星野アイは愛を知らなかった。という星野アイのキャラ設定は矛盾を孕んでいる。
少なくとも彼女は愛を知っていた。ただ愛を知っている自分を知らなかった。なんか禅問答みたいで難しいかも知れないが、ま、所謂無知の知は無知の無知より知に近いというソクラテスの有名な言明だな。
例えば、俺達が青い色を見て青い色だと分かるのは、それが青い色だと知っているからだ、正確にはそういう知的合意をしているからだが、まぁ青信号は進め、くらいの意味で俺達は青が青だと知っているくらいの理解でいい。知識は日常生活に役だってなんぼだろ?
ここまでは良いね?
さて、ここで便宜上星野アイの言うところの愛を、色に例えるなら「白」だとする。
そうした場合、星野アイは「白」以外の色を見た場合、これは「白」じゃないと判断する。
彼女は「白」を探していた、でも彼女は「白」を見つけられなかった。
彼女の心も、思考も、言葉も、表情も、動作も、全て「白」ではないと彼女には分かっていた。
だから彼女は「白」を知らない、「白」を知りたいと思っていた。
ここが非常に哲学的な話になるのだが、俺達が「白」以外の色を見て、それが「白」ではないと理解出来るには「白」という色を知っているという前庭が絶対に必要だということだ。
人が「白」以外の色を見て、それが「白」ではないと理解する為には 「白」という色を知っている必要がある。
これはシンプルな事実だ。
さて、ここで「白」を「愛」に戻そう。
星野アイは愛を知らなかった。つまり星野アイは、自分が愛を知らないということを知っていた。
ここが非常に難解なところなんだが、「愛」を知らないというということを知っている前提が成り立つには「愛」を知っているという前提が絶対に必要だということだ。
これはさっき言った、人が「白」以外の色を見て「白」じゃないと理解する為には「白」という色を知っているという前提が絶対に必要だという理屈と一緒だ。
簡単にまとめると、星野アイは「愛」を知っていた。だから「愛」ではないものが彼女には常に見えていた。ということだ。
これからは俺の勘だけどな、完璧で究極のアイドル様、星野アイは、常に全てを第三者の立場で「観て」いた人間だったのだと思う。
彼女には自分の思考や感情も客観的に見えていた。ほとんどの人が生涯にわたって自覚することすらない、エゴの欺瞞や打算すら全て客観的に見えていた。
自分が相手を怒らせないために、自分が傷つかない為に、その場に合わせて、体裁の良いことを言っていることが見えていた。
その時々の声の調子や表情さえも、ほぼフルオートで自分が表現することが見えていた。
そして星野アイには、それらのリアクションが、全て自分を守る為の自己保身の自我の自動的な反応だということも見えていた。
それらは全て彼女の視点からすると彼女そのものでは無い、彼女は視点なのだから、それらは彼女の前で起きている風景に過ぎない、でもその風景である彼女は常に自分を守る為に、体裁の良い言葉を、笑顔を、声を、表情を、動きを、自動的に紡ぎ出していく。
それが彼女には「嘘」に見えたのでは無いだろうか?だから彼女は自分を嘘つきだと考えたのではないだろうか?
何故俺がそんな考えに至ったかと言うと何のことはない、俺自信がそういうタイプだからだ。
人は自分と似たタイプの人間には容易く気づく、あの有名な星野アイを象徴する「推しの子」一巻の表紙の星野アイの絵を見た時には余りに俺に似ていて、似すぎていて、戦慄したのを俺は今でもハッキリと覚えている。
あのおどけているようで、偽ってもいて、怯えていて、騙そうとしていて、甘えていながら許して欲しがってる感じ、自信が有りそうに見えて、その実虚勢で全てを隠そうとして何も隠せてない、あの顔。
俺と星野アイの違いは、俺が星野アイのような美少女じゃないことと、俺の方が星野アイより臆病者だったことくらいだな。
あっ、今は俺も星野アイだから気をつけよう。
☆☆☆
「では皆さんはホラー映画に出て来る不気味な案内人です、不気味な感じで演じてください」
不気味な感じねぇ、表情をを消して、抑揚の無い話し方でやればいいのか?動きは少し機械的に、全体的に精気の無い感じで……
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「お願い!もう一回やらせて!今のは私の負けよ!」
有馬かなが泣いている、そんなに悪くなかったけどな。どうもマリンに負けたと感じでるらしい。演技に勝ち負けなんてあるのか?
ちなみに俺は、精気のなさに加えて少しの儚さと可愛さを混ぜた演技で無難にまとめた。要は演技なんて観客の気分を邪魔しなければ良いんだろ。
ちなみに俺の演技への評価は不思議な悲しみが良く表現されてるだった。不気味な案内人の演技としては、とても微妙だけど、特にダメ出しもなかったから良しとする。
あと黒川あかねはやっぱり良いね。理屈抜きに見るものを惹き付ける演技が出来てる。彼女の言葉一つ一つが魔法のように世界を作り出してゆく、見るものは否応なしに彼女の世界に引き込まれていく。
まぁ演技に勝ち負けは無いが完全に俺の負けだな、ハッキリ言って何をやっても黒川あかねに勝つビジョンが浮かばない。
やっぱり実力者集団、劇団ララライのエースはだてじゃないな、俺に出切るのは明確な敗北感とともに、黒川あかねに見蕩れることだけだった。
参ったな、これが自称天才役者と本物の天才役者の違いか、俺の胸は透き通るような感動で震えていた。
そして、何となく周囲を見渡すと、ジット俺を見詰めるカミキヒカルと目が合い、おれは極めて自然な動作で視線を反らした。
良し、不気味な演技ナンバー1はカミキヒカルに決定。いや、演技であってくれたら助かるんですけどね。
その後は泣きわめいてマリンに突っかかる有馬かなを俺と黒川で慰めた。
じっとり俺を見詰め続けるカミキヒカルの視線にひたすら気づかないふりをしながら……
黒川あかねに役者として敗北しても、嬉しそうな星野アイたんでした