【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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22話

 

 カーテンの隙間から漏れ出る日光に照らされた部屋の中、日向と優希はそこで二人隣り合って座っていた。

 そんな二人が居るのは日向の部屋。昼食後、日向が部屋でくつろいでいた所にいつもの様に優希が来て、現在へと至っている。しかし、現状はいつも通りからはかけ離れており、静けさに満ちた部屋に外から聞こえてくる蝉の音は一層響く。

 二人の距離は大体拳一個分だろうか。少し傾けば肩が触れ合ってしまう距離で、日向も優希も押し黙ったまま、ただ時の流れに身を任せていた。

 「…」

 「…っ」

 ジッと制止し続けられる人間はそう居ない。

 凝った部分を伸ばすように日向が微かに体を動かすと、それに反応して優希がピクリと一瞬身を震わせ、微かに息を呑んだ。

 「…今日、暑いよな」

 「うん…、日差しも強いよね」

 間を埋める為だけの実の無い会話。僅かなそのやり取りを交わして、再び二人の間には沈黙が流れる。

 漫画を読むでも無く、スマホを触るでも無く、その場で隣り合って座っているだけと言うこの状況。無論両者共にその胸中は混乱に満ちていた。

 (どうしよう…とにかく近づいてみたけど、ここからどうするの…?)

 (やっぱり優希の様子がおかしい、けどここで何を話しても藪蛇になる気がするしな…。優希、今お前は一体何を考えてるんだ…!)

 互いが互いについて意識するあまり、硬直状態へと陥っている。

 美鈴との話し合いの末日向を落とすと方針を決めた優希であったが、そこは恋愛初心者。そもそも恋をしたことが無いのだから、誰かを恋に落とす方法など知る筈も無い。

 加えて親友である日向が相手だ。元が身近な人物という事もあって勝手がまた異なり、優希自身日向を相手にどう恋を成就させるのか先行きが見えない。今までの友人としての積み重ねが、今度は恋路を阻む結果となっていた。

 やきもきとしながら、優希はふと横目に日向の顔を捉える。

 (でも、こうしてる時間も、結構良いかも…)

 「あ、そうだ。なぁ優希」

 「っ!ひゃい、何!?」

 考え事の最中で不意に日向に声を掛けられて、優希は驚きに声を裏返しながら返事を返す。そんな彼女の様子を見て、日向は不審に思うでもなく言葉を続けた。

 「さっきも言ったけど、今日の昼飯さ、滅茶苦茶美味かった。毎日食っても飽きる気しないってのは、ああいうのを言うんだろうな。特に味噌汁とか、なんか作り方にコツとかあんの?」

 そうして話終えて優希へとチラリと視線を戻す日向。会話の切り口として丁度良いと思って口にした彼であったが、しかしその思惑とは異なり、優希はその顔を真っ赤に染めて俯いてしまっていた。

 「毎日…」

 これに焦るのは日向だ。

 思わぬところで地雷を踏んでしまったかと、彼の背に冷や汗が伝う。

 「み、味噌汁だけじゃなかった!そう、炊き込みご飯も無限に食えるんじゃないかってくらいだった!魚の煮つけも味付け丁寧だし、お浸しも浸し具合が完璧で…!」

 慌てて一つに限らず総じて褒め直す日向。けれど、これは完全に逆効果であった。

 追い打ちを掛けられる形となった優希は最早顔を上げることが出来ず、今にも目を回してしまいそうな程に羞恥を覚えた彼女は、思わず日向の腕へと縋りつき隠すようにその顏を埋める。

 「…おい、優希?どうしたんだよ、もしかして体調でも悪いんじゃ…っ」

 優希の行動に日向は戸惑いながら問いかけた。それと同時に、咄嗟に彼女の肩を掴みそうになった手を止めて、行き場を失ったその手をゆっくりと下ろす。

 そんな最中、優希はそっと顔を上げて心配そうに彼女を見る日向と視線を合わせる。

 (日向の胃袋を掴むのが目的だったのに…)

