【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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3話

 

 『一晩で女性へと変化した元男性が失踪。現在も行方不明に』

 スマホの画面に映し出されたその見出しに、優希と日向は揃って言葉を失い、冷房の効いた部屋に冷たい沈黙が伸し掛かる。

 突如として男性から女性へと体が変化したという、いわば衝撃的な出来事を前にして尚二人が落ち着いていられたのは、偏にその非現実性が故であった。

 日向は優希の変わらぬ人間性から普段通りに接し、優希も最初こそ戸惑いもしたが、日向が変わらずに接してくれたことにより落ち着きを取り戻し、二人は互いの存在によって、この非現実的な出来事をどこか他人事のように感じていた。

 しかし、失踪、行方不明。このたった二単語が、いとも簡単に、逃れようのない現実を二人に突きつけた。

 失踪と聞けば自然と考えてしまうのはその理由だ。どうして、何故失踪してしまったのかと、抱いた好奇心に突き動かされるがまま、思考は勝手にいくつもの候補を脳裏に浮かばせる。当然、内容の善悪に問わず、無作為に。

 「…誘拐?」

 やがて、優希がその結論に至るのもまた自然なことだった。

 人間の体がたった一晩で別人ともとれるほどに変化するなど、普通に考えれば有り得ない、前例のない異常事態だ。それだけに、原因について調べようとする者、単に興味を持つ者が後をたたなくとも不思議では無い。

 しかも、ニュースなどでも詳しく話されているわけでは無いが、現時点で該当するのは臨時ニュースに載った人と優希の二人のみ。

 その希少性からも、この二人に莫大な価値がある事は、まだ学生である優希にも簡単に理解できた。

 「馬鹿言うなって、別に決まったわけじゃ無いだろ」

 「でも、居なくなったって…」

 顔を青ざめさせる優希に日向はあっけらかんと言葉では否定してみせるが、しかし日向もまた優希と同じ考えへと至っていた。

 勿論、単に足取りがつかめないだけで、そんな事件性は無いのかもしれない。けれど同時に誘拐では無いという確証も無い。

 だが、それを踏まえた上で尚、日向はいつもの様ににやりと笑みを浮かべた。

 「心配しすぎだ。ほら、いきなり身体が変わったから、お前今ナイーブになってんだよ。悪い方に考えすぎてんの」

 「日向、今はふざけてる場合じゃ…!」

 「知ってる。だからさ、一旦落ち着こうぜ」

 詰め寄る優希を、日向はとんと軽く肩に手を置いて押しとどめる。

 もしかすると謎の組織どころか、国まで関与していてもおかしくないし、誘拐された後どんな目に遭わされるかは想像するに余りある。

 けれど、それは全て今回の件が誘拐であることが前提であった。

 「どっちにしたって俺たちにできることなんて少ないんだ、不安になるくらいなら気楽にいった方が断然良いに決まってる。それに、仮に誘拐犯が襲い掛かって来ても、この日向様を出し抜くなんて不可能だからな!」

