【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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5話

 

 「おっちゃん、ごちそうさまでした!」

 「ごちそうさまでした、美味しかったです」

 交換したことにより何とかラーメンを完食した日向と優希は会計を終えて、口々に言いながら店の出口に向かっていく。

 「毎度あり!嬢ちゃん、サービスするからまた来てな!」

 「は、はい、ありがとうございます」

 「またなーおっちゃん」

 一拍遅れて二人の背に厨房から店主の声が掛かり、それに答えた優希はぺこりと頭を下げてから一足先に店を出て、日向は軽く手を振りながら彼女に続いた。

 日向が外に出ると、優希は気が抜けたように肩を落として大きく息を吐いていた。

 「はー、ここでこんなに緊張することになるなんて思わなかった」

 優希にとってこのラーメン屋は来慣れた場所だった、当初は少し演技するくらいと楽観的に見ていた側面もあったが、やはり実際に目の前で初対面同様に扱われれば想像と違った部分もあったようだ。

 「ま、暫くの辛抱だな。落ち着いたら改めて来て、おっちゃんを驚かせてやろうぜ。『嬢ちゃん、ゆう坊だったのか!?』って、多分腰抜かすぞ」

 「それはそれで悪い気がするなー…、でも、その時が来たらちゃんと謝りたいな。嘘ついてごめんなさいって」

 「気にするような人でもないだろ。それよりも、そろそろうちに向かうぜ」

 先に話していた通りに近衛家へと次の目的地を定めると、日向は優希が乗りやすいよう彼女の前で屈んだ。しかし、いくら待てども一向に優希が背に乗る気配が無い。不思議に思った日向が振り返れば、優希は躊躇する様にその視線を彷徨わせていた。

 「優希?」

 日向が声を掛けると、優希はぱっと取り繕う様な笑みを浮かべる。

 「あ、日向、俺この体にもそろそろ慣れてきたしさ、ここからは自分で歩こうかなーなんて…」

 「…嘘つけ、さっきの今で変わるわけないだろ。それに、流石にあからさま過ぎ。何か気にする様な事でもあったか?」

 露骨に視線を逸らす彼女が嘘をついていることは、日向で無くとも理解できるであろう。

 「いや、別に、気にするって訳じゃないんだけど…」

 日向の返しに対して言いにくそうに優希は口をまごつかせる。

 「なら、理由くらい言えるだろ?」

 しかし、ジッと射抜く様な日向の視線を受けてようやく観念したのか、彼女はゆっくりと胸や内をこぼし始めた。

 「そのさ、朝から今まで甘えてちゃってたけど。俺、ずっと日向に迷惑かけてる、大変なことに巻き込んでる。だから、これ以上は…その、あんまり迷惑になる様な事したくなくて…」

 「優希…」

 伏目がちでしゅんとしている優希を、日向は呆気に取られた様子で見つめた。

 「迷惑って、なんのことだ?」

 そうして言葉を続けた日向は言葉通り、優希が何を言っているのか分からないと不思議そうに首を傾げた。そんな彼を見て、今度は優希が目を丸くする。

 「え、その、色々気を使わせたり、まだ上手く歩けないから運んでもらったり…」

 「ふむふむ、成程。言わんとしていることはなんとなく理解できた。…で、その上で聞くけど…それのどこが迷惑なんだ?」

 ぽつりぽつりと一つずつ挙げられた内容を受けた日向は、今度は少し真剣な表情で再度問いかけた。とはいえ、別に怒りを抱いているというわけでは決してない。ただ、何処までも優希の言う迷惑と日向にとっての迷惑は別物であり、その為に日向は優希がそこまで気にする理由が分からないのだ。

