ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「勇者一行を主役とした祝いの宴を七日後に開く。報酬はその時に用意しよう」
そんなお言葉を王様に貰い本日は解散する事となった。
勇者一行は馬車を、俺はシュトラオスの手綱を引くも、みな一様に無言のまま、トボトボと城を後にする。
言葉にはしないが胸の中にあるのは疲労だ。
別に登城しただけの疲労ではない。ラルキルド領から王都に直行した事による長旅の疲労である。
もちろん俺を含めて好きで旅なんてしているのだから表に不満を出す人間は居ない。
それでも馬車にガタゴトと揺られるだけの日々。夜は見張りのために睡眠時間は不規則に。荷物の都合を考えれば身なりや食事だって、そりゃ満足とはいかなくて。
だからこそだろう。町に着いた時には欲求が爆発するのである。
風呂入りたい、美味しいもの食べたい、ぐっすり寝たいと、三大欲求さんが囁きかけてくるのだ。特に今回はラウトゥーラの森という秘境から無事に生還した後だ。遠足は家に着くまでというが、その家に帰ってきたわけで。
チラリと先頭を歩む金髪の少女を盗み見る。
女だてらに軽装の鎧を着こなす、我らがリーダー勇者様だ。
フィーネちゃんはそんな俺の期待を感じ取ったかの様にピタリと足を止めて振り返った。
碧の瞳を走らせて、皆の表情を確認し、小悪魔じみた蠱惑的な笑みを浮かべる。
「オホン。え~やっと王都に帰ってきました。ひとまず今回の冒険はここで終わりです。なのでどうでしょう。みんなで美味しい食事にでも行きませんか?」
「「「「待ってましたー!」」」」
ピスカの町でも打ち上げはしたのだけど、それはそれ。今日ばかりは多少騒いでも罰はあたるまい。だって僧侶もノリノリだもの。俺たちはやっとこさご主人様から「よし」を貰った子犬の様に騒ぎ立てた。
◆
かくして足を運んだのはエルツィオーネ邸だった。イグニスがどうせなら家に泊まったらどうかと提案してくれたのだ。食事だけなら酒場に向かっても良かったのだが、ここには風呂もありベッドだってある。控え目に言って最高だ。
「そういえばアンタ、両親とは仲直り出来たのね。良かったわ」
「……まぁね。もっとも今日は親は居ないだろうから好きに寛いでくれ」
「ああ、だよな。打ち合わせにイグニスの家に集まったからすっかり忘れてた。よくあんな馬鹿しといて許して貰えたもんだ」
そうイグニスは俺なんかと旅に出たせいで暫く家出娘扱いだった。そんな彼女が普通に家に誘ってくれるのだから、俺としてはなんとも感慨深い話である。
今はお母さんも社交を終えて自領へと戻ったらしいが、実家を帰るべき場所と思うのはとても良い変化だろう。
王都の別邸には両親は不在なものの、家の維持やら他貴族への対応の為に最低限の使用人は残っているようだった。イグニスが壮年の執事に「ただいま」と帰還を告げると、涙ながらに「お帰りなさいませ」と迎え入れてくれる。
忘れがちだが、俺たちは冒険をしてきたのだ。誰が欠けててもおかしくない、そんな危険を冒してきた。待ち人が安堵する様子を眺め、俺も全員が無事であることに密かに安堵する。
まずは食事といきたいところだが、主も不在な館に備蓄は少ないようで急いで買い出しに走ったようだ。これは外食してきたほうが良かったかなと思うが、風呂ならばすぐに用意出来るというので先に垢を落とす事になった。
風呂から上がれば、女性陣はまだ湯に浸かっているのか、俺とヴァンは一足早く客間に案内される。てっきり食堂にでも連れていかれると思ったのだけど、水入らずで話せるように個室を選んでくれたらしい。
通されたのは、ほんのりと香の焚かれた品の良い部屋で、お城の一室と言われても俺は疑わないだろう。流石は上級貴族の家だ。家具の値段などは聞かないほうが精神的に良さそうである。
