Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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九話

『ご乗車ありがとうございました、またのご利用お待ちしております』

 

 だなんて、昔の俺では到底聞く事の無かったであろう言葉を掛けられながらデラマンから降りる。

 そのままH4ビルディングの前に停められると視線が鬱陶しいので近場で降りる事にしている。

 いやー、それにしてもジャグラの奴、良い奴だよなぁ。

 まさか母さんと同じ制服を仕事の間着られるとは思ってもいなかった。

 救急隊員に支給されている衣服であって清潔感に包まれていて、聞いてはいないが確実に新品だった事もあり俺専用と言う単語に胸が躍った。

 そして、そして何よりも、時給1000エディーだなんて破格の給料を示してくれた事に感謝したい。

 そこらのアルバイトの金額が精々三桁いかないくらいなのに、破格の四桁だ。

 クリニックでのアルバイトはスクールの後になるので、十六時から十九時の三時間が精々だ。

 スクールの無い日曜日は朝から来ても良いとも言われているし、これなら生活の足しに充分貢献できる。

 しかも、給料の受け取りは給料日を指定せずに、いつでも取りに来て良いと言う破格待遇だ。

 ぶっちゃけ、俺一人しか居ないから管理が楽ってのもあるが、そもそもの話払えるだけのエディーの蓄えがあると言う事でもある。

 お小遣い程度で素寒貧だったデジタルエディーの桁が増えている事にいつまでも笑って居られる気分だった。

 

「俺が、レジェンドの資質持ち、ね。……大袈裟な話だったが、あの目はマジなやつだった」

 

 生きる伝説にならないか、だなんておかしな台詞だったが、ふと噂で聞いた事がある。

 モーガン・ブラックハンド、アンドリュー・ウェイランド、ボア・ボア、アダム・スマッシャー。

 この街で生まれた生粋のレジェンド、伝説と呼ばれたサイバーパンクの先達。

 俺がその中に加わる?

 いやいや、まさか、と謙遜しようがあのジャグラのお墨付きだ。

 しかも、サイバーパンクになるためのあれこれ全てを尻持ちしてくれるだなんて事も言っていた。

 ……どうして、そこまでしてくれるんだ?

 時折覗くあの瞳を思い出す。あの、黒く淀んだ深淵の様で――澄んでいるあの黒い瞳を。

 どうしようもなくいつまでも見つめていたいくらいに綺麗なのに、どうしようもなく底なし沼に沈められていくような心地になる。

 けれど、それよりも、あれ程までに哀しい顔をしていたのは何故なのだろう、と気になってしまう。

 

「……あれ、母さんが居ない。今日、早上がりって言ってたのに……」

 

 二十時を回っているのに母さんが居ない。

 普段、早上がりと言った日は十六時には帰って来てソファかベッドで眠っているのが常だった。

 なのに、こうして帰って来た俺よりも後に帰ってくるだなんてあるだろうか。

 ソファ周りを見ても鞄は無いし、私室周りに着替えた様子は無い。

 昨日補充しておくと言っていた洗濯機も追加されて動いている様子も無い。

 つまり、まだ帰って来ていない可能性が高い。

 ……どうしようもない焦燥が走る。

 テレビを何気なく点けてもそれらしいニュースはやっていない。

 まぁ、同僚の人と飲みに行っている、そんな可能性もあるだろうとシャワーを浴びて、寝る事にした。

 

「んん、くそ、やけにアラームの音が響く……」

 

 電子音が鳴り響くアラームを止めて目を覚ます。

 ふわふわとした気分のまま風呂場に行って洗面所で顔を洗う。

 ……寝息も、朝の挨拶も聞こえて来ない。

 あの時の焦燥感が再び戻ってくる、そんな心地で辺りを見回す。

 ホロ、着信無し。

 電子メール、母さんからは来ていない。

 置き紙、そもそも帰って来た様子が無い。

 時間を見る、朝の七時二分、普段通りの起きる時間だ。

 

「……母さん?」

 

 ――弱者に死に様なんて選べない、この街なら尚更だ。

 そんなジャグラの言葉が脳裏に響き渡る。

 まさか、と思う一方で、まっさかー、と言う気持ちもある。

 だが、もしも、もしも本当に何らかの事件に巻き込まれていたのなら。

 ――オレの父親は外で買い出しに行った時に、強盗に頭を吹っ飛ばされて死んだ。

 再び、ジャグラの淡々とした言葉が脳裏に浮かぶ。

 そうだ、誰もが銃を持っていられるこの街で本当の安全な場所だなんてマックスタックの本拠地くらいだ。

 せめてトラウマ保険に入れていれば万が一もあったが、俺たち貧乏人に入れる保険なんてありやしない。

 どうする、このままスクールに向かうか?

