【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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13話

 

 クレープを食べ終えた三人は美鈴の提案で再びショッピングにモールに戻ると、更に幾つかの店を回って先ほどは買わなかった優希の部屋着を見繕った。

 懸念の消えた美鈴は、午前までの勢いがまだ本気でなかったことを示すように日向と優希を連れまわし、結局揃って手一杯に荷物を抱えた三人が家に帰ったのは時計の短針が真下を向く直前であった。

 「それじゃあアタシはお母さんと夕飯の支度をしてきますね。優希さん、また後で。兄貴は優希さんの服の整理を手伝う事!」

 「はいはい、了解了解」

 「い、いってらっしゃい…」

 優希の部屋で荷物を下ろすや否や勢いをそのままに部屋を出て行く美鈴を見送ると、優希は途端に電池が切れた様にへたりこんで、テーブルの上に突っ伏してしまった。

 「美鈴ちゃん、元気ありすぎ…。あんなに動き回ったのに、なんでまだ動けるの…」

 「まぁ、あいつは見ての通り肉体派だからなー。多分明日また同じことやれって言われても喜んでお前の事連れまわすぞ」

 「俺はもう無理…絶対明日筋肉痛になってるよ」

 話しながら優希は細くなった自らのふくらはぎを手でもみほぐす。

 普段からかなりの運動量をこなしている日向と美鈴と、あまり活発でなく体が小さくなって筋肉量も落ちた優希とでは体力にかなりの差が生じていた。

 そんな優希が自分より体力のある二人について行けば、こうなる事はある意味妥当であった。

 「その割には結構楽しそうにしてたよな。本当、お前いつの間に美鈴とあんなに仲良くなったんだよ」 

 買い物中、楽し気に会話を交わす美鈴と優希の姿を思い返した日向がしみじみと言う。

 午前中こそ日向は殆ど寝ていて見ていなかったが、午後に入ってからより一層距離の縮まった二人に何かあった事は、日向から見ても明らかだった。

 「えー、元々美鈴ちゃんとは仲良しだよ。日向が知らなかっただけじゃない?」

 「そうか?確かに今まで意識して見てたわけじゃないけど…。ま、何でも良いや。仲が良いに越したことは無いしな。それより、まずはこの大量の荷物を整理しないとな…」

 今一納得がいかないようで首を傾げる日向は、けれどすぐに思い直した様に頭をかいて、部屋の隅に山積みにされた荷物郡を見てげんなりとする。

 そんな日向を見ながら、優希の脳裏には昼に聞いた美鈴の言葉が巡っていた。

 『じゃあ、優希さんは兄貴の事が大好きって事ですか?』

 ただ思い返しただけで、今尚優希は自らの顔に熱が籠るのを感じていた。

 そこに変な意味はない。純粋に友人として、人として、優希は日向の事が好きだ。そこに間違いは無い。しかし、その根源から指摘されてしまったためか、二人きりになった現在、優希は妙に彼の事を意識してしまっていた。

 「ふむ…」

 日向が探偵の様に顎に手を当てて唸り声を上げ、彼をじっと見ていた優希はたったそれだけの日向の仕草にびくりと身を震わせる。

 「…優希、俺考えたんだけどさ」

 「な、なに、日向」

 何処か不自然さを誤魔化しながら優希が問い返す。

 すると、日向はおもむろに顔を上げると、真剣な顔つきで口を開いた。

 「あの大量の服の山に飛び込んだら、それはもうハーレムって事になるよな」

 そして、彼の言葉を聞いた途端、すんと宿っていた熱が引いて行き、心が凪いだのを優希は自覚した。

 「…ん?いきなり何言ってるの?」

 「いや、だからさ。あれはすべて女性服で、その中に飛び込んだらハーレムなんだ」

 訳の分からない、むしろ分かりたくも無い理論を提唱しだした日向を見た優希は、彼の瞳が眠そうに細められていることに気付く。それに留まらず、心なしか覇気のない顔、ぼうっとしたような表情。

