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ピッタン、ピッタン、ピッタン、ピッタン
今ガチに脚本は無い、だが脚本を書いていけないという決りも無い。
今さらだが俺が『推しの子』にはまったのはアニメ7話の、黒川あかねが星野アイを演じるシーンを見てからだ。
7話のラストで黒川あかねが星野アイを演じるシーンで感動した。演技が解けたら元の地味キャラに戻る黒川あかねを見て好意を持った。
そう思って黒川あかねが初登場するアニメ第5話から見なおして観ると、それまで感じていた黒川あかねに対する印象は一変した。全部ひっくり返った。
正直に言うと、俺が最初に推しの子のアニメ5話6話をみた時の印象は暗い話だなくらいだ。
黒川あかねに対する印象もアニメ栄えのしない、地味な陰キャラだな。という印象だった。
有馬かなは分かり易く描かれたアニメキャラらしいアニメキャラで、主人公であるアクアを好きだけど、素直になれずについ悪態をついてしまう、コミカルなキャラだ。
俺は有馬かなが出てくるシーンはそれなりに漫画チック(元々漫画だが)に楽しめてたが、黒川あかねを中心にストーリーが展開し始めると、途端に息苦しさを感じ始めた。
黒川イベントは観てて辛いなぁ、早く黒川アウト有馬インにしてくれないかなぁ、つかこのイベント必要?黒川あかね要る?てな感じだった。
俺は自分が黒川みたいな地味な陰キャラなのを棚にあげて、まるでアニメの中で黒川あかねを叩くネット民のようなことを考えていた。
有馬かなのような現実には存在しない典型的なアニメキャラであれば、アニメキャラとして見ることができる。
例えばアニメ『トムとジェリー』で、トムが車に轢かれて ペッチャンコになっても、俺は悲しんだりしない。
トムとジェリーはギャグアニメであり、トムが車に轢かれたぐらいでは死なないことを俺は知っているからだ。
でもリアルで車に轢かれた猫を見るのは無理だ。実は俺は一度だけ好奇心から、車に轢かれた猫の死体に近寄って、間近でみたことがある。
結果的に5秒以上見るのは無理だった。
それ以降俺は道端で車に轢かれた猫の死体を見ても、絶対に近寄らないようにしてる。この先も一生俺は車に轢かれた猫を間近で見ることは無いと断言できる。あんな思いは一度っきりで充分だ。
だけど魚の死体なら見てもなんとも思わないし、何なら喜んで食べるのだから人間とは不思議なものだ。
やはり人間は遺伝子レベルで猫を友人と見なしているのだろう。
友人のグチャグチャな死体を見たらだれでもキツイだろ?
話がそれたが要は俺は黒川あかねを、アニメキャラとして認識出来なかったという話だ。
彼女が追い詰められた顔でメモを取る様子も、苦痛に顔を歪めて開脚をする様子も、俺には生々しすぎた。
その理由は簡単だ。全部リアルの俺が経験したことだからだ。
何なら黒川あかねの大名詞であるプクーッも経験済みだ。
まぁ誰でも一回や二回はプクーッ経験はあるだろうが大体は幼少時だ。
黒川あかねや俺のように、バイクの免許が取れる歳になってプクってる人間を俺は見たことが無い。
明らかに受け狙いでやってるケースは例外としてだが。
普通はそれくらいの年齢になると、もっと怒りの表現は変化するものだ。
より攻撃的になったりより陰湿になったり、大抵の場合は怒りは他者に対する何らかの害意を持つようになる。
対してプクーッには何ら他者に対する害意が含まれていない。プクーッは純粋に生理的な怒りの表現に過ぎない。そこには怒りはあっても悪意は無い。
話を戻すが、俺は精神的に追い詰められて行く黒川あかねの描写に苦痛しか感じなかった。
正直に言うと、アニメ5話6話で俺が黒川あかねに感じていたのは嫌悪感だ。
今にして思えばあれは同族嫌悪と言われる感情だろう。
俺は黒川あかねというキャラが苦しむ姿を見てるのが嫌で嫌で嫌で仕方が無かった。
純粋に精神的苦痛だった。何も面白いと思えない。
時々出てくる有馬かなも、黒川あかねの救いになることは何も言わなかった。
番組を見てれば黒川あかねが正常な状態じゃないことくらい分かるだろうに。
出番が極端に少ない。ツイッターでも空気。追い詰められた表情、天才役者の有馬かなが気づかないはずが無いのに……
それともライバルの黒川あかねが自分の好きなアクアと同じ、恋愛リアリティショウに出ているのに全然気にしないとかあり得るだろうか?
完全なる恋愛脳の有馬かなが?
