ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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127 新たな出会い

 

 

 途中ですれ違った陰鬱な男に後ろ髪を引かれつつ、せっかくの料理が冷めてはいけないと、素直にアトミスさんの元へと戻った。

 

 大皿に山盛りの料理を溢さないようにバランスを取りながらゆっくりと歩き、そんな俺を見たアトミスさんとアルスさんの二人は、まるで広場で放した犬が泥だらけで帰ってきたような優しい呆れ顔で眺めてくる。

 

「あらあら。ツカサくんは意外と健啖家なのですね」

 

「あ~いや。これはですね……」

 

「あはは。聞いてよアルスさん。ツカサったら何か美味しい料理をくださいって言ったら全制覇かってくらい盛られてるの!」

 

「少年、何もそんなものまで踏破する必要はないんだぞ?」

 

 折角の宮廷料理なので実はちょっぴりコンプリート欲があったのだけどね。皿に盛りに盛られた料理はおよそ5人前。一体どこの大盛り料理店かと言いたいくらいで、眺めているだけでも満腹になりそうなボリュームだった。

 

 料理をまだ取ってきていない妖女と麗人に、少し貰ってくれないかと伺うも、二人は揃って今は要らないと口にする。あらそうですかと身を引くが、良く見ればお酒にも手をつけていない様子だった。王族の側にいるので周囲に気を払っての事なのだろうか。

 

「すると頼みの綱はやっぱりイグニスか」

 

「わるいわね。自分のを取る前なら手伝ったんだけど」

 

 僧侶は僧侶で自分の皿に沢山の料理を盛っていた。一人分としてはこちらもかなりの量で、男の俺でも少々苦労しそうな量だ。食べ物を無駄にする様な性格では無いので、本人にはこれが適量なのだろう。

 

 俺は大丈夫ですよと手を振りながら、少しでも量を減らすべくイグニスの元へと向かう。

 魔女はどうやらお姫様との会話を切り上げた後らしい。ちょうど給仕を呼び止めて、空いた杯に酒を注がせているところだった。

 

「お、丁度良くつまみが歩いてきた」

 

 近づくや否や、事情も話していないのに「これいただき」と行儀悪くつまみ食いしてくるお嬢様。まぁ減る分には問題無いので好きなの取ってと差し出すと、迷うなぁと言いつつ色んな種類に手をつけていく。

 

「王女様との話は終わったんだ」

 

「ああ。私が王女を独り占めするわけにはいかないだろう」

 

 マナーという奴だろう。友人との会話に名残惜しさは感じている様だが、それはそれ。せっかくのパーティーなのだから多くの人と会話をするのだと魔女は言う。

 

 さすがのコミュ力だった。自分には知らない人と会話を楽しむという社交スキルはないので羨ましいものである。

 

「実はね、私はフィーネに勇者一行として誘われてなかったら、レオーネの付き人として留学に付いていく算段だったんだ」

 

「えっ国外逃亡まで企ててたの!?」

 

「失礼だな! 言い方に気をつけろ!」

 

 でもそうか。何も第一志望の進路に必ず行けるとは限らないのだから、サブプランとして第二志望、第三志望があるのは不思議ではない。むしろこの魔女ならば計画していない方が不自然だ。

 

 そして俺と旅に出るという現実は、彼女が練ってきた様々な計画を全て破り裂くという荒業に違いなかった。ごめんねと思わず飛び出る謝罪の言葉。魔女は何かしたのかと胡乱な瞳を向けて来て。俺は真っ赤な目を真っ直ぐに見つめ返して言う。

 

「イグニスの未来を台無しにした」

 

「んー。ツカサは何やら勘違いをしているね。君との旅に価値があると判断したのは私なんだよ」

 

 魔女は少しも心を揺るがさずにそう口にする。些細な事だと。これが今一番やりたい事なのだと。そして。

 

「それでも罪悪感があるなら、そうだな。私が後悔しないように、君が目一杯楽しませておくれ」

 

 勇者一行の旅よりも。王女と国外に留学するよりも、もっともっと楽しい旅にしようと、意地悪魔女はハードルを上げに上げて不敵に笑う。イグニスの用意した落としどころだった。なるほど。未来を潰したとかマイナスな思考をするよりは、よほど前向きな案である。

 

「うん。じゃあイグニス。ちょっとばかし世界の果てまで付き合ってよ。きっと楽しい旅にするからさ」

 

 赤い瞳が燃えていた。全てを溶かす程に熱く、グツグツと音が聞こえるような煮えたぎるマグマを思わせた。何故かイグニスが今にも噴火しそうな火山に見えた瞬間だった。どうかしたのかと聞けば、熱量そのままに、素知らぬ顔で「なに嬉しかっただけさ」と口にして。

 

「……ああ。私の誘い文句としては満点だ」

 

 彼女の表情は、ちっとも嬉しそうではなかった。

 

 

「これはこれは、私を覚えておいででしょうか、ええと、ツカサ殿?」

 

 俺に挨拶に訪れた男性は、飴色の髪のふくよかな体系をした青年だった。顔立ちにしても別段特徴というものを持ち合わせない彼だが、どうして俺の中では印象に残っている人物の一人である。

 

「オーホッホ! イグニス様の晴れの日に巡り合えるなんて三柱には感謝しかありませんわー!」

 

 そう。桃色の巻き毛をしてピンクのド派手なドレスを着る似非悪役令嬢が傍に居ては、人の顔を覚えるのが苦手な俺でも流石に忘れる事は出来なかった。クーダオレ家のルムト夫妻である。料理を取りに行ったとき見かけた気はしたが、どうやら見間違いでなかったようだ。

