【完結】友愛分かたれ恋となる   作:ワンダーS

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6話

 

 「じゃ、俺は親父に説明してくるから、優希は美鈴の相手してやっててくれ」

 それだけ言い残すと、日向は足早にその場を去っていき、優希と美鈴の二人が玄関に残された。

 友人の妹と二人きりと言うのは気まずさを感じさせる、そんな風潮も一部ではある様だが、しかし、この二人に限ってはそんな事もなく。

 「ところで優希さん、一つお伺いしたいことがあるんですけど」

 「うん、なあに?」

 いつもの調子で話しかけてくる美鈴に、日向に向ける時とは異なり柔らかく微笑んで優希が問い返すと、美鈴はそんな彼女の顔から視線を下げて行き、彼女の着ている服をジッと睨め付ける。

 「その服…何ですか?」

 「え?えっと、小学生の時に着てた服…ですけど」

 美鈴から発される圧力を受けて、謎に敬語になりながら優希が答えると、美鈴はあからさまにその顔を歪めた。

 「そんな、折角こんなに可愛いのに…服が致命的すぎる…」

 どうやら優希の着ている服がお気に召さない様だ。美鈴とて年頃の女の子だ。ファッションにも気を遣っており、そもそも可愛いもの好きである事からも、服装には人一倍拘りを持っていた。

 そして、そんな美鈴の目から見ても、現在の優希は素材としては完璧であった。そんな彼女がファッション性の欠片もない服装をしている事が、美鈴の神経を刺激しているのである。

 「うぅ、やっぱり我慢ならない!優希さん、今からアタシの部屋に来て下さい!」

 「わっ、ちょっと!?」

 優希の手を取るや否や、美鈴は彼女の腕を引いて自室のある二階へと駆けた。まだ不慣れな身体の優希は途中転びそうになるも、何とか持ち直して二人は美鈴の部屋へと辿り着く。

 「どうぞ、優希さん。少し散らかってますけど、ベットの上にでも座って下さい」

 「は、はい」

 部屋に入り、目を白黒させている優希をベットに座らせると、部屋のクローゼットへと美鈴が向かっていった。

 これから何が始まるのか、首を傾げる優希であったが、戻ってきた美鈴が手に持っているモノを見て頬を引きつらせる。

 「…なにそれ」

 「アタシの服です。正直自分だと着こなせない服がいくつかあったんですけど、優希さんなら似合うと思って」

 話しながらも、ずいと近寄ってくる美鈴から逃れるように優希が後ろに下がろうとするが、不運かな、ベットの幅はそこまで広くも無く、とんと背に当たった壁の感触に優希はもう逃げられないのだと察する。

 両手一杯に服を抱えた美鈴。良い笑顔を浮かべた彼女は、自分を見上げる優希を前に、獲物を捕らえた蛇のように舌なめずりをした。

 「さ、優希さん、お着換えしましょっか!」

 

 

 

 「きゃーっ、可愛い!」

 数分後、部屋には美鈴の甲高い悲鳴にも似た歓声が響き渡っていた。

 パシャパシャと四方八方から素早くカメラのシャッター音を鳴らす彼女の視線の先には、先ほどまでの味気の無いTシャツとズボンとは異なり、フリルをあしらえた白いワンピースを身に纏う少女、優希の姿があった。

 「み、美鈴ちゃん、あの、流石にこれは…」

 「大丈夫、ちゃんと似合ってます。何ですかこの可愛い生き物、最高、これこそ天の恵み!長髪っていうのもポイント高いですよね、アタシはほら、武道しているからどうしても伸ばす決断が出来なくって…!」 