 胃袋を掴むどころか、結果としては優希自身が更に日向に対しての恋心を深めてしまっていた。

 美味しいと言って貰えて、続けざまに褒められて。見事なまでの返り討ち、いや、この場合はむしろマッチポンプと言った方が良いだろうか。

 それにより膨れ上がった好意が

 「…好き」

 ポロリと、彼女の口から言葉として零れ落ちた。

 「…は?」

 それを受けた日向が目を丸くして、呆然とした顔で辛うじてそれだけ口にする。自分が何を言ったのか、そんな日向の反応を見てようやく理解した優希はハッと口を押えた。

 「っ!あ、違う変な意味じゃなくって!えっと…、日向ってこれが美味しかったとかちゃんと言ってくれるから、日向のそういう所は好きだなって」

 「おいこら『は』ってなんだ『は』って、この日向様の良い所は他にも数え切れないくらいあるだろうが」

 あたふたと両手を振りっての優希の弁明を聞いて、つい条件反射で日向が軽口を叩く。不満げな顔で見てくる日向に、優希が『ごめんごめん』と笑いながら軽く詫びる。

 詫びながら、優希は内心そっと胸を撫で下ろしていた。

 流石に昨日の今日で想いを告げる覚悟も度胸も今の彼女は持ち合わせていなかった。それがこんな形で意図せず伝えてしまったとあっては一生の不覚になりかねない。

 安堵からほっと息を吐いている優希。そんな彼女を見て、日向は一人首を傾げる。

 (やっぱり普通に話せてるよな…、朝の優希からは考えられないくらい普通に。美鈴がフォローでも入れたのか?) 

 部屋に入ってからこの方、優希は怖がるような素振りを見せていない。寧ろ自分から日向の傍に座っている。

 だからこそ、日向は優希の事が分からなくなってきていた。

 分からないからもやもやとした感情が彼の胸に渦巻いている。そしてこれは日向にとって不要なものだ。解消できるならするのが彼で、変に考えるのもやめた彼が取る行動は一つだった。

 「優希、お前俺の事怖がってたんじゃないのか?」

 朝と違って会話ができる。故に、日向は直接本人へと疑問をぶつける。表面上は事も無げに取り繕ているが、しかし実際には彼の内心は緊張に満ちていた。

 友人に拒絶されるかもと考えれば無理も無い、だがそんな杞憂とは裏腹に優希はキョトンとした顔で日向と同様に首を傾げる。

 「え、俺が日向を怖がるの?なんで…?」

 「え、いや、だって朝俺の事避けてただろ、逃げ回ったり、話も出来なかったし。てっきり昨日の件がトラウマになったのかと思ってた」

 「昨日…あっ」

 日向が軽く説明すると、一瞬思案顔で居た優希がふと思い出したかのように声を上げ、同時に彼女はしまったといった風な表情を浮かべて、否定するように首を横に振る。

 「違うよ日向。あの時は確かにびっくりしたけど、日向の事怖いだなんて思ってないよ。寧ろ、その、嬉しかったくらいだし…」

 最後の部分だけ優希はもごもごと小さな声で言って日向には聞こえなかったが、しかし重要な部分はしっかりと届いていた。

 『怖いだなんて思ってないよ』、その一言は日向にとって天啓の一言に足り得た。それが聞けただけで、彼は間違いなく救われたし、何よりも安堵していた。

 「なんだ、やっぱ勘違いか…、良かったー…!このまま優希との関係がこじれたらどうしようかと思ってた」

 ベットを背もたれ代わりにして、力の抜けた様子の日向がだらりと後ろに倒れる。その顔はまるで長年の悩みが解消したかの様で、優希はそれを見て彼が先の件をかなり気にしていた事を察した。 

 「その、不安にさせてごめんね。俺も日向から避けられたら悲しいから」

 「良いって良いって、俺の勘違いだったみたいだし、トラウマになってないならそれで十分だって。こうやって今は普通に話せてるし」

 申し訳なさそうに目を伏せる優希に対して、日向はひらひらと手を振って気にするなと言外に示した。そんな日向に言われて、優希はようやく恋心を自覚してから初めて、自分が普段通りに日向と話せている事に気が付いた。

 (ほんとだ、焦ってたからかな…。でも、一回話したら少し平気になって来たかも)

 恋心を受け入れて、ハードルを一度乗り越えた。その事実が優希の緊張を取り払ったのだ。

 無論、以前の様に全く意識せず話せるかと言われれば否である。けれど、会話を交わせるようになったのは、それだけで今の彼女にとって大きな進歩であった。

 「…ん?でもさ、それなら何でお前俺の事避けてたんだよ」

 ふと体を起こした日向が不思議そうに、至極真っ当な疑問を口にした。怖がられているから避けられていた、この前部分の前提が否定された以上後は避けられていたという事実のみが残る。