 そして、純粋な疑問が故に優希もたじたじになる。

 「だって、身体変わったから、日向も気を使ってるでしょ?」

 「いやいや、確かに体調面の心配はしてるけど、気を遣ってるなら胸の感触に奇声を上げたりしないと思うんだ」

 首を横に振って否定する日向。

 そんな彼の返答に、確かにと優希はこれまでの経緯を思い返して納得する。それと同時にお前が言うなとも若干呆れて混じりに思う。

 「…でも、おんぶで運ぶのは日向でも辛い筈で…」 

 尚続ける優希であったが、しかしそれを聞いた瞬間、日向の表情が死んだ。すんと喜怒哀楽が抜け落ちた、完全なる無である。

 「優希、お前に一つ言っておくことがある」

 「な、なに?」

 突然様子の変わった目の前の親友に動揺しながら優希が問い返せば、日向はふっと力の無い笑みを浮かべる。

 「普段の稽古に比べればこの程度、苦労の内にも入りはしないんだ」

 そう話す日向の顔に浮かぶのは悟りにも似た達観であった。彼のあまりの達観ぶりに、優希と日向の間に決まずい沈黙が流れる。

 「…日向、普段どんな稽古してるの?」

 「聞くな、その事はあまり思い出したくない」

 詳細は話そうとしない日向に、彼の苦労を何となく察した優希であった。

 

 

 

 その後、結局優希は日向に背負われることとなり、二人はラーメン屋を離れて近衛家へと向かっていた。

 「日向、本当に重くない?」

 「それが全然。お前家着いたら体重計ってみろよ、40あるか怪しいぞ」

 「え、そんなに軽くなってるんだ…」

 心配から声を掛ける優希であったが、日向の感想を聞いて自分の変わり具合に目を丸くする。

 変化前の優希の体重が50㎏で、日向の感覚が正しいとすると約10㎏も体重が減った事になる。ここまで一気に体重が減少すればかなりの負担が体に掛かることは明白で有り、日向が優希の軽さに背筋を凍らせたのもこれが理由であった。

 「…けど、いくら軽くても疲れるものは疲れるだろうし、辛くなったらすぐ降りるからちゃんと言ってね」

 「はいはい…って言っても、割とすぐに着くだろうし、それにオートリジェネもついてるしな」

 「オートリジェ…おい」

 「すんまへん!」

 日向が何の事を言っているのか察した優希から叱責が飛んできて、日向は悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 近衛家は優希たちの通う学校とは真反対に当たる町の東側の山側に存在する。

 時間にして五分程、畦道を進み、山の際を沿うような道の突き当たりを左にさらに進んでいくと、やがて上へと続く坂道が見えてくる。頭上を覆う木々の合間を縫うような木漏れ日が差し込むその道を登って行き、ようやく優希と日向は近衛家へと到着した。

 「…ってことで到着しましたよ、お客さん。お代は結構ですんで、またのご利用お待ちしております」

 「はい、もう二度と利用しません。…お疲れ、日向」

 「なんのなんの、降ろすぞー」

 軽口を叩き合いながらゆっくりと優希を下ろし、しっかりと立った事を確認した日向はそっと支えていたその手を離す。

 「日向、結構汗かいてる。熱中症とかなってない?」

 「ん、あぁ、その辺はばっちりよ。そんなやわな鍛え方はしてないからな」

 まさか自分が心配されるとは思っていなかった日向は虚を突かれて、一瞬反応が遅れた。持ち前の代謝の良さで汗をかいてしまっただけなのだが、微かに残る負い目が優希を少し過敏にしているのだ。

 「それより早く入ろうぜ、この時間なら美鈴も稽古終わってるだろうし、親父も部屋にいる筈だからさ」

 「う、うん。お邪魔します」

 「ただいまー」

 がらりと引き戸を開けて二人が家の中へと入る。そうして玄関に上がった二人は、丁度玄関の前を通りがかっていた一人の少女と鉢合わせた。

 Tシャツ一枚に短パンのラフな格好。風呂上がりか微かに頬を上気させており、ミディアムロングの髪を下ろして、肩にタオルを掛けている彼女は、棒アイスを咥えたままぽかんと家に入ってきた二人を見ていた。

 「お、美鈴、ただいま!」

 「…」

 日向が朗らかな笑みで声を掛ける彼女は近衛美鈴。日向の一つ下の妹である彼女は、けれど尚も無言のままその場からピクリとも動かない。

 「丁度良かった、お前にも話しておきたい事があるんだけどさ…」

 「…な…」

 「ん、美鈴?」

 優希が女性に変化してしまった件について説明をしようとする日向であったが、ふと様子のおかしい美鈴の様子に疑問から言葉を途切れさせる。

 よくよく見てみれば少し俯いて目元を隠した美鈴は微かに体を震わせていて、そして棒アイスを凄まじい勢いで食べきった次の瞬間、ぐっと力強くその拳が握られた。

 「何しくさってんだ、このクソ兄貴がッ!!」

 怒号と共に日向の鳩尾へと鋭いボディブローが突き刺さる。

 「が…!?」

 防御も間に合わず、諸にそれを受けた日向はあまりの衝撃に体を苦の字に曲げて膝を付きそうになる。だが、美鈴の攻勢はそこで留まらず、体制を崩した日向の懐へと素早く潜り込んで、そのまま見事な背負い投げを披露して、玄関にどしんと重々しい音が鳴り響いた。

