ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
無意識に踵がリズムを刻んだ。意識的に貧乏ゆすりを止めるのだけど、気を抜けば足は何度でもガクガクと暴れるのである。これが恐怖なのか期待なのかは自分でも判断がつかない。けれども不思議と悪い気持ちではないと、そう感じた。
全部ヴァンのせいだ。
俺がなんとか勝ち残った武術大会の初戦。だけど、奴は俺と入れ替わりで舞台に立って、そしてさっくり勝利し、次の戦いに駒を進めた。つまり、俺の次の対戦相手がヴァンに確定した瞬間だった。
待ち時間。奴とは言葉を交わすどころか視線も合わせなかった。もう他の人の試合の事なんて頭の片隅からも消えた。控室のベンチに座って目を瞑り、ただ粛々と次の試合を待った。
一戦終わる都度に上がる歓声に、まるで斬頭台への階段を一歩一歩踏みしめている様な気持ちにさせらる。
なにせ相手は勇者一行の剣士。共に冒険をし、その強さを嫌というほど間近で見て来たのだ。大会で勝ち進むにはヴァンを倒さなければならない。これは、この大会に出る者皆が感じる憂鬱ではないか。
けれどだ。心の何処かには待ち合わせ場所に一人早く着きすぎてしまった様なじれったさもあった。刻が過ぎるのを嫌だ嫌だと思うと同時、早く早くと急かす自分も確かに居たのである。
「東! 冒険者、ツカサ・サガミ!」
バクンバクンと鼓動が煩い。進行の声も、観客の声も、全部が全部煩かった。
広い会場のど真ん中に立つと、寒気と同時、とてつもない孤独感が襲う。
右手がギュッと剣を握りしめ、左手は握れもしないジグルベインの手を探し求めた。
(こうか?)
添えられた、感触も体温も無いその指先が、一体どれほどの勇気を与えてくれただろう。
俺はありがとうと、コクリと頷いて。
「西! 王都国立学院騎士科5年、ヴァン・グランディア!」
俺の気持ちなど知りもしない野郎が、胸を張り入場してくる。
ザッザッと奴の足音のする度に、神経が研ぎ澄まされていく気がした。
対面しようとも、俺たちが言葉を交わす事はなかった。
三白眼の鋭い視線が俺を射抜く。左右の手に握られた一対の剣が、奴からのなによりのメッセージだった。「全力で行くからよ、てめえも本気で来やがれ」馬鹿な口を通すより、余程雄弁に語られていた。
分かってるよと、こちらも睨み返しながら腰を落とし、両の足先にと力を込める。
恐怖を払う様に魔力を流した。最初から全力全開の大活性だ。
距離は5メートル程。互いにとっくに臨戦態勢。
早く早く早く。獲物に飛びかかろうとする獣の様に前のめりに。かろうじて残る理性が合図を待ちわびた。ゴウン。そしてようやっとに銅鑼の音が響き。
「「うおぉおおおおお!」」
二人揃って前に出た。大活性の脚力では5メートルはあまりにも短い距離だ。果たして一瞬のうちに剣の間合いに突入する。
先手は俺。もう初手で首を落としてやるつもりで振り抜いた。
ヴァンは当然の様に左の剣で受けてきた。弾くでも逸らすでもなく、受けやがった。
俺の渾身の一撃を片手で易々と止めて、間髪入れずに右の剣で追撃をしてくる。
下がり躱す。鼻先を掠める剣は、やはりというか、速く鋭い。
そして躱したとほっとする間も無く、剣戟はヒートアップする。右右左、また左。さながらに竜巻に巻き込まれた気分だった。それ程にヴァンの攻撃は苛烈で速い。二本の剣が双子の様なコンビネーションで襲い掛かってくるのだ。俺はなんとかに後退をしながら捌ききるのに精一杯だ。
「っっ!」
試合会場がいくら広いと言ってもこれではジリ貧。いつか壁際に追い込まれるだろう。
だから覚悟を決めて前に出ようと、一歩踏み出した時だった。
ガクンと態勢が崩れる。足が地面を掴めなかった。足払いをされたのだ。
理屈が分かれば単純な。けれども嫌というほどに感じる戦闘経験の差。
死ねとばかりに振り落とされる剣は、崩れた態勢からではとても防げないだろう。
ならばと、俺は飛んだ。
どしゃりと地面に倒れこむと同時、フォンと空を裂く小気味良い音が聞こえて命拾いした事を知る。