 片目を閉じて見るからにカッコつける日向に、優希は何か言おうと口を開くも、すぐに毒気を抜かれたように大きく息を吐いた。

 「…もう、馬鹿日向。真剣に考えてるこっちの方が馬鹿みたいじゃないか」

 「はいはい、どうせ俺は馬鹿ですよーっと。それより優希、前に追加されたダンジョンの続きやろうぜ。今日こそクリアしてやるんだ」

 「うん、そうだね、勿論。アイテムはどれ持っていく?」

 「えー、そうだな…」

 各々が自らのスマホを手に、テーブルの前隣同士で二人は座る。真夏の空の下、心地良い冷気に包まれた部屋の中には、いつも通りの日常が流れ始めていた。

 それからしばらく時間が経過して、太陽も空の頂点へと到達した頃。二人きりの部屋に、くぅと子犬の鳴き声のような微かな音が響いた。

 スマホの画面を眺めていた日向が聞き慣れない音に顔を上げて音の出所へと目を向けてみれば、そこには同じく目を丸くして自らの腹部を眺める優希の姿。

 「今のって優希の腹の音か?」

 「そうだと思う…、そう言えば朝から何も食べてなかった」

 「確かに、もう昼も近いもんな。俺もそろそろ小腹が空いてきた」

 時計を見ながら日向もまた腹をさすった。現在は時刻にして11時半。昼飯時ともなれば、食欲旺盛な学生の胃の中は空っぽにもなっていよう。

 「よし、優希、ラーメンでも食いに行こうぜ。あぁ、今回は自分で払うから安心してくれ」

 軽く手を叩いて日向が立ち上がる。一応おごられまくっている自覚はあったようで、先んじて宣言する日向に優希は苦笑を浮かべた。

 「そこは心配してないよ。でも、外に出るなら服どうしよう…」

 そう言う優希が現在身に纏っているのは、だぼだぼなTシャツにサイズの合わなくなった短パンだ。

 座っている間は特に問題にはならなかったが、しかしそれでも時折優希がずれた服を直しているのを日向は目撃しており、改めて優希の姿を見て納得の声を上げる。

 「あー…、確かにそれで外には出れないな。一回家に帰って美鈴の服でも持ってくるか?」

 「美鈴ちゃんに見つかったら日向戻ってこれなくなるでしょ。…あ、そう言えば押し入れにまだ…」

 ふらふらと頼りない足取りで優希が押し入れへと向かい、襖を開けて中にあったいくつかの段ボールの内の一つを取り出した。

 少し埃の被ったそれを開けると、綺麗に畳まれた数枚のTシャツが顔を覗かせる。

 「その服って、優希が中学校くらいまで着てたやつ?」

 「うん、成長期で背が伸びたから着れなくなったんだけど、何となく捨てれなくって。こんな形で役立つとは思わなかった」

 懐かしむように目を細める優希だったが、すぐにはっと目的を思い出すと、一枚のシャツを手に取ってからふとその場で仁王立ちしている日向へと目を向けた。

 「…あのさ、着替えるからちょっと台所の方に行っててくれる?」

 「私は一向に構わん。着替えなされよ」

 「お前に見せる胸は無い、早く出て行けこの変態」

 目を座らせた優希に背を押され、あえなく日向は台所へと追いやられる。

 優希とて見られることが別段恥ずかしいというわけでは無いのだが、見たくもない親友の一面を見せつけられるのは極力避けたいのだ。

 とはいえ、日向もこうなると分かった上でやったことな為、特に文句をいう訳でもなく、素直に台所へと向かい優希の着替えを待つことにする。

 「優希、着替え終わった言ってくれ」

 「分かった」

 型番ガラスの扉一枚を隔てた先に居る日向に一言だけ返してから、優希はシャツの裾へと手をかけた。

 

 

 

 「日向、着替え終わったよ」

 「ん、おー、ずいぶん時間かかったな…って、まだふらついてるんだから当然か」

 数分ほどたってようやく扉越しに声がかかり、がらりと音を立て日向は扉を開ける。

 先ほどのだぼっとしたシャツとは異なり、丁度よいサイズのシャツを身に着けた優希は、何処かぎこちない動きをしつつも幾分か慣れてきたのか今にも転びそうな危うさは無かった。しかし、それでもまだ本調子とは言い難いようで、時折よろけている。

 「今更だけどさ、ラーメンで良かった?そもそも優希は動くこと自体まだ不自由だし、ここで食べるなら俺が昼飯作るし」

 「日向は納豆二パックと豆腐一丁でお腹膨れるの?」

 「ラーメン食いに行くぞ、異論は認めん」

 優希を気遣った提案をする日向であったが、松江家の食糧事情を知るや否や即座に掌を返しゴーサインを出す。

 米も無い、おかずも無い。もはやダイエット食としか言いようのないそれらだけでは健康優良児の腹を満たすには到底足りないという事は明白であった。

 「ということで、乗れ優希。今日は俺がお前の足となろう」

 改めて方針も決まったところで、おもむろに日向は優希の目の前に背を向けてしゃがみこんだ。詰まるところ優希をおんぶで運ぼうと言うのだ。

 「歩くくらいならできると思うけど」

 「いやいや、あの辺道悪いから危ないだろ、それにこっちの方が早く着く」

 「絶対最後のが本音でしょ」

 「ばれたか」

 にやりと優希が笑えば、日向もまた同じ様に笑う。

 日向の言う様に、優希とて歩けはするものの普段に比べれば歩幅も小さくなっておりその速度は亀の如しだ。ただでさえの炎天下。熱射病のことまで含めて優希の体調を考えれば、これが最善であった。