 興奮から鼻息荒く捲くし立てる美鈴に思わず苦笑いを浮かべる優希であったが、その佇まいは落着かなげで、時折動きに合わせてひらりと揺れるスカート部分を手で抑えている。

 「そういうことじゃないんだけど…」

 生まれて初めて履くスカートの通気性、心もとなさに翻弄される彼女は頬を薄っすらと上気させている。

 「それより、サイズとかどうですか?今はアタシの方が背が高いので、十分着れるとは思いますけど」

 元々は優希の方が身長は上であったが、変化した後の優希はかなり背が小さくなっており、今や美鈴を微かに見上げる側へと回ってしまっていた。

 それ故に、美鈴の服であっても優希が袖を通す分には問題は無かった。ただ、とある一点を除いての話ではあるが。

 「あ、うん。肩幅とかは良くてさっきよりはマシなんだけど…ちょっと胸周りがキツイかな…」

 「…」

 神は何処までも残酷なようだ。

 優希の言葉に悪意など諸々の感情は一切なく、ただ純粋な感想を述べただけである。しかし、その言葉は鋭い刃となり、美鈴を見事に一刀両断し、彼女の顔から感情が抜け落ちた。

 優希と美鈴の違い、それは何も身長に限った話ではない。具体的にいうなれば、胸部装甲の差だ。

 Tシャツ越しでも分かる優希のふくよかな胸部に比べ、美鈴にそれは無い。優希がボインだとすれば、美鈴はストン。しかし、ここで決して貧しいなどとは言ってはならない、あくまで美鈴はスレンダー体系なのだ。

 「あの、美鈴ちゃん。目が怖いんだけど」

 いくら自己肯定感を高めているとはいえ、羨ましいものは羨ましいようで、一瞬美鈴の瞳にメラリと嫉妬の炎が燃え上がっているのを優希は目にしていた。

 「あ、すみません。流石に元男性の優希さんにすら負けた自分って何なのかと思っちゃって。…良いなぁ」

 そんな直球な羨望を向けられて、優希はどう反応すればと迷いつつ曖昧に微笑む。

 胸の大きさを羨まれたところで、優希自身の自意識は男なのだ、更に相手が親友の妹ともなればより一層複雑な感情にもなるというものだ。

 「ね、そろそろ着替えても良い?流石に親友の妹の服を着てるのって、結構罪悪感とか凄くて…、あと、スカートがね、その、落ち着かなくて…」

 懇願交じりに言う優希は、そろそろ羞恥心の限界が来ているのか先ほどより一層頬を上気させていて、語尾に近づくい連れてどんどん声が小さくなっていた。

 そんな優希にこれ以上その恰好を強要するほど、美鈴も鬼ではなかった。

 「そうですね、なら、次はこっちの服にしましょうか」

 こくりと頷いた美鈴に優希が安堵するのも刹那、はいと手渡された二着目の服を手に、優希は手元と美鈴の顔と交互に見比べる。

 「美鈴ちゃん、俺さっきまで着てた服に着替えたいんだけど…」

 「駄目です、折角可愛いのにあんな服を着ているのは最早服に対する冒涜ですよ。それに…」

 そこで一旦言葉を区切ると、美鈴は二人きりの部屋であるにも関わらず優希に近寄ってこそりと小声で耳打ちをする。

 「優希さん、ブラ付けてないでしょ。さっきみたいにサイズギリギリで胸周りに装飾の無い服だと、その、先端が若干浮かび上がってですね」

 「……え!?」

 美鈴の話を聞いた瞬間、優希は素っ頓狂な声を上げてパッと反射的に自らの体を抱いて胸部を隠した。彼女の心に浮かび上がってくるのは、先ほどとは比べ物にならない得も言えぬ羞恥だった。

 自分でも何故ここまで恥ずかしがっているのか分からぬまま、けれどそれに振り回されるように優希は真っ赤なその顔を上げる。

 「もしかして、日向もその事…」

 「気づいてるでしょうね、確実に。あの変態が見ない筈もないので。で、気づいた上でどうしようもないから指摘しなかったんじゃないかと」

 「…ラーメン屋でもいつの間にか日向が前に出てた気が…」

 「あー、あそこの人達はそんな細かい所に気付かないので、そこは気にしなくても大丈夫です」

 美鈴が気休めの言葉を掛けるが、しかし日向にはバッチリと見られていた、この事実が優希の羞恥心をこれでもかと駆り立てていた。

 「とまぁ、それを踏まえた上でもう一度聞きますね」

 にやりとした笑みを浮かべてゆらりと揺れる美鈴が、優希からは取引を持ちかけてくる悪魔の化身にしか見えない。

 「さっきの服を着ますか?それとも、アタシの服を着ますか?」

 一応問われたものの、しかし、この時点で優希の答えは一つに決まってしまっていた。

 躊躇う様に唸り声を上げる優希であったが、ついには観念して意を決して口を開く。

 「服…貸して下さい…」

 「はい、喜んで!」

 羞恥からプルプルと体を震わす優希に対し、美鈴は満足気な笑みで良い返事をした。

 

