ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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15 共犯者

 

 

 目が覚めたら、そこは見知らぬ天井だった。嘘だ。一度言ってみたかったんだ。この今にも崩れそうな年期の入った建物はジグの城に違いない。

 えっと。どうなったんだ。草原でジグが悪魔を倒して、俺に戻った時に気絶したのだったか。

 

(目が覚めたか。いや、命があって何よりよカカカ)

 

「うん。おはよう。じゃなくてイグニスは!」

 

 そうだ、骨竜をイグニス一人に任せたままだ。慌てて身体を起こそうとすると、全身が痛む。特に腹は腹筋に力が入ったせいで最悪だ。お腹、孔空いてたんだっけ……。

 

 涙目になってお腹をさすれば、傷口が塞がっている。どうなってるんだ。

 

「こら、無理に動くんじゃないよ。怪我人だろ君は」

 

「イグニスさん! 無事でよかった!」

 

(小娘に感謝せい。お前さんをここまで運んで手当したのはこやつだ)

 

 そうなるのか。どうやら命を助けて貰ったみたいだ。

 俺はお礼と共に深々と頭を下げて、負荷の掛かったお腹と背中に悶絶した。

 

「馬鹿なのか君は! 動いちゃダメだって」

 

(カカカカカ)

 

「むぅ」

 

 冷静になって見渡せば、日はとっくに落ちていて。あの後結構な時間を寝込んだのだろう。つまり何もかも終わった後ということらしい。

 とりあえずイグニスが無事だったという事だけで、どっと肩の力は抜けた。

 

「食欲はあるかい?」

 

「ある……けど、これは?」

 

「見ての通りスープだよ。お腹を怪我してるのだから固形物よりいいと思ってね」

 

(なんとスープであったか。儂はてっきり薬でも作っているのかと)

 

 鍋でコトコトと煮込まれているのは緑色の液体だ。少なくとも食欲を掻き立てる匂いはしない。見た目も匂いも完全に青汁のそれである。

 

 カップに注がれていくドロリとした液体を、ニコニコの笑顔で進めてくるイグニス。「栄養満点だからな」と自信満々の一品は、なるほど栄養だけはありそうだ。

 

 恐る恐る口をつければ、意外にも肉や野菜も入っていて、それを青臭さが台無しにしていて。うん、塩の風味をほんのり感じる青汁だった。もう一杯は丁重にお断りした。

 

「あの後、どうなったか聞いていい?」

 

「そうだね。話すよ」

 

 何度か破壊を試みても結局倒すことは出来なかったらしい。時間が経つにつれ、肉まで付き始め骨竜は腐竜まで戻ってしまったのだとか。

 

「え? それでどうやって倒したの」

 

「順を追うから聞きなさい」

 

 肉が復活したことで、一つの事実に気が付いた。心臓が抜き取られていたのである。

 そして腐竜が一つの方向に固執していることから、心臓を取り戻そうとしているのではと仮定したらしい。

 

「だから行かせた。翼で飛んでいったから直ぐ町に着いただろうさ」

 

「駄目じゃん!」

 

「まぁ家にあるというのは、賭けだったけれど。終わったのさ。マキナを確認してる」

 

 今回、イグニスが一番問題視していたのは、竜の向かう先らしい。

 イグニスの町ルギニアよりも近くにミルドワという町があるため、そちらを襲われることだけは避けたかったのだとか。

 

「家を目指す分には全然構わないんだ。むしろ助かる。考えてごらん。いま、私の家には誰がいる?」

 

「……あ」

 

 そうだ。今エルツィオーネ家にはフィーネちゃんが、勇者がいるのだ。

 そもそも邪竜は勇者不在で倒せなかった化け物である。

 

「勇者なら倒せるのか……」

 

「倒せる。勇者はね、特別なんだよ。終焉という魔王すら滅ぼす力を持つ者を、私達は勇者と呼ぶのさ」

 

 なんとなく、そんな事情は察していた。でなければ何も女の子を勇者と担ぎ上げることはしないだろう。むしろ、彼女の初対面の時に感じた恐ろしさに納得する。

 

「わかった。ありがとう」

 

 勇者の心配をするのなんて烏滸がましいのかもしれないが、フィーナちゃんが怪我してなければいいなと。お腹を擦りながら考えた。

 

 

「それで、そちらであった事も聞かせてくれないかな?」

 

「狙いは勇者だったみたいだ」

 