 「ひ、日向!?」

 瞬く間にぼこぼこにされる親友の姿を見た優希が驚愕交じりの悲鳴を上げるが、美鈴には届いておらず、ただ目の前の男を誅することにしか意識が向いていないようであった。

 「ちょ、美鈴、少し待て!」

 ちゃっかりとあそこから受け身を取っていた日向が何とか立ち上がろうとするも、聞く耳を持たない美鈴は倒れこんだ日向を締め技の体制へと持ち込む。

 「黙れこの性欲魔人!友情よりも性欲の方が大事なんだっていうの!?優希さんの事放っておいて女引っ掛けてくるなんて信じらんない…このまま落ちろっ!!」

 「ぐおっ、ち、違う、そこにいるのが優希なんだって!」

 「んなわけないでしょうが、優希さんは男の子でこんな可愛い女の子じゃない!」

 ギリギリと容赦なく締めてくる腕を必死に押さえつけながら日向が弁明するも、完全に頭に血が上っているのか美鈴はその手を緩めようとはしない。何なら更にヒートアップしている始末だ。

 そんな二人を見た優希は、このままでは埒が明かないと、意を決して二人の間に割って入る。

 「み、美鈴ちゃん、あの、本当に俺が優希なんだけど…」

 「貴女まで何言って…!…って、あれ?」

 乱入者の出現に目くじらを立てて振り返り、改めて優希の顔を見た美鈴は途端に呆然と優希の顔に見入ってしまう。その間に、腕の力が緩んだのか日向が締め技から抜け出したが、しかしもはや美鈴の関心はそこには無かった。

 「優希…さん?いや、でも顔違う…けど、なんか雰囲気が似てるような…もしかして親戚?え、でも…?」

 頭上一杯に疑問符を浮かべる美鈴は今にも頭から湯気を出してしまいそうで、目の前の現実を上手くできていない事をありありと感じさせている。

 「美鈴も見たんだろ、昨日の臨時ニュース」

 「臨時ニュースって…あっ、あの性別が変わったって…」

 「その、俺もそれになっちゃったみたいなんだよね」

 日向と優希の助け舟もあり、ようやく美鈴は一応の納得を見せる。しかし、まだ信じ切れていない部分もあってか、疑わしい視線を優希へと向けていた。

 「…優希さん、一つ確認のために質問をするので答えてください」

 やがて美鈴が提案したのは質問への解答。確かに、本人確認を行う上で当人同士しか知らない質問と言うのはかなり有効である。

 「う、うん、分かった」

 美鈴の意図をくみ取って、生唾を飲み込み若干緊張交じりに優希が頷いた。それを確認してから、美鈴は厳かに口を開く。

 「兄貴がおねしょをしていたのはいつ頃まで?」

 「ん?おい」

 「幼稚園年長の秋頃まで」

 「ちょっと待て、何でお前もそれを詳しく知っている!??」

 思わぬところから自らの醜聞を晒されて、更に隠し通していたはずの親友にまでそれを知られていた事実に日向はかなりの衝撃を覚える。

 「本当に…優希さんなんだ」

 だが、そんな日向には目もくれず、美鈴は驚嘆の息を吐いて優希を見つめた。対する優希もまた、美鈴に受け入れられた事で安心した様に顔を綻ばせている。

 「美鈴ちゃん、信じてくれるの?」

 「はい、勿論です!さっきは疑ってすみませんでした」

 「ううん、大丈夫。気にしないで」

 はたから見れば一見少女同士の和解シーンで、さぞ綺麗に映えるところであったが、しかし一人だけ納得のいかない哀れな男がその場にはいた。

 「待て待て、なに人の醜聞をきっかけに綺麗に収めようとしてる。っていうか、優希にはそんな事話した覚えはないぞ!?」

 そう、いくら親友と言えどもまさかおねしょ歴まで話すわけでは無い。どこから情報が漏れたのか、それを聞き出そうとする日向であったが、しかしこの場においてはその犯人は明白であった。

