ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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137 会場入り

 

 

「いやーごめんごめん。支度に手間取ってね」

 

 イグニスがそう言いながらシュトラオスを引いて現れた。

 恰好は騎乗服の上から愛用のとんがり帽子と外套を羽織った魔女ルックであり、観戦に行くというよりはまるで旅立つ姿の様に思える。

 

「あれ、イグニスはボコで行くの?」

 

「ああ。後で少しばかり用事があるんだよ」

 

 俺はそうなんだと適当に返事をしながら、イグニスの騎乗に手を貸した。

 ありがとうと言いながら魔女は鐙(あぶみ)に足を掛け、よっとと、慣れた手際でボコに跨る。その様子を見て、久しぶりに俺も駝鳥に乗りたいな、などと考えていた。

 

「みんなにはそう説明しとくよ」

 

「ん。と言っても普通に後ろを付いていくのだけどね」 

 

 じゃあまた後でとヒラヒラと手を振ってイグニスと別れる。

 向かうのは道端に止められているヴァン家の馬車だ。車内にはもう勇者一行が勢ぞろいしていて、俺が、正確にはイグニスが最後だったのである。

 

 御者さんに待たせてすみませんと告げて出発のお願いをする。愛想の良いお爺さんは嫌な顔一つ見せず、帽子を持ち上げ笑って見せた。

 

 車内に入り、どこか空いてる場所はと確認すると、ヴァンがこっちだと隣の席を叩いている。どうやら席を男女で別れたようで、対面の席には女の子が三人で座っていた。

 男は俺とヴァンだけなので広い席で申し訳ないと思いつつ腰掛けると、全員の着席を確認したのかガタゴトと馬車は動き出す。

 

「何、あの子別行動なの?」

 

「ええ。大会の後でなんか用事があるらしいですね」

 

 カノンさんがイグニスの事を真っ先に聞いてきた。やはり幼馴染なのか関心は強いようだった。そうして話が聞こえたのか、ふーんと事情を納得したらしいフィーネちゃんは、遅れたけれどと話を変えて「二人とも予選の突破おめでとう」と言ってくれた。

 

「あ、そうね。特にツカサは本当に凄いと思うわ」

 

「だよねー。私も勇者として鼻が高いよ」

 

 カノンさんもフィーネちゃんもベタ褒めなもので、俺は少しばかり照れ臭いのだけど、ありがたく世辞を受け取った。

 すると、新人さん。勇者と僧侶に挟まれて、若干に縮こまるスティーリアさんが不思議そうに疑問を口にする。

 

「騎士の参加しない大会ですし、勇者一行ならば予選突破くらい当然ではなくて?」

 

「それがねティア、二月前のツカサくんは殆ど素人だったんだよ」

 

「あー、だな。魔力の扱いもなんとか身体強化が使えるくらいで、ありゃあ酷えもんだった」

 

「そこまで言うことないじゃんか」

 

 フィーネちゃんの話にヴァンが思い出す様にウンウンと頷くので、俺は肘で脇腹をグリグリと押してやった。やめいと、同じく肘が飛んでくるが、やめてやるものか。

 

「え、素人?貴方、いえ、ツカサは、剣の鍛錬を積んでどのくらいなのかしら?」

 

「もう4か月くらい経ちますかね」

 

 そう返すと、スティーリアさんは、まぁと大きく目を見開いて固まった。そんな中でもキチンと手で口元を隠すあたり魔女と比べて奥ゆかしさを感じる。

 そしてヴァンがはぁと大きく溜息をつき、俺の肘を抑えながら言った。

 

「いいかツカサ。騎士科に入る奴はみんな子供の頃から剣を振ってるもんだ。それこそ年数で言えば10年近く振ってるだろうさ」

 

 ヴァンは続ける。声色が真剣なので、さすがにふざけるのはやめた。だけど不思議と、鋭い視線から逃げる気にはなれず、目と目を合わせて、うんと頷く。

 10年。それは途方も無い年数だった。生きた時間の半分以上を剣に捧げていた。それと比べれば、4か月など‘もう’ではなく‘たった’だと鼻で笑われても仕方がない。

 

「そいつらに追いついてよ、正々堂々と戦って勝ったお前は凄いんだ。そりゃ剣の腕はまだ粗削りだけど、旅をした仲だから言える。ツカサは立派な剣士だし、魔力の才能ならフィーネにも負けてねえと思う」

 

「ありがとう」

 