 「日向、もしかして眠たい?そう言えば寝不足だって言ってたよね」

 「全然眠たくない、余裕だ余裕」

 「なら、もうちょっと目を開いてから言おうか」

 話している間にも日向は大きく欠伸をして、彼が眠気に呑まれそうになっているのは誰の目から見ても明らかであった。

 虚勢を張りながらも眼をこすっている日向に、眠たいのなら素直に言えば良いのにと優希は小さくため息を吐いた。

 「もう、いくら朝が早かったからってそんなに寝不足になるなんて、日向昨日の夜は何してたの?」

 昼間ははぐらかされた問いを優希は再度問い返した。とはいえ、今回も同じようにはぐらかされると彼女も考えていたが、しかし、この時ばかりはそうはならなかった。

 「あぁ、ちょっと考え事…いや、やっぱ何でもない」

 眠気から判断力が鈍っていたためか、ポロリと日向の口から本音が零れ落ちた。すぐに日向は訂正するが、今の状況で考え事と言われれば内容は限られてきて、そして実際にそれは当たっている。

 優希とて馬鹿ではない。ここまで要素を揃えられれば、彼女も勘付いてしまう。

 「日向、それって…」

 もしかして、俺の事?

 そう問い掛けようとして、けれどすんでの所で思いとどまって優希は口を噤んだ。どうせ聞いてもはぐらかされると考えたのもあるが、それ以上に優希自身聞かない方が良い様な、そんな気がした。

 しばしの間、部屋を沈黙が支配する。

 「…悪い優希、やっぱ俺寝るわ。飯が出来たら起こしてくれ」

 「あ、うん。…日向、寝るなら少しこっち来て」

 「ん?おー」

 やがて、遂に眠気がピークに達したのか横になろうとする日向を呼び止めた優希。彼女に手招かれるまま近寄る日向を優希はそっと引き寄せて自分の元に転がし、腿の辺りに彼の頭を乗せた。

 「この方が、寝やすいでしょ?」

 「確かに、これ良いな…」

 普段であればこの時点で離れようとする日向も、殆ど意識を飛ばしていて抵抗もせず、むしろ心地よさそうに目を細めている。

 前髪に隠れた優希の顔、しかしその髪の隙間からはほんのりと赤い彼女の肌が覗いていた。

 そう時間も経たずに部屋の中は日向の寝息だけが響き渡る様になる。暫くは彼の寝顔を眺めていた優希も触発されてか、溜まっていた疲労に押し流される形で次第にゆっくりとその瞼を下ろした。

 

 

 

 『やーい、男女!』

 扉が開く音と共に、揶揄うようなクラスの男子の声が教室に響き渡る。

 小学三年生。個人差はあるが、早い者であれば思春期に入り始め性を意識しだす年頃で、先の声の主もその中の一人だった。

 成長した後でこそ、これが照れ隠しの一種であるとは理解できるが、しかし当事者たちにそれを求めるのは酷というものだろう。

 『うっさい!毎日しつこい!』

 『うわ、男女が怒った!逃げろー!』

 揶揄われていた少女、美鈴が声を上げれば男子はさらに調子に乗って続けると周囲に居た友人たちと共に逃げる様に教室を出て行った。短い髪に、生来の気の強い性格。これらの要素が、彼女を男子たちにとっての恰好の的にしているのだ。

 『美鈴、大丈夫?』

 『ほんと、男子ってサイテーだよね!』

 寄って来たクラスの女子に慰められ、励まされ、幾分か気の楽になる美鈴だったが、けれど彼女の心は沈んだまま、暗い感情に蝕まれていた。

 学校から帰宅した美鈴は、手早く道着に着替えると道場へと足を向ける。

 この頃、美鈴は学校を除けば大抵の時間を道場で過ごしていた。これしか趣味が無い、武術が好き。理由は様々だが、その中でも特に大きかったのは彼女の兄である近衛日向の存在だった。

 彼も武術の稽古は受けている。だが、基本的に友人の元に遊びに行ったり友人が遊びに来たりと、あまり稽古に身を入れていない。にも関わらず、美鈴は彼に追いつけない。幾ら努力しても、幾ら時間を費やしても、最低限以下の稽古で日向は美鈴を超え続けている。当時の美鈴にとって兄はこう見えていた。

 いくら頑張っても届かない劣等感、学校での出来事。幼い少女が抱えるには少々大きすぎる負の感情は、彼女の調子を下げる一方であった。

 この日は週に二度ある門下生を交えた稽古が行われる。この稽古だけは日向も参加する決まりで、ぞろぞろと門下生が集まる中、稽古が始まる少し前に慌ただしく二人の少年が稽古場へと入って来た。

