ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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133 予選2

 

 

「いや、何度味わっても神聖術ってやつは不思議だな」

 

 1試合目が終わり、再び壁際に座り込んでぼへりとしていると、10分と経たない内にウルガさんはやってきた。怪我は医務室で待機しているマーレ教に治して貰ったようで、右肩をぐりんぐりんと回し動作を確かめている。

 

「……大丈夫でしたか?」

 

「この通りだ。なんの問題もないよ。だからそう暗い顔すんなって」

 

 毛むくじゃらの大きな手が頭に乗ってバフバフとされた。顔に出ただろうか。自分のせいで血を流して倒れたウルガさんの姿がどうにもショックだったのである。まさか刃引きの剣で斬れるとは思わないではないか。

 

「俺はお前が本気で戦ってくれて嬉しかったぜ。まぁ手も足も出なかった訳だが」

 

「そんな事ないですよ。俺はウルガさんの強さにビックリしました」

 

 結果として見れば、ウルガさんの攻撃は一度も俺に当たる事は無かった。

 しかし俺が当てた攻撃も最後の一発だけなのである。圧倒的な身体能力の差がありながら、この戦士は槍一本で暴力を封じ込めて見せたのだ。本当に尊敬に値する技術と勇気でなかろうか。

 

「こんな大会に出てるって事は、ツカサも護衛の仕事でも始めたのか?」

 

「あ~いえ。俺は友達に誘われて出ただけなんです」

 

「へぇ。ならこの機にその道も考えてみたらどうだ。今ならきっと選び放題だぜ」

 

 狼は爪先で見てみろと観客席を指した。

 戦士達の奮闘で盛り上がっているのはどうやら身内だけではないようで、中には貴族や商人などがスカウト目的で観戦をしているようだ。

 

 そう言えばヴァンからハンターは実力をアピールする為に参加していると聞いたか。

 特にこの大会は騎士科の生徒。つまり貴族の生まれが多い。本来は商人や貴族相手に腕前を見せて繋がりを作る貴重な機会なのだろう。

 

「俺は旅しながらなんで冒険者がせいぜいですよ。ウルガさんこそ、あれだけの槍捌きなら引手も多いんじゃないですか」

 

「俺は狩人だからな。護衛の仕事なんて滅多に受けないよ」

 

 互いに縁が無いようだと笑いあった。けれどもそんなウルガさんもどうやら護衛の仕事で街に訪れているらしい。獣人の商人。いつか町であった狐さんに付いてきた様だった。

 

「俺は今日で用事が済んじまったが、後3日は滞在するようかな。高い入門料払ってるからアイツはギリギリまで滞在しようとするんだ」

 

 なんでも今日辺りは自由市の方でお祭り騒ぎをしているようだ。そんな話を聞いて俺とジグはほほうと唸る。近場の町から腕自慢が王都に集まるのである。その移動に便乗して商人が付いてくるのはある意味当然の事だった。

 

(お前さんお前さん)

 

「うん、明日予選が終わったら顔出してみようか」

 

(おお、やった! 楽しみであるなカカカ)

 

 そんな話をしながら次の試合までウルガさんとお喋りをして過ごした。

 狩りの仕事は今は暇らしい。ゴブリン騒動で多くの人が森に入ったので獲物が少ないようだ。それでも俺と退治した魔鹿の貯金でなんとかやっているとか。俺も基本は貴族の館にお世話になっているのであの時のお金がまだ残っていたりする。

 

 そして獣人の村。鉱山の方には、冒険者ギルドに人の手配を頼めたらしい。

 結局のところ、ゴブリン一匹を銀貨一枚という高値で引き取る約束だったが、それは果たされなかったようだ。サマタイの町長は可能な限り引き取ってくれた様だが、量が多すぎたのである。

 

 なので払えなかった分を人の手配に回すからと交渉があったそうだ。その手際の良さはイグニスだろうなぁと思う。

 

 ともあれ少人数でもまた採掘が始まったらしい。完全に元通りとは行かないようだけれど、なんとか。なんとか村は維持出来ていて、少しずつ復興していくそうだ。

 

「……みんな強いですね」

 

「言っただろ。獣人も人間も、あの程度でへこたれたりしないのさ」

 

 ニカリと牙を見せるウルガさんにつられてこちらまで笑みになってしまった。

 魔力なんて使えなくたって、人はこうも逞しいのだと思い知るようだった。

 

 

「えー196番と283番。居ますかー! 196番、283番でーす!」

 

 ようやっと2回戦が周ってきた。

 1回戦からどれくらい経ったか。朝から始まった大会ももう昼を跨いでいた。

 参加人数はおおよそ300人。2回戦目が始まるということは既に150人以上の脱落者がいる計算だ。

 

 人が減るに連れて試合の間隔はドンドン短くなっていくのだろう。そして、戦う相手も勝ち残った猛者に厳選されていく。

 