「良く防ぐじゃねえかよ」
「てめえのへなちょこ剣なんて当たるかバーカ」
「ハッ。言ってくれるぜ」
ふと、ヴァンの姿がブレる。俺は咄嗟に奴の消えた方向に剣を構えた。ガキンと甲高い金属音と衝撃が伝わり、なんとか攻撃を防いだ事を理解する。危なかった。そうとも、ヴァンの武器は二刀流だけではない。足を生かした高機動こそがコイツの本領とする所だ。
ゆらりと二本の剣を構えるヴァンの姿が幽鬼の様に見えた。
こちらも足に魔力を纏う。息を鼻でスーっと吸い込み、ピタリと止めて。
地面が爆ぜた。
あっという間に間合いを踏みつぶして迫るヴァン。交差の一瞬で振られる剣を何とか防ぎ、食らいやがれと反撃に出る。空振り。その時にはもうアイツの後ろ姿を追うだけだった。だがコチラも足を止めない。追いすがり剣を振るう。
「テッメエ! 俺に足で挑むとは上等だ!」
「ふぇ、そんなのありか!?」
追いついた。そう思った時だ。
ヴァンはピョンと前に跳ねて、なんと空中を蹴り、俺に斬り掛かってきたのである。
完全に意表を突かれた形になったが、攻撃態勢だったのが功を奏して、なんとか双剣を迎撃出来た。
「魔剣技……か」
恐らくは風の噴出を利用した歩法だろうか。理屈は何となく理解出来るのだけど、コイツにその能力はいかんだろうと憤りを覚える。そしてヴァンは少し離れた場所で剣を構え、来るかと身構えるのも束の間。その場でブンと剣振った。
最初は何をしているのだと思った。しかし剣圧がブワリと襲って来て、次にはその異常事態を知る事になる。地面が裂けたのだ。亀裂が迫ってくる。風の刃が、振るわれていた。
「――――ッ!!」
「おいツカサ。悪りいけど、この程度ならもう終わらせるぞ?」
まず罪悪感があった。ヴァンは俺を戦士と認めてくれた男だ。この戦いもきっと楽しみだった事だろう。けれど俺は期待に応えられなかったようだ。
そして、怒りがやってくる。勝手な事言いやがってと、沸々と湧いてくる。
そうだ。この程度だ。この武術大会、どの人もみんな強かったから、ここまでの戦いで引き出しは全部開けさせられていた。だから俺がコイツに勝てないなんて、試合が始まる前から分かっていたではないか。
「それでも」
そう、それでも。
俺はコイツに、どこか負けたくなかったのである。
勇者一行の剣士。二刀流の若き天才。騎士団長の父を持つ良家の生まれで、美少女に囲まれているこのヒーロー野郎に、恥ずかしながら勝ってみたかったのだ。
だって今は対等なのだ。
同じ舞台で、同じ立場で剣を斬り結んでいる。機会は平等、強い方が勝つというこの残酷な祭典に心を踊らせていたのではないか。
「なんだ、そりゃおい。魔剣技か?」
「こりゃあ俺のちっぽけな、負けん気だよ」
循環する魔力が溢れ出す。壁を越えろとひた迸る。それは霊脈という制約を超越し、肉体にそのまま魔力を注ぎ込む荒業だった。混沌の魔王曰く、この技の名は闘気。
引き出しを全部開けたならタンスをひっくり返しガラガラと振った結果、ポロリと出てきた一縷の希望だ。
成功経験は無い。以前はこの技を真似しようとして、疑似大活性を編み出したものだが、それ以来の挑戦か。
(カカカ! こやつ土壇場で至りおったわ!)
風の刃が飛んできた。それをヒョヒョイと躱すと、もうヴァンが間合いに侵入してきている。俺は迎撃に一振り。ヴァンは跳ねて躱すと、器用に空中を蹴り二刀を振り下ろしてきた。
「うぉおおおお!!」
結局の所俺は剣技で競ってもヴァンに勝ち目はないのだろう。
認めるよ。お前は凄い。
刃を弾く。その出力にミシリと骨が軋んだ。やはりリミッター解除系。身体への負担は半端ではないと感じる。
それでもどうだ。受けたヴァンは遠くまで吹き飛んで尻餅を付き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているではないか。
「どうしたヴァン。早く終わらせてみろよ」
「ハハハ! お前最高だなオイ!」
まだ勝負はついていない。