ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

135 / 611
135 予選突破

 

 

 審判から勝利判定を貰って、ふうと大きく息を吐きだした。

 

 押し倒したお兄さんの首元から剣を引き、どうぞと手を差し出せば、手を撥ね退けられる事もなく力強く握られて。

 よいせと体を引き起こしてあげると、お兄さんは「勝てないかった」とニコニコした人懐っこい顔で言う。大会に思い入れは無いのか、別段惜しくもなさそうだ。

 

「良き戦士。またね。会いましょう」

 

「え?ああ、はい。機会があれば」

 

 長い髪を揺らし上機嫌に退場する外国人のお兄さん。その背中を見ながら、きっと悪い人ではないのだろうなと思った。

 しかし気になるのが、あの軽い態度である。俺は自分の掌に視線を落とした。やはりというか、お兄さんの手は硬くて豆だらけだった。凄い手だなと関心すると同時、何故と疑問も浮かんでくる。

 

「ねえジグ。今の試合どう思う?」

 

(完全に遊ばれとったな)

 

「だよなー」

 

 大活性での動きも簡単に見切られていた。たぶんかなりの実力差があったはずだった。

 彼が本気で勝ちを狙うならば、恐らく背後を取られた時に決着は付いていたのではないかと思う。まさしくジグルベインの言う通り、完全に遊ばれた試合だったのである。

 

 俺はなんだかなぁと煮え切らない気持ちのまま試し場を後にした。

 

 

「そりゃあお前、遊ばれたんだよ」

 

「だからそう言ってるだろ」

 

「あーちげえ。あの男にじゃなくて、アイツにだ」

 

 ヴァンの所に戻り一応の勝利報告をした。試合を見ていたらしい少年剣士は、愛想なく「おう」とだけ答えた。

 どうにも腹がモヤモヤするので、手加減されたよと懺悔の様に告白するとと、ヴァンは怒気を孕んだ声でそう告げる。

 

 剣士が鋭い視線を向ける先はハンターギルドの3階だった。そこにはテラスから会場を見下ろす女性の姿があった。VIP待遇というやつか。騎士と執事を後ろに侍らせて優雅にティーカップを傾けている。

 

「あれは……」

 

 見覚えのある姿だった。

 ど派手なストロベリーブロンドの巻き毛をした、猛禽類の様な目付きの人。この国の王女様で、名は確かレオーネと言ったか。

 

 俺はははぁと得心する。

 あの王女様は国外に留学していると聞いた。ならばあのお兄さんはその留学先から一緒に空飛ぶ馬車に乗ってやって来たのだろうと推測出来たからだ。

 

「昨日はあんな男参加してなかった。権力で試合に無理やりねじ込みやがったんだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 意図は分からない。或いはそんなものもなく、特権階級の気まぐれなのかも知れない。

 ただ、イグニスとお友達という程度には食わせ者なのだろうと感じた。

 

「195番!43番!前へ!」

 

「お、俺か」

 

 それからすぐにヴァンの番号が呼ばれた。先ほどとは逆に、ヴァンがちょっくら行ってくるわと背を向ける。俺は激励を貰ったので、こちらも何か気の利いた言葉をと思うのだけど。声に出たのはこうだった。

 

「負けろ負けろ負けろ負けろ」

 

「負けねえわ!ガキ見てえな事すんじゃねえ!」

 

 怒られた。

 だってあと一戦。コイツとさえ当たらなければ、俺にも本戦出場が見えるんだもん。

 

 ヴァンの対戦相手は年上の女性だった。細身の剣をフェンシングの様に突き出し構える姿からハンター、それも護衛の仕事をしているのではないかと思う。

 

 実は昨日ウルガさんと待機している時に聞いた知識だ。

 意外とその戦闘スタイルで戦う参加者が多いから興味本位で聞いてみたのである。俺もこの大会ではないけれど、2回ほど戦っている。盗賊ニコラとハンターのガリラさんだ。

 

 あのスタイルが想定するのは対人戦。それも室内や廊下などの狭い場所を想定しているようだった。

 だから剣を振らない突き主体で。半身で剣を突き出し、敵と護衛対象との距離を確保しつつ、制圧する剣術らしい。

 

 対してヴァンは本領の二刀流の構えはせず、左手で剣を握っているだけだ。

 何もこの試合だけでなく、今までの2回戦全てをこのスタイルで瞬殺していたりする。

 

「分かり易い舐めプだよな」

 

(うむ。まぁ……であるな)

 

 試合が始まる。相手はやはり右半身で剣を突き出しながら距離を取る。頭も手もブレずに膝だけで身体を前後に揺すり間合いを図っていた。

 俺もやられた経験があるが、あの突き出す剣が曲者だ。広い可動域を持つ手首によって剣先が円を描く。円、つまり360度を手首の動き一つで対応できるのである。

 

 一合目。ヴァンの放つ逆袈裟が綺麗に流される。

 そうとも。鎬を削る戦いにはどうあってもならない。相手の剣は打ち合うスタイルではなく、速い初期動作で的確に受け流すスタイル。これも魔力使いの身体能力と戦う為の術なのだ。

 

 二合目。さてヴァンはどうするのかと眺めていると、アイツは剣を振るわなかった。ゆっくりと、そして優しく刀身と刀身を触れさせたのだ。

 相手は弾く事が出来なかった。接触を嫌い剣をぶつけるも、力の籠っていない剣には暖簾に腕押し。まるで磁石同士の様に、ピタリと剣と剣がくっついた。

 

 既に駆け引きは始まっているのだろう。互いに腕がピクリピクリと反応をしている。

 剣の交点から動きの読み合いをしているのだ。

 

