思想的指針があるんだが、恩には恩を、成果には対価を、と言う意味だ。んで、其処に他所から拾って来た、目には目を、歯には歯を、がこっそり組み込まれる。ま、ちゃんと仕事する奴には金をちゃんと払えって言う話さ。つまりは、オレはそう言う奴だ、と言う事だ」

「は、はぁ……」

 

 要するに、産まれも貴賤も関係無しにちゃんと働けば給料をくれるって話だよな。

 ……やっべぇ、ジャグラに一生頭が上がらない気がするんだが俺。

 背の低いジャグラの高さ伸ばしのための椅子から飛び降り、俺の方へ来たジャグラが左腕のコードを徐に首筋のソケットにぶっ刺した。

 普段から清潔にしているのか石鹸の良い匂いがして、少しドキリとする。

 今の俺臭く無いだろうか、H4ビルディングは肉体労働系の住人が多い貧困層向けの場所なので気になってしまう。

 

「んー、割とガタイ良いんだなデイビッド。何か運動でもしてんの?」

「え? あぁー、いや、場所が場所だから歩く道も選ばなきゃいけなくてさ。階段がゴミで埋まってる上に途中で通り抜け代をせびろうとするアホも居るからショートカットしたりとか、まぁ、そんな変な道歩いていると自然に?」

「ふぅーん、まぁ、何処ぞの短小野郎の太っ腹よりも筋肉質の方がサイバーパンクは向いてるからな。いつかはなるって言うなら、走るための体力は付けといた方が良いぞ。現場に向かう時、現場から走り去る時、もしもの時の急行、いざと言う時の逃走劇に、欠かせないからな体力は」

 

 データを取り終えたのかコードを引っこ抜いたジャグラはサイドテーブルの引き出しを漁って、一枚のカードを俺に投げ付けた。

 思わず受け取ると、其処には年間会員制のチェーンジムカードがあった。

 表にはゲストフリーパスと書かれており、会員でなくてもジム備品を扱えるとんでもカードだった。

 

「こ、こいつは?」

「んー、前にエディーが足りない足しにって渡された奴だな。一報は此方から入れといてやるから自由に使いな。外で楽しくランニングだなんて物騒なこの街で出来る訳がねぇ。行くならジャパンタウンの所に行きな、そこならオレの名前の加護があるし、万が一の時にオレの所に運ばれてくるからな生存率がダンチだ」

「……思ってたんだが、ジャグラって随分とおく、……慎重な考えをしてるよな」

 

 臆病と言う言い方は語弊があったので言い方を改めて尋ねてみる。

 するとジャグラはキヒッと見た事の無い笑みを浮かべてから真顔に戻った。

 何かしらの感情を呑み込んだと言うのが見て取れてしまった。

 

「オレの父親は外で買い出しに行った時に、強盗に頭を吹っ飛ばされて死んだ」

「……あっ」

 

 そう言えばジャグラの家であると言うのに家族と出会った事も無く、ましてやそれらしい私物も置いてなかった。

 そもそもの話、リパードクになりたいとただの子供が願ったとしても此処までの設備を得られる訳がない。

 つまりは、ジャグラの両親のクリニックを彼が相続したと言う事実に他ならない。

 

「んで、母親はオレを産んだ後何処かに消えたらしく、商売女のアバズレビッチだった、らしい」

「じゃあ、親父さんと一緒に此処に住んでた、って事か」

「そゆこと。数ヵ月前に父さんが死んで、ワカコさんの手を借りてリパードク関連の資格と書類を整えて、目出度くこうして継続させている訳だ。元々、父さんはこの街の五指に入る程のリパーで、医療系のインテリだったみたいだけどなんかの理由でリパーに転身したっぽい。そこらへんの話はあんまりしなかったからそこで終わりだ。んで、病院の真似事もできるリパードクとしてそこそこ繁盛してた訳よ。今じゃ、タイガークロウズを取り仕切るジャパンタウンのフィクサー、ワカコ・オカダの庇護の下、看板も背負って専属リパーをしているって訳だ」

「し、親戚は居なかったのか? 誰か、頼れる人は……」

 

 思わず心配になって口にしてしまった、目の前の現状が全てである筈なのに。

 ジャグラはその黒い瞳をより一層どろりと淀ませて、深淵の様な瞳で俺を見返した。

 全てを信じられず、誰にも寄り添わず、何もかも嘘であると吐き捨てるような瞳だった。

 

「ははは、面白いジョークだなデイビッド。この街で信じられる者なんて自分だけだ。この弛まず動き続ける鼓動以外に、何を信じれば良いって言うんだ。信用も、信頼も、何もかも欺瞞なこの街で、そんなものを得られる奴はどうしようもないお人好しか、とんでもない愚か者だけだ。弱者に死に様は選べない、この街なら尚更に。オレは弱者にだけは成りたくない。老衰で死んでざまぁみろとこの街に中指おっ立てて死にたいんだ。だから、生きるためには、生き延びるためには何でもするのさ。誰にでも股開く様なジョイトイにだけはなりたくはねぇけどな」

