あなたが可愛いを覗き込む時、可愛いもあなたを覗き込むのだ
☆☆☆
「アイ、大丈夫?瞳孔が開いてるよ」
完全にふいを突かれた私は完全に固まってしまった。
多分時間にして30秒以上は呆然とした顔であかねを見上げていたと思う。
油断したというような話ではない、普通は自分がTSヒロインだとばれる可能性等考えもしないのだが(TSヒロインが普通に居るとして)、あの星野アイという人ならざるものを完璧に演じた黒川あかねなら、そんな普通の人間なら決してたどり着かないような可能性にたどり着いたとしても、おかしくないと納得してる私がいた。
今から思えば、私はあの黒川あかねが演じる星野アイを見た時から、黒川あかねに対して怖さを感じていた。
だから私に話しかけてくる黒川あかねが、いつもの黒川あかねであることに安堵していたのだ。
確かに私はあの時幽霊でも見たような顔をしていたのだろう。
あの時私の心を占めていたのは、歓喜ではなく恐怖だったのだと今なら分かる。
長い間星野アイに成り代わって、星野アイの仮面を被り世界を欺いていた私の前に、本物の星野アイが現れて、今まで嘘をついていた私を罰して、黄泉の世界に引きずり込んで、私は永遠に闇の世界に閉じ込められてしまう、そんなような恐怖を感じていたのだ。
そう、まだインディーズアイドルとしてデビューする前、鏡に映った私が余りにも可愛い過ぎて私は恐怖したことがある。
そして今、あの時感じた恐怖に関して、ぞっとするような可能性を思いついてしまった。
あの時に鏡に映っていた、あの可愛いらしい少女は、実は本物の星野アイ本人だったのではないのか?
あの時あの鏡が次元を結ぶ通路となって、私は星野アイ本人と目があってしまったのではないのだろうか?
あなたが深遠を覗き込む時、深遠もまたあなたを覗き込むのである
私は黒川あかねの演じる星野アイが怖かった、まるで自分の何もかもが吸い寄せられて、溶けて消えてしまいそうな恐怖を感じた。
今私の目前に、あの星野アイを演じた黒川あかねがいる。私にはアレは感覚的には星野アイ本人としか感じられない。
そして、また私の思考は怖い可能性にたどり着いてしまう。
──本当は黒川あかねが星野アイを演じていたのではなくて、ずっと長い間、星野アイが黒川あかねを演じていたという可能性に──
だって、カリスマ性なんて演技ひとつで突然発揮出きるものだろうか?
不可能だ。
それが出きるならプロの役者は全員スターになれる。
だけどカリスマ性のある人間がカリスマ性を隠すことは可能だ、例えばオドオドした自信の無い態度によって……
もし黒川あかねのオドオドした態度が全て演技だったとしたら……彼女が星野アイを演じたのではなく、単に黒川あかねを演じることを止めたのだとしたら……
黒川あかねが突然カリスマ性を発揮したことも……
黒川あかねが星野アイに見えたことも全て説明がつく……
だとしたら、今私の目の前にいるこの人は、私の推しの子の黒川あかねではなく、私の推しの子の黒川あかねを演じている、推しの子の星野アイ本人だということになる……
今思うと、黒川あかねは私のことに詳しすぎる、私が3ヶ月に一回は動物園に行って、必ず15分間以上象を見てるとか、そんなのB小町のメンバーすら知らないことだ。
でも黒川あかねの正体が星野アイだとしたら?星野アイが次元の壁を超えて、星野アイの振りをして世間を欺く私を罰する為にやってきた、人ならぬ超常の存在なのだとしたら?
次元の壁を超える存在にとって私の日常全てを知ること等、ぞうさもないことだろう。
カチッ、と全てのピースが嵌まった気がした。
成るほど、だから彼女は、私がTSヒロインであること等、容易く見抜けたというわけだ、これで全て納得がいった……
同時にこの状況が逃げ場のない絶望的な状況だと即座に理解する。
私の後ろには壁、目の前には黒川あかねに化けた人ならざる超常の存在である星野アイ。
その目的は長い間星野アイに成り代わって世間の人達を欺いていた私を罰すること。
本物が現れる時、偽者は消え去らなければ成らない。
光が現れる時、闇は消え去らなければ成らない。
そんな世界の条理のようなものを相手にして、一個人が対向するすべ等あるのだろうか?
あるはずが無い……
私はもうおしまいなのだ……
ついさっきまであんなにも可愛かった黒川あかねが、今では私、偽・星野アイを永遠の闇の世界に連れ去る、真・星野アイにしか見えない……
私がこの世界でもっとも愛する者黒川あかねが、私がこの世界でもっとも恐れる者、真・星野アイの演技に過ぎなかったなんて……
自分がこの世界で最も愛する者の正体が、自分がこの世界で最も恐れる者だったなんて……
しかも私はその最も恐れる者の姿と名前を与えられ、最も愛する者に成り済ました、最も恐れるものと、最も恐れる者の姿で甘い時間を過ごしていたなんて……
これ程の喜劇を私は知らない──
これ程の悲劇を私は知らない──
これ程の絶望を私は知らない──
そして、これ程の恐怖を私は知らない──
───
本当の恐怖というものを私は初めて体験していた……小刻みに震えていた足の震えは今や私の全身に広がっていた……
唇が真っ青になっていることが分かる、顔からは完全に血の気が失せているのが分かる、身体は異常な寒さで、ガクガクと振動するように震えている、目からは許しを請うかのように滂沱の涙が止まる気配もなく流れ落ち続けている……
冷たい身体に反して、ショーツのなかには温かい液体が溢れだし細い足を伝って流れ落ちていく……
ついさっきまで楽しく話せてたはずの黒川あかねの姿をした何かに、私はもう目線を会わせることもできない……
言葉ひとつさえ出てこない……
私は覚悟を決めた……
どうせそれが逃れられない運命だというのなら、私が最も愛する者の姿をした、それに身を委ねようと、もうできることは何もない……
そして
とうとう自分の足で自分を支えることが出来ずにへたり込む寸前──
私は彼女に抱き締められていた……
私の蒼い唇に彼女の温かい唇が重ねられ、彼女の温かい舌が私の唇を優しく開いてゆく……
私の冷たい身体を、彼女の温かい身体が包み込む……
私の恐怖はいつしか彼女の温もりに溶かされて消えていた……
恐怖から解放された私は彼女の全てを受け入れながら……
いつしか自分の意識を手放しいた──
☆☆☆
「あ~あ、マジさいあく、死んじゃえ、ばーか……」ムギュ
10KAギリギリ可愛い