大理石……かどうかは知らないが、石を切り出したピカピカな机には、すでに酒やらジュースの瓶がズラリと並び、すぐに食べられる果物やチーズなどのおつまみも完璧である。
「なんかこの部屋来んのも久しぶりだなー」
俺が貧乏性なのか広い部屋を前に所在なさげに視線を彷徨わせていると、ヴァンは勝手知ったるものと革張りのソファにバフリと身を投げ出し、寝転がりながらに緑の果実へと手を伸ばしていた。
「そういやヴァンってイグニスとは付き合い長いの?」
「ん? まぁそこそこだな。なんだかんだもう5~6年か?」
俺もヴァンの対面に腰を落とし、話題も無かったのでつまらない事を聞いてみた。
カットされていて原型は分からないが薄桃色の果物を口に入れてみると、甘味が強くマンゴーのような滑らかな舌触りである。これうっま。
ヴァンの話は単純なものだった。騎士団長の息子であるヴァンと副団長の従妹であるイグニスだ。そりゃ紹介もされるし、年が近いのだから社交会や学院生活の中でも自然と顔を合わせる機会もあっただろう。
聞けば簡単な、しかし意外な繋がりに、ほうほうと頷いているとババンと扉が開かれた。
入ってくるのは赤、黄、青と個性的な髪色の女性達。湯上りしたばかりの薄っすら上気した肌と艶めく髪はなんとも色気が立ち込めていて、漂う石鹸の香りも合わさりクラクラしそうなどに魅力的である。
「ん。酒とつまみはあるようだな。よろしいよろしい」
「ごめんね二人とも。お風呂気持ちよくてつい長引いちゃった」
「で、男二人でなんの話してたの?」
三人増えようとも部屋は少しも狭くならないのだが、一気に場は賑やかにはなった。
ヴァンにイグニスとの出会いを聞いていたのだと話すと、納得したようにそれぞれの出会いを語り始める。
「んーカノンと出会ったのは何時だったかな」
「さぁ。でも切っ掛けは覚えているわ。アンタが山火事起こした時よ」
「ああ、そんな事もあったね。ならもう10年は前だ」
「あはは。二人とも変わらないんだね」
魔法覚えたての悪ガキがボヤ騒ぎを起こし、近くにいたカノンさんが慌てて火を消したそうな。その時魔女をボコボコにして親の所まで連れて行ったのが縁だそうだ。
いかにもイグニスとカノンさんらしいエピソードだが、父親のプロクスさんは貴族に手を出した事を咎めるどころか、バカ娘を止めれる人材に歓喜したという。
「じゃあフィーネとヴァンは?」
「私たちも結構小さい時かな。勇者として王都に連れて来られて、割とすぐだよ。ね?」
「勇者としてアルスさんが鍛えるってんで親父に挨拶させられたんだっけ。あの頃は俺の方が強かったのになぁ」
「アルス様が本気で仕込めばなぁ。私はむしろフィーネに同情するね。あの人怖いもん」
「そうなんだよイグニスー!師匠は手加減って言葉知らないんだからー!!」
酒も入り、次第に料理も届き始めた。話題的に俺は聞くか質問を挟むか程度しか出来ないのであるが、俺の知らないみんなの昔話というのも新鮮だった。
「正直言うと、私、イグニスと初めて会った時は絶対に仲良くなれない人だと思ったの。喋る言葉は嘘だらけで、裏で人を操るし、まるで魔女みたいな人だなって」
おや。これは奇遇だねフィーネちゃん。俺のイグニスのあだ名は今でも魔女だよ。
「ごめんなーフィーネー。こんな奴でごめんなー」
「いや、今でも嘘だらけだし、なんなら悪化してるだろ。コイツには反省ってもんがねぇんだよ」
「っく。あの時勇者の心眼を詳しく知っていれば嘘なんて吐かずに正面突破したものを」
本当だ。びっくりするほど反省しないなこの女。
「でも、今は違うよ。私を支えてくれる魔法使いはイグニスじゃないと駄目だと思ってる」
「ありがとうフィーネ。私も勇者が君で心から良かったと思うよ」
真実ではある。でも、そうじゃないとも思う。今の台詞は、後ろに続く勇者の言葉を遮るだけのものだった。