 「えっと…それは…」

 聞かれた優希は答えに迷い口ごもる。本当の理由を話すことが出来ない以上、彼女は誤魔化すほかないが、しかし上手い理由が思い浮かばないようでその視線を彷徨わせる。

 するとそんな優希の姿を見て、日向は優希の答えを遮る様に声を上げる。

 「あー、やっぱり良いや。優希にも事情があるんだろうし、俺もそこまで気にしてるわけじゃないしな。向こう三日分の昼食リクエスト権で勘弁してやろう」

 「結構気にしてるよね、それ。でも…うん、分かった。ありがと、日向」

 気を遣わせてしまったことに罪悪感を抱く優希であったが、話せないのも事実な為彼女は素直に日向の厚意に甘えることにする。

 日向はそんな彼女に対し、したり顔で笑みを浮かべた。

 「優希にリクエストが出来るからな、このくらい良いってことよ」

 「うーん、別に言ってくれればいつでも作るけど…」

 「そこはほら、別問題って事で」

 日向としても毎回リクエストをするというのは心苦しい。そこに回数付きとはいえ権利として頼めるのであれば、遠慮なく要望を通せるというものだ。

 だが、優希視点では何を作るか決めて貰えるのは一種のメリットと言っても過言ではない。それ以前に日向の胃袋を掴むという点ではそちらの方が都合が良い。その為、若干不平等な気はしなくも無いが、日向が良いのであればと一旦納得しておく。

 ここで、日向がリクエストが出来るという事に喜んでいる時点で既に胃袋を掴めていると言っているようなものだが、優希がそれに気づく様子は無かった。

 「昼飯で思い出した。おっちゃんがさ、今度ユキと一緒に店に来たらサービスしてくれるってよ。餃子と炒飯。だから今度一緒に行こうぜ」

 関連して昼食前にラーメン屋で話した内容を思い出した日向が、先ほどの事の顛末を搔い摘んで説明すれば、優希は感服したような呆れたような表情を浮かべる。

 「そうなの?おじさん、相変わらずのサービス好きだね。セットだと半分でも食べきれるか分からないから、今度は小ラーメンにしようかな」

 前回の惨状を思い返して苦々しく笑いながら優希が言う。

 あれは体が変化した初日で、まだ胃袋の大きさを見誤っていた頃の事だ。今はきちんと把握している為、同じ轍は踏むまいと意気込む彼女であったが、しかし日向は首を横に振る。

 「いや、多分あの調子だと一人一皿ずつ来るぞ。何ならチャーシューまで来る可能性もある」 

 「それは…、また日向にお願いするかも」

 「おう、任せとけ。俺は健康優良児の日向様だからな、そのくらい余裕余裕」

 と、いつもの様に自信満々、傲慢な返しをする日向。それに対して、普段の優希なら軽くあしらう所だが、しかし今は事情が違った。

 優希は彼が誰も起きていない早朝一人稽古をしている事を知っている。だからこそ、その分体力を消費していて、量を食べることが出来るのだと。

 「…え、なんだよ?」

 ジッと見つめてくる優希に、戸惑い混じりに日向が声を掛ける。

 「ううん、何でもない。それより、おやつに煮っころがしでも作るけど、日向も食べるでしょ?」

 「お、おう?食べるけど…」

 そんな釈然としていなそうな彼の様子を目にして、優希はニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべて機嫌良さそうに答えるのであった。

 

 

 

