【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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10話

 

 とある夏の日の事。

 じりじりと焼くような日差しが降り注ぐ雲一つない青空の下、幼き頃の松江優希はたった一人で木陰に蹲っていた。

 何をしているのかと問われれば、彼は迷いなく『何もしていない』と答える。

 友達と遊んでいるのか、これには『友達はいない』と。家には帰らないのか、『家には帰りたくない』。

 近頃の優希の家は四六時中静まり返っていた。優希の父親は優希が幼いころからよく家を空けていたが、優希が小学生になってからはその傾向がより強まっていた。

 殆どの時間を外で過ごす、かと思えば一応は食事だけ用意したり、でなければ纏まった金を置いていたり。優希が生活をできる程度には干渉しつつ、けれど、決して優希にだけは会おうとはしなかった。

 しんと静まり返った部屋は、それだけで優希を苦しめた。誰も居ない、誰も帰って来ない。親が存在する事は知覚出来ても、優希にとってはいないのと同然であった。

 だから優希は逃げ出すように部屋を出る。行く当てなんかもないくせに、ただそこから離れたいがために。

 そうして、優希はこの木陰に辿り着いて蹲った。けれど、おかしな話だ。折角部屋から離れたのに優希の心はちっとも晴れない、今も尚、優希の心は一人きりの部屋の中に閉じ込められている。彼の感じるそれは、紛れも無い孤独だった。

 なのに、どうして自分はこうして外に出ているのだろう。当時の優希にはその答えを出すことが出来なかったが、けれど、今ならこうだったのではないかと、優希は当時の自分の気持ちが分かる気がした。

 『居た!家にいないと思ったらこんな所に居たのかよ…けど、見つけたから俺の勝ちな!』

 響いてきた声に顔を上げた優希が目にするのは、汗を垂らしながら満面の笑みを浮かべて傍らに立つ一人の少年の姿だった。歩くのすら億劫になる暑さの中ずっと走っていたのか、彼の着ているシャツは汗に濡れている。

 『あ…』

 つい先日出会った少年の姿に、優希は声にならない微かな音を喉から零す。いきなり家にやって来て、いきなり外に連れ出された彼と昨日ぶりの再開を果たして、優希は自分の胸の奥が熱くなるのを感じた。

 『何やってんだよ、早く一緒に遊ぼうぜ!』

 『…どうして、俺に構うの?』

 思わずと言った形で疑問を口にする優希を、少年は一瞬キョトンとした顔で見つめたかと思えば、首を傾げて事も無げに口を開く。

 『え、そりゃ俺達友達だから』

 『友達って…でも俺、何も返せないし…』

 『えぇ…別に友達って貸し借りとか関係ないだろ…』

 偏った知識からか、経験の浅さからか、友達であることを受け入れられないでいる優希に、少年は困り顔で少しの間思案する。

 やがて、少年は何事か閃いたようにその顔を輝かせた。

 『…あ、じゃあこうしようぜ。友達が駄目なら、それより少し特別な関係にしよう』

 『特別…?』

 『そう、今日から俺達、親友な。分かったか?分かったな。よし、それじゃあ早速一緒に遊ぼうぜ、親友!』

 突拍子も無い提案に優希が目を白黒させている隙に、少年は自己完結すると優希の手を取って駆け出した。

 彼に引っ張られる形で、優希もまた日なたへと連れ出される。そうして瞼を貫く日光に白く染まる世界は、優希がこれまで見た中で、一番に美しいと感じた。

 それを最後に世界は暗転する。

 ゆっくりと意識が浮上していき、そう間も無く優希は現実へと引き戻されるであろう。けれど、最後に。当時の自分がどうしてあの木陰に居たのか、その理由について現在の優希は一つの答えを得ていた。

 (外に出れば日向に会える気がした、だからきっと、あの時の自分はそれを期待していたんだ)

 

 

 

 ぱちりと優希が目を覚ませば、その視界に映るのは見慣れない木目の天井。外からはけたたましい蝉の鳴き声が早く起きろと言わんばかりに鳴り響いてきており、日差しは容赦なく朝を告げている。

