今日はドラマ『今日は甘口で』の撮影初日、朝は4時にバッチリ目が覚めた。
普段の私は夜9時に就寝、朝5時に起床という早寝早起きの規則正しい生活を送っている。
健全な生活は健全な精神と身体を産み出す。
そして健全な精神と身体は健全な演技力とアイドル力を産み出す。
大切、日常生活。健全一如。
私は健全で健康なアイドル星野アイ!元気一杯に歌って踊って演技して、元気な笑顔を振り撒いて、老若男女問わず元気にするのが私の仕事。
星野アイは万病に効く。
星野アイのお陰で腰痛が治りました。感謝しています。
そういふひとにわたしはなりたい宮沢賢治銀河鉄道999。
「──この道をいけばどうなるものか──危ぶむなかれ──危ぶめば道は無い──踏み出せばその一歩が道と成り──踏み出せばその一歩が道となる──迷わず行けよ──行けば分かるさ──い~ちっ!に~いっ!さ~んっ!ダーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!」
「おはようアイ、今日も元気ね無敵のアイドル」
「はいっ!今日はいつもより1時間早く目が覚めたので10㎞走って来ました!有馬さん今日は今日甘撮影初日ですね!がんばりましょう!私も約束通り全力で女優有馬かなを応援します!」
日課の闘魂注入をやっていると有馬さんがレッスンスタジオに入ってきた。まだ眠そうに生欠伸をしながらストレッチを始める。彼女も昨夜眠れなかったのだろうか?
「ファ~~っ、なんだか寝つけなくて、ようやく眠りに入れたのが2時過ぎよ?辛いわ~、実質4時間しか寝てないから辛いわ~」
「かなさんカッコイイです、セクシーです、4時間しか寝てなくて辛いのに無理してるかなさん色っぽ過ぎます!セクシャルバイオレットナンバーワンです!」
実は私も今日が楽しみ過ぎて昨夜なかなか寝つけなかった。ようやく眠りに入れた時は12時を過ぎてたと思う。
それでも今は一欠片の眠気も感じない、凄いね人体!
そう、私は壱護社長にお願いして、将来の勉強の為に有馬さんのドラマの見学を許可してもらったのだ。
社長から先方に問合せたところ、特に問題無いとのことだったらしいラッキーハッピービューテホーワンダホーエキサイティング!!!
目の前でかったるそうに、でも目だけは真剣に黙々とストレッチを続ける有馬かな。
分かる、彼女は今物凄く真剣だ。一見ダウナーなポーズをとりながら、頭の中では超高速で演技プランを練り続けている。
あれはプロの目だ。今、私の目の前にいるのは日本の映像俳優の頂点だ。
呼吸のひとつひとつが、眼差しのひとつひとつが、彼女の本気と才能と情熱を伝えてくる。ダウナーな態度は自分をリラックスさせる為の自己暗示と余計なコミュニケーションを避けて、集中力を途切れさせない為のポーズだ。
彼女の戦いはもう始まっている、与えられた最悪の条件の中で、自分に出来る最善の結果を出す為に自分の全てを途している。
美しい、有馬かな、今君は震えるほど美しい、人が心を討たれるのは何時だって人の本気だ。
それが相撲であれプロレスであれ野球であれ演劇であれ、人は何時だって人の本気に魅せられる。
何故人は動物を見て感動するのか、本気だからだ。
何故人は茜色の空に感動するのか、本気だからだ。
何故人は雨の音に感動するのか、本気だからだ。
何故人は伝説のアイドル星野アイの嘘に感動するのか、本気だからだ。
鳥の羽ばたき、カラスの鳴き声、お散歩中の犬。お昼寝中の猫。
本気には何時だって神が宿っている、思わず今日は愛してます、と言いたくなる。
やがて美しい者(有馬かな)がストレッチを終えて四股を踏み始めた。
ビッダンッ!ビッダンッ!ビッダンッ!ビッダン!
実に力強く、柔軟性とバランスに富み、格調の高さと腰の低さが奇跡の均衡のハーモニーを奏でだす良い四股だ。
私も彼女の邪魔にならないように、ひっそりとレッスンスタジオの隅で四股踏み、鉄砲、すり足を行う。
今日の主役は有馬かな。
無敵のアイドル星野アイは脇役に徹しよう、彼女の邪魔をしないように、彼女の邪魔をしないように、彼女の邪魔をしないように……
ひたすら美しい彼女をうっとり眺める無限大に至福の時を満喫しよう。
なんの為に?なんの為でもない、ただ目の前に美しいものがあるから目の前の美しいものを見る、ただそれだけの為に目の前の美しいものを見る。
それだけで充分だ。
それが人生の全てであり、それが悟りを開くということであり、それが完全な愛だ。
ピッタンッ、ピッタンッ、ピッタンッ、ピッタンッ
☆☆☆
「ヒロイン役の有馬かなです、今日からよろしくお願いします」
丁重に腰を折り、お辞儀をする有馬かな。
『よろしくお願いします!!!』
気迫のこもった挨拶を返す役者達にスタッフ達。
「あっ、こっちの二人は」
おもむろにアイとマリンを紹介
「B小町のアイさんとマリンさんですね、もちろんよく存じ上げてます、本日はようこそ『今日甘』の撮影現場に、どうかごゆるりと見て行ってくださいませ!」
するまでもなかった。
「いえ、こちらこそ無理言ってすみません、後学の為に、どうしても有馬の撮影現場を見学したいって私がわがまま言ったんです、どうか私のことは壁か床だと思ってください、皆様のプロの仕事ぶりから勝手に学ばさせていただきます」
心からの本心を話す星野アイ。
『はい!全力を尽くします!!!』
星野アイの出現により、現場の雰囲気は一瞬で変わった。
誰が何を言ったわけでも無い、そこに星野アイがいる、それだけで充分だった。
スタッフ、出演者、誰一人適当な作品でお茶を濁そうと考えるものは居なくなった。
今の自分達に出来る限りの最高の作品を作る、作らなければならない。
誰もが理屈抜きにそう感じた。
ここまで全て有馬かなの狙い通り。
鏑木のオファーを受けた時から、絶対に星野アイを現場に連れて来てやると、有馬かなは決意していた。
その為に劇団ララライの合同練習の時から仕掛けたのだ。狙いは星野アイただ一人。
これは、天才役者同士の高度な頭脳戦である