【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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26話

 

 昼食を終えた優希と日向は、予定通り再びショッピングホールの方へと戻っていた。

 店内を歩く彼らだったが、先ほと互いに意地で食べさせ合って食事を終えたせいか、二人の間には何処かくすぐったい様な空気が流れている。何故こうなったのか、理由を追求していけば美鈴の影が映るわけだが、総じて彼女の思惑通り、正気に戻った今、日向も優希も食事前と比べて互いを強く意識してしまっていた。

 「…そのさ、さっきも言ったけど、弁当美味かった」

 「あ、ありがとう…」

 照れを隠すためかぶっきらぼうに、けれど直球に日向が弁当に対する感想を伝えると、優希は軽く頬を染めて俯いてしまう。

 そうして会話が途切れ、周りの喧騒がやけに明瞭に聞こえる静寂が二人の間を包んだ。

 いつもは気にならない筈の距離が近く感じ、日向は咄嗟に軽く離れようとするが、横にずれた途端優希もまた同様にそれを追って、二人の距離は変わらない。

 驚いたように目を丸くする日向。チラリと横目に優希の様子を伺うも俯いたままの彼女の表情は彼からは見えず、困ったように後頭部をかいた日向だったが、諦めたのかはたまた気にしない事にしたのか、それ以上距離を取ろうとはしなかった。

 「あ…」

 当てもなく店内を歩き回っていると、ふとそんな声を上げて優希が足を止めた。

 「ん、優希?って、あぁそゆこと」

 唐突に立ち止まった優希に首を傾げる日向は、彼女の視線を辿るとすぐに納得の声を上げる。

 彼らの視線の先にあったのはモールの中心にある広めのスペース。よくヒーローショーなどが開催されているそこで、でかでかと掲げられている看板に書かれているのは『わんわんふれあいコーナー』の文字。

 柵で覆われた中の方では様々な犬種の犬たちがスペースごとに分けられて、楽しそうに駆け回ったりじゃれ合ったりしており、そんな犬たちと触れ合うべくそれなりの数の買い物客たちが参加している。

 そして、日向の隣で根が生えたかの如く動かなくなった優希は、大の動物好きであった。

 「ひ、日向、あれ…」

 くいと袖を引いて言外にあちらに行きたいと訴えかける優希。反射的にイエスと答えかけた日向だったが、ふと彼女の方へと振り返ると出かけた言葉を止めた。

 日向とて、人並みではあるが犬は好きな為やぶさかでは無い。しかし先程の件が尾を引いているのか、おずおずと控えめに言ってくる彼女に嗜虐心を刺激された彼は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 「…どうしたんだよ優希、いきなり立ち止まって。早く行こうぜ」

 「え…?」

 わざとらしく言いながら再び歩みを始める日向の背を、ぽかんと呆けたような表情で見つめるのも束の間、彼の意図する所に気付いた優希は表情をムッとさせながら足早に離れた背を追いかける。

 「ちょっと待って、日向…」

 「いやー、次はどこ行くか迷うなー。やっぱりゲーセンか?それか靴とか見に行くのもアリだし、他には…」 

 「待ってってば…!」

 いくら声を掛けてものらりくらりと聞く耳を持たない日向に業を煮やした優希が語気を強めてしかと彼の手を掴んだ。そうして振り返った先に日向が見たのは、ぷくりと頬を膨らませてあからさまに不機嫌ですといった風貌をした少女の姿であった。

 それと同時に、日向の顔に浮かんだ笑みを見た優希は益々へそを曲げそうになるも、彼女には今何よりも優先すべき事柄がある。日向の腕を掴んだままもう一方の手で目的の場所を指し示し、大きく息を吸った。

 「私、あっちに行きたい!」

 別段大声という訳でも無いが妙に勢いの乗せられた彼女の言葉を受けて、日向は驚いたように目を見開き、そしてすぐに堪え切れないとばかりにふき出すと腹を抱えて笑い始めた。

