夜もすっかりと更け、窓の外からは鈴虫の音色が鳴り響いてくる頃。日向は部屋に一人、あからさまに暇そうにぐでりとテーブルに身を突っ伏していた。
そんな彼は今頃優希は美鈴によって洗礼を受けているだろうと想像しながら、意味も無くスマホの画面をつけては消して、適当なアプリを開いては閉じてを繰り返している。
「…」
いつもは騒がしい日向だが、流石に一人で騒いでいる訳も無く。普段を知る者から見れば最早恐怖を抱く程に物静かなその様子を知る者は恐らく彼の周りでは一握りであろう。この辺りは父である竜司とは瓜二つであると言っても過言では無かった。
あまりにも暇が過ぎてスマホをいじる事にも飽きた日向は、そのままごろんと後ろへと倒れ込んで天井をの光を見上げる。
親友が女になったと知ってから片時も絶えることなく張り詰めていた日向の緊張の糸は、家に帰ってから随分とほぐれてしまっていた。
「…まだ、ここからだよな」
たった一日、事態が動くにはまだ早すぎる時間帯だった。
仮に、万が一本当にもう一人の性転換者が誘拐されたのであれば、虎視眈々と次の獲物が現れるのを待っている者がいるだろう。
日向はぐっと腹に力を込めて起き上がると、ばしりと両頬を叩いて気を引き締める。すると、それと同時にトントンと部屋の襖がノックされた。
優希が戻って来た、そう考えた日向は立ち上がると軽い足取りで部屋を横断する。
「なんだよ優希、ノックなんかして…」
襖を開けながら声を掛ける日向だったが、優希の顔があるであろう位置に現れたのは着物に包まれた筋肉質な胴体。
目を丸くして言葉を止めた日向が顔を上げると、そこに立っていたのは日向の父である近衛竜司であった。
「話がある、書斎に来なさい」
端的にそれだけ伝えると、竜司は踵を返して背を向ける。
「え、親父?話って?」
咄嗟に日向が問いを投げかけるも、ここで答える気はないと言う様に竜司は無言のまま歩を進めて遠ざかっていく。
それを理解した日向は疑問に思いながらも、取り合えず部屋を離れる旨を優希のスマホにメッセージで送ってから、すぐさま竜司の後を追って部屋を出た。
日向が書斎に入ると、部屋の中ではいつもの様に竜司は文机の前に敷かれた座布団に座っていた。
「…そこに座りなさい」
そう言って竜司が視線を向けるのは日向の方を向いた竜司と向き合う様に敷かれたもう一枚の座布団。日向が座ったのを確認すると、竜司は改めて振り返って座り、二人の視線が交差する。
しばしの間、沈黙がその場を支配した。そして、そんな沈黙を先に破ったのは日向であった。
「それで話ってなんだよ、親父。優希を家に置いておけなくなったとか、そういう話?」
軽い調子で話す日向であったが、その顔は真剣だった。
しかし日向とて、まさか竜司の話がそれであるとは考えておらず、予想通り竜司も首を横に振って否定する。
「いや、違う。既に決定したことに関して、私からとやかく言うつもりはない」
「あ、そう。けど、優希には聞かせられない話ではあるんだろ」
だからこそ、竜司はこのタイミングで日向に声を掛けた。そして、現状で優希に話せない話題となるとかなり限られてくる。
自然と日向の視線が鋭くなる。それを受けた竜司は、肯定するように一つ頷くとゆっくりとその口を開いた。
「日向。私は、何故優希君の身体が女性へと変化したのか、その理由を知っている」
「…は?」
竜司の言葉を聞いた日向の口から漏れ出るように呆けた声が出る。
当然だ、つい先日発表されたばかりな筈の現象の原因について知っていると、専門家でもない人物から言われたのだ、驚くなと言う方が無理な話だった。
「冗談?」
「真実だ。私は、こんな事で虚言を吐くような人間ではないつもりだ」
知っている。だからこそ、日向は混乱していた。
