ある程度星野アイ   作:パフリン

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誤字報告ありがとうございます。

今日「推しの子」全巻買って来ました。
アニメ一期放送分までは読んで良いことにします。


映像演技

 「貴女、利用されてるだけよ」 

 

 私が『今日は甘口で』の台本を読んでいると不知火フリルが話しかけてきた。

 

 「それでもかまわないわ、私は貴女と違って終わった役者だもの、使って貰えるだけでありがたいし、嬉しいのよ」

 

 正直な気持ちを答えると彼女は皮肉な笑みを浮かべて言った。

 

 「…プライドが無いのね」

 

 「うん無い、私は雑魚、演劇界の嫌われ者、噛ませ犬、人間サンドバッグ有馬かな、ミネラルウォーターが好き」

 

 私は本読みに集中したくて、適当に返事をする。

 

 「…………どうして地雷………『今日甘』の仕事なんて受けたの?」

 

 「壱プロのイメージを悪くしない為」

 

 正直に答えた。もう良いかな不知火さん?私は本読みに集中したいんだけど。

 

 「その為なら自分が役者として終わってもいいの?」

 

 少しイラだちを含んだ声で不知火フリルが言う、私は本読みに集中したくて、適当に答える。

 少しうっとうしいけど、今は余計なことに意識を向けたくない。

 

 「もう終わってるからへーきへーき」

 

 「……………そう」

 

 私は深く『今日甘』の世界に潜って行く。

 

 「…………じゃあ、私はこの後、アクア君と二人きりで、私が『主演をしている月9』のビデオを観るから失礼するわ、役作り頑張ってね先輩」

 

 「テイクケア♪」

 

 「?………………………」

 

 私は深く『今日甘』の世界に潜って行く… 

 

 私は深く『今日甘』の世界に潜って行く…

 

 私は深く『今日甘』の世界に潜って行く…

 

───

 

 「よろしくお願いします!」

 

 初顔会わせ、さすが顔面至上主義の鏑木さんだけあってAクラスのイケメンばかりが居る。私も少し身長が低いのと、ロリータな外見を無視すれば鏑木さんの趣味に合う程度には美しいのだろう。

 

 簡単な演技力テストが行われる。

 

☆☆☆

 

 「俺さ、お前の作り笑顔が好きだわ」

 

 「そう、ありがとう」

 

 「たまには本当に笑うの?」

 

 「いつも自分を笑ってるわ」

 

 「いいね!その自分を卑下した皮肉な笑み最高にビューティフル!やっぱり美少女は正義だわ」

 

 「…バカ」 

 

 「正義の味方なんてたいていバカなんだぜ?つまり俺は君の味方、飴ちゃん食べる?」

 

 「じゃあひとつ貰うわね、正義の味方さん」 

 

 「なんだ、ちゃんと笑えるじゃん」

 

☆☆☆

 

 結論から言うと彼らは演技力ゼロだった、いや、正確に言うと演技力マイナス100だった。

 

 演技というのは基本的に普通の人間を演じるものだ。つまり演技の基本は演技なんかしないことだ。普通に話すシーンではただ普通に話す。

 コーヒーを飲むシーンではただコーヒーを飲む。

 

 誰でも日常生活に於いて当たり前にやっていることだ。

 

 役者のやっていることは要するに、人の日常の再現に過ぎない。少なくとも私達、映像の役者がやっていることはそうだ。

 

 天才映像役者である私、有馬かなも基本的には、普通の人を普通に演じることを心がけている。

 

 演技してるように見えない演技が映像演技の基本だ。某公共放送局のドラマのような、いかにもお芝居してます、というようなコード演技は映像の世界では希だ。 

 

 もちろん舞台役者の黒川あかねや声優の森原めぐみのように、コード型演技の世界にも一流天才はいる。一概にどちらが上とか下とか比べられるものでもないし比べる意味も無い。ただ違うのだ。野球とサッカーではどちらが優れたスポーツか論じることに意味がないように、映像演技と舞台演技、どちらが優れているかを論じることは無意味だ。

 

 だけど映像演技の世界ではヘタクソな演技はもの凄く見る側の邪魔になる。

 

 不要な表現は極限まで削り落として、必要な表現を然り気無く見る側の心に置く。簡単に説明すると、それが映像演技の全てだ。

 ただその必要な表現が無限にあり、何が最適解なのかは役者本人にも全然分からないこともよくあり、それを見つけてゆく作業が役作り、なんだけど………

 

☆☆☆

 

 目の前で展開される地獄絵図はそんな演劇論を大気圏まで吹き飛ばす、異次元の映像演技だった。

 