「アイツ、あんな繊細な事も出来たんだ」

 

 いや、或いは出来るようになったのだろうか。

 カシャリカシャリと鬩ぎ合う刃は、次第に苛烈さを増す。交点をズラシなんとか上を取ろうと暴れる姿は、二匹の蛇が絡みついている様にも見えた。

 

 一瞬だった。きっと相手が力を抜く瞬間を狙ったのだろう。その瞬間に強く刀身を撃ち込まれた女性は、思わず手から剣を零した。

 カラコロと地面に転がる武器に「あっ」という間の抜けた声。なんとも静かに勝負は幕を下ろしたのだった。

 

 

「やったセーフ」

 

 試合も4回戦。残る人数はいよいよ30人程度。ここまで減ってくるといつヴァンと当たってもおかしくないので、お願い外れてと必死に神頼みをした。報われた。

 最後の対戦相手は学生だった。老け顔なのでちょっと年齢に自信はないけれど、制服を着ているのだから学生なのだろう。

 

「よろしくお願いします」

 

「うす」

 

 緊張しているのか、声も態度も堅かった。学生さんの装備は右手に剣を、そして左手には盾を持っている。

 どっしりと腰据えて突き出される盾の威圧感に、俺は少しばかり委縮した。だって盾だ。対峙してみると、思ったよりも距離が遠く感じる。そして相手の体が上手く影に隠れて、どこを狙っていいやら分からない。まったく優れた道具である。

 

「うおおお!」

 

 開始と同時、少年は距離を取るかと思いきや、前に出た。そういうの嫌いじゃないよと、俺も合わせて前に。

 腕力勝負は圧倒した。剣同士のぶつかり合いは、俺の剣が相手を弾く。けれども返しの一刀はやはりと言うか盾に阻まれる。

 

 体格という意味では大差ないけれど、力の差は歴然だった。

 それでも腕を畳み体重を乗せて、きっちりと俺の斬撃を受けてみせる学生さん。

 流石は騎士科。年下と侮ることなかれ。こと対人戦闘での経験値は俺よりよほど高いのだろう。

 

「いいね、さすが」

 

 ヒュンと縦に走る一閃を足で横に躱す。動いた方向は盾を持たない右側で、打ち終わりのがら空きな胴へと斬り込む。ガンと衝撃。盾で弾かれる。

 盾と剣がギリギリと拮抗している間にも、再びに相手の斬撃が飛んできた。

 

 俺はおっとと、後ろに下がり回避。腹を掠める剣に安堵しつつ、フンヌと右足で蹴りを放った。学生が盾で構えて突進してきたのだ。大面積と質量で押し切ろうとする相手を足一本で体ごと押し返した。

 

「っく!強い。さすが勇者一行」

 

 おっと。パレード見た人かな。もっと油断してくれてもいいのに。

 けれどこの大会で本格的にバチバチと剣を合わせるのは初めてだ。やはり接近戦はこうでなければいけない。剣を握る手に力を籠めつつ、自然と頬が上がるのを感じる。

 

「来いやー!」

 

「応!」

 

 相手が振りかぶる。俺も振りかぶる。そして鋼がゴキンとぶつかって。

 鼓膜を揺るがす金属音。柄から伝わる衝撃が手を痺れさせる。

 けれどももう一度。

 

 今度はより強く、より近く。至近距離で振るわれる全力打撃。ブンと風切る音が聞こえ、凶器が加速する。差し込め。振り遅れるな。ビビったら負けだ。

 

 ガキン、ガキンと何度得物をぶつけあったか。そして衝突を重ねる毎に、金属音の響く感覚は徐々に短くなっていく。今やガガガガガガンと、トタン屋根を打ち鳴らす雨音と間違える程に加速していた。

 相手は眉間に皺を寄せ、唇をタコのようにし、歯を強く食いしばる。睨めっこをしたら負けてしまいそうな変顔だった。もしかして俺もそんな顔をしているのだろうか。

 

「んんんん!」

 

「おおおお!!」

 

 胴を狙い防がれて。頭を狙われ慌てて防ぐ。もはや技術もなく意地の張り合い。足を止めどちらが倒れるのが先か殴り合うボクサーの様に鋼の棒を振り回した。相手なんかもう盾を使う事も忘れているのではないか。

 

 最後は、衝突音が鳴る事はなかった。

 代わりに肩にめり込む剣からメシャリと骨を砕く感触と音が伝わってくる。そして、そこまで加熱した打ち合いは、一撃程度では決まらないもので。

 

「あ」

 

 学生さんは勢い余り、俺の頭に剣を落とす。ぐしゃりと潰れたトマトの様に……はならない。

 

 勇者が盾という便利な道具を使わない理由。それは纏鱗という魔力操作で攻撃を防ぐからそもそも盾が必要ないのである。

 俺の技術では纏鱗ほどの防御力はまだ出ないけど、それでも強い衝撃の割には、軽く血が流れる程度だった。

 

「やっぱ強いなぁ」

 

「君だって強かったよ。楽しかった」

 

 気が抜けたのか学生は肩を抑えて地面に倒れ込む。その時点で試合は終了。

 タンカで運ばれていく相手を見ながら、俺は勝者として、腕を天に突き上げた。わーきゃーと降り注ぐ称賛と喝采。けれども俺が見るのは勇者一行の剣士ヴァン・グランディア

ただ一人である。

 

「どうだ。ちゃんと勝ち残ったぞ!」

 

「当然だっつの」

 

「……ちょっとは褒めてよ」

 

 こうして俺は武術大会の予選をなんとか突破した。

 

 

 

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