ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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151 誰も知らない物語1

 

 

 軍馬も去り、いよいよに山頂に立つのは二人きりとなった。

 ラルキルド領に出現した竜巻の影響で、冷たい風がビュウビュウと吹き抜ける。身体は勝手にブルリと身震いした。土と岩で出来た殺風景な景色が温度を一段と下げている気がする。

 

 ああ、死屍累々。まるでここは死者の国。或いは黄泉の入り口か。

 生気を感じぬ冷たい世界。地表には薄っすら靄が浮き、死者を包み隠そうとしているようで。縁起でも無いが転がる岩が墓標の様にさえ見えた。

 

 頭がズキズキとする。背中も痛い。腹からは血がボタボタと垂れる。

 一度倒れてしまえば、俺ももう二度と立ち上がれないのだろうなと弱虫が湧いて出て、だからどうしたと虫を追い払う様に心に火を焚く。

 

 まだ足は前に出る。腕を剣を振るえる。ならばアイツをぶっ殺せる。何の問題も無いではないか。

 

「今更逃げてるんじゃねーよ」

 

 偽勇者に黒剣を投擲。空を裂き真っすぐに標的に向かう。

 しかし結果の出るほんの数秒すらも待ち遠しく、投げると同時に俺は駆け出した。

 

「お前なんかを相手に誰が逃げるか。勘違いするなよ小石、僕は勇者として汚らわしい吸血鬼めを討ち行くのだ」

 

 背中を見せていた相手だが、振り返りざまに黒剣を弾いた。そして返しの一刀で切り掛かってくる。俺は先ほどコイツの一撃で無様に吹き飛ばされている。安易に受けるのは不味いと勘が告げ、全力で迎撃する事にした。

 

 虚無を掴めばそこには柄が。それをゾルゾルと引き抜いて、地面に転がる黒剣が再びに俺の手の内に戻る。さっきと同じと思うなよ、闘気の一撃受けてみやがれ。

 

「ぬおりゃあ!!」

  

 触れ合う刃。そしてドンと、音とも衝撃波とも取れる波が肌を叩く。

 骨が軋む程の出力でもまさか引き分けるとは。弾くでも弾かれるでもなく鍔迫り合いに持ち込まれた。でも今度は確かに受け止めてやった。

 

「なにぃ、僕の剣を。こんな雑魚が受け止めただと!?」

 

 驚愕に目を見張る偽勇者。だがこんなもので驚いてくれるなと、お返しに一撃をお見舞いする。それを剣で受けた相手は地面にざりざりと跡を残し後退した。 俺は手応えになんとか渡り合える事を確信するも、奴の剣に妙な違和感を覚える。

 

「だから言ってんだろ。てめえには俺で十分だ」

 

「嘘だ嘘だ。僕は選ばれし勇者なんだぞ、お前は一体、誰だ」

 

 俺は喋る気もないのでジャリと大きく一歩を踏み出した。

 相手は俺を睨みながらも、時折後ろに視線を向けている。恐らくは拠点の後ろにはコイツ等の足が居るのではないか。馬か駝鳥かは知らないが、奴の頭にはまだ俺を振り切りラルキルド領へ攻め込む思案がある様だった。

 

 なんでそこまで、と。アイツが凶行に走る理由が気になって。俺は考えるのを止める。

 敵の悲しき過去などに興味は無かった。そういうのはいい。だって斬りづらい。

 

「こっちも時間無いんだから早く死ね」

 

 大活性の恩恵で自己治癒力も若干に上がるけれども、傷が瞬時に塞がるレベルではない。

 痛みはまだ気合とテンションで忘れも出来るが大量出血はやばいのだ。死ぬ。

 

 だから俺は問答無用と斬り掛かる。そして迎え撃とうと剣を構える敵を見て、確信した。

 振り下ろされた刃は速い。それこそ剣速だけで言えばヴァンよりも上だ。そして威力は闘気を纏う俺とほぼ互角と来れば、ハッキリ言って身体能力は化け物だろう。

 

「っく。なんで、当たらないんだ!」

 

 けれどもブンと大きな音を立てて剣は空振りする。二度三度、俺に反撃をさせまいと、緩まぬ速度で連撃が放たれる。頭上を通った。腹を掠めた。刃は俺に届かない。

 

「なんでってよ」

 

 攻撃がどれも大振りなのだ。動きには必ず予備動作というものが存在する。例えば、手という人体の末端を動かそうと思った時、根本にある肩がまず動く。逆を言えば、必ず肩が動いてから手が、剣が振られるのである。

 

 視線で狙いはまる分かり。剣の軌道の想定は容易く、力みも隠せていないので、動作の起こりがハッキリと見える。武術大会の選手達と比べれば、それはもう素人同然の剣裁きだ。

 

「お前、ろくに剣を振って来なかっただろう!」

 

 相手の攻撃に剣を合わせた。幾ら速かろうともタイミングも軌道も分かるなら楽な作業だ。ただし狙うの剣ではなく、剣を持つ手。実践で一番無防備に刃に近づいてくる箇所である。 

 

 刹那の交差。偽勇者の剣は空を切り、勢いそのままにクルクルと飛んだ。

 黒剣の切れ味か、それとも互いの斬撃の鋭さか。籠手という鋼の防具は紙切れ同然に裂けて、守れなかった中身が剣に付随していた。

 

「――――!! ああ、あーーーーー!!」

 

 絹を裂く様な悲鳴が上がる。てっきり切られた事に対するリアクションかと思ったが違うらしい。知らんがなと、勝手に固まるぶんには好都合なので止めを刺そうと振りかぶって。

 

「なんじゃそりゃー!?」

 

 と俺は身をのけ反らせた。腕の切断面から手が伸びてきたのだ。超びびった。

 そういえば悪魔は再生能力持