 突然笑われる形となった優希は今度こそへそを曲げてしまって、困惑しながらも眉根を寄せる。

 「な、何で笑うの…」

 「だってお前、さっきの、丸っきり駄々こねる子供みたいでさ」

 優希の抗議の声に、日向は息も絶え絶えになりながら答える。すると、それを聞いて自分の言動を振り返った彼女の頬にカッと急速に熱が籠った。

 「それは、急に日向が変な事するから…!」

 「はいはい、悪かったって。あんまり反応が良いからさ、つい遊びたくなるんだよ」

 しどろもどろになりながら弁明しようとする優希を見て、日向は益々笑みを深めつつ、しかし流石にやり過ぎたと思ったのか片手で詫びる。

 優希もこうして謝られてはそれ以上責める事も出来ない、完全に切り替えるとまではいかないものの、いくらか溜飲を下げて息を吐く。

 「…もう、次やったら日向の夕飯のおかず一品にするからね」

 「作ってはくれるのな。ほんと、優希はそういう所だよなー、根が優しいと言うか何と言うか」

 「…っ!良いから、早く行こうよ」

 これ以上喋らせてなるものかと、平静を装いながら優希は日向の手を引いて歩き出す。しかし、頬に差した朱色までは隠せないようで、後ろ顔から覗くそれを見てまた零れそうになる笑みを抑えながら、日向はチラリと自分の手を掴む優希の手に視線をやる。

 (今日はよく優希に手を引かれる。…こういうのも、悪くないな)

 こみ上げてくるものとは別の笑みをその顔に浮かべて、日向は手の引かれるがままに彼女の後を追った。

 

 

 

 「わっ…、日向見て見て!」

 若干興奮気味な優希の声に日向が振り返ってみれば、そこにはころりと優希の前で寝そべってお腹を見せている子犬と、それを見て目を輝かせている優希がいた。先程までの出来事は全て忘れてしまったかのようにはしゃぐ彼女を、日向は『切り替え早いな…』と苦笑い混じりに見つめる。

 二人がいるのはふれあいコーナーの中だ。腰程の高さの柵で囲われたそこでは、様々な犬種の犬たちが自由に動き回っており、好きなもので囲まれるこの場は優希にとって正しく楽園であった。 

 日向も優希もペットを飼ったことは無く、周囲にもそういった人はいない為、必然的に動物と触れ合う機会は少なかった。稀に優希がテレビなどで子犬子猫が映ると、『良いなぁ』と呟いていたのを覚えている彼にとって彼女の反応は頷けるものだった。

 日向の生温かい視線に気づく様子も無く、恐る恐ると目の前の子犬に手を伸ばす優希。子犬は人慣れしているようで、特に逃げる素振りは見せない。そしてその手が子犬に触れた瞬間、彼女の顔がパっと輝いた。

 「わ、毛並み柔らかい…、日向、触れたよ!今私、子犬撫でてる…!」

 「そだね、良かったね。…何故俺の所には一匹も来ない…?」

 言葉の通り、愕然として辺りを見渡す日向の近くには寄り付こうとする子犬たちの影は無かった。一応、彼の周囲を通りそうになる子も何匹かいるが、しかしいざ日向が触れようとすると鳥を散らすように逃げて行ってしまうのだ。そんな彼が優希を見つめる視線の中には、微かな羨望もまた含まれていた。

 不思議に思っていたのは優希も同じで、一匹も子犬の寄り付かない日向を見て彼女も首を傾げる。

 「ね、どうしてだろ…、メスしかいないって訳でも無いだろうし…」

 「だよな…おい今なんつった?」

 聞き逃しならないと日向がガンつけるも、優希は知らぬ存ぜぬで目を逸らす。とはいえ、女性関係の縁の無さは前々から言われていた事でもあり、日向自身その可能性を否定できない為悔しそうに唸り声をあげるのみである。

 「でも…」

 何とか触れられる子犬が何処かにいないものかと日向が探しに立ち上がりかけた所で、優希がぽつりと呟く。

 「近くに、逃げない子がいるよ…?」

 「…確かに、そうだった」

 浮かせかけた腰を下ろすと、緊張からか生唾飲み込みながら、日向は早速とばかりに手を伸ばす。それを見た優希はそっと目の前に居た子犬を抱き上げて、彼の方へと近づけた。

 優希に抱かれた子犬は為されるがままで、遂に日向の手が届く。

 「おぉ…」

 その感触にと言うよりは子犬に触れた、その事実に日向は思わずと言った形で感動の声を漏らした。避けられていただけにその感動は一際の様で、日向はしばし夢中になって子犬を撫でる。