 演技力テストのテキストはとても分かりやすい若い男女の会話だ。特に難しいひねりも無い、よくあるボーイミーツガールの会話劇、その辺の中学生に演じさせても、それなり絵になりそうな演劇初心者向けテキスト。

 

 原作今日甘は、私が読んでも、ちょっとここどう演じたら良いんだろうと首をひねる繊細な表現が多くて役者泣かせの作品だけど、これは凄く分かりやすく書いてる。

 

 脚本家の力は偉大だ。

 

 私は読んだ瞬間に役作りが完了した。あとは演出家の注文に応じて、ちょっと足したり引いたり混ぜたり、アクセントを調整すれば出来上がり。

 

 なるほど、これくらいの脚本なら特別な演技力はいらないし、モデルさん達でもそれなりに演れる、さすがに鏑木さんもプロ、ちゃんと考えてくれてたんだ。

 

☆☆☆

 

 なんて私の楽観は30秒で木端微塵に吹き飛んだ。

 

 どこの世界にこんな何気無い日常の会話で、こんなに不自然に長い間を持たせる人間がいるのだろう?

 

 なんで言葉のひとつひとつに意味の無いタメを作るのだろう?

 

 これは男の子が軽い気持ちで、ちょっと気になる女の子をからかうシーンなのに、何でドラマのの裁判官が判決文を読み上げるような話し方をするんだろう?

 

 ある意味彼らは天才だった。普通の人間が日常生活では絶体にやらないような不自然な身ぶり、不自然な抑揚のついた話し方、不自然に長い間のとり方、意味の全く分からないタメの作り方。

 

 必要な表現を極限まで削ぎ落とし、その分を必要の無い表現で埋め合わせる斬新奇抜な演技!

 

 宇宙人が人間に化けて人間のふりをしたらこんな感じだろうか?

 

 なんかもう間が持たない、呼吸が合わせられない、これは何?新種のアート?

 

 芝居が下手だとか大げさだとか、台詞が棒読みだとかエチュードだとか、そんなチャチなものでは断じて無い─

 

 何かもっと恐ろしいものの片鱗を私は感じていた─

 

………と、昔の私なら思っていたのかも知れない。

 

 でも今は違う、悲しいことに私はこういうことになれてしまった。

 

 私は日本一の嫌われ者の役者、演劇界でも有名な噛ませ犬にしてサンドバッグ。

 

 有馬かなには何をしても良いとみんな思ってるけど、私も最近そんな気がしてきた。

 

 有馬かなのクセに一瞬でもまともな演劇ができることを期待していたなんて、私はなんて傲慢な有馬かななんだろう?

 

 ごめんなさい、許しください。あまりアンチスレ伸ばさないでくれると助かります。

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

 自分が有馬かなであることを忘れていた私の落度です。

 

 今後は常に有馬かなとしての自覚を持って、ミネラルウォーターを飲むことだけを人生の楽しみにします。

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

 アニメ一期ではヒロイン扱いしてくれてありがとうございます。

 

 たかいたかいたか~~~ビターーーン!むぎゅっ

 

 親父!ミネラルウォーターもう一杯!

 

 きっと長い間アイと一緒にアイドルやっていたせいで、私は演劇界での自分の立場を忘れていたのかも知れない。

 いや、忘れてはいないけど実感が薄らいでいた。

 

 痛みを忘れないのと実際に痛みを味わうのでは全然違う。

 

 きっと今回の仕事は私がアイドルにかまけて、演劇界での自分の立場を忘れないようにする為の愛の無い愛の鞭、甘んじて受けよう。

 

 正直この程度のことで安心した。

 

 最悪殺されることも覚悟していた。

 

 だって私は凄く生意気な幼女だったから、今その分を分からせられてる最中、アシスタントのお姉さんごめんなさい、私は傲慢な幼女でした!子供でした!今はバッグは自分で持ちます!30㎏のダンベルだって持ちます!

 

 

 

 そんな私に世界はこんなにも優しい。椅子やお弁当に日除傘にミネラルウォーターまで用意してくれるなんて。

 

 これなら心置きなくアイをここの原場に連れてこれる。

 

 私は3年前と何も変わらない演劇界の扱いに奇妙な懐かしさと安心感を覚えながら、内心笑っていた。

 

 優しいみんなに私の大好きなアイを見せてあげるね♪

 

 

 喰らえギャラクティカファントム!




書店に入ったら正面から星野アイの等身大ポップ絵が迎えてくれて愛を感じました
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