【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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12話

  

 ショッピングモールから歩いて数分程の距離に位置する最寄り駅。よく電車が停車するこの駅から出てすぐ右手に曲がった辺りには、真新しい看板を掲げた、モダンな雰囲気を漂わせるクレープ店が鷹揚とした佇まいでそこに在る。

 「ゆ、優希さん、これは…」

 「うん、美鈴ちゃん。これって…」

 店の前に置いてあるボードを眺めながら、大きく目を見開いて口々に言うのは美鈴と優希だ。彼女らが見ているボードには『店長オススメ!!』といった派手な見出しに、カラフルな色合いで書かれた二種類のメニュー名。

 「『コズミックスターマイン』に『サンシャインズオーシャン』って、どんな味なんですかね!!」

 「分かんない!けど、写真に乗ってるこのクレープは凄く美味しそうだよ!!」

 正に喜色満面と言った表情で目を輝かせている美鈴は分かり易くテンションを上げていて、普段はそこまで騒がない方の優希も、今ばかりは美鈴と同じテンションの高まり様であった。

 「ね、日向もそう思うよね!」

 表情をそのままに優希が後ろにいる日向へと振り返る。

 「お、おう…そうか?俺からすると青とかオレンジの蛍光色が多すぎて食い物として認識できないんだけど、よく食玩で見かける奴みたいで」

 珍しい彼女の姿に戸惑いつつ、顔をしかめながら答える日向が見るのはボードに張られているそれぞれのクレープの写真だ。

 片や青と紫の混ざったクリームにキラキラと輝くアラザンが降りかかっており、片やオレンジと黄色のソースに柑橘系のフルーツが生クリームの海に浮かんでいる。

 真逆の反応を見せた自らの兄の姿を見て、美鈴はこれ見よがしに大きく息を吐いた。

 「…はぁ、全く兄貴は分かってない。こんな奴は放っておいて、私達だけで買いに行きましょ。幸いここは兄貴持ちですので、容赦なくトッピングしましょう」

 「う、うん、それじゃあ行ってくるね。日向はおかず系で良かった?」

 「あぁ、頼んだ。こっちは先に席とっておくからなー」

 美鈴に手を引かれた優希は日向に手を振りながら店の中へと入っていく。そんな彼女らの背を見送った日向は踵を返して、クレープ店の前に備え付けてある手ごろなテーブル席を探しに向かっていった。

  

 

 

 立ち並ぶパラソルの立ったいくつかのテーブル席。その中から日向が選んだのは、一番端の丁度木陰に隠れたテーブルであった。

 いくらパラソルがあると言えども、他の席では斜めから日差しの差し込んでいる場所も多くある。内心で『ラッキー』と呟きながら、日向は鼻歌交じりに両手に抱えていた荷物を下ろし、椅子に座ると凝った体をほぐすようにぐっと一つ伸びをした。

 「…しっかしまぁ、改めて見ると凄まじい量だな…」

 チラリと先ほどまで自分の持っていた荷物を見回した日向が感嘆混じりに零す。

 まだ日向一人で持ち切れる量とはいえ、それでも一般的な買い物と比べるとかなりの量だ。そして、これは同時に環境の変化の表れでもあった。

 以前とは異なるサイズ、異なる系統、異なる性別。挙げれば挙げるだけ出てくる以前との違い。松江優希という人間に突然訪れた人生の転機とも言える程の変化。

 「少なくとも今は落ち着いて見える。…けど、いつ均衡が崩れてもおかしくはない」

 大きな変化は振り子に掛けられた重石の様なものだ。何かの拍子に掛け違えが起これば、瞬く間に振り子は逆側へと傾いてしまう、それだけの影響力を持っている。

 どうすれば掛け違いを未然に防ぐことが出来るのか、自分に今できる事は何なのか。昨夜から日向の頭の中にあるのはそれだけであった。そして、ぐるぐると考えすぎた結果が現在の日向の寝不足である。

 「…で、自分が調子崩してるんじゃ世話ないな」

 勿論他の要因もあるが、どちらにせよこれでは優希を支えるどころか心配を掛けるばかりだ。自らを戒めつつ、その辺りをよくよく気を付けておこうと日向は決意を新たにした。

 それからスマホを見たり、周囲の景観を見つつ日向が待つこと数分程。

 クレープ店の中から出てきた二人の姿を見つけた日向はそちらに向かって手を振り、気が付いた二人は日向の座るテーブルへと向かってくる。

 そうして、近づいてきた美鈴と日向は既に満足そうな笑みを浮かべていた。

 「日向、お待たせ。これ日向の分のクレープね」

 そう言って優希は両手に持っていたクレープの片方を日向へと差し出す。先ほどの写真とは異なり、生地に包まれているのはほくほくと湯気を立てるソーセージに唐揚げ、卵焼きだ。