 

 

 優希が美鈴の毒牙に掛かってから早十数分ほど経過した頃、父親である近衛竜司との話を終えた日向は一人、優希と美鈴の二人がいるであろう美鈴の部屋へと向かいながら、ふと優希の安否について思案していた。

 日向自身特段問題は無いとは思っているものの、美鈴が暴走しない確証も無く、寧ろ現在の優希の容姿が美鈴の好みであることに違いは無い為、手を出さない方が難しいとすら考えている。

 実際その通りであったがわけだが、それは兎も角、余程の事でもない限り悪い方には転ばないだろうというのが日向の結論であり、やはり特に心配はしていなかった。

 (あとは、優希がどれだけ抵抗するか次第だけど…)

 相手となる優希に関して思考を向けてみるが、しかしこれに関しては日向も難しいと言う他無かった。なにせ基本的に優希は押しに弱く、流されやすい性格であることは日向もよく知るところだ。そんな彼女がエンジンの掛かった美鈴を前に断りきることなど出来る筈がない。

 さて、優希はどんな格好になっているのだろう。あれこれ考えている内に美鈴の部屋の前に到着した日向は、そんな期待に胸を膨らませながら、軽くノックしてから扉を開けた。

 「二人共、お待た…」

 「あ、日向」

 そうして視界に収めた部屋の中、飛び込んできた目の前の光景に日向は思わず言葉を止めた。

 聞こえてきた声に振り返る優希は先ほどまでの少年のようなTシャツとズボンではなく、フリルの付いたクリーム色のブラウスを身に纏い、ひざ丈程の黒いスカートからは傷一つない綺麗な白い足を覗かせている。

 「…美鈴」

 「なに、兄貴」

 暫くの沈黙の後、日向はおもむろに今回の功労者の名を呼ぶとそのまま力強くサムズアップした。

 「グッジョブ」

 「当然」

 「なんでそこで二人は通じ合ってるの…」

 したり顔でサムズアップを返す美鈴と日向のやり取りに、当の優希はがくりと肩を落とす。そんな彼女の着ているブラウスは、いささか胸部に窮屈さを感じさせるものの、装飾のフリルが上手く胸元を隠していた。

 これにより当面の問題は解決した訳だが、とはいえ親友にこの姿を見られるのはまた別問題な様で、じっと見てくる日向から隠す様に優希は腕を身体に巻き付けている。

 「日向、美鈴ちゃんに服を借りたのは仕方なくだから、そこは勘違いするなよ」

 「分かってる分かってる。流石にアレよりはそっちの方が良かったんだよな、勿論分かるとも」

 紅潮した頬にうっすら涙目と、癖に刺さりそうな表情で言ってくる優希に対して日向はあくまで冷静にどうどうと落ち着かせる様に声をかけながら彼女を押し留める。

 実際には日向の内心は狂喜乱舞であるが、それを表に出すと本気で優希が拗ねかねない為、そこは彼もグッと堪えていた。

 「それで兄貴、お父さんなんて言ってた?」

 「ん、あぁ、良いってさ。二階に空いてる部屋もあるから取り合えずそこを優希の部屋にして、布団とか必要な物もこの後運ぶ感じ」

 近衛家はそれなりに大きな家であることもあり、日向たちの部屋とは別に来客用のいくつか空き部屋が存在している。その中には用途の決まっていない部屋もあるのだが、今回優希に見繕われたのもそのうちの一つであった。