 

 その言葉はジャグラの本音で、どうしようもない心の葛藤から漏れ出た言葉なのだと心で分かった。

 矜持、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。

 何があっても生き延びる、それこそがジャグラの行動理念であり、信条なのだと心で理解できた。

 口癖の様に言う、弱者は死に様を選べない、この言葉こそがジャグラと言う人物のシンボルなのだろう。

 

「じゃあ、なんで俺を雇おうとしてくれたんだ? ジャグラからすれば、俺だって信用できない相手だろ?」

 

 その問いに、予想外の事にジャグラは狼狽して困惑の表情を浮かべ、沈黙の後に小首を傾げた。

 何かしらの理由はあるようだが、それを口にするのは憚られると言うか、言語化できていないような、そんな感じだった。

 

「あー……、お前が、弱いからかな。正直、襲い掛かって来てもふつーに潰せるし」

 

 その言葉は確かに正論を纏ったものだったが、本心で言っているようには到底見えなかった。

 それだけ先程の狼狽した姿が印象的だった事もあり、何よりも、無意識に信用してくれていた節が見えたから。

 ジャグラは左右に頭を振ってリフレッシュしてから、再び座高の高い椅子へと飛び移った。

 

「取り敢えず、お前、合格な。衣服は作っておくから今は待合室から呼び込む仕事だけしてくれ。うちの待合室は施術室に近い所に座ってる奴が次の奴って言うルールをしてるから、そいつを呼んで来てくれりゃ良い。テックとかを運んで貰うのは仕事着が出来てからだな。そこの棚にあるテックってのは言わば、新品の注射器だ。誰かの手垢が付いていたり、誰かの血を吸ってたりしちゃいけねぇ清潔品でなきゃならん訳だ。だからお前を施術台の近くに来させていないし、そこに居て貰っている訳だ。ま、医療系のルールだと思っていてくれ。こればっかりはオレのルールだ、例外はねぇ。それはオレにも当てはまる、絶対にな」

「え、じゃあ汚い客が来たらどうするんだ?」

「さぁ? それは此方の不手際じゃないからな。近くに身綺麗にするための銭湯だってあるんだ、そいつの責任だ。こうして椅子を除菌して綺麗にしているんだ、謂れもねぇよ」

 

 まあ、確かに、と納得した俺は入口を指差されてそれに従った。

 待合室に出て、左側は飲み物やテレビのある部分で椅子は無いから右を向く。

 そこにはずらっとタイガークロウズっぽい輩が各々の部位を抱き締めて律儀に座っていた。

 ……ドクの所だと罵り合いだか順番の奪い合いなんてしてるんだが、此処では違うらしい。

 

「えぇと、次の方、施術室へどうぞ」

「おぅ、分かった。……姐さんを宜しくな坊主」

「え、あ、はい」

 

 姐さん? もしや母さんに前に救われた人なのだろうか、うちの母さん救急隊員だし、ギャングなら有り得る話だ。

 その人を中に入れて、再び施術室へと戻り、ジャグラの業務を見続ける。

 何を話して、何をして、次に何をするか。

 リパードクの助手と言うのがアルバイトの名目なので、今後の仕事を学ぶために真剣に見続けた。

 ……少しジャグラが視線を揺らしてやり辛そうだったが、それでも見続けた。

 

「あらら、随分な所に銃弾埋まってるな。お前、タイガークロウズで良かったな、他所に行ってたら死んでるぜ。……よし、摘出、縫合完了。暫くは安静にしておけ、傷口を開きたくなかったらな。もう一回縛るには追加料金だからな、ほら、さっさと出てけ。仕事しろ」

「今日はサイバーウェアの新調か? 良い物揃ってるぜ、悩まず換えな。……ほぉーう、それを選ぶか、良い趣味してんな。一括払いか分割払いか、へぇ、一括、良いね、きっちり仕事をしてやるよ。ちょっと待ってな」

「……あん? あそこの坊は何だって? 新しい助手だよ、お前らのお陰で儲かってるからな、少しは楽してぇんだよオレも。はぁ? 若い男だから心配だぁ? てめぇの腕でオレがどうにかできると思ってるのかてめぇは。それこそオレを殺せる奴なんざアダム・スマッシャーぐらいだろうよ、忌々しい事にな」

「デイビッド、次呼べ、次。はぁー、動かなくて良いのは楽だな、雇って正解だった。オレにもう少したっぱがあれば話は別だったんだけどなー、この椅子も要らんだろうし」

 