 それは気になるだろう。俺はイグニスと別れた時の事を思い出しながら話した。

 襲ってきた老人が化け物の姿になったこと。ニコラから勇者の情報を得たのが発端だったこと。盗賊を使って邪竜復活を狙っていたこと。

 

 思えば、邪竜は復活して勇者と戦ったのだから、今回は全部相手の狙い通りになっているではないか。フィーネちゃんに返り討ちにされた様だが、これで終わればいいのだけれど。

 

「あと、深淵の配下とか名乗ってた」

 

「深淵……ね。聞かない号だな助かるよ」

 

 粗方今日の出来事は話したと言うのに、イグニスの視線はジッと絡みついてくる。

 それが嫌で、俺は少しばかり眉をひそめた。燃えるような赤い瞳の焦げる視線。彼女のこの目が好きではない。まるで魂の奥まで透かして覗き込もうとしてくるから。

 

「なあツカサ。君とジグルベインの関係はなんだい?」

 

 急に出るその問に俺は答える事が出来なかった。何故今ジグルベインの名が出てくるのか。もしかして代わっている所を見られたのか。表情に出さないように、精一杯頭を回す。

 

「初めて会った時、君は記憶喪失で何もわからないと言ったね」

 

 ああ。そういう設定だったか。出身とかの話は面倒だから全部わからないで通したのだ。

 

「知られたくないならそれが正しい。でも、君は一番反応してはいけない言葉に反応してしまったんだよ」

 

 それがジグルベインの名前。通常魔王を名前で呼ぶことは少ない。大体が名前のわからない脅威だからだ。だからこそ外見や能力で渾名がつけられ、多くの人はその称号で呼ぶらしい。

 しかし俺はその時に、ジグが魔王だという可能性に気付き、つい反応してしまったのだ。

 

「この城には、混沌に繋がるものは何も残っていなかった。では、不思議だね。記憶喪失の君はなぜジグルベインの名だけを知っていたのか……」

 

(おい、面倒だ。殺してしまうか?)

 

 滅多な事を言うなとジグを睨む。しかしどうしたものか。無言は肯定。いや、それどころか彼女を納得させる言い訳が必要だろう。

 

「そしてもう一つ、魔王の爪痕が消えた理由だが。こちらもまだ不明なんだ。なぜだろうね」

 

 はいそうですよ!俺ですよ!とぶちまける事が出来たらどんなに楽か。

 いや、待て。これは、今日の話ではない。出会った時からイグニスは俺を疑っていたんだ。

 

 なら、何故俺は今自由なのか。領主にまで話が行っていないから解放されたのではないか。この話には裏がある。イグニスは一体何を考えている?

 

「ああ、なるほど」

 

 イグニスはこのタイミングを狙っていたのだ。少なくとも前持って部屋に泊まり二人きりでも問題無いか確認するくらいには、念入りに。

 

「イグニス。取引をしよう。俺の知っている事を話してもいい」

 

「へぇ続けて」

 

 炎の魔女が口角を吊り上げ三日月を作る。そうだろう。或いは出会った時からずっとこの状況を狙っていたに違いない。本当に性格が悪い人だ。

 

「俺が望むのは、身の安全。イグニスにはこの件に関して、俺に危害を加えないと約束して欲しい」

 

(おい、いいのか。下手したら世界を敵に回すぞ)

 

 分かっている。だから取引なのだ。イグニスが黙っていてくれれば、これでこの話はお終いなのだから。

 

「内容による……というのは卑怯だな。分かった。何なら誓約魔法を使うが」

 

「要らない。イグニスが欲しいのは、建て前……だよね」

 

 フッと、イグニスから圧が消える。

 彼女は魔女だ。出会った時からこの絵を描いていたなら、それは大したものだ。

 

 以前、部屋から出れない自分となんて彼女を重ねてしまったけれど。とても似てなどいなかったわけだ。イグニスは部屋の扉を蹴破ろうとしているのだから。

 

 父親から旅立ちを止められている彼女。勇者一行に誘われる彼女。

 父の面子を立てて、イグニスは勇者への同行を断ったが、逆にどんな建て前があればイグニスは勇者達と旅立てるだろうか。

 

 例えば、自分の領地で魔王復活の兆しあり。なんて話にでもなれば少なくとも兄は旅どころでは無くなるのではいか。

 それがこじ付けの様なものでも魔王というネーミングは十分なはずだ。

 