 どうしたら、どうするべきなんだ、俺は?

 

『あん? なんだデイビッド、モーニングコールは頼んだ覚えはねぇぞ?』

 

 衝動的に俺はジャグラにホロコールを繋いでいた。

 こいつなら、こいつに聞けば、どうにかなるんじゃないか、そう思って。

 

『母さんが、帰って来てないんだ。昨日の夜から、早番だって言ってたのに』

 

 震える声で要件を伝えると、ジャグラは、ぁー、と何かを整理するかの様な声色で声を出した。

 もしかしたら、と言う一縷の望みが叶った、そう気がした。

 

『成程な。んー、デイビッド、真実と言う地獄を聞く気概はあるか? ある程度は憶測だが、割と有り得る可能性を一応オレはお前に提示できる。この目で見ていないから本当に憶測でしかないが、どうする?』

 

 だなんて、どっどっと鼓動だけが頭に響く様な返事が返ってきてしまった。

 真実? 地獄? なんで、母さんの事を聞いただけでそんな言葉が返って来るんだ?

 目を背けていた、カツオたちから言われた言葉が蘇る。

 母さんが俺をアカデミーに通わせるために違法な事をしてエディーを稼いでいる、と言う言葉を俺は否定できなかった。

 だが、こうしてジャグラの口からそんな言葉が出たのなら、それは……。

 

『……ああ、母さんを探す手掛かりになるのなら』

『へぇ、随分と様になる声色になったな。少しは覚悟決まったか、なら、聞け。お前の母親は恐らく死体からサイバーウェアをチョッパーして裏に流してる。NCPD附属の救急センターの従業員の給料でアラサカ・アカデミーの学費を満額払う事は不可能だ。半分にも満たない額でどうやって生活をして、学費を払う事ができる』

『……やっぱり、か』

『ふむ、割と動じてないな。証拠になるような物でも見ちまったか。さて、本題に入るが』

『母さんを見つけられるのか!?』

『結果次第だがな、どのような結末を迎えるかは正直運次第だ。幸運を祈りな、レジェンドボーイ。んで、今度こそ本題だ。最近になって送られた病院送りの奴の中で、金になるテックってのは割と一握りだ。知っているだろうが、テックにも品質ってのがあるし、需要ってのがある。その中でも巷に出回っていないテックってのはジャックポットだ』

『結論から言ってくれ!』

『あ、そ。此処最近のデータを盗み見たが、ジェームス・ノリスっていうサイバーサイコ野郎に取り付けられていたテックが、軍用試験モデルのサンデヴィスタンだった。そして、それが紛失していると管理ファイルに残されていた。恐らくながら、誰かがこれを盗んだらしい。そして、直近の勤務はグロリア・マルティネス、お前の母親だ。多分、大当たりだと思ったんだろうな、アラサカ社が流した軍用テックだもんな、売れると思ったんだろう』

『……テッキーって言ってたよな、なんで、ネットランナーみたいな事できてるんだ』

『はぁー? 聞きたいのそれかー? まぁ、答えてやるが、別にアナログだよアナログ、昔はパソコンとキーボードでカチャカチャターンっとハッキングしてたんだぜ。ちゃーんと用意をしてやれば』

「「「「「『こんな事もできる』」」」」」

「――っ!?」

 

 辺り一帯からジャグラの甲高いハスキーな声が響いた。

 ラジオ、冷蔵庫、テレビ、携帯から、音声が聞こえる電気製品から聞こえてきた上に、天井に付いている管理用のスピーカーからもジャグラの声が出ていた。

 薄っすらと背筋に冷や汗が流れ、一種のホラーを体験しているような気分になる。

 

『これで満足か、デイビッド。同時並行にアナログハックするの面倒なんだからさせるなよ。で、だ。多分だが、盗んだ軍用テックを誰かに売りに行ったんだろ。こういうのは手渡しが鉄則だしな。んで、その帰りに、またはその行きに誰かに捕捉されて、ナニカされた、と言うのがオレの推理だ。合っているかは知らんけどな』