 

「記憶違いでなければ、貴方はラルキルド伯の付き人だったと記憶しているのですが」

 

「ああ。そうですね。クーダオレ家に伺った時にはシャルラさんの付き人を務めさせて貰いました」

 

「なるほど! やはりそうでしたか! いや奇遇な再会もあったものですね」

 

 ルムトさんは温和な笑顔を浮かべながらすっと手を指し伸ばしてくる。はぁどうもと、肉厚の大きな手を握ると、ギュッと強く握り返される手。いや、ギュッなんて可愛らしい擬音は似合うまい。それはもう、握りつぶしてやると言わんばかりで、今にもメキメキと骨が軋みそうな強さである。

 

「!?!?」

 

「で、そんな貴方がなんでイグニス様と行動してるんですかねぇ!?」

 

 あくまでイグニスには聞こえないようにボソリと呟く青年だが、穏やかな印象があったのでクマのぬいぐるみが突然牙を剥いたかのような怖さを感じた。

 

 そうか。きっと彼は知ってしまったのである。俺がイグニスと二人で旅をしているという事を。それこそイグニス派なんて派閥があるのであれば目撃談は多いはずなのだ。イグニスの赤髪は目立つからなぁ。

 

「いやーそれはこう。色々事情がありまして」

 

 相手にするのも面倒だからイグニスに押し付けようかなと、チラリと横目で魔女を見る。すると、奇遇にも奴もコチラを振り向いた瞬間だった。お互いバッチリと目が合って、えへへと笑い合う。

 

「イグニス今なんでこっち見た! 言え!」

 

「君のほうこそ何考えてたんだよ!」

 

 こんな時ばかり気が合う俺たちである。

 

 

 詳しくはツカサから聞いて欲しいな。なんて赤髪の女がきゃるんと言うと、ルムトさんが、奥さんのメクルさんが、いや、聞き耳立てていた赤い奴らが詳しく聞こうじゃないかとジリジリと詰め寄ってきた。

 

 こうなっては落ち着いて料理も食べられやしないので、イグニスに覚えてろと捨て台詞を吐いて避難する事にした。

 

 迷い込んだ先は、庭園になるのだろうか。

 迎賓館とはいえお城の中に違いなく、多くの扉は出入りが出来ない様に使用人に遮られていて。会場から行ける先といえば、トイレかテラスかサロン、そして庭くらいのものだったのだ。

 

 料理を持って彷徨う不審者だっただけに、逃亡先は一番人気の無い場所を選ばせてもらった。

 ここももう少ししたら酔い醒ましに散歩する人達が増えるだろうか。そんな事を考えながら、緑の中に伸びる石の道を進んだ。

 

 そして俺は――運命の出会いをする。

 彼女が視界に入った瞬間に、心はすっかり魅了され、鼓動は早打ち、瞳はどうにも離れなかった。これが、一目ぼれ。そして恋か。

 

「にゃー」

 

「ほわー可愛いー!!」

 

(いや、金玉ついとるし、あれ雄じゃろ)

 

 なんともふてぶてしく道を塞ぐ生物。野生のやの字も忘れ腹出し寝ころぶ怠惰の化身。

 パンダよりもよほど大熊猫の字が相応しい、1メートルほどあるデブ猫だった。

 

「おいでおいで。餌あるよ、おいで」

 

 たまたま訪れた庭園にたまたま持ち合わせた大量の料理。これはもはや運命だろう。

 俺は餌付けするべく肉料理を突き出しホレホレと目の前で揺らす。白い獣はのそりと起き上がり、ゆっくりゆっくりと近づいてきて、そしてガブリと肉に噛みついた。

 

「ジグ見た! 食べたよコイツ!」

 

(手! 手食われとるぞお前さん!)

 

 あはは。本当に可愛いなこの生物。

 もはや撫でられる距離なので空いている右手でそぅと背中を撫でて見る。短い毛の感触はサラサラで、上質な毛布でも撫でているような気持のいい手触りだった。

 

 大猫は人馴れしているのか、一撫でするとその場でゴロンと転がり、もっと撫でれと腹を出す。

 

「くそ! いやらしく誘いやがって! この! このー!」

 

 もふり天国だった。両手でもしゃもしゃと腹を弄り、顔を埋めて抱きしめた。

 どのくらいそうしていただろうか。気が付く頃には料理はすっかり冷めていた。残すのは嫌だなと、地面に胡坐かきぽつりぽつりと食べ始めると、デブブも膝の上にやってきて食わせろと口を開ける。

 

(もう名前まで……)

 

 そんな時だった。「ポター!おいでー!ちっちっち」と女性の声が。

 ポタってお前かとデブ猫を見るが、餌に夢中のデブブは声に振り向く様子も見せない。

 

 声はだんだんと近づいてきて、猫を見つけるやポタ!と叫ぶ女の子。他に人が居るとは想像もしなかったのか、その表情は少なくとも初対面の人間に見せることはないであろう締まりのないデレデレの顔である。

 

「…………」

 

「…………」

 

「にゃー」

 

 気まずい沈黙。顔を真っ赤に目をグルグルとさせフリーズする少女に掛ける言葉も見当たらず再起動を待つ。

 

 少女はおよそ一分の時を使い、表情をキリリと引き締めて、何事も無かったのように自己紹介を始める。

 

「コホン。失礼をしました。私はスティーリア・ウェンドゥ……ウェントゥス……よ」

 

 噛んだ。

 

 

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