ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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144 とっくに動き出していた

 

 

「君らも早く避難をしなさい」

 

 緊急時、大人の声というのはなんとも頼もしいものだと思った。

 閉会式に起こる突然のテロ。周囲から噴水の様に噴き出す爆風と悲鳴に脳味噌が優先順位を立てられずにいると、最優先の指針が示される。

 

 戦うな。助けるな。まず身の安全を確保しろ。

 騎士団はとっくに動き出していた。逃げ惑う人々の動線に立ち明確な指示を飛ばす。

 慌てふためく自分が恥ずかしい程に行動に規律が生まれ混沌が整理されていった。

 

「おい親父。随分派手な閉会式じゃねーかよ」

 

「派手は嫌いかヴァン。予定ではもう少し賑やかになるんだがな」

 

 赤いマントを纏った鎧の大男はどうやらヴァンの父親のようだった。つまりは騎士団長である。いつの間にか闘技場には大量の騎士が武装し警邏していて、その内の一人にさぁ君達もコチラにと誘導をされた。

 

 騎士団の冷静な対応に少しばかり平静を取り戻す俺。

 深く深呼吸をし自分の役目を考える。そうだ。俺が何かをしなければという発想がそもそもの間違いなのだ。騎士団が動いているのなら邪魔をしないように下がるのが一番の協力ではないか。

 

 他の参加者は騎士団の案内に従いどんどんと避難していくので、俺たちも行くぞとヴァンの手を引いた。一瞬抵抗を見せるヴァン。迷い、俯いて、分かったと足を動かす。父の力に成りたいとでも考えたか。それでも自分で職務の邪魔だと気付けたらしい。

 

「うおっ!?」

 

 だが、動き出した所で出遅れた俺たちを塞ぐ様にドサリと人が降ってきた。

 地面に倒れこむのは男性だった。私服だが、鍛えられた体付きと手に持つ剣から一般人でない事は容易に想像出来る。

 

 敵か味方か。助けるか否か。どうして迷う選択肢の多い事。

 けれども今回は即決した。落ちてきた人が剣を構える。ジグルベインが上だと叫んだ。だから俺は虚無から黒剣を引き抜いて、倒れる人に駆け寄ったのだ。 

 

「ぎゃはHAHAHAHA!!」

 

 宙にはすでに観客席から飛び出す影があった。

 一見人型。いや、元人型か。右腕は体格とは不釣り合いに大きい毛むくじゃらだ。そして落ちてくる間にも、腕に見合う様に身体は変貌していく。

 

 その姿は形容に困った。3メートル程の大きさで、牙があって角があって。あえて例えるなら猪鹿か。けれどもこれだけは確信が持てる。コイツは悪魔だ。やはりこの襲撃は深淵の仕業であるのだと。

 

「HAHA……HA?」

 

 俺は剣を構えるが振るうまでも無かった。綺麗に上半身と下半身が分かれる。オマケとばかりに頭からパッカリと右左にも斬られる。

 流石はヴァンの父親と言いたくなる見事な二刀流だった。俺の知る限り悪魔といえば再生能力持ちなのだが、魔剣技なのか切断面から炎が燃え盛り、肉塊を灰へと変えていく。

 

 団長の手が俺の頭に落ちてくる。叱られるかと思ったが、拳ではなく掌だ。

 ポポンと頭を叩かれて、ありがとうなという言葉が添えられた。

 

「けれど君が体を張る必要はない。剣を取るのも傷付くのも騎士団の役目なんだ」

 

「すみません団長。取り押さえた所、急にあの様な姿になり」

 

 落ちてきた男性はやっぱり騎士団の団員であるようだった。予め観客の中に混じっていたのだろう。騎士団が避難を進めるなか、この人は爆薬を投げる犯人を捕まえて反撃にあったのだ。 

 

「おいおい。一体何と戦ってやがんだこりゃ」

 

 ヴァンが観客席を見渡して呟いた。

 どうやら一人の変態を皮切りに、そこかしこで化け物が姿を現したようだった。

 その数ざっと30匹。突如に出現する数メートルにも及ぶ巨大な悪魔の集団には魔獣に見慣れた俺でも軽く頬が引き攣る光景だ。

 

「すまんな二人共。どうやら逃がしそびれたようだ」

 

 しかし団長はこれを想定済み。大会の観客が粗方避難を終えた事を確認すると、逆に出入り口を封鎖し、悪魔達を闘技場に封じ込めた。その手際の良さにはなんとも感心するものである。

 

「うちの副団長は優秀でね。このくらいの対策はお手の物だよ」

 

 なんと先の爆薬も音と光だけの物とすり換えてあったらしい。だから爆撃による被害はほとんどなく退避もスムーズだったのである。外ではマーレ教が待機し、治療と共に紛れた悪魔の選別まで行っているようだった。

 