 『よっしゃ、間に合った!』

 『はぁ、ギリギリだけどね。だから早く出ようって言ったのに、日向がうちでゲーム始めるから…』

 『細かいことは良いんだって、結果良ければ全て良しってな』

 日向に手を引かれているのは彼の友人である松江優希だ。

 美鈴も日向伝いで優希とは面識があった。しかし、そこまで会話を交わしたことも無く、互いにとってはあくまで兄の友人、友人の妹と言った認識だった。

 そんな友人と共に居る日向は普段よりもおちゃらけて見えて、自由奔放に今という時間を楽しんでいる。

 (何で、兄貴はあんななのに…)

 音が鳴りそうな程に美鈴は歯を食いしばる。彼女が抱いている感情は他でもない嫉妬だ。努力している自分よりも楽しそうで、苦しんでいる自分よりも幸せそうで。そんな日向の事が、美鈴は何よりも妬ましくて羨ましかった。 

 『あ、美鈴ちゃん、ちょっと良いかな』

 『…はい、何ですか?』

 すると、いつの間にかそんな日向の元を離れて近づいてきていた優希に声を掛けられ、少々面食らいながら美鈴は顔を上げて彼を見た。

 日向に比べれば随分と華奢で、女性とは言い切れないながらも見間違えてしまいそうな中性的な顔。それをみた美鈴はふと学校での出来事を思い出し、自分と似ていると勝手に妙な親近感を覚えた。

 そうして美鈴がじっと見つめる中、優希は持ってきていた荷物を開けて探る。

 『これ、前に商店街のくじ引きで当たったんだけど、もし美鈴ちゃんが良ければ貰ってくれない?』

 言いながら優希が差し出しのは、手のひらに乗るサイズのリボンで結ばれた一面が透明な箱。透けて見える中身は可愛らしい装飾のされたヘアピンだった。

 『アタシに…ですか?』

 『うん、俺も日向も、持ってても仕方ないから』

 優希の答えを聞きながら、美鈴は今一度差し出されているそのヘアピンを見た。美鈴から見ても、それは可愛いと思った、それと同時に自分には似合わないとも。

 『受け取れません。だって似合いませんよ、こんなに可愛いヘアピン』

 首を横に振って拒否する美鈴だったが、同時に本心では欲しいとも思っていた。けれど、自分には似合わないからと、その本心には蓋をして目を逸らそうとした。分不相応だと、諦めようとした。

 『そんなことない。美鈴ちゃんは可愛いから、きっと似合うよ』

 だからだろうか、その言葉を聞いた途端、美鈴の心臓が大きく跳ねた。

 可愛い、その単語がぐるぐると頭の中を回って、美鈴は体中がかっと熱くなるのを感じる。

 『どうかな、受け取ってくれる?』

 『…はい。ありがとう…ございます』

 おずおずと美鈴が差し出されたそれを受け取ると、優希は嬉しそうににこりと笑う。

 美鈴が優希に恋をしたのは、この時からだった。

 それから、美鈴はファッションについて研究をし始めた。今まで遠ざけてきた可愛いものを受け入れるようになった、自らの外見にも力を入れるようになった。そして彼女は気づく。本当に好きなモノの為に努力する事の楽しさを、楽しいからこそより一層努力が出来るのだと。

 次第に美鈴の事を男女などと呼ぶ者は居なくなり、美鈴の恋心は現在に至るまでその炎を絶やすことは無かった。

 

 

 

 昔を思い返しながら、とんとんと音を立てて美鈴が階段を昇る。美鈴が今の美鈴となった根源。当時の記憶を思い返して、懐かしむ様にその頬を緩ませる彼女は、部屋で服を片づけているであろう二人を呼びに向かっている最中であった。

 あれから丁度一時間が経過していた。果たして荷物の整理はどこまで進んでいるのかと考えながら、部屋に辿り着いた美鈴は軽くノックをして襖を開ける。

 「兄貴、優希さん、夕飯の準備が出来たのでそろそろ…」

 声を掛けながら部屋に入る美鈴。けれど、部屋の中を視界に収めた瞬間、彼女はその言葉を詰まらせた。

 窓から差し込む茜色の日差しに照らされるのは、座ったまま瞼を閉じている優希と、そんな彼女の膝枕で眠る日向の姿。安らかに寝息を立てる二人はまるで一枚の絵画の中に居るようで、その様子を目にした美鈴は締め付けられる痛みにそっと胸を抑える。