 それから時折美鈴が様子を見に来たり、お菓子を摘まんだりしながら過ごす事数時間ほど、すっかりと太陽が沈んできて、空の色が変わり始める時間帯。

 窓から空の変化に気付いた優希がふと時計を見やって、ぱたりと読んでいた本を閉じる。

 「そろそろ楓さんも帰って来るね。今日は俺も夕飯作るの手伝おうかな…」

 「んー、優希は一応お客さんな訳だし、そんなに気を使わなくて良いんだぞ?って…今更か」

 既に近衛家の朝食と昼食は優希が担当している。それまではその時その時で各自が作ったりで割と適当な面があったが、それが今や彼女に完全に任せきりとなっていた。

 これは元の生活に戻った時に苦労しそうだと、日向は事が落ち着いて優希がアパートに戻ってからの事を憂いて、優希はくすくすと小さく笑い声を上げる。

 「料理は好きでやってる事だから。それに…誰かに美味しいって言ってもらえるのは結構嬉しいし」

 チラリと横目に日向を見ながら言う優希はほんのりと頬を赤く染めてパッと視線を逸らす。

 「優希が言うならそれで良いけどさ。優希の飯が毎日食えるのは俺も嬉しいしな」

 顎に手を当てて思慮深げに言う日向に、優希は思わず肩を跳ねさせる。普通に話せるようになったとはいえ、まだ意識してしまう部分もあるのだ。

 とはいえあまりにさらりと自然に言ってくるものだから、まさかといった可能性が優希の脳裏に浮かぶ。

 「…日向、他の女の子にもそういう事言ってたりするの?」

 「え?いや、優希にしか言わないって。そもそも他の女子の料理とか食ったこと無いし…、悲しい事言わせるなよこの野郎」

 優希にしか言わない、この部分でぱっと顔を輝かせかけた優希であったが、しかし後半、食ったことない、悲しい事、この部分を耳にした途端、彼女の胸に嫉妬の炎がメラリと燃え上がる。

 「…ふーん、食べたいんだ。他の女の子の料理」

 「…あれ、なんか怒ってね?」

 「ううん、全然?」

 言葉とは裏腹に、優希はこれ見よがしにぷくりと頬を膨らませる。 

 別に日向が誰の料理を食べようと関係ない、優希にそこに変なこだわりは無かった。けれど、日向が顔も知らぬ女の料理を食べて褒めちぎっている姿を想像した彼女は、それは面白くないと思った。  

 「決めた、今日から俺も夕飯作るの手伝う」

 そして、気が付いた時には彼女はそう宣言していた。

 「え、今日からかよ。流石に朝も昼も作ってるんだし、負担になるんじゃ…」

 「全然大丈夫だから、作るったら作るの」

 「おい、優希?優希さん…?」

 完全にムキになってしまっている珍しい優希の姿に、日向も何がスイッチになったのかと困惑する。だが、一度こうなってしまうと日向が何と言っても意見を変えないのが彼女だ。

 ぷいと可愛らしくそっぽを向いてしまう彼女を前にして、早々にこれは諦める他なしと諦めて受け入れる日向。

 だが、そこで彼は一つ違和感を覚えた。そっぽを向いていた筈の優希、けれど、その視線が窓の外へと向けられている。何を見ているのかと不思議に思った日向が視線を辿って窓の外を見てみると、下の方で外に出ている竜司の姿を見つけた。

 何処か剣呑な雰囲気を纏っている彼ともう一人、見覚えの無い男が竜司と何やら話し込んでいる風であった。

 「竜司さん、誰かと話してる?」

 「あぁ、けど客なら家に入れて話すだろ。何で親父はわざわざ外で話してんだ?」

 日向の感じた違和感は竜司、近衛家の家柄に基づいている。

 武術を代々受け継いできた家系として礼節に関しては普通の家以上に厳しい家だ、その当主が夏の暑い時期に客を前に立ち話をするなど、あまり考えにくい行動であった。

 これだけでも日向が驚愕するに余りある内容であったが、しかし本当に彼が驚く出来事はこの先にあった。

 「あ…」

 優希が微かに声を漏らす。彼女の視線の先では、竜司がその大きな拳を持ち上げて、話し相手へと振り下ろしていた。

 武術とは誰かを守るためのモノ、その心情からはかけ離れた行為だ。

 殴り飛ばされた男はふらふらと立ちあがると、竜司を一度振り返ってその場を後にする。二階の部屋で呆気にとられた日向と優希、ふと振り返った男の視線が彼らの部屋の方へと向けられて、すぐに逸らされた。

 「…優希、あの人が誰だか知ってたりするか?」

 まだ竜司の行動に対する衝撃が抜けきらぬ中、彼がそこまでした相手は誰なのかとそんな疑問から日向は優希へと問いかける。

 余程の事をしでかしたに違いない、それが現時点での日向の印象であった。そしてそんな日向からの問いに対して、優希もまた呆然とした表情で首を横に振って答える。

 「ううん、全然知らない人」

 

   

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