 「おう、サンキュ。…何と言うか、弁当のおかずみたいなクレープだな」

 「あ、正解」

 礼を言いつつ受け取った日向が、自分の知っているおかずクレープとは異なるそれに目を丸くしながら呟けば、それを聞いた優希は嬉しそうに頷いて見せる。

 「それも新作でね、何でも昼弁がモチーフになってるんだって」

 「メニューを見た瞬間兄貴のクレープはこれにしようって、満場一致で決まりましたもんね。因みに、アタシのが『コズミックスターマイン』で、優希さんのクレープが『サンシャインズオーシャン』」

 「クレープ界隈に自重の二文字は存在しないのか、盛りすぎだろ…」

 自らの持つクレープから二人の持つクレープへと視線を移した日向は、写真以上に盛られた生クリームと果物達に、最早戦慄を通り越して恐怖すら覚えながらぼやく。

 とはいえ、女子二人組にとってはむしろ僥倖だったようで、その表情がこれでもかとそれを物語っていた。

 二人はそれぞれ椅子に座ると、早速と言わんばかりに手を合わせてクレープを一口頬張る。

 「ん、これ美味しい…」

 「ですね、これは大当たりですよ…」

 恍惚とした表情で涙すら流さん勢いの二人に苦笑いを浮かべつつ、日向もまたクレープにかぶりつく。甘い生地に合うのかと懐疑的な日向だったが、かなり行けることに驚き、眼を見張った。

 すると、不意に優希は日向を見ると手に持っていたクレープを彼へと差し出す。

 「日向も一口食べてみる?少しくらいなら食べれるでしょ、掛かってるのもオレンジとかレモンのソースだし」

 「え、あー…なら一口だけ。優希もこっち食べるか?これ、かなり美味いんだ。…というか、最初からこれが目的だろ」

 「うん、貰う。実はさっきからちょっと気になってて」

 日向に指摘され、優希が照れたように頬をかいた。そして互いが互いに差し出し合ったまま、優希と日向はそれぞれのクレープを頬張る。

 「本当だ、これ美味しいね。でも、これ一個食べたら胃もたれしそう…」

 「それこっちのセリフな、確かに美味いけど…何だこれ、超甘い」

 日向は生クリームの甘さに、優希は揚げ物の油に辟易として、確かにこれは一口だけで十分だ、やはり自分の持っている方が合っていると再確認をする。

 「…」

 そんな二人を美鈴は無言のまま見つめていた。拗ねた子供の様に表情をむすりとさせた彼女が嫉妬していることは明らかで、がたりと立ち上がると美鈴はずいと自らのクレープを優希へと差し出す。

 「兄貴ばっかりずるい!優希さん、アタシとも一口交換しましょう!」

 唐突な申し出に一瞬キョトンとする優希であったが、すぐにはにかんでこくりと頷く。

 「良いの?ありがと、美鈴ちゃん」

 「いえいえ、何なら一口と言わず半分食べても良いですよ」

 「あはは、それは量的に食べきれないかな。…ん、美味しい、これ葡萄だったんだ。美鈴ちゃんも、はい」

 優希が了承した途端、美鈴はころりと笑顔に戻った。お返しに優希がクレープを差し出すと、美鈴はエサを待つ雛鳥の様に口を開け、優希はくすくすと笑みを零しながらクレープを彼女の口元に運んで食べさせてやる。それは、まるで手のかかる妹に世話を焼く姉の様であった。