 「うん、だって美鈴ちゃんから聞いたし」

 「兄貴の稽古中に優希さんが来たことがあったから、その時に話したんですよねー」

 「ねー」

 「美鈴…お前…」

 息の合った仕草の二人を前に、がくりと日向が項垂れる。

 美鈴は幼い頃から優希に良く懐いていた。優希自身、そんな美鈴を実の妹のように可愛がっており、日向が居なくとも優希と美鈴が二人で話しているのはよく見られる光景であった。

 そして現在、女性へと変わった優希と美鈴のやり取りは仲睦まじい姉妹のそれにしか見えず、日向も彼女らのあまりに自然なやり取りに密かに驚いていた。

 「…なぁ、まさか他にも話してたりしないよな」

 ふとした可能性に思い当たった日向が恐る恐ると二人に問いかける。

 結果から言ってしまえば、日向のその予感は的中していた。まさか都合よく優希と美鈴がその部分だけ話していたという訳も無く、当然余すことなく互いの握る秘密は打ち明けられていた。

 「他に…あ、ラブレターの話?」

 「…」

 「優希さん、それ結構まずい奴かもです。見てください、兄貴の顔。この世の終わりみたいな絶望感がにじみ出てますよ」

 中でもとびっきりの黒歴史が飛び出てきて、あまりの事態に思わず日向は絶句する。

 これに関しては両者にすらバレていない筈の事件。それを知られて、かつ共有されていたという現実は容易く日向の心のヒットポイントを全損させていた。

 遂には両膝を突く日向の様子に、流石にやりすぎたと慌てて優希が駆け寄る。

 「ご、ごめん日向。そこまで気にしてるとは思わなくって…」

 「ははは、良いんだ優希。安いもんだ、俺の恥くらい。それでみんなが笑顔になってくれるなら…」

 「いや、そこは全員痛々しい顔になると思うけど」

 クリティカルヒットである。日向はもう立ち直れない。

 優希の何気ない一言は、かすかに残っていた日向のHPを完全に消し飛ばしてしまった。

 「まぁ、茶番はこのくらいにして」

 先ほどまでの悲壮感は何処へやら、日向はそう言うと、すくりと何事も無かったかのように立ち上がった。

 立ち直りの早い男、それが近衛日向である。でもなければ連続で女子に告白など出来ようはずもない。

 「日向のそういう所ちょっと怖いんだけど」

 「長所だぞ、一応。けど、正直若干ダメージは残ってるからさっきの話は掘り返さないでくれ、絶対にだ、絶対に」

 念押しするよう繰り返す日向。どうやら彼の中では未だに尾を引いているようだ。

 切り替えるように深く息を吐くと、日向は改まった様子で美鈴に向き直る。

 「美鈴、今日から優希うちに住むから、よろしく」

 「あ、そうなの?おっけー」

 そうして割と重大な報告が、さも明日の天気でも話すかのように軽く流されて、これには思わず優希も瞠目した。

 「美鈴ちゃん、俺が言うのもなんだけど、本当に良いの?」

 「はい、他でもない優希さんですし。寧ろ優希さんと毎日話せるのはアタシも嬉しいです。それにこんなに可愛い子がこれから毎日家に居ると思うとちょっと興奮します」

 「美鈴ちゃん…?」

 「はいストップな、美鈴、一度深呼吸をしろー」

 鼻息を荒く仕掛けたところを日向に止められて、美鈴ははっと我に返った。彼女は少々可愛いものに対して目がなく、現在の優希の姿は美鈴の好みド直球なのである。

 「すみません優希さん。失礼しました。」

 「悪いな優希、最近会えなかったのもあるだろうけど、こいつが慣れるまでちょっと我慢してくれ」 

 ぺこりと頭を下げる美鈴の姿に、優希は既視感を覚えた。その出所はと言うと美鈴の隣に立つ日向の姿。

 「…やっぱり、美鈴ちゃんと日向って兄妹だよね」

 「え?そりゃまぁ」

 「そうですよ?」

 空笑いを浮かべる優希の言葉に、日向と美鈴はきょとんとした顔で返した。 

  

 

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