 寝覚めの良い朝に優希は起き上がるとぐっと一つ伸びをして微かに残っていた眠気を飛ばした。そうして、優希がふと横を向いた先には、姿見に映る変わり果てた彼女自身の姿。だが、自然と優希は今の自分の姿を受け入れられていた。

 「…懐かしい夢だったな」

 優希が呟くと同時に、姿見に映る少女の頬が緩んだ。咄嗟に手元に手を当て、微かに上がった口角を確認すると、優希は目を閉じて小さく息を吐く。

 「よし」

 ゆっくりと立ち上がった優希は布団を片づけると、身支度を整えて部屋を出る。いつもとは違う朝、先の夢の影響か、彼女の足取りは軽かった。

 

 

 

 近衛家の一階にある大きな和室。開かれたガラス張りの障子からは光が差し込んできていて、時折吹き込んでくる風がちりんと風鈴を鳴らしている。

 普段は居間として使われているそこで優希と日向、そして美鈴の三人はテーブルを囲んで朝食を取っているの訳だが、しかしそんな中、日向は一人トーストをかじりながら怪訝な表情を浮かべていた。

 「…優希、なんでそんなにじっと見てくるんだ?なんかついてる?」

 朝の挨拶を交わしてからこの方絶え間なく視線を浴びせてくる少女、優希へと日向が問いかければ、優希ははっとした顔をして頭を振る。

 「え、ううん、別に?ただ、日向は変わらないなーって思って」

 唐突な優希の言葉に、一瞬日向はキョトンと目を丸くした。

 「変わらない…、あぁ、昔からイケメンって事か」

 「それだけはないから安心して」

 一人で納得し、得意げに鼻を鳴らす日向であったが、間髪入れずにバッサリと切り捨てられてしまい、がくしとその肩を落とした。

 優希にとっては見慣れた親友の顔に、イケメンだ何だとは今更考えるような事ですらないのである。

 すると、今度はそんな二人の様子を見ていた美鈴が「確かに」と優希に同調するように口を開いた。

 「兄貴って昔からキャラ変わってませんよねー。元々運動も出来て勉強も出来てで、殆ど欠点も無かったですし。ですが優希さん、そんな兄貴でも一つだけ変わってしまったところがあるんです」

 「あれ、そうなの?どの辺り?」

 心当たりがなく、まさか自分の知らぬうちにと首を傾げて日向を見る優希。美鈴は横にいるそんな彼女をあたかも日向から守るように抱きしめると、ぴっと伸ばした指を向ける。

 「それはですね、昔はこんなにセクハラをする人間ではなかったんですよ!あの時の純粋な兄貴はもう居ない!」

 「あー…」

 「成長どころか退化したってか?優希もそこで納得の声を上げるな、泣くぞ、俺が」

 そうして日向はその場でおいおいと下手な泣き真似を始めてしまう。その様は見苦しい事この上なく、美鈴は若干引き気味に自らの兄を冷ややかに見ていた。

 「で、でも美鈴ちゃん。確かにセクハラはしてくるけど、実際に触って来るようなことは無いし…」

 「優希…!」

 之には流石に不憫に思ったのか優希が顔を上げて擁護すれば、日向はぱっと救われたように顔を輝かせる。しかし美鈴はそれを否定するよう、頑なに首を横に振った。

 「甘い、甘いですよ優希さん。男なんて皆下半身に支配される生物なんですから、私達自身はケダモノ共から身を守る必要があるんです。優希さんも無警戒だと、その内ぱくりと行かれちゃいますよ」

 「おい美鈴、優希に余計な事を吹き込むんじゃない。さっきもあと少しでスカートの中が見えたのに、警戒されるだろうが!」

 「…元男としては複雑だけど、でも、うん、確かに気を付けた方が良いかも」

 血涙を流す勢いで懲りずにセクハラをする日向に、さしもの優希も警戒心を強めて、美鈴側に寄ってそっと裾を抑える。

 あっという間に出来上がった二対一の構図。しかし、日向はそんな彼女らを見て怪訝そうに首を傾げた。

 「優希に美鈴、お前らそんなに仲良かったっけ。距離近くね?」

 と言うのも、確かに以前から二人は仲が良かったが、ここまでくっつくようなことは無かった。その為、現在の様に殆どゼロ距離で密着している彼女らを日向は不思議に思ったのだ。