 「そうだ、美鈴ちゃんも日向の少し貰ってみたら?」

 食べ終わるのを見計らって、どうせならと優希が美鈴に勧める。全てのクレープを味わうにはこれが効率的で、日向と美鈴が最後の組み合わせだった。

 「兄貴のですか?でも、確かに味は気になりますね…兄貴、交換…」

 美鈴も気になっていたようで、声を掛けようと日向の方へ視線を向けた途端その言葉を途切れさせる。

 「…え?」

 そう素っ頓狂な声を上げるのは、丁度最後の一口を口に入れた日向であった。これは流石に予想外だったのか、優希はぽかんと口を開けて目を見張る。

 「日向、もう全部食べちゃったの?」

 「あぁ、うん、美味かったから…。なんだ、この空気は。ただ一つ分かるのは、恐らく俺が今やらかしたという事だ。どうだ優希、俺の推理は当たっているだろうか」

 「美鈴ちゃんの顔を見たら分かると思うよ」

 優希に促され日向が目を向けた先では、美鈴があからさまに不機嫌ですと先ほどよりも更に頬を膨らませていた。

 「アタシも食べたかったのに…、こういう時は全員とシェアしてから食べ進めるのが基本だよ?だから兄貴はモテないんだよ」

 「えぇ…、そんな謎ルールがあるのかよ。あと、最後のは余計だろうが」

 困惑しつつもこれだけは譲れないと訂正する日向であったが、つんとそっぽを向いた美鈴は取り合おうとはしない。

 「余計じゃないですー、罰としてもう一回同じの買ってきて。どうせ足りないから買い足すんでしょ」

 「へいへい、仰せのままに。優希はなんかいる?飲み物とか」

 「うーん、俺は大丈夫かな。いってらっしゃい」

 渋々と立ち上がった日向は、手を振る優希に見送られてクレープ店の中へと消えて行く。

 そうして二人残ったテーブルで、美鈴は大きくため息を吐いた。

 「全くもう、デリカシーが無いんだから。優希さんもそう思いません?」

 「まぁまぁ、日向もワザとじゃないから。それより今はクレープを楽しも?」

 「むー…はい」

 むくれた顔で同意を求める美鈴を宥める優希。美鈴も彼女に言われれば素直に従うようで、若干不満げではあるが、クレープを頬張ればすぐにその顔を綻ばせた。

 そんな美鈴を微笑ましく見つめながら、こういう所が可愛いなと優希は心の内で思い浮かべる。 

 「…でも、なんだかんだ言いながら美鈴ちゃんって日向の事大好きだよね」

 「ぶっ…!?」

 唐突な優希の言葉に、美鈴は思わず口に含んでいたクレープを吹き出しかける。だが、乙女としてそれは許されないのか手で抑えて必死に抑え込むと、瞠目しながら両手を振ってそれを否定する。

 「べ、別に好きじゃないですよ!あんなデリカシー無くて年がら年中性欲しか頭にない奴!」

 「えー、だってそうでしょ?美鈴ちゃん日向の事よく見てるし、好きじゃなかったらあんなに甘えられないよ」  

 「別に、甘えてなんか…」

 もごもごと言い淀む美鈴は顔をほんのりと朱に染めていてそれ以上言葉は続かず、そのまま羞恥に耐えるかの様に俯いてしまった。

 分かり易く照れる珍しい美鈴の姿にくすくすと笑みを浮かべつつ、流石に弄りすぎたかなと優希は謝ろうと口を開く。

 「ごめんごめん、美鈴ちゃんが可愛いからちょっと揶揄いたくなっちゃって」

 「むー…、酷いですよ優希さん。これはもう何かしらの形で慰謝料を払ってもらわないとです。例えば、帰ってからまたアタシの選んだ服を着てもらうとか…」

 「えー、もう今日は疲れたよー」

 唸り声を上げながら表情をそのままに顔を上げる美鈴。だが、彼女の言葉は語尾に向かうにつれて小さくなっていき、それに気が付かない優希はあくまで笑顔のまま間延びした声で答えた。

 美鈴はそんな優希を見て何かに気が付いたように動きを止め、何処かその顔には影が過ぎる。

 「…その、優希さん」

 「ん、どうしたの?」

 改まった様子で声を掛けられた優希は、様子のおかしい美鈴に首を傾げながら問い返した。すると、口をまごつかせて一瞬間が空くが、すぐに美鈴はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 「昨日から、すみませんでした。アタシ、お姉ちゃんが出来たみたいで舞い上がって、優希さんの事を考えずに服とかお風呂とか、強引に振り回してて…」

 「へ?」

 沈んだ表情で謝罪してくる美鈴に、優希はキョトンとした顔で声を上げる。

 これは美鈴自身、薄々考えていた事だ。幾ら優希が女になったとはいえ、先日まで彼女だって男だったのだ。そんな彼女に似合うからと強引に女性ものの服を着せて、同性だからと同じ風呂に入らせて。

 勿論美鈴とて良かれと思いやったことだ。だが、それと優希がどう思っているかは全くの別問題で、優希は優しいから、無理をして自分に付き合ってくれているのではないか、そんな疑念がふと美鈴の中に生じていた。