 ジャグラの仕事は本当に凄かった。

 何よりもお高い医療品である麻酔をケチらず使っている事も凄い話だ。

 ドクが前に施術している所を見た事があるが、患者が奥歯噛み締めて毎秒死ぬ死ぬ死ぬと痛がってたし。

 それに比べてジャグラの施術はあっと言う間だ。

 サイバーウェアの取り換えや新調などは程々に時間を取るが、銃弾を抜くだとか傷口を縫合するとかの医療系の仕事となるとあっと言う間の神業で施術を終わらせてしまう。

 そう言う時には必ず左目が深紅に染まっているのが気にかかるが、何かしらのテックを使っているのだろう。

 アルバイトの相談をしに来て三時間、十九時頃に回ると客が少なくなってきた。

 ジャグラに聞けば、近くが歓楽街と風俗街なので、楽しめる時間を減らしたくないから夕方頃がピークなのだとか。

 紹介してやろうか、だなんて下世話な事を言われたが、断っておいた。

 昨夜に見た裏BDにドクから女性とプレイをする奴を仕込まれた事があって少しトラウマだったからだ。

 ドクから買ったJKのエッジランナーズシリーズはサイバーサイコシス状態の奴らの最期を封入した最高にやべぇ裏BDで、脳が沸騰する様な高揚感と爽快感を味わえる代物だった。

 そんなものを見た後にケミカルなドラッグマシマシな状態で性行為をする裏BDを騙し打ちされれば吐き気もしてくると言うものだ。

 

「あ、そういやジャグラ、ちょっと相談なんだけど」

「んー? 何だ」

「ジャグラってテッキーな事もできたりするか? スクールで使うデバイスをアップデートしたいんだけど」

「んー……? んんん? デバイス? アップデート? ……ぁー、やっべ、勘違いしてた。一年前ってタワーをファックした日の事かよ、ならもう始まってんじゃん、ポカったなー」

「ジャグラ?」

 

 椅子の上でサイドテーブルの後処理をしていたジャグラは椅子をくるくると回しながら頭を抱えて何かを呟いていた。

 元ジャンク屋のドクが異質なだけで、流石にリパードクにこんな仕事を頼むのもアレか、と懐に入れたままのデバイスを取り出すのを止めた。

 だが、ジャグラは此方に手を出しており、何かを渡せと言う素振りを見せていた。

 

「ほら、デバイス寄越せよ。見てやるよ。そこらのテッキー以上の腕前だぜオレは。何なら、裏家業で銃器の販売もしてるくらいだ。デバイスの改良なんて朝飯前だ、ほら、よーこーせー」

「あ、ああ。これなんだが……。グリーンルーム、精神開放の授業で電脳空間にアクセスしなきゃならないんだが、馴染みのドクにやって貰おうかと思ってたけど、ジャグラの方が腕が良さそうだからさ」

「ふぅーん。……これ、五世代前のジャンクデバイスじゃん。ソーサー走らせてっと、あー、やっぱり、メモリ足りてない。昨今の通信可能領域の最低値にすら達してないから確定でクラッシュする。MODを入れたゲームがメインメニュー前で暗転しっ放しになる奴だーこれ。止めときな、基礎盤から改良しないと使えない。えーっと……何処にしまってあったっけかな、お、あったあった。これ貸してあげるから使いな」

 

 そう言って黄色い武骨なデザインが少しだけ気に入ってたデバイスと入れ替わるように、俺の手元にヘルメットの様な武骨な形をしたデバイスが収まった。

 正面を見てみればMILITECHのロゴが書かれており、カツオたちが使っているアラサカ社製のデバイスよりも大きいものの見た目は高級なそれだった。

 

「こ、こいつは?」

「そいつはミリテクが用いる超高性能なデバイスヘッドだ。ミリテクの裏への横流し品。拾ったから一度バラシて教材にしてたけど、もう使わないからやるよ。あ、アラサカ・アカデミーに行ってるんだっけ。ならロゴ消しとかしといた方がいいか」

 

 だなんて、普通の奴から口に出る様な言葉じゃないそれを然も当然の様に言い放ったジャグラは手元のボタンを押した。

 すると、待合室へと繋がる扉が上から降りた障壁によって閉じられ、店仕舞いの音声が流れる。

 ついて来な、と施術室の横にあった扉へと向かったジャグラについていくと、其処はとんでもない場所だった。

 棚にずらっと押し込まれた部品の数々、マイナーどころからメジャーものの銃火器が並んでいたり、明らかに高そうなデーモンチップが無造作にケースに刺さって剣山と化していたりと、高級ジャンクショップの中の様な有り様だった。

 その一部はテッキーデスクの様で、其処に俺の持っていたデバイスを強奪して置いたジャグラは良い笑顔で振り向いた。

 

「お前好みの形にしてやんよ、好き勝手言いな、実現してやるから」

 

 そう自信満々に言ったジャグラの頼りある台詞に俺は内心で惚れかけていた。

 なんつー格好良い事を言う奴なんだこいつは、こんな頼り甲斐のあるテッキー他には居ないだろ。

 胸の内で燻っていた炎が燃え上がる様な心地で、俺たちは高級デバイスを文字通り玩具にして遊んだ。

 ……帰る時間が遅くなり、母さんにしこたま怒られたが、デバイスを見せたら肩を竦めて許してくれた。

 リパーの所でバイトしてて、その前借りで支払ったと伝えたら何とも言えない顔をしていたけれども。

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