「……ハッキリ言うよ。今回の冒険で分かったの。私はやっぱりイグニスが欲しい。貴女の知恵と魔法が無ければ、ラウトゥーラの森を踏破する事は出来なかった。勿論ツカサくんにも来て貰いたい。今度はちゃんと勇者一行として」
別行動をしていたイグニスと俺への勧誘だった。けして思い付きではなく、ずっと言うタイミングを見計らっていたのだろう。アルコールに頬をほんのり染めながらも表情はいたって真剣だ。
少なくとも俺は一緒には行けない。深淵の事が片付いてからではあるが、世界のへそと天と地の狭間を目指さなければ。そして、実はシエルさんに頼まれごともされている。
ならばイグニスはどうなのかと、その横顔へとそっと目をやった。
勇者一行との冒険は彼女の憧れだった。俺の存在がこの優秀な魔法使いから栄光を奪ったのである。
ずっと一緒にいて頼りにして来ただけに、自分の口から要らないとは言いだす事が出来ないけれど。それでもだ。もしイグニスが、心に少しでも勇者一行としての活躍を夢見ているなら、俺は応援するべきなのだと考えている。
「私は……」
赤い瞳と目が合った。とても悩まし気な少女に向かい、俺は自然と「こっちは大丈夫だから行きなよ」と舌が回った。
「ごめんよ、行けない。それでも私を仲間だと思ってくれるなら、必要な時には声を掛けてほしい。必ず君の力になろう」
魔女は言い切る。そしてそんな不安そうな顔するなと微笑みかけてきた。
俺はまた顔に出ただろうかと手で表情を弄るも、今度は緩む口元が直らなかった。
「でもイグニス」
「本当にいいの?」そう言いかけたとこで「あーあーじゃあこうしましょう」とカノンさんが被せてきた。きっと譲り合いになると判断したのだろう。そしてそれは、凄く正しい。
「ねぇフィーネ。私も魔法使いの存在は凄く大きいと思う。ならいっそもう一人勧誘したらどう? どうせイグニスが合流する時はツカサも一緒なんだから戦力の釣り合いは取れると思わない?」
盾役も務まる剣士ヴァン。剣も魔法もこなせる勇者フィーネ。戦闘も回復も出来る僧侶カノン。ほぼほぼ完成していると思われるパーティーだが、そこに足すならやはり知識と魔法という結論になるだろう。
イグニスを見る限り、動ける魔法使いというのは難しい。仮に魔法使いが二人になるとバランスが崩れるが、その時には俺という戦闘員もプラスになる。これならば、どうだろう。一応均衡は取れるのだろうか。
「うーん。なるほど。でも、イグニスの代わりが務まる様な人……居るかな」
「そういう流れなら私から紹介しようか? 女性なんだが、同年代で私が唯一認める使い手がいる」
「おいふざけんなよーまた女が増えるのかよ。男増やそうぜー」
そう愚痴る剣士。このハーレム野郎は美人達に囲まれなんの不満があるというのだろうか。だが本当にヴァンが絶叫するのは、邪な笑みを浮かべたイグニスの次の言葉だった。
「おっと。そういえばスティーリア嬢はヴァンの片思いの相手だったか」
「ふざけんなよお前マジで!?」
「なにそれ詳しく!」
魔女に飛びかかろうとする剣士を僧侶が容易くねじ伏せて、勇者は話に興味津々だ。
勧誘を断った身で勝手ながら、この愉快なメンツともお別れかと思うと、急に寂しさがやってくる。
ああ、本当に楽しかったなとグラスを傾ければ、上に向かった視線の先ではジグが気を利かせて何も言わずに見守ってくれていた。
「ちなみヴァンの初恋の相手がアトミスだって知ってる?」
「やめろー! イグニスてめえ、その口今すぐ閉じやがれー!!」
賑やかで、楽しくて。けど、だからこそ、この場にジグルベインが混ざられたならばと夢想する。勇者と魔王が混じりあうわけないのにな。考えてみれば、俺はどっちつかずの蝙蝠野郎なのだった。
王都を発つのは武術大会が終わった後になるだろうか。せめてその時までは、この暖かい日常を楽しみたいなと思う。