 まさか既に根城まで暴いているとは思わなかった。アトミスさん凄いなと感心すると同時、なぜそこまで分かっていてこの惨劇が止められなかったのかと見当違いの憤慨を覚える。

 

「迷惑を掛けるが悪く思わないでくれ。これで相手の罪は国王の暗殺未遂だ。計画だけでなく実行した以上は関係者を徹底的に洗えるのさ」

 

 裏で貴族が関わっているからだろう。ただの計画では末端が切り捨てられる可能性もあるが、ここまで大事になれば一網打尽に出来るというわけか。確かにそんな計画を聞いてはいたが、耳に残る悲鳴がどこかやるせない気持ちにさせる。

 

「さて。御覧の通り少し賑やかになる。ツカサくんもヴァンも建物の中に入りなさい」

 

 王女と共に勇者が居るからそちらと合流しろと団長は言った。

 俺はともかくヴァンは武器も持っていないので、ブスリと頷き、今度は逆にヴァンに引っ張られる形で大会中控え室として使ってた部屋に飛び込んだ。背中では「総員抜刀!一人も逃がすな!!」と逞しい声が響いた。

 

「くそ! 無力だな俺ゃあ」

 

「まぁな。でも、格好いいお父さんだな」 

 

 俺もヴァンも戦えと言われれば一緒に戦っただろう。でも、あの人は一般人に剣を持たせないのが騎士の仕事だと言い切った。それはつまり、強い弱いではないのだ。かの人が掲げる騎士としての誇り。市民を守るという強い信念である。

 

「当たり前だボケ」

 

 俺の前を走るヴァンは照れ臭そうに悪態をついていた。

 

 

 廊下を走って階段を上って。剣を突きつけられ両手を挙げた。

 なんでやねんと思うのだけど、俺が剣を持っていたからだ。この非常時に王族の警護でピリピリする人達の前に武器を持って飛び出してはいけなかった。

 

 黒剣はいつでも回収出来るので、廊下にカランと放り投げて勇者を呼んで貰う事に。

 フィーネちゃんのお陰で身元が証明されて、晴れて勇者一行と合流は出来た。

 

 部屋に招き入れて貰うと、お姫様は武術大会見てたわーなどと呑気な事を言いながらお菓子を摘まんでいた。なんか緊張感無いねと振ると、勇者は苦笑いをする。

 

「下手に移動して馬車を襲われるほうが面倒だからね。もう完全に籠る態勢だよね」

 

「なるほど?」

 

 胆の据わりぶりは半端ないが、それも王族としての教育なのだろうか。襲われる覚悟とでも言うか。自分の影響力が大きいから誰よりも冷静でいる……のかもしれない。

 

「おい、フィーネ。勇者としては何もしないのか? 戦力は揃ってるんだし、打って出ようぜ」

 

「いや、私もうお仕事中。陛下からレオーネ殿下の護衛頼まれたの。年が近いし安心出来るだろうって」

 

 勇者一行として騎士団に応援に行くというヴァンの考えは粉砕された。そりゃあお姫様の護衛だって立派なお仕事である。だが、ヴァンの言葉が引っ掛かり部屋の中を見渡す。戦力は揃っているとは言うものの、勇者が居て僧侶が居て雪女が居て……魔女が居ないではないか。

 

「あのイグニスは居ないんですか?」

 

「あの子、用事があるって出てっちゃったのよ。何考えてるんだかあの馬鹿」

 

 迂闊に出歩けない状況だからか、若干にイラつきを含んだ声でカノンさんが答えてくれた。その言葉を聞いて俺も考える。いや、本当に何を考えているんだイグニスは。

 

 あの魔女ならば俺と違い深淵の襲撃する可能性を忘れていたという事はないだろう。

 なのに、そう。今日は用事があるからと、一人だけ駝鳥で単独行動をしていたではないか。

 

「うーん?」

 

 変だ。仮にその行動が敵の襲撃を見透かしていたとしても変なのだ。

 イグニスも基本は深淵の事はアトミスさんに丸投げをする姿勢だった。今更俺や勇者に相談もなく一人で出張る意味が分からない。俺はくそっと頭を掻きむしり、フィーネちゃんの肩を揺すった。

 

「フィーネちゃん、アトミスさんが何処に居るか知らない!?」

 

 イグニスの足取りが掴めない以上、もはや頼りは事情を知りうる妖女だけだった。

 嫌な予感とでも言うか。非常時だけに一人不在な魔女の事が一層に心配だったのである。

 

「ええ、アトミスさん? なんで!?」

 

「アトミスなら二階よ。お父様や兄と一緒に居るはずよ」

 

「お姫様ありがとう!」

 

 俺は背中に「ちょっと待って」と声を掛けられながらも駆けだす。  

 とりあえずうちの魔女を連れ戻そう。やる事が決まれば動き出すのは簡単だった。

 

 

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