 「じゃあ、お願い」

 「任せろ、靴は…スニーカーで良いか。これは手に持っててくれ。あっと、顔に近づけたら今日のラーメンに唐辛子を十は振るからな」

 「しないよそんなこと…、乗るよ?」

 「来ませい」

 軽口に苦笑いを浮かべた優希は、日向から靴を受かってから、恐る恐る日向の背にその身を預ける。

 日向も背中に軽い重みが加わった事を確認して、ぐっと力を込めて立ちあがろうとしたその時、彼の体に電流の如き衝撃が走った。

 ピタリと唐突に動きを止めた日向を不審に思った優希が首を傾げる。

 「日向、どうかしたの?」

 「何でも無いです」

 優希の呼び掛けに対して、あからさまに日向の口調が変わった。

 「え、何で敬語」

 「何でも無いです、本当です」

 嘘である。紛う事なき嘘である。

 優希は知っていた、日向は本気で何かを隠そうとしている時にこんな風にバレバレな嘘をついてしまう事を。しかし、それが分かった所で、何を隠そうとしているかまでは察することが出来ない。

 浮かぶ疑問から思考を巡らせる優希。すると、ふと日向の背中と密着し柔らかく形を変えている自らの胸部へと思い至った。

 「日向、お前…」

 「ギクッ。違うんだ優希、別にこれが目的だったわけじゃなくて、偶然の産物と言うか不可抗力でだな…!」

 「どうだか」

 体を離した優希の冷ややかな声を聴いた日向は一瞬体を震わせ、慌てて必死に言い訳を捲くし立てる。その舌の回り具合たるやラップで世界を狙えるのではないかと思える程であったが、しかし優希には届かなかったようで彼女は一つため息をつくも、その言葉とは裏腹に再び日向の背に体を預ける。

 「…あの、優希さん?」

 戻ってきた柔らかな感触に戸惑い交じりに日向が優希へ呼びかけた。やっぱり歩くと言われるとばかり考えていただけに、彼にとってもこれは予想外だった。

 「不可抗力なんでしょ。今だけは許してあげるから、早く行こうよ」

 優希は目をつむり諦めたように言った。彼女とて昨日まで男として生きてきており、日向の気持ちが分からない訳では無い。胸を意識されるのが嫌だというよりは、それにより露呈する親友の一面を見たくないだけなのだ。

 「マジ…?やったぜ!Fuーーッ!!」

 「わっ」

 目の前で奇声を上げられて思わず優希は目を白黒させる。優希の見たくない日向の一面を具体的に言うなら、まぁ、こういう所であろう。

 「そんなに嬉しいの?女になったと言っても、昨日まで俺も男だったんだけど」

 「馬鹿お前、優希は優希だし、おっぱいはおっぱいだろ」

 「…うん、嬉しいような呆れたような、今凄く複雑」

 真顔で諭すように言ってくる日向。割と欲望に忠実である日向のその考え方には優希自身救われている自覚があり、優希は言葉の通り喜びと呆れの混じった表情をその顔に浮かべた。

 

 

 

 家を出た二人は、おんぶをした状態で、灼熱の太陽の下を行きつけのラーメン店へと向かっていた。触れ合う肌に鼓動を高鳴らせる、なんてことも当然無く。ただ平坦に見慣れた道を進んでいる。