日向はあらゆる情報サイトで検索を掛けて前例を調べていた。けれど、やはり同じような症例はニュースで出たモノだけで、あれから他に新しい情報は見つからなかった。
つい先ほどだって直近のニュースを確認していたが、結果は同じだった。にも拘らず、目の前の男はそれを知っていると言う。
「どういう事だ、どうしてあんたが知ってる。あんた、今回の件にどう関与してんだ」
徐々に語気が強くなっていくのを、日向は抑えることが出来なかった。
日向自身、親友である優希の身体の変化に思うところが無いわけでは無い。これが人為的なものであるのならば、躊躇いなく彼は矛を向けるであろう。
それ故に、その相手に繋がるであろう竜司に対する日向の態度は刺々しいモノとなっていた。
しかし竜司とて、それは承知の上だ。彼はその上で、日向に対して自分は知っていると打ち明けたのだ。
「正確に言えば、どうして女性になったのかを知っている。原理までは私には分からない。あくまで、私は部外者だった」
「そんな事はどうでも良い、俺が聞いてるのは知っている理由だ。親父、あんた俺の知らない所で何してるんだよ」
「…それは話せない」
きっぱりと竜司が言い放った次の瞬間には日向は竜司の胸倉を掴んでいた。瞳孔の開いた目で、今にも殴り掛かりそうな彼は、しかし一筋だけ残された理性でそれを抑えていた。そんな日向を、竜司は動じた様子も無く静かに見つめている。
「おちょくってる訳じゃないんだよな。何かの試験のつもりか?」
「勿論、私とてお前たちの助けになりたいとは考えている。しかし、私にはそれを話す資格がない。お前が望むなら、その固く握った拳も甘んじて受け入れよう」
ちらりと竜司の視線が動いた先では、血が滲みそうな程に握られた日向の拳が震えていた。しかし、結局その拳が振られることは無く、日向は一度大きく息を吐いてそっとそれを解いた。
父親である竜司は口が上手くはない。これは日向も良く知るところで、今はそれが悪い形で出ているだけだった。その上で日向が激高してしまったのは、それだけ今回の件について彼が過敏になっている為だ。
「親父、わざわざ神経を逆撫でする様な事しないでくれよ」
「だが、話の根幹を話せないのも事実だ、これだけは何よりも先に伝える必要があった」
そう話す竜司の瞳に微かな自責の念が浮かんだのを目ざとく日向が気づく。先ほどの話せない理由に関係があるのか、そんな疑念がふと日向の脳裏によぎるが、今はそれよりもと見て見ぬ振りをした。
「はいはい、分かったよ。あと、さっきはごめん。熱くなりすぎた」
「気にするな、私も話す順序を間違えた」
落ち着いたところで日向が座り直し、改めて二人は向かい合う。
「それで、俺に話って?理由を話せないなら、本題は他なんだろ」
「あぁ、日向、お前に一つ忠告しておくことがある」
「忠告?」
竜司の言葉を繰り返す日向。そうだと頷きながら竜司は言葉を続ける。
「近いうちに、優希君に大きな選択が迫られる。これは彼女自身が決めなければならない、彼女にしか決めることが許されない事だ。お前は、優希君がどのような選択をしようとも、受け入れる覚悟をしておきなさい」
話し終えると同時、竜司の鋭い眼光が日向の瞳を射抜いた。その様はまるで、父親として子に言い聞かせると共に、師としての教えを弟子に授けているかの様であった。
そして、日向もまたそれに応えんとぐっと背筋を伸ばして、真正面から師を見据える。
「…はい、勿論です。何があっても、俺は絶対に優希の傍を離れないし、あいつを守り切って見せる。これが近衛日向が定めた、自分を自分たらしめる約定だ」
これは幼い頃から日向が定めている信条だ。これを破れば、万人が肯定しようとも日向自身が自らを別人であると称する程、彼の根幹に関わる重要な要素。これがあるからこそ自分は近衛日向であるという、一種の自己肯定であった。