 声は胸に染み入り熱を持つ。俺は心の底から彼に向かいありがとうと言えた。

 コイツは、俺が剣を振った時間を馬鹿にしないでくれたのだ。きっと鍛錬だって俺よりもずっと厳しく真剣にこなしてきただろうに、それでも笑わないでくれるのだ。なんて剣に真摯な奴なのだろう。

 

「けどさ。お前は凄えが、強いのは俺だ。今日は恨みっこ無しで行こうぜ」

 

 ドンと強く胸を叩かれた。

 ヴァンとて心中では言いたい事はあるだろう。ポッとでの俺に負けたくないという気持ち。勇者一行として負けられないという自負。

 けれど言葉を飲み込み、剣で決めようと言い切る様は、騎士道とでも言うべき、高潔な精神のように思う。

 

「全力で行くよ。負けても泣くなよ」

 

 せめもの強がりだった。

 コイツと対等に向き合うには、きっと今の俺では何もかもが足りなくて。けれど一人の戦士として見てくれるこの男に、せめて気持ちだけでも追いつきたいと強く願う。

 

「ねぇねぇ。男の子同士の友情って良いと思わない?」

 

「わ、分かります!」

 

 聞こえてるぞ女子と、俺とヴァンは全力で抗議をした。なんか色々と台無しにされた気分だった。

 

 

 そして場所は移り貴族院。貴族の生まれの者が5年もの間、学び、鍛え、切磋琢磨する場所へとやってきた。

 

 初めて訪れるその場所は、広くはあるが、あまり飾らぬ外観だった。むしろ無骨で頑丈そうである。

 王都の建築方式に倣い白い外壁であるが、設計の時手元に定規しかなかったのかと言いたくなるくらい四角で出来ている。まだ新しそうな建物で存外歴史は浅いのだろうか。

 へぇと眺める俺と違い、勇者一行の面々は懐かしそうに学び舎を眺めていた。

 

「そういや俺卒業してねぇんだよなぁ」

 

「私は旅に付いてくるのは卒業してからでいいってちゃんと言ったからね?」

 

「馬鹿か。なんで一年も待たねえといけないんだよ」

 

 そんな言葉を聞き、そういえば俺も中学校を卒業していなかった事を思い出す。やばいな、どうなったのだろうと、地球の事に思いを馳せていると、耳元で魔女はこう溢した。

 

「しかし日差しが強いな。もうすっかり夏だね」

 

「イグニスはさぁ、もっとこう青春を過ごした場所にきて感慨とか無いの?」

 

「全然」

 

 真顔で言い切る魔女には俺もそうかとしか言え無かった。流石は空席の姫君。学校生活に未練というものは全く無さそうである。イグニスの場合は自由に旅が出来る今が楽しいのだろうなぁ。

 

 ちなみにだけど、俺にはいまいち夏という実感は湧かない。日本と違い湿度が少ないので過ごしやすいのだ。それ自体には別段文句はないのだけれど、花火に西瓜にかき氷と、夏の風物詩が無いようでは、蝉の鳴き声すらも恋しいものだった。

 

「おっと。選手は向こうみたいだね。じゃあツカサ、応援してるから頑張りなさい」

 

 案内に沿って進んでいると、体育館らしき建物にやってきた。

 そこでは当然入口で選手と観客に分けられて、別れる間際にイグニスが声援をくれた。

 俺はおうと答えて受付に向かう。ふいに、チラリと振り返ると、赤い瞳は最後まで俺を見届けてくれていた。

 

「緊張してきた」

 

「だから早えっつうの」

 

 受け付けでは名前と予選の番号札を見せると、剣の模様が入った白いプレートが貰えた。参加賞の様なものらしいが、実績の一つに加算されるようだ。

 受け取ると職員にどうぞと案内されて廊下を進まされる。天井が高く、広い廊下だった。

 まだ昼間だからか蝋燭も置かれていない。だから廊下は若干に薄暗かったけれど、距離は短い様で、先にある大扉から光が漏れていた。

 

 石のタイルで出来た廊下は、歩くとカツンカツンと大きく音を反響し、それに気を良くした俺は音を響かせながら光へ光へと進む。

 

「うわっ」

 

 扉を潜ると直射を浴びて目が眩んだ。外気の風と陽射しが肌を焼いて。

 そして目が慣れた頃に飛び込んでくる風景。円形の会場。壁は高く逃げ場無し。積み重なる席から降り注ぐ多くの視線。まるで剣闘士にでもなった気分だった。

 

「なるほど武術大会ね」

 

 この高揚感をなんと言い表そう。胃が締め付けられたようだった。バクンバクンと心臓が暴れるのに、血はむしろ冷めていく。肌が空気が、否応なしに戦いを予感した。

 

 

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