 周りにある水田には、この時間帯には既に昼休憩に入って誰もおらず、周囲から聞こえてくるのは蝉の鳴き声のみであった。

 「なぁ、優希。ちょっと考えてみたんだけどさ」

 「ん、何を?」

 すぐ前から聞こえてくる日向の声に、優希はきょとんと顔を上げて聞き返す。

 「お前さ、しばらくうちで暮らすつもりはない?」

 「うちでって、え、日向の家でってこと?」

 「そうそう」

 寝耳に水で目を丸くする優希に比べ、日向はまるで世間話でもするよう何ともなしに応える。

 「ほら、暫く様子を見るから病院へはいけないだろ?うちなら優希の健康状態くらいなら診断できる人がいるし、それにそんな状態で一人暮らしはさせられない」

 そう話す日向の脳裏にはふらふらと頼りない佇まいの変わり果てた優希の姿。慣れてくるにしてもしばらくは動きに支障が出るに違いない。仮に普通に生活できるようになったとしても周囲の住人の目もある。それに、今は表に出ないだけであり、優希の体に何かしら異常があってもおかしくはない以上(そも性転換の時点で異常ではあるのだが)医療従事者が傍に居る環境というのは必要であった。 

 それらを日向が説明すれば、優希も納得はする。しかし、彼女にも引っかかる点はいくつかあった。

 「でも、大丈夫なの?日向の家族を巻き込むことになるし、それにまだ竜司さんの許可も取れてないんでしょ?」

 「あー、大丈夫大丈夫。うちにいるのは全員タフな人間だし。親父も事情を聴いたらきっと許してくれるって」

 「うーん、そう?…なら…」

 「よし決まり。ならラーメン食ったら一旦うちに行こうぜ、許可取るついでに事情の説明する感じで。今から美鈴の驚く顔が目に浮かぶなー」

 迷う優希にやや強引に話を決める日向は、恐らくは圧倒的なまでの優希との間にある胸部装甲の差を目前にして悲鳴を上げるであろう自らの妹の姿を思い浮かべて、さもおかしそうに喉を鳴らして笑う。

 日向の家である近衛家は由緒正しき武家の家系である。

 古くから続く武術を代々受け継いできたこの家系は、本家である近衛家を筆頭に様々な地域に分家を構えている。現在はそこまで大きな権力を持つでもなく武術道場を構えるのみだが、親戚一同のつながりは強く、地域との関りも深いため人の力、人望という点においてはまだまだ健在であった。

 日向が優希を家に招くのもその人の力があることが大きい。現在不足している情報を集めるには、この人脈が最も都合が良く、信頼できた。

 「美鈴ちゃん元気?最近はあんまり家に行っても会えなかったけど」

 「それはもう、溢れてるくらいに。今朝も優希の家に行くって言ったらついて来ようとしてた。あいつも少し前から体術収めて次の段階に進んだんだけどさ、薙刀選んだもんだから打ち合い稽古が辛くてな…」

 近衛家の道場ではまずは体術から始まる。

 全ての資本となるのは己の肉体からだということもあり、一通りの体術を収めた後にそれぞれが剣術、薙刀術、弓術などから選んだ一つ道を極めていくのである。

 「あ、美鈴ちゃん薙刀選んだんだ…、それ、かなり日向意識してそう」

 「多分、見栄えもあるんだろうけど、俺が剣術だから確実に狙いに来てやがる」

 珍しく(稽古に関してはむしろ常ではあるが)げんなりとした様子で日向が肩を落とす。

 基本的に、剣と薙刀ではリーチの長さからして薙刀がかなり有利なのだ。その為、打ち合い稽古として立ち会う際は日向の目が基本的に死んでしまう程キツイのである。

 「しかも基本的に稽古狂いだから、どんどん技術を身に着けてきてさ。毎回毎回やってくること変えてきやがるの。あいつ絶対婚期が遅れるタイプだと俺は見るね」

 「相手がいないのは日向も一緒でしょ。でも、美鈴ちゃんは何だかんだ相手見つける気がするけど」

 「…俺は?」

 「諦めて」

 バッサリと優希の言葉に斬り捨てられ崩れ落ちそうになる日向であったが、そこは何とか持ちこたえて歩みを再開する。

 近衛日向は強い男である。この程度ではめげぬ、泣かぬ、諦めぬ。ギラリと輝く太陽の光を受けて、きらりと漢涙に光が反射した。

 

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