確か有馬かなが番組開始後に黒川あかねに言及するのは、黒川あかねの自殺未遂を知った後。
「黒川あかねバチボコに燃えてるわね~、まぁ、あの内容なら当然なんだけど」
からだが。まずアクアを通じてでも黒川あかねに連絡とれよ、と思った。
後でネットで知った情報によると、黒川あかねは有馬かなのライバルかも知れないが、有馬かなのファンでもある。
黒川あかねが有馬かなに憧れて演劇の道に進んだことを有馬かなは知っている。
「黒川あかね大変だったわね、大丈夫そう?」
という有馬かなの台詞は一見黒川あかねを気づかっているように見えるが、
「ああ、なんとか持ち直した」
というアクアの応えに、
「あ~あ、あのままリタイアしてくれれば良かったのに…」
という有馬かなの台詞は、黒川あかねが大丈夫だったことを残念に思い、黒川あかねを邪魔者扱いしてるように見える。
まぁ有馬かな自身が、シャーデンフロイデ、他人の不幸や失敗を見て喜ぶ気持ちを、黒川あかねに持ってたことを告白しているが、つまり黒川あかねが不幸じゃないことを残念に思ってると認めてるだけで、何のフォローにもなってない。
黒川あかねは自殺未遂まで行ってるんだよ?助かったのは純粋な運だよ?
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その後、しばらく番組を休んでいた黒川あかねを確認した有馬かなの最初に言った言葉は確か……
「面白く無い」
だった。
記憶によると、有馬かなは黒川あかねの復活を喜ぶ様子は全く見せなかった。ホッと安堵した様子も「良かった」の一言も無かった気がする。
「もうなんか飽きたわ、観るのや~めた」
一見典型的なアニメのツンデレキャラの反応だが、黒川あかねが自殺未遂で暫く休んで、そして黒川あかねが、必死にアイの役を演じて頑張ってる姿を見た後の反応がこれである。
天才役者の有馬かなが、どれだけ黒川あかねが必死に役作りに取り組んだか、分からないはずが無いのに……
その黒川あかねが自殺未遂から立ちなおり、明らかに星野アイを演じてる姿を観てからの反応である。
多分お前が芸能界の仕事干されたの、その性格が原因だぞ、とすら思った。
有馬かなには人の心が無いの?恋する女の子は自殺未遂から立ち直って頑張ってる女の子を見て、「面白く無い」の一言で斬り捨てて良いの?
何で黒川あかねが元気な女の子を演じてると、途端に飽きちゃうの?苛めっ子なの?色々思った。
自分に憧れて演劇の道に進んだファンの命を、そういう程度にしか思わない役者は、どれだけ才能があったとしても、純粋な憧れと情熱で日々精進を続けるピュアな魂の持主に決して勝てない。必ず抜かされる、必ず。
このエピソードでもう有馬かなは役者としては、黒川あかねの敵じゃないと思った。
何故なら純粋であるということは、あらゆる才能の中でも最も偉大な才能だからだ。
それはこの世界に最も偉大な影響を与えた人間が、最も純粋な人間であることから既に歴史的に証明されている。
俺は最初何となく有馬かなが推しの子のヒロインで、黒川あかねは噛ませ犬だと思ってたが、ネット情報を基に今ガチ編以降を何度も繰り返し見るうちに、その思いは怪しくなってきた。
仮にアクアが、黒川あかねが有馬かなの純粋なファンだと知った上で、黒川あかねが自殺未遂から、渾身の役作りをして無事復帰出来ても一瞬も喜ばず、ホッとした素振りも見せず、ひたすらあかねへの嫉妬芯を燃やしてるような人間だと知って。
それでもなお有馬かなを選ぶのたとしたら、少なくとも俺の目から見たアクアは、ひたすら人を見る目が無いアホだとしか思えない。
多分ユーザーサイドからみてもアクアはカッコイイ主人公から、一気にピエロに格下げされてしまう。
それは当然作者への評価や次回作の売上にも影響する。
趣味ならともかく、仕事で漫画描いてる人間が、そんな危険なリスクを犯すだろうか?
俺の中にあった有馬かなヒロイン説はかなり怪しくなってきた。
でもアクアはアニメ一気最終話でちょっと有馬かなにときめいてるよだよなぁ。確かにアニメ一期では有馬かながヒロインっぽい扱いだったけど、細かく見ていくと有馬かなさん、人間性が終わってるように見えるのは俺の勘違い?
勘違いだと良いなぁ。やっぱりヒロインは純粋で優しい子が良いじゃん?
まぁこの先実は有馬かなは陰で黒川あかねを助けてた、的な追加エピソードが描かれる可能性はあるけど、その場合、既にオンエアされたアニメ一期や、原作との整合性をどう取るのかな。
自分が助けようとしてた人間を助けてくれたアクアに対して、一言の御礼も言わずにひたすら嫉妬心全開で無視するヒロイン?
う~ん、それはそれで人間性終わってるような……
せめてあかねのことありがとう、の一言があれば印象も違うけど、既に今ガチの後で有馬かながアクアと口聞いてくれなかったのは、既にアクアの台詞で確定してるしなぁ……う~ん…原作の続きが観られ無いのが悔やまれてならない……
おれは大好きな黒川あかねをもっと輝かせる為に、アニメ推しの子一期に思いをはせながら四股を踏みつづけた。
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ピッタン、ピッタン、ピッタン、ピッタン
……好き……あかね……
大体勘で書いてます