 喜んでいる彼の様子に『良かった』と優希は安堵するが、しかしふと顔を上げた途端近くに見えた日向の顔に、意図せずして真正面から目と鼻の距離にまで近づいた事に気付き、体を硬直させる。

 「あの、ひ、日向…」

 「あぁ、腕疲れるよな。けど待ってくれ優希、もう少しだけこの感動の余韻を感じさせてくれ」

 「そうじゃなくて、顔、近い…」

 消え入りそうな声で優希が言うと、ようやく日向は顔を上げた。しかし至近距離でそんな事をすれば当然の様に間近で目を合わせることになる。

 互いが互いに吸い込まれるようにその瞳に見入って、暫しの間二人はその体制のまま動かなくなり、その間に子犬は退屈そうに一つあくびをした。

 「…わ、悪い」

 「う、ううん、大丈夫」

 詫びを入れつつそそくさと少し距離を取る日向に問題ないと返す優希だったが、その言葉に反して彼女は照れたように俯いている。

 距離を取ったとはいえ、手が届かない程は離れていない。改めて日向は優希の抱いた子犬に触れる。

 「…にしてもさ、何でこいつだけ逃げないんだろうな。他は近づこうともしてこないのに」

 気まずい空気を払拭する様に日向が口を開く。

 言いながら横目に丁度周囲を通りがかった子犬と目を合わせるも、子犬はくるりと回れ右をして他の客の方へと行ってしまった。

 「うーん、日向が怖いのかな…」

 「怖いか…?こんなにイケメンで雰囲気も柔らかいこの日向様が?」

 「もしかしたら、そういう所かもね」

 日向の傲慢ぶった言い回しも優希にとっては慣れたものである。適当に躱しながらも、しかし実際にそう見えている自分が居るのだからもしかすると本当の事なのかもしれない、などと考えて、優希は自分で自分に呆れてしまう。

 とはいえ、日向とて本気でそう思って言っている訳でも無い、精々が本音五割くらいである。日向は自分が触れても逃げない子犬を撫でつつ、ふと子犬を抱く優希へと目を向ける。

 「ま、実際は優希がこうして抱いてくれてるのが大きいんだろうな。…頼むから俺が離れるまで下ろさないでくれよ?これで下ろした瞬間逃げられたら俺の心が折れる」

 「分かったから、そんなに悲しそうな顔しないでよ」

 そもそも最初から逃げなかったのだからいらぬ心配であるのだが、しかし他の子犬に逃げられたという事実も変わらない為か、割と堪えている様子の彼を優希は気遣い顔で励ます。

 そうして暫くの間二人は子犬と触れ合いを楽しみ、結局触れ合いコーナーが終了するギリギリまでそこに滞在していた。

 

 

 

 時間帯としてはそろそろおやつの時間といったあたりで、周囲にはちらほらとクリームたっぷりの飲み物を持った若者の姿がちらほらと見えている。

 子犬との別れを済ませた二人は再びショッピングモールの中を歩いていた。

 「…んー、楽しかったけど、ちょっと腕が疲れたかも。ずっと同じ体制だったから、固まっちゃった」

 ぐっと腕を伸ばしながら言うのは、つい先ほどまでずっと子犬を抱いていた優希だ。子犬という事も有り重量的にはそこまで負荷は無いが、それでも体制を維持し続けるのはキツかったようである。

 そんな彼女を見て、日向は何処か申し訳なさそうに頭をかいた。

 「悪いな優希、俺が犬に逃げられるばっかりに。…本当に何であんなに逃げられたんだ…?」

 「まだ気にしてたんだ…」

 優希程動物好きではない日向だが、やはり嫌われるともなると話が別なのだ。未だ納得がいかないとばかりに首を傾げる彼の様子に、優希は思わず苦笑いを浮かべる。

 そうして話ながら歩いていると、ふと優希は通りすがりの家族へと目がいった。まだ若々しい夫婦、妻らしき女性は赤ん坊をその手に抱いている。それを見て、優希は自分の腕へと目を落としながら口を開いた。