 「え…?あ、ごめっ…!」

 日向から指摘されて、優希は一瞬日向の言う事が分からなかったようだが、理解した途端美鈴の傍から離れようとするも、それは時を同じくして得意気な顔で優希に抱き着いた美鈴によって阻まれた。

 「それはもう、アタシと優希さんは昨日一緒にお風呂にも入った仲ですから、当然ですよねー。なんだか小さくて可愛いお姉ちゃんが出来た気分」

 「ちょっと、美鈴ちゃん…!」

 うりうりと愛でる様に頬ずりまでする美鈴から何とか逃れようとする優希だったが、体格差からして逃れられる筈もなく、されるがままとなる優希。

 「…」

 そんな二人を前に、日向は無言のままスマホを取り出すと、カメラを起動させてシャッター音を数回響かせる。

 「日向?何で撮ったの?」

 「気にするな。それより美鈴、そろそろ優希を解放してやれー。多分俺より性質悪いぞ、お前」

 「はーい」

 日向にたしなめられ渋々と離れる美鈴は口では素直に従っているものの、未だ名残惜しそうにその手をワキワキとさせている。 

 たった一日ではあるが、美鈴は以前以上に優希を気に入る、もとい懐いたようである。同性であるからか、それとも現在の優希の容姿によるものか。後者の比重がかなり大きいものの、同性である点もまたそれに拍車をかけていた。

 会話もひと段落した所で、三人は朝食を食べ進める。

 「…そう言えば優希、身体の方はどうなんだ。まだ動かしづらかったりする?」

 ふと日向が思いついたように問いかける。

 とはいえ、これはただの確認だ。日向の見る限り、優希から身体の不自由さは感じられない。

 「もう全然、寧ろ前より楽なくらいなんだよね。物理的に軽くなったからかな…」

 「今の優希さんなら、アタシでも持ち上げられそうですもんね」

 それは日向の予想通りの返答だった。

 「んー、そっか…」

 「日向、どうかしたの?」

 優希と美鈴が話す中、腕を組んで何やら考え込んでいる日向へと優希が声を掛けると、日向は自分が考え込んでいたことに気が付いたようにピクリと体を震わせて、顔を上げる。

 「いや、優希が動けるなら買い物とか行った方が良いかと思ってな。あと、入用なものが有れば優希の家に一度戻ったり。ほら、俺達昨日着の身着のままこっちに来たわけだろ?流石に足りないものがあると思うんだ」

 日向の言う様に、昨日優希の家を出る際に二人が持っていたのはそれこそ鍵と携帯、後は財布程度のモノだ。元々その予定では無かったのもあるが、背負ったまま動き回る訳にもいかず、そのまま日向の家に向かった形となる。

 下着や服などは楓と美鈴により現在は何とかなっているが、その他については手つかずであった。だが優希にしてみればそれだけあれば充分だった。

 「特に不便はしてないし…。服も美鈴ちゃんのおかげで何とか…」

 「行きましょう、買い物!」

 わざわざ行くまでも無い。そう答えようとした優希の言葉は、途中で割り込んできた美鈴によってかき消された。

 「え、でも美鈴ちゃん。あの枚数があれば買い足さなくても…」

 「いえいえ、全然足りないですよ。優希さん、女子を舐めてるんですか。少なくとも半月は違う服、違う組み合わせにするのが普通なんです!」

 『そうなの?』と日向に目で問いかける優希、『知らん』と同じく目で答える日向。二人がアイコンタクトを取っている間にも、美鈴のトークは進んで行く。

 「服だけでなく簡単なアクセに、勿論靴だって必要なんです、重要なファッションの一部ですからね。それにバックにポーチ。化粧もバレない程度に軽くしてる子は沢山いますし、それに必須になって来るハンドクリームや日焼け止め、乳液化粧水etc…!」

