──人よ、あなたは自分が見るものになるのだ─美しさを見るなら美しさに─醜さを見るなら醜さに──
☆☆☆
収録現場に行くとスタッフ達が少しざわめいていた。
会話の中からスミさんという声がちらほらと聞こえて来る。
スミさん、多分鷲見ゆきのことだろう。
鷲見ゆき、確か原作推しの子ではかなり強かなキャラとして描かれていた人物で、熊野ノブユキと番組上では付き合わず、裏で付き合うとかいうトリッキーな行動をするキャラだったはずだ。
そういえば先週の収録時、鷲見ゆきは多少元気が無かった気もしたが、俺はそういう演技で視聴者の注目を集めるやり方だろうと思って気にしなかった。
『私……もう「今ガチ」辞めたい』
て、あれやる下準備だろうな、くらいに思ってた。
俺の鋭い聴覚は鷲見ゆきの声を拾っていたが、とにかく黒川あかねの可愛さを視聴者に印象付けることに、全神経を集中していたから精神的な視界からは、逸れていた。
この手の主人公に有りがちな謎の原作への信頼感が俺にもあった。
リアル黒川あかねの可愛さに圧倒されながら、何処かで鷲見ゆきのことは、原作『推しの子』のちょい役、アニメや漫画の登場人物くらいに思ってたのかも知れない。
「今日は鷲見ゆきさんは来られないのですか?」
挨拶を済ませ、おそるおそる近くにいたスタッフに訊ねる。
「あの子今ガチ辞めるんだってさ」
「えっ?」
思わず声が出た、知らない、知らない、こんな展開は私は知らない。
自分が愕然とした顔をしているのが分かる。
身体が硬直化しているのが分かる。
鷲見ゆきが来ていない?何で?何で?原因は何?
私は全く予想外の展開に半ばパニックを起こしながらも、できる限り冷静に状況を理解するように努めた。
鷲見ゆきって子は強かな性格で、平気で人を欺くトリックスターで、どうして?
どうして原作に無いことが起こるの?
あっ!……そんなこと言ったら最初から原作にないことがおこってるじゃん!
原作では星野アイはTS娘では無い、原作では星野アイはカミキとの間に子供を産んでる。それがアクアとルビー。
なのにこの世界の私はカミキを徹底的にさけて、なのに何故かアクアとルビーが存在して、私と同じアイドルグループB小町にいる。
アクアのキャラだって原作とは大分違う。
原作と違うことなんていくらでも起きてる。
第一に私自身が原作の星野アイと違う行動をとりまくっている。
なのに何で原作イベントは原作通りに進むなんて思い込んでいたんだろう?
誰より原作の流れを変えてるのは私自身なのに!
私はバカだ!大バカものだ!
彼女の言葉は聞こえてたのに、彼女を漫画のキャラと見なしていた私は彼女の言葉を黙殺した。
この世界に変化をもたらしているのが私だとしたら、彼女の行動に変化をもたらしたのも私だ。
言い逃れはできない、誰も知らなくても、私だけはその事実を知っている。
例え人を騙すことが出来ても、自分を騙すことは絶対に出来ない!
……もし、私の行動が彼女に変化を与えた結果、彼女が最悪の選択をしたのだとしたら……私が、人を一人殺したことになるの?
鷲見ゆきは漫画のキャラじゃない、私と同じ生きた人間なんだ……これはアニメなんかじゃない!実質人一人を殺してしまったら、もう、私は……ダメだ………
サーッ、と血の気が引くのを感じた。
冷えた身体が熱を取り戻そうと勝手にガタガタと震え出す。
気候は暖かいはずなのにどうしようもなく寒い……
なのに顔からは冷たい汗が流れ落ちる。
「まぁ、この手の番組では、時々あることだからアイさんは気にしないでください、特に若い女の子は、その、色々あるみたいで」
スタッフさんは気づかうように言ってくれたけど……時々交通事故が起こるからと言っても、わざわざ交通事故を起こしたい人間なんているわけが無い。
しかもこれは明らかに私の不注意がもたらした事故だ…
「あの……すみません、鷲見ゆきさんの連絡先とか分かりますか?私まだ、彼女との連絡先交換してなくて……」
今さらながら彼女との連絡先を交換して無かったことに気づく……だって、こんな事態はまるで予想して無かった、ここは『推しの子』の世界で、鷲見ゆきは強かな性格の強キャラで……
誰にともなく言い訳をして、自分を正当化しようとしている自分に気づく。
今そんな無意味なことをしている場合ではない!
「申し訳ないんですが、彼女が番組を降りた今となっては、彼女の個人情報は教えられないんです、すみませんが、ただ彼女の事務所になら連絡はとれますよ、番号教えますからかけてみますか?」
「お願いします!」
スタッフさんにお礼を言うと、私は速攻で、実際はフラフラヨタヨタと倒れそうになるのをぎりぎりで堪え忍びつつ、なんとかたどり着いたベンチに崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「…………………」
「はい、○○○○です」
数コールで若い女性事務員らしき人が出た。
「お世話になります、私は莓プロの所属タレントで、貴社所属のタレント鷲見ゆきさんと番組で共演させていただいていた、星野アイという者なのですけど」
「莓プロの星野アイさんですね、お世話になります、この度はうちの鷲見がご迷惑をおかけして、まことに申し訳ありませんでした」
「あの!今から鷲見ゆきさんに連絡は取れますでしょうか?」
「あいにく鷲見は現在体調不良の為自宅療養中でして、後で莓プロの方に連絡させましょうか?」
良かった!自殺なんて最悪の事態にはなって無かった。もの凄くホッとしたけど、まだ安心できたわけでは無い。
「あっ!今から私の携帯ナンバー教えますからそちらにかけるように言ってもらえませんか?」
「番号は、○○○ー☆☆ー♯♯♯♯でよろしいですか?」
「はい!あってます」
「確かに承りました、鷲見に伝えておきます」
「ありがとうございます!」
スマホを両手で胸に推し当てると私は天を仰いだ。
良かった、鷲見ゆきが生きてて本当に良かった。
もしかしたら私は鷲見ゆきに嫌われているのかも知れない。多分99%の確率で嫌われているだろう。
それでも良い。生きててくれたら、いくらでも私を嫌ってくれてかまわない。生きているから私を嫌えるのだから。
自然と安堵のタメ息がもれる。
一連の私の行動をカメラが追っていることに気づく、こういうアクシデントもこの手の番組の見せ場なのだろうか?
そういえば恋愛リアリティーショウは、過去50人近い自殺者を出したと原作でも言われていた。
私がこの番組に出演することを決めたのも黒川あかねの自殺を未然に防ぐためだ。
思ったより業の深い番組だと今さらながらに気付いたけど、それを承知で番組出演を決めたのは私だ。彼らを責めることは出来ない。
ただ、少しだけ疲れた、休みたい。
極度の緊張状態から解放されて、急に身体から力が抜け落ちた私は、まだ他のメンバーが来るまで休もうと、そのままべンチに横になった。
今日も読んでくれてありがとうございます。