 「優希さん、もし無理をしているなら隠さずに言って下さい。今更お前が言うなって思うかもしれませんけど、アタシ、優希さんに無理はさせたくないんです」

 「美鈴ちゃん…」

 真っ直ぐに向けられた瞳と言葉を受けた優希がぽつりと彼女の名を零す。

 まさか彼女がここまで思いつめるなど考えもしていなかった、それが今の優希の心情だった。だが、一つ美鈴は勘違いをしている。優希にとって、それを言ってくれるだけで十分美鈴は優希の事を考えてくれているのだ。

 だから、優希は優しく目の前の少女に声を掛ける。

 「美鈴ちゃん、俺ね、別に無理なんかしてないよ。勿論最初は戸惑ったし、若干抵抗感もあった。けど、元々性自認が薄かったからかな。実際に着てみたら自分でも驚くくらい自然と受け入れられた。…まぁ、スカートとか、心もとなさはあったけど」

 「でも、アタシの所為で最初は…」

 一度考えてしまえば、何処までも自分の所為だと考えてしまうものだ。尚も自分を責めようとする美鈴を、優希は首を横に振って否定する。

 「ううん、違う。美鈴ちゃんの所為じゃなくて美鈴ちゃんのおかげだよ。美鈴ちゃんが最初の一歩で手を引いてくれたから、ここまで現状を受け入れられたんだと思う。だから、美鈴ちゃんにはむしろ感謝してるくらい」

 「…なら、優希さんは、アタシに引っ張られるの嫌じゃなかったですか?」

 小さくなったまま不安げに美鈴が問いかければ、間髪入れずに優希は頷いて見せた。

 「うん、嫌じゃない。よく受け身な性格だって日向にも言われるけど、俺ね、きっと誰かに強引に引っ張られるのが好きなんだよ」

 その優希の答えを聞いた途端、緊張から解放されたように美鈴の体が弛緩した。それと同時に、彼女は詰まっていた息を大きく吐き出す。

 「はー…良かったー!もし優希さんに無理させてたらどうしようかと思いましたよ…」

 そう話す美鈴の表情には明るさが戻っていた。それを確認した優希はほっと安堵の息を吐き、もしかしたら昨日の日向も丁度こんな感じだったのかなと、この場には居ない親友の姿を思い浮かべる。

 「…けど、強引に引っ張られるのが好き、ですか…」

 「ん、そうだけど、それがどうかしたの?」

 不意に美鈴が繰り返した、先に優希の話した内容の一部。何か引っかかる部分でもあったのかと優希が思考を巡らせる中、美鈴はにやにやとした笑みを浮かべて優希を見る。

 「いえ、そう言えば優希さんの周りに一人、日常的に優希さんを引っ張りまわしている人がいるなーって思っただけです。引っ張られるのが好きって、もしかしてその人の影響だったりするんですか?」

 「へ?あ…」

 美鈴に説明されて、ようやく優希は自らの失言を悟った。慰めようとするあまり自分でも知らず知らずの内に、余計なことまで話してしまい、優希は自分の顔に熱が籠っていくのを確かに感じる。

 そして、不安も解消された美鈴を阻むものはなく、つい先ほど揶揄われたばかりの彼女がこの絶好の機会を見逃すはずも無かった。

 「さっきの話の中でも名前が挙がってましたし…じゃあ、優希さんは兄貴の事が大好きって事ですか?」

 「あの、そんな意味で言ったつもりは…」

 「でも、強引に引っ張られるのは好きなんですよね。ねぇ優希さん、実際どうなんですか?」

 「ごめんなさい…美鈴ちゃん、許して…」 

 真っ赤に染まった顔をクレープで隠し必死に抵抗するも、先ほどの仕返しとばかりに詰め続ける美鈴に早くも弁明を諦めた優希は白旗を上げる。

 「優希さん照れてるー!可愛い!」

 「わっ、美鈴ちゃん、クレープ落としちゃうよ」

 クレープを器用に片手で持って抱き着く美鈴。赤面する中、急に抱き着かれて驚きつつも流れに身を任せる優希。

 そんな彼女らの姿を、丁度新たなクレープを両手に持って帰って来た日向が見つけて、自分が居ない間に何があったのかと目を丸くする。

 「いや、この短時間で何があったらそうなるんだよ」

 ただクレープを食べるだけでそうはならないだろうと、冷静に突っ込みを入れる日向を見た美鈴と優希は、目を見合わせると同時に口を開く。

 「「何でもない!」」

 二人の少女が仲を深める中、当の日向は困惑に首を傾げるのみであった。

 

 

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