 美鈴の話はファッションは勿論の事、生活するうえで必要になって来る医薬品に至るまで、どんどんと派生していき、最早呪文にしか聞こえないそれを、優希と日向は遠い目をして耳から頭へと流し込む。

 結局、三人が朝食を食べ終えたのは、それから小一時間程経過した後であった。

 

 

 

 朝食後、外出の準備を終えた三人は家を出て山を下り、山沿いの道を歩いていた。左手に見える水田では、今日も今日とて人が出て農作業をしている。

 美鈴の強い勧めから、優希と美鈴の二人揃って日傘をさしており、日焼け対策も万全であった。日向は本人の関心の無さから、一応軽く日焼け止めだけ塗って後はどうにでもなれである。

 「うーん、やっぱり最初に靴を買った方が良さそう…。優希さん、歩きにくくないですか?」

 そう言って美鈴は隣を歩く優希を心配そうに見つめる。 

 現在、優希のはいている靴は持ってきていた彼女の靴なのだが、サイズも合わずぶかぶかであるところを靴ひもをきつく縛って履いている状態だ。

 「うん、取りあえずは大丈夫そう。心配してくれてありがと、美鈴ちゃん」

 「はい…!…危ない、往来で抱き着くところだった」

 「俺が言うのもなんだけど、お前も大概だよな」

 ブレーキが馬鹿になっている妹に流し目を送りながら、日向は頬を引きつらせる。

 元の優希への好感度に、プラスで庇護欲的と姉妹愛のようなものまで加わったため妥当ではあるのだが、若干妹の将来が不安になる日向である。

 「しっかしまぁ、軽い買い物程度に思ってたんだが、かなり大きな買い物になりそうだな」

 「あはは…、一応今までの生活費とか、かなりお金には余裕があるから金銭的には問題無いんだけどね…」

 先ほどの美鈴のトークの内容からして、一つ二つ店を回る程度では済まない事は明白である。 

 これから長丁場になるであろうショッピングを前に、既に二人は辟易としていたが、必要であることもまた分かっているため覚悟を決める他ない。

 「あ、そう言えば駅前に新しいクレープ屋さんが出来たらしいよ。兄貴、帰りに寄ってかない?」

 「へぇ、クレープ…。日向」

 「買い物の量次第だな…まぁ、距離も近いし、昼くらいに休憩がてらで良いんじゃないか?」

 美鈴の話に反応した優希も加わった二人の視線を受けて、日向は確実に自身が荷物持ちになる事を鑑みて提案する。

 途端に、美鈴は大きく、優希は控えめに歓声を上げて二人はハイタッチを決めた。

 と言うのも、美鈴と優希は揃って甘党なのだ。甘味をこよなく愛する二人にとって、新作のクレープとは、それだけで魅力の塊であった。

 「クレープか…おかずクレープあったら良いな…」

 尚、打って変わって日向はそこまで甘ったるいものが得意ではない。極偶にであれば良いが、それでもクレープを丸々一つは極力避けたいと言うのが彼である。

 露骨に遠くを見つめ始めた日向に、優希はくすくすと小さく笑い声を上げた。

 「日向は相変わらずだね」

 「おかず系も何種類かあるらしいけど…兄貴もどうせならチョコバナナとか食べれば良いのに」

 「そう言うお前らこそ、何であの量の生クリームをぺろりと行けるんだよ。胸焼け凄いんだよな、あれ」

 軽いカルチャーショックを覚えつつ、日向はいつか挑戦した際の記憶を思い出して顔をしかめる。その時は優希も居たのだが、彼女もまた珍しく弱っている日向の姿をよく覚えていた。

 「ま、あくまでクレープはおまけだ、おまけ。今日の本題を忘れるなよ…って言っても、美鈴にとっては全部願ったりか」

 「任せて、アタシが優希さんを完璧にプロデュースして見せるから。期待しててくださいね、優希さん!」

 「ほ、程々でお願いします…」

 恐らく今日一日で最も美鈴の犠牲となるのは間違いなく優希である。それは優希自身察していたことで、心ばかりの抵抗をするも、美鈴にとっては意味を為さない。

 そうしている内にも三人の視界では、目的地であるショッピングモールが段々と近づいてきていた。

 

 

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