有馬かなは「そういうこと」が苦手だった。どうしても心が拒否感で悲鳴をあげてしまう。身体が強張って逃げだしてしまう。
周りの芸能界の先輩達や仲間達は、そんな子役気分が抜けきれない有馬かなに、親身になってアドバイスしてくれた。
貴女もいつまでも子供のままでは生きていけないのだから、もっと「現実」を見つめて「大人」になる必要がある。
もっと「協調性」を持って「素直」な「良い子」になる必要がある。そうしないと、この先芸能界で生きていくことは必ず辛くなる。
「こういうこと」は芸能界で大人になる為の、いわば「通過儀礼」のようなもの。その儀式を通じて私達は、始めて「芸能界」という家族の一員になれる、お互いの「秘密」を共有することで、お互いを信じあえる、共同合意事項を持った家族になれる。
有馬さん、貴女には素晴らしい才能がある。貴女にはその辺の「賞味期限」の切れた子役のようになって欲しくない、心を開いて、私達の「家族」になって欲しい、「大人」になって欲しい。
彼女達の言葉に嘘はないのだろう、確かに共通の秘密を持つことは人と人の連帯感を強める、ある種の快感さえある。
その中に飛び込んで馴染んでしまえば、一種の甘ったるい安心感に浸れるかも知れない。相互監視という信頼感と、裏切り者は消すというファミリーの掟によって。
もちろん芸能界でも犯罪行為はご法度である。芸能界では「自由意思」が常に最大限尊重され、本人の「自由意思」による選択を迫られる。
もちろん沢山の「自由意思」が人の数だけ存在する以上、そこにはパワーバランスによる調整や慣習が存在する。
これは芸能界に限らず人の集まるところでは、どこにでもあることだ
、善悪を問うことではない。
幼さ故の潔癖さ故か、あるいは、その才能そのものの強制力故か、有馬かなは、どうしても「通過儀礼」をパスできなかった。
心が、身体が、魂が受け付けなかった。
明確な拒絶の言葉をしたことこそないが、有馬かなは、出来る限りの演技力をふるに使って、「そういうこと」を避け続けた。
出きる限り不自然さのないように。
その逃げ続ける有
馬かなに、何度も「救いの手」は差しのべられた。
有馬かなは目をつぶって、その「救いの手」をかわし続けた。
幼さ故の潔癖症故に。
有馬かなは逃げるように演技の稽古に打ち込んだ。
アメンボ赤いなアイエオ!
ブグバグブグバグミビグバグ。
幼さ故の潔癖症故に。
そして、少しづつ有馬かなの仕事は減っていった。
そして、少しづつ有馬かなに対する親の愛も減っていった。
親子三人の食事から母と二人の食事へ、自分一人の食事へ、お母さんの作った料理から、お母さんの注文した料理へ、そして自分のお金で買うコンビニ弁当へ。
コンビニ弁当は数ヶ月ごとに内容が変わるから楽しかった。
新作のコンビニ弁当を前に少しワクワクしながら有馬かなは言う。
「かつての私は10秒で泣ける天才子役、今では私は10秒で笑える天才役者」
有馬かなは鏡に映った自分の顔に向けて笑ってみせた。
ちゃんと笑えてた。
止まらない涙は少し減点だけど、稽古を続ければ、そのうち泣かないようになれる。
今度は泣かない演技を覚えよう。
私なら出来る、絶対に出来る。
──そうすれば──
寂しさという嘘を幸せという本当に変えられる。
私なら完璧な幸せ(嘘)を演じられる。
私は天才子役だから、大好きなお父さんとお母さんがそう言ってたから。
今は、もう私を愛していないのかも知れないけど…………
私が天才子役だったころ、私は絶対にお父さんとお母さんに愛されてた。
だから私は絶対に演技を捨てない。絶対に演技を捨てない。
有馬かなの心の支えは演劇だけになっていた。
────
でも最近はまともな役は全然もらえない、死体の役、殺される役、通行人A、コンビニの店員B、ビヤガーデンのウエイトレスC、本屋の店員A、ヒロインの友人Bの話しかけるクラスメイトCのとなりでうつむいてスマホをいじってる少女A……
演技力なんて関係ない、誰がやってもたいして違いのない、出演時間もトータル30秒にも満たない役ばかり。
それでも有馬かなは全力で演じた、自分の持てる演技力の全てを注ぎ込んで。
そして、その数少ない出番の9割はカットされ、ほんの僅かな彼女が写るシーンも、編集によって彼女の魅力は極限まで削られた。
撮影現場では何人もいる出演者の中で、いつも有馬かなだけスタッフに名前を間違って呼ばれた。
有村さん、有田さん、有川さん、有城さん、有り町さん、有園さん、有吉さん……
撮影時間は数時間から十数時間、ギャラは数千円、数ヶ月に数回の有馬かなの扱いはそんな感じだった。
何度も自分から役者や声優、モデルのオーディションを受けたけど全て落ちた。
もう落ちるのが雰囲気で分かるようになった。誰も自分の目をまともに見ない。誰も自分の名前をまともに呼ばない。
───
もう認めないと、芸能界には有馬かなの居場所なんてどこにもないんだと……
一人公園でアイスを食べながら声を殺して泣いていると、見るからに怪しげな男が声をかけて来た。
「君可愛いね、アイドルやんない?」
嘘は完全な愛なんだよ