 

 ……驚きで何も言えなかった。

 それどころか、口の中が、喉がもうからからで、声を出す事すらできやしなかった。

 近くにあった生ぬるいニコーラを口にし、炭酸が抜けた不味い味に少しだけ正気が返る。

 

『……俺は、どうしたらいい』

『むしろ逆に聞くが、どうしたいんだ?』

『どうしたい、なんて、そりゃぁ……』

『いち、オレの推理なんて当たっておらず実は二日酔いでダウンして同僚の家に居て杞憂だった。に、フィクサーに連絡してグロリア捜索の依頼を出す。さん、行き当たりばったりに走り出して手当たり次第探しに駆け出す。よん、オレにぜーんぶ任せてそのまま震えて三角座りで蹲る。ご、何も気づかなかった、普段通りにアカデミーに行く』

『……六、お前の指示を聞いて、俺が母さんを見つけ出す』

『ひゅーっ、良いね。それでこそデイビッド、レジェンドボーイだ。輝かしいお前の初陣だ、派手に行こうぜ』

 

 そこでぶつりとホロが切れ、再びコールが鳴ったかと思えば勝手に通信が繋がっていた。

 ホロコールは起動していないのに、光学インプラントにはジャグラの名前と登り龍のアイコンが浮かんでいた。

 先程やっていたアナログのやり方でのハッキング、と言う奴なのだろう。

 ……いやこれ、めっちゃ怖くないか? 対策とかできないんだろうか。

 

『良し、これでオレとお前の会話はオレたちだけにしか聞こえない。割とアナログなやり方だが、これが今の時代に逆らうとっておきってやつだ。あぁ、アカデミーには欠席の連絡を入れておいてやったから、身軽な恰好で先ずはこっちに来い。そんな貧弱な恰好で行けば死にに行くようなもんだからな』

「ああ、……って、あれ?」

『実はこれ、電子メールの内容を読み上げるアプリで通信を代用してるんだ。オレの声のサウンドデータをそっちにインストールして、その声で読み上げているに過ぎない。実際には電子メールなんてお前に届いていないし、声も届いて無いんだけどな。だから、オレに声を掛けたい時は普通に声に出してくれればいい。どれだけ小声でも拾えるから安心しろ』

「あ、ああ……。マジでアナログなんだな」

 

 ついでに俺の視界もハックして見ていそうだな、と思いつつ寝間着のジャージを脱いで私服に着替える。

 そして、然も当然の様にH4ビルディングの前に居たデラマンに乗り込む。

 ……真っ直ぐ進むだろうと思ってたデラマンが、真上に上昇してAV宜しく飛び始めた件について。

 

『デラマンに許可を取って、年間管理するその車だけ改造させて貰った。陸を走ってるんじゃ、渋滞にでもハマったら到着が遅れるからな。実に最先端だろ?』

「……だな」

 

 だなんて、茶目っ気な声色でジャグラの声が頭に響いて苦笑せざるを得なかった。

 何もかも規格外の奴だが、ははっ、こんなにも頼りになるやつ他には居ないぜ、本当に。

 上空と言う最短距離を直線で通ったデラマンはあっと言う間に《グラッカー》に到着した。

 そして、重厚な扉で閉まっている入口に向かえば、あっさりと此方を招き入れるように扉が開いた。

 一つ、息を吐いてそのまま扉を通って、中へ入り、施術室の横にある其処へと足を進めた。

 昨日はテッキーデスクだったその場所にモニターとキーボードが置かれていて、その前にはタンクトップに短パンのジャグラが寝ぐせを直していない状態で其処に居た。

 

「よぉ、おはようデイビッド。今からお前をおめかししてやるが、希望は何かあるか?」

「いや、お前に任せる。最高に良い感じにしてくれ」

「良いぜ、服を脱ぎな。マックスタックが正式採用している硬度カーボン繊維を使用したズボンに、ミリテク社製防弾インナー、衣服改造パーツアルマジロで作ったオレお手製の防弾シャツ、んでもってうちの制服の予備を改造した奴な。これの裏地には車を支えられるワイヤーで作った鎖帷子が編み込んであって、どんな業物でも切れやしない特別製だ」

「お、おぅ」

 