「そうか…」
それだけ呟いた竜司は何事か思案するようにそっと目を伏せた。やがてゆっくりと瞼を開ける彼の表情は幾分か和らいで見えた。
「私から話しておく事は以上だ。何か要望があれば今の内に言っておきなさい」
「いや、現状でも十分すぎる。あえて言うなら、もし何か話せる情報が手に入ったらすぐに寄こして欲しいくらいだな」
「分かった、その時はすぐに伝えよう」
肩をすくめる日向に竜司が薄く笑みを浮かべると同時に、ぴりついていた書斎の空気が一気に緩和され、重要な話は之で終わりであると言外に伝えられる。
それを察した日向も、緊張させていた体を弛緩させ、両手を後ろ手にリラックスする体制を取る。
「ところで日向、優希君はどうした。先ほどは姿が見えなかったが」
不意に問いかけてくる竜司に、思わず日向はキョトンと目を丸くする。てっきり知った上でこのタイミングを狙ったのかと思えば、ただの偶然であったようだ。
「え、知らずに声かけたのかよ。優希なら…」
日向が説明を仕掛けた所で、突如として部屋の外から甲高い声が響き渡って来る。
『ちょっと美鈴。優希ちゃんとお風呂入るならお母さんも呼びなさい!』
『えー、お母さん何で入って来るの!折角優希さんと二人きりだったのに!』
内容からして美鈴と楓が優希を巡って言い争っているらしいことを、即座に竜司と日向は察する。それと同時に、間に挟まれているであろう優希がオロオロと戸惑っている様までもが脳裏に浮かぶようであった。
「…優希君には、苦労を掛けるな」
「全くだ、余計な事を吹き込んでなけりゃ良いんだけどなー」
静かに竜司が相貌を崩し、日向も軽く笑みを浮かべながら昼間の二の舞にならない事を祈る。とはいえ、致命的な部分は既に美鈴によって吹き込まれているのだから、完全にいらぬ心配である。
要件も済んで、日向はゆっくりと立ち上がると部屋を後にしようして、竜司はそれを無言のまま見送る。
「…あ、そうだった」
部屋を出る直前、日向は何やら思い出したように声を上げると、足を止めて振り返る。
「親父、別件で少し頼みがあるんだけど…」
「日向、ただいまー」
明らかに疲れ切った様子の優希が部屋に戻って来たのは、それから約一時間程が経過してからであった。
「おう、えっと、お疲れさん?」
一応風呂に入って疲れを流してきた筈の彼女だったが、どんよりとしているその表情からはとてもそうとは思えず、日向は一応とばかりに労いの言葉を掛けた。
「ありがと…、女の子って凄いんだね、毎日あんなにやることがあるなんて…」
感心した様な、疲れ切った様な、二つの感情の入り混じった声で話す優希。そんな彼女の姿は、風呂に入る前に目にしたものと比べると、日向の目から見ても違って見えた。
ラフな寝巻を身に着けている彼女の長い髪の毛はサラサラとして見るからに指通しが良さそうで、肌も乾燥を知らぬかのように潤っている。
「成程、やはり洗礼を受けて来たか。お袋まで乱入してたみたいだけど」
「うん、美鈴ちゃんと楓さんの二人がかりで色々と叩き込まれたよ。今日はもう頭に何も入る気しない」
余程疲れたのか、優希は部屋に入るとそのままぐでりと横になってしまう。滅多に見せない程に気の抜けている彼女に苦笑いを浮かべながら、日向は立ち上がると押し入れの中から布団を取り出して敷いてやる。
「優希、そのまま寝るんだろ?布団は敷いておいたから、寝るならそこで寝ろよ」
「わかった、ありがとう日向」
寝転がったまま答える優希はどう見ても力が入っておらず、今にも眠ってしまいそうだが、その内自分で移動するだろうと日向は判断して、取りあえずは放っておくことにする。