 「…もう、そんなに、絵にならないでよ」

 そうぽつりと呟く美鈴の顔には、言葉とは異なり、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 今日一日、美鈴は優希の隣に立って行動を共にした。彼女と話をして彼女の為に考えて、空回りもしたが行動に移して。美鈴自身、満足した一日を送れたと思っている。そしてそんな一日を通して美鈴は、優希の隣にいるべきは自分ではないのだと理解した。 

 いくら優希を想おうとも、彼女にとっての一番は揺るがない。自分よりも相応しい者が居るのだと、美鈴は自然と受け入れていた。

 昔の様にまた自分を騙そうとしているのかと美鈴は一時考えたが、しかしそれは全くの逆であった。受け入れているその本心を隠す為に、最初からずっと美鈴は自分を騙し続けてきたのだ。

 それから解放された今、彼女の心は羽根のように軽く、澄み渡っている。

 「はぁ、アタシが先に優希さんと出会ってたらな…。って、それだとそもそも恋をしなかったのかも」

 もしこうだったら、もしああだったら。そんな仮定を想像するが、やはりこの形で良かったのだという結論に至り、我ながら救われないと、美鈴は小さく笑みを浮かべる。

 優希と日向を呼びに来たはずだったが、しかし今の二人を起こすのは偲ばれて。美鈴は最後にちらりと優希に視線を向けてから踵を返して、音を立てぬようゆっくりと襖を閉じた。

 

 

 

 結局、二人が起きたのは夕日も沈んですっかりと外が暗くなってからであった。

 遅めの夕食を取った後優希は風呂に向かって、それを楓が追って行ったことから今日も平穏な入浴にはならない事を察した日向は心の中で優希に合掌を送る。

 そしてやることも無いまま日向が一人居間へと向かうと、そこでは丁度美鈴が転がってテレビを眺めていた。

 「ん、兄貴おはよ。優希さんの膝枕はどうだった?」

 やって来た日向に気付いた美鈴が顔を上げてニヤニヤと笑いながら問いかける。すると、日向はあからさまにずんと肩を落とした。

 「いや、普通にやらかした…。ああなる筈じゃなかったのに…」

 「あ、これガチ凹みな奴だ。普段なら役得だーってキモく騒ぐのに」

 落ち込み過ぎて膝までつく日向。珍しく失敗したと嘆く彼の姿に、美鈴は目を丸くする。

 完全に無意識で行動してしまったことがかなり効いているようである。

 「ま、これに懲りたら、あんまり根を詰め過ぎないようにね。…因みに写真に撮ってあるけど送ろうか?」

 「要らない、自分の寝姿なんざ見たくない。…というか、部屋に来てたなら起こしてくれよ」

 「兄貴の自業自得でしょー。アタシには関係ないし」

 テレビに視線を戻し、足を揺らして美鈴が答える。日向もそれを言われては何も言えないようで、それ以上文句を言う事も無く、切り替える様に息を吐いて頭をかいた。

 「…そうだ、兄貴」

 「ん、どした?」

 ふと美鈴が思い出したように日向に呼びかけ、体を起こす。そうして真っ直ぐに視線を交差させたまま美鈴は続ける。

 「優希さんの事泣かせたら許さないから」

 「…はいはい、最初からそのつもりだって」

 鋭い視線を受ける日向だったが動じた様子も無く答え、それを聞いた美鈴は胸の奥に溜まっていたものを吐き出すように大きく息を吐いた。

 取り合えず、聞きたいことは聞けた。それが今の彼女の心境であった。

 「あ、あと荷物、全然整理してなかったでしょ。優希さんがお風呂から上がったらすぐに取り掛かるから、兄貴も手伝って」

 「えー…、もう明日でも良くね?」

 「今日中!」

 最後の最後に現れた面倒毎に日向が顔をしかめるも、一度こうして火の付いた美鈴を止めることは不可能で。今日も今日とて夜は長そうだと、日向は憂いを帯びた表情で天井を見上げるのであった。

 

 

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