 ずらっと並べられたそれも何も言わずに着替える。

 脱いだ衣服はジャグラの手で綺麗に畳まれてデスクの端に置かれた。

 そして、めっちゃくちゃ格好良い衣服を纏った俺は近くにあった全身鏡で自分の姿をつい見てしまう。

 うーわ、なにこれ、めっちゃ格好良いんだけど、正しくサイバーパンクと言うか、一流っぽい恰好だ。

 そんな俺を見てくつくつと笑みを浮かべたジャグラがぽちっと机のボタンを押す。

 すると、壁の棚が下に下がり、地面から這い上がって新たな棚が姿を現す。

 ずらりと並んだ銃火器の数々に思わず感嘆の声が漏れた。

 ハンドガンからヘヴィマシンガンまで、ずらりと並んだそれらに視線が向く。

 その中から、ジャグラは一つの銃を取ると俺に手渡して来た。

 

【指紋認証を開始、新しい登録者を検知。登録者デイビッド・マルティネス、認証完了。登録機能をロックします】

 

 グリップを握った途端にそんな文字が電子スクリーンで宙に浮かび、直ぐに消えた。

 何事か、とぎょっと銃を見るが、巷に売っているスマートテックのハンドガンの様に見える。

 漆喰な色合いをしている銃の横を見やれば、SMILEYと刻まれていた。

 

「スマイリー……?」

【音声を検知。定例文を表示。初めまして登録者様、私はSMILEY、人工知能AI搭載スマートテックガンです】

「……ジャグラ、こいつは?」

「くっくっく、面白いだろ、それ。スマートテックのハンドガンに人工知能AIによる補助機能を付けたんだ。そいつはスマイリー。まだまだガキンチョAIだが、お前が話しかける度に、会話を、戦闘を、対話をし続ける度に成長するプログラムを組んである。お前専用のパートナーって奴だ。んでもって、スマートテックだから敵に向けて撃つだけで自動で当たるって代物だ。本来なら専用のプログラムをお前の光学インプラントにインストールしなきゃスマートテックは使えないんだが、補助AIが入ってるそれなら話は別だ。敵に向けて撃て、そしたら当たる。万が一、人質に取られたら対象を言えばそっちに撃ってくれる。サイバーパンク駆け出しのお前にぴったりの相棒だろ?」

「相棒、か」

【特定のキーワードを検知。コンゴトモヨロシク】

「お、おぅ。宜しく、スマイリー」

 

 何とも得難い相棒を得てしまったが、確かに銃撃なんて初めてな俺には十分過ぎる銃に違いなかった。

 スマイリー用の弾倉を彼方此方に仕舞われ、専用のホルダーも腰のベルトに通して貰い、救急医療キットと予備弾倉を詰めたウエストバッグも装備した。

 反対側には刃先が振動するらしいとんでもナイフと金属を焼き切れるバーナーナイフを差したナイフホルダーも用意されていて、まるでワンマンアーミーな武装を取り付けられていた。

 

「んー、こんなもんか? 車のタイヤ吹っ飛ばせる様にブーリャも渡しておこう。此れの予備弾倉もバッグに入れておくからな。こいつの反動は強いから、両手でしっかり構えて撃てよ。分厚いのをぶち抜くとか以外ならスマイリーを使え。そっちで十分だからな。人に撃ったら弾け飛ぶぞこっちは」

「んなもん素人に渡すなよ……」

「じゃあ、グロリアさんが車で運ばれそうになってても手段が無くて良いんだな?」

「すまん、俺が悪かった。お前の言う通りにするわ」

「なら、よし。ま、こんなもんだろ。言った通りお前は素人だ、サイバーパンク駆け出しだって事を忘れるなよ」

「ああ」

「感情はフラットに、どちらにも揺らがすな。良いな?」

 

 もの凄く心配そうな顔で見上げてくるジャグラの顔にどうしようもない感情が溢れてくるが、今の俺じゃあ心配されるのも無理は無いよな。

 負けん気で右の拳を突き出すと、ジャグラも意図を理解してくれたのか突き返してくれた。

 ……いってぇ、そういやこいつ両手がクロームじゃねぇか。

 だが、んな事でぎゃーぎゃー言ってても仕方が無い。

 やるべき事をしなくちゃならない。

 俺の手で母さんを救い出すんだ、絶対に。

 入口に向かおうとした俺の背に小さな掌の重みが乗って、とんっと押し出された。

 文字通り背中を押してくれたのだと理解して、格好付けて後ろを振り向かずに外へと向かった。

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