「…ねぇ、日向」
隣でスマホを弄っている日向に、不意に優希がそう声を掛ける。日向が見てみれば、優希は横になりながら彼と目を合わさぬままに続けた。
「あのさ、日向は…」
「…ん、俺がどうした?」
けれど途中で言葉を止めた優希に、日向が続きを促すように問いかけるが、優希は口を噤んだままそれ以上続きを話そうとはしなかった。
「…やっぱり何でもない。それより、そろそろ寝る。今日は疲れた」
「そうか?まぁ、優希が良いなら良いけど。優希が寝るなら、俺も風呂に入って寝るかな」
大きく伸びをしてのそのそと優希が布団の方に移動するのを見ながら、日向も部屋を後にしようと腰を上げる。床に就くには些か早い時間帯だが、彼女の疲労を思えば妥当だろう。
襖を閉める前、日向はチラリと振り返って目を細めている優希へとひらひらと手を振った。
「それじゃ、おやすみ、優希」
「うん、おやすみ、日向」
同じように手を振る優希の姿を最後に、とんと軽い音を立てて襖が閉じる。
静まった廊下、一人佇む日向は、瞼の裏に焼き付いている先の優希の姿を振り払う様に頭を振ってから、風呂に入ろうと一階へと続く階段を下って行った。
保湿もドライヤーすらも必要としない日向にとって風呂に入る時間は、近衛家の女性陣に比べれば烏の行水で、タオルでわしわしと髪の水気を取りながら彼は自室へと戻る。
冷蔵庫から持ってきたペットボトルのふたを開けて喉を潤しながら自室の布団の上に座り込むと、スマホを手に取って既に慣れた手つきでいくつかの情報サイトを見て回る。が、特段続報が出ている訳でも無く、ふと見つけたサイトでも意味も無い議論をするばかりでどれも確信には至らない。
すっかりと髪も乾いた辺りで巡回も程々に日向はスマホを放り投げ、布団の上に寝転がり、やけに長く感じた今日一日を振り返る。
当事者である優希は勿論だが、日向もまた相応に疲弊していた。
うとうとと微睡始めた所、不意に聞こえてきた襖をノックされる音に、日向は素早く目を開けて体を起こす。
「はいはい、今度はどちらさんですかっと」
すっと襖を開ける日向は、先の経験から軽く視線を上げていた。だが、目の前に誰の顔も無いことから、一先ずは竜司ではないと確認する。
「あの、ごめん日向。寝てた?」
同時に聞こえてきたのは今日一日でようやく聞き慣れてきた親友の声。視線を下げた先には、若干眉を下げた優希の姿があった。
「優希?なんだよ、寝れなくなったのか?それとも一人でトイレに行けなくなった?」
「普通に前者だよ。最初は寝れそうな気がしてたんだけど、いざ寝ようとしたら何だか目が冴えちゃって」
日向のおどけた二択にジト目を送りつつも、優希は自分で自分に呆れたような笑みを浮かべる。
「それで、今日一日を振り返ってたんだけど、今日だけで日向には沢山助けて貰ったなって、改めて思った」
「て言っても、大したことはしてないけどな。正直、ラーメンの貸しにも届いてないだろ」
「でも、俺にとっては何よりも嬉しかった。俺が今こうしていられるのは全部、日向のおかげだから」
にこりと柔らかく微笑む優希に、日向も流石にこれには照れたようでそっと横を向いて頬をかいている。
「あのさ、日向は今日一日何回俺にセクハラしたか覚えてる?」
が、続いた優希の言葉にぴしりと日向はその動きを止めた。
「…あれ、これ俺怒られる流れだったか?土下座か?土下座をすればいいのか?」
「あ、違う違う、責めてるとかそう言う事じゃなくて」
そそくさと地面に両手をつけようとする日向を、慌てたように両手を振って優希が制止する。ならばどうしてそんな事を聞くのかと怪訝に思う日向に、優希は言葉を続けた。
「こんな事でお返しになるかは分かんないんだけど、日向は喜ぶって聞いたから」