「げ、ヌメヌメ男じゃん」

 

 だと言うのに、意外にも対戦相手は小さな少年だった。

 見た目は10歳程度。若い参加者の中でも一際若く、しかし貴族院の制服は着ていない。

 

 心当たりはあった。緑の胴着は着ていないが、ヌメヌメ事件を知っているという事は恐らくフェヌア教の信徒なのだろう。

 

「ウナギ美味かった?」

 

「めっちゃ美味かった! あんがとな!」

 

「ならよかった。でも俺、カノンさんからフェヌア教は大会に出れないって聞いてるよ」

 

 なんでも勝ち負けを競うために鍛えているわけではないのだとか。

 少年は心当たりがあるのか、バツが悪そうに目を逸らし、大会の規定には無いと言い張った。そうなのかと審判をチラリと見ると、オッサンは問題ないと言う。

 

「あくまでフェヌアの規定だな。ウチは関係ない。それにぶっちゃけ毎年何人かはこうして参加するんだ」

 

 フェヌアさぁ……。まぁ折角鍛えているのだから腕試しをしたいと思うのは仕方のない事なのだろうか。カノンさんには内緒でと拝み倒す少年に俺はしょうがないなぁと頷いて。もういいかなと、審判は開始の合図を告げる。

 

「ていやー!」

 

 開始早々の声変わりもまだの可愛らしい掛け声。それでも目を見張る速さの踏み込みだった。

 ウルガさんは槍で間合いを取ろうとしたが、少年はその真逆。無手の為になんとか間合いを潰そうと懐に飛び込んできたのだ。

 

 少年の拳は一回戦を勝ち上がってきた事に納得するほどに鋭い。

 重心を低くドスリと地に根を張る様に構える姿は、勇者一行の僧侶と確かに姿を被らせた。

 

 身体強化。いや神聖術になるのか。少年の小柄な肉体が魔力使いの大人に混じっても遜色ない出力を発揮する。ゴウと空裂く右の鉄拳。間髪放たれる左。それをひょひょいと躱すと、首を刈ろうと、真下から蹴りが飛んでくる。すぐさま上体を逸らせば眼前を右足が槍の様に通過していった。

 

 危ない危ない。などと息を吐くしまもない。少年は体を独楽の様に回し、上段蹴りから上段回し蹴りに繋ぐ。

 

 咄嗟に左腕で頭を庇った。間もなく少年の踵がぶつかり、金槌でも振るわれた様な衝撃がやって来る。踏ん張らなければ思わず蹴飛ばされていた事だろう。

 

「おおお。流石フェヌア教。小っちゃくたって一人前」

 

「おおおお!」

 

 見た目とのギャップに驚く俺なのだが、男の子は止まらない。剣が振るえない様に密着して、手数で仕留めようと、更に回転数を上げてきた。

 

 肩で体当たりをし、肘を斧の様に振り回し、懐に潜れば掌底で顎を狙ってくる。まさに全身凶器。武闘家の面目躍如か。聖職者ってなんですっけね。

 

「っく! なんで当たらないんだよ!」

 

(……儂と毎朝戦ってりゃこのくらいは出来るわな)

 

 そうなのだ。霊体のジグルベインは剣も持てないので肉弾戦を仕掛けて来る。だから単純に戦い慣れているんだよね。カノンさんレベルの練度になったら話は別だけど、伊達に魔王や勇者と模擬戦してないのよお兄さん。

 

 へへんとドヤ顔を披露してやると、少年はちくしょうと破れかぶれに蹴りを放った。

 俺は手で受け止めようと軌道上に左手を置く。足を掴んで降参して貰おう等と考えていた。

 

 しかし少年の振り上げた足は一向に手のひらに収まらなかった。ドスンと別の場所に衝撃が来る。チラリと視線を落とすと、足は股の間で止まっていた。なるほどね。そういう感じねうん。完全に想定外だ。え、だってそこ狙うのありなの?ごりゅって音したよ今!?

 

 その痛みをなんと例えよう。まるで打ち上げ花火。股間からヒュルヒュルと登り脳味噌で爆発するような。

 

「ぬ! ぬっふぅぅん! おっおっお!?!?」

 

 股を抑えズルリと膝付く俺。審判が思わず止めに入るが、俺は必至に首を横に振った。

 やらなければならない事がある。唇を噛みしめながら剣を杖に立ち上がり、少年に全力で頭突きを食らわせた。

 

 男としての意地である。倒れる少年の頭上から、そこだけは狙ってはいけないと厳重に注意した。この件はカノンさんに報告させていただこう。

 

「しょ、勝者196番! ほら、君の勝ちだから早く医務室行きなさい。大丈夫か? 歩けるか?」

 

 番号札を手渡してくる審判のおじさんが物凄く優しかった。

 

 

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