 「おっけー、それじゃあ優希さん、優希さん用に見繕った服も後で部屋の方に持っていきますね。あ、後他にもヘアゴムとか必要そうな小物も一緒に」

 とんとん拍子に進んでいく話に置いて行かれてぽかんとしていた優希であったが、ようやく理解が追い付いてきたのか何か言いたげに口を開く。

 「あ、あの…」

 「先に言っとくけど遠慮は無しだからな、優希。ここまで来たんだ、諦めて全部受け入れちまえよ」

 しかし、先んじた日向に内容を言い当てられてしまい、言葉の行方を見失った優希はただ開いた口をまごつかせる。

 こういう時、優希がどんな反応を取るか。付き合いの長い日向に加えて彼に次ぐ美鈴ですらそれは容易く想像できた。

 「そうですよ、優希さん基本的に人に甘えるの下手なんですから、こういう時くらいちゃんと甘えてください」

 「そんなことは…」

 「ある」

 「あります」

 続いた美鈴の言葉に反論しようとする優希であったが、逆に二人から声を揃えて反論を食らい今度こそ黙り込む他無くなる。日向だけでなく美鈴にまで言われるのだから、相当である。

 そんな優希へと、ニコニコとした笑みを浮かべながら美鈴が確認に問いかける。

 「優希さん、分かりましたか?」

 「は、はい」

 彼女の笑顔に気圧された優希が頷くのを確認して、改めて三人はこれからの予定について話を続けていった。

 

 

 

 粗方方針が決まった所で、日向たちは一階の居間へと降りることとなった。

 美鈴は稽古終わりのシャワーを浴びた後でまだ昼食を取っていなかったため一旦食事に向かい、優希と日向は二人、畳の上に腰を落ち着けていた。

 「はー、日向の家の和室って広いよね…足伸ばしても誰にもぶつからないし」

 「ん、まぁな。あと優希、スカートであんまり脚広げると奥見えそう…もう少し」

 「…見るな変態」

 いくらか緊張も解けてきたようでリラックスしてだらりと足を延ばす優希。

 それによりスカートの裾から覗く肌面積が広がった所をじっと見つめる日向に指摘されて、優希はそっと脚を閉じながらジトリした視線を日向へと送る。

 「日向、俺の体見て嬉しいの?」

 「え?うん。さっきも言ったけど優希は優希で、女体は女体なんだ」

 「その謎理論、あんまり外では振り翳さない方が良いよ」

 などと、割と馬鹿げた会話を繰り広げている二人だったが、そんな彼らのいる部屋の襖が不意に静かに音を立てて開いた。

 自然と日向と優希の視線がそちらに向く。二人の視線の先に立っていたのは和服に身を包む熊の様なガタイの良い男性、日向の父親である近衛竜司であった。

 「あ、親父」

 「竜司さん、ご挨拶が遅れて…」

 慌てて立ちあがろうとする優希を、竜司はそっと片手を上げて制止する。

 「いや、結構。優希君、日向から話は聞いたよ。その件について少し詳しく話を…」

 落ち着いた低く響く様な声で話す竜司は、しかし、優希の姿を視界に収めた瞬間、驚きから微かに目を見開いた。

 すると、それを見た日向が明らかにやっべと何かやらかした様な表情を浮かべる。

 「成程、そういう事か」

 眉間に皺を寄せ、唸る様に口にする竜司。その口ぶりから聞かずとも察した様子だが、そんな竜司の反応に日向はだらだらと脂汗を流し始め、流石に優希も不審に思った優希はそっと耳打ちをする。

 「…日向、何かしたの?」

 「…さっきただ優希が困ってるってだけ伝えて、優希が女になったって伝え忘れてた」

 「それは竜司さんも驚くよ」

 こそこそと小声で会話を続ける二人、そんな中竜司は無言のまま優希の姿を見つめていた。

 「…優希君」

 「はい!」

 不意に竜司に呼びかけられて、優希は反射的にピンと背筋を伸ばしながら返事をした。

 「君の事情は大体理解した。この家は自分の家だと思って、好きに過ごしなさい」

 「あ、ありがとうございます」

 優希がしっかりと頷いたのを確認すると、次に竜司は日向はと目を向ける。

 「日向、重要な事はきちんと全て伝える様に」

 「はい、すんません」

 それだけ言い残すと竜司は踵を返して部屋を出て行った。最後にちらりと優希を流し見た彼の瞳に映っていたのは微かな憐憫と昔を懐かしむ様な哀愁であった。

 

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