 「でも、子犬でこんなに疲れるんだから、日常的に赤ちゃんを抱っこしてるお母さんってもっと大変なんだね。私、これで何時間も抱っこできるのかな…」

 赤ん坊と言えば、個人差はあるが生後0か月で平均2,3キロはあるものだ。そこから更に体重は増加していき、一年後には4倍程度になっている。

 ただでさえ筋力が低いと自覚のある優希にとってはどうしても気になってしまうようで、ふにふにと自らの柔らかな二の腕を揉んでいる。

 「まぁ、その辺りは実際に経験した親に聞く…あー、いや、やっぱ今の無し」

 何となく答えかけて咄嗟に訂正する日向だったが、しかし訂正するには遅すぎた。優希の家庭事情は日向自身よく知るところだ。迂闊に口を滑らせた自分を呪いつつ、日向は彼女の様子を伺う。

 「そんなに気にしなくても大丈夫だよ、日向。その話はもう終わった事だし、私もある程度自分なりに気持ちの整理はついてるんだから」

 けれど、日向の心配に反して優希の顔には笑みが浮かんでいた。

 母親は生まれた時には既に他界して、父親は優希を置いて姿をくらませた。そんな彼女が一時期不安定になるのも無理なからぬことであった。

 日向も当時は既に優希とよく行動を共にしていたし、近くで見てきた為、今でも意図的にその手の話題は避けるようにしていた。

 「けど、今のは完全に俺が気を抜いてた」

 「変に気を遣わなくても良いのに…、それならこの体になった頃のセクハラの方が酷いくらいだったよ?」

 「あれは…、はい、すんませんでした」

 その件を出されては日向も何も言えない。自分でもやり過ぎな自覚のある彼はすぐに頭を下げた。柄にもなくしょんぼりとしている日向に、優希はくすくすと笑い声を漏らす。

 「…いや、お前、笑い事じゃないからな?」

 「うん、ごめん…。でも、日向がそんなに落ち込んでるのが珍しくって。告白して振られた時より落ち込んでない?」

 適格な優希の言葉に、バツの悪そうにする日向。実際その通りなのだから否定のしようも無く、ただ無言のまま顔を逸らす日向に、優希はさらに笑みを深めた。

 優希にとって、この件は既に過ぎた事だ。しかし当人はそう思っていても、傍から見ればそうでなく見える事も少なくない。日向の場合も正にそれで、同じことは繰り返すまいとより過敏になっている節がある。

 だからこそ、優希は大丈夫だと示すように、日向に向けて微笑んで見せた。

 「ね、日向。私ね、日向のおかげで前向きになれたんだよ?昔も、今も。だから、いつもみたいに自信満々な日向で居てよ」

 「優希…」

 呆然と、日向は優希を見つめる。

 おかしな話だ。これまでずっと日向は優希の事を支えてきた、支えてきたはずなのに、いつの間にかその立場が逆転してしまっている様にさえ感じている。

 何故か、その理由に日向は既に思い至っていた。

 「…お前、やっぱり変わったよ」

 日向は頭を抱える勢いで、ため息交じりにそれだけ零す。

 「それ、良い意味で?」

 「良い意味で。良すぎて一周回って悪い意味になるレベルだこの野郎」

 「何それ」

 くすくすと笑う優希を見つめ、日向は一度気合を入れる様に強く両頬を叩いた。彼女が進んだ以上、彼もまた置いて行かれる訳にはいかない。

 「よし、もうしんみりした話は終わりな。優希、今日は明日筋肉痛にくらい遊び倒すから、覚悟しろよ!」

 「…うん、勿論!」

 にっとその顔にいつもの笑みを浮かべて日向は優希の手を引く。急に手を取られた彼女は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐにその顔に笑顔を咲かせて彼の後を追った。

 

 

 

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