 つまり彼女は魔王城から魔王の繋がりをこじ付けて、領地ヤバイんじゃないのと脅そうというのだろう。その何かを俺から引っ張り出したいのだ。俺が絶対にジグルベインと関わりがあると予想していたから。

 

 その読みは正解で、流石の一言。でも、何から何まで掌の上というのも悔しいので、爆弾をぶつけてやろうと思う。

 

「聞かせてくれ」

 

「実は俺、異世界から来たんだ」

 

 

 異世界からきた事。ジグと同じ魂をしていること。ジグと体を交換できること。部屋での生活。

 

 誰にも言えなかった秘密を話すというのは存外気持ちの良いもので、自分は肩の荷が下りた気分なのだけど。載せられたほうは一体どのような気分なのか。

 

 俺の口が進むごとに、イグニスの顔は青ざめて、息を呑み、絶句した。

 やっとこの女の顔面に一発入れてやった気がする。

 

「馬鹿な。いや、辻褄は合うけれど、しかし」

 

 いきなり言われても確かに信憑性は薄い話だ。ダメ押しにジグと入れ替わってみせたら、固まった。処理落ちだろうか。

 

「満足のいく内容だった?」

 

「ああ大満足だよ! 約束が無かったら燃やしてやりたいくらいにはね」

 

 声を荒げはするが、こちらを見てはいない。視線を落として顎を擦っている辺り何か考え事だろう。何せ情報量が多い話である。

 知られてしまったのなら、俺もイグニスに聞いてみたいことがある。そう、地球への戻り方だ。

 

「たとえ空間神でも無理だろうね。勇者と魔王の力が合わさって次元崩壊……いや、それなら例があってもおかしくはない。もっと他の要因だろう。今の所お手上げだよ」

 

(まぁ儂は心当たりはあるのだが、再現性がないから言わん)

 

 そうか。この人でも分からないとなると、本当に先は長そうだ。そしてもう一つ、思っていた疑問を口にする。

 

「一体どの程度ジグと関係があると思ってたの?」

 

「うん? そうだね、流石にここまでは予想外だったけど、城で魔王の何かを見つけたのは確信があったよ。最初に着ていた服や水差しもランタンも古い物だ。魔王の遺産を見つけたというところか。だから重要案件にならないかと考えていたんだけどね」

 

 ハハハと、乾いた声が漏れる。宝物庫は空だったけど、ジグの部屋を見つけたという点では間違っていない。本当に怖い人だ。

 

「私も聞きたい。異界で混沌の身体に触れたと言ったね。身体は、どこに?」

 

「え? さぁこっちで死んでもう400年でしょ」

 

「ああ。そうとも。だからそんなものは本来あってはならないんだ」

 

 俺がこちらに飛ばされたのは、地球に残留したジグの魔力に触れたから。城を覆う異界が消えたのは、俺が扉に使ったから。それで辻褄は合うはずだ。

 

(待てお前さん。儂の身体が在ったとは聞いとらんぞ)

 

「そうだっけ?」

 

「それが一番最悪の知らせだ。十中八九、魔王の身体はまだこの世にある。君の世界に異界が発生したのは偶然ではないだろう」

 

 異世界人の俺は良い。ジグの事も、外聞は良くないが魔王として機能していないなら仕方がない。でも、身体は駄目だそうだ。

 

 魔力の貯蔵量というのは魂で決まり、魔力の通りは霊脈で決まるとか。つまりタンクとパイプだろう。魔王の身体を素材と見た時、その価値は測りきれないほど破格らしい。

 

 ジグは自分を素材と言うイグニスにドン引いて、イグニスはちょっと欲しいと本音を漏らす。

 

 魔王の爪痕が年々大きくなったことは、ジグの遺体に魔力を通していたという証拠であり、異界を作るほどの魔力ならば大儀式に用いられていると言う。

 つまり、悪用されているということか。

 

 イグニスの不安とは他所に、俺は内心ほくそ笑む。ジグの身体が何処かにある。それも異界で見たのが本体ならば、まだ無事だ。なら、ジグを生き返らせてあげることは出来るのではないだろうか。帰る目途は立たないが、目標は一つできた。

 

「ツカサ、いいかい。この話は誰にもしないようにね」

 

「分かってる。俺だって人は選んだつもりだよ」

 

 こうしてこの夜、共犯者が一人増えた。

 

 

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