「…おい、優希?」
ようやく、日向は目の前の親友のおかしな様子に気が付いて、止めようと声を掛けるが、もう手遅れで。優希は日向を見上げながら、ハッキリと言葉を紡ぐ。
「触りたかったら、俺の身体、好きに触って良いよ。日向の好きにして良いよ」
そう言って、優希は受け入れるように日向に両手を伸ばす。そんな彼女の顔には恐れも嫌悪感も存在していない。
それを目前にした日向は、小さく優希に気付かれないように、強く唇を噛んだ。自らを戒めるために、罰するために。
「…いや、良い。優希、俺はお前に何かするつもりは無い」
「え…、何で…?」
日向の拒絶に、優希の顔に不安がよぎる。けれど、彼女の明確な怯えをかき消すように、一つ深呼吸をした後、日向は優希の両肩をがしりと掴んで続ける。
「良いか、優希。考えてもみろ、ここでお前に俺が触れれば、俺が初めて触れた女体は男友達のモノという事になる。そして、その後の俺は、途方も無い空虚感に襲われる事だろう。そう、例えるなら太った男友達の胸を触り、おっぱいを触ったと騒ぐかのような、その後に訪れるあの虚無感を、俺はもう二度と味わいたくはない」
「ねぇ、日向。もしかして経験ある?もう二度とって」
「無い、俺の記憶から消えたのだ、あの悪夢は」
「あるんだね…」
呆れ二割、同情八割の視線を向ける優希は普段通りの彼女で、それを確認した日向は内心でホッと安堵の息を吐く。
「ま、そんな訳で、俺がお前に触れることは無いから、優希もそういうのは気にしないでくれ」
「セクハラはするのに?」
「そこはほら、冗談も兼ねてるから、別腹で」
肩をすくめていう日向に、優希もまたくすりと小さく笑みを浮かべる。
「どうだかなー…。でも、分かった。日向がそう言うなら、もう言わないよ」
「あぁ、そうしてくれ」
話が丸く収まった所で、優希は小さく欠伸をする。どうやら変な緊張が取れたからか、本格的な眠気が襲ってきたようだ。
「寝れそうか?」
「うん、じゃあ、今度こそおやすみ、日向」
「おう、また明日なー」
眼をこすりながら日向に手を振ると、優希はそのまま部屋へと戻って行く。そんな彼女の背を見送ってから、日向は今一度、今度は実際に、溜めていた息を大きく吐き出した。
胸に広がる安堵とやるせなさを感じながら、日向は静かな暗闇の廊下に一人立ちすくむ。
「…お疲れ、兄貴」
すると、ふと横合いから聞こえてきた声。日向が振り向けば、そこには寝間着姿の美鈴が立って、彼を見つめていた。
「なんだよ、聞いてたのかよ。盗み聞きか?」
「まぁね、トイレ行こうと思ったら丁度二人がいたから、邪魔したら悪いかなって」
悪びれる様子も無く堂々と言い張る美鈴だったが、しかし、すぐに彼女の目つきは鋭いものとなる。
「…さっき、優希さんに触ってたら、アタシ本気で兄貴の事軽蔑してた」
そう話す美鈴の声音はいつもの様な快活さは無く、冷たさに満ち満ちていた。
「知ってる。けど、触らなかっただろ」
「だから、良かったなーって。まぁ、さっきのは半分アタシの影響もあったかもだけど」
「いや、遅かれ早かれああなってた。お前だけの所為じゃない。」
言いながら日向の意識は優希へと向いていた。自分を躊躇なく差し出そうとした彼女。優希の悪癖の一つだ。その根幹へと思考を向ければ、自然と顔が歪み、日向はすぐに思考を断ち切る。
ふと日向が美鈴を見てみると、彼女は何か言いたげに日向を見ていて、目が合うとゆっくりと口を開いた。
「…でもさ、兄貴。さっきの言い訳はちょっとなしだと思う」
「ほっとけ!」
日向自身もどうかと思うが、他に良い言い訳が無かったのだから仕方がない。若干涙目な日向の叫び声が静かな廊下に響く。
こうして夜は更けていき、優希と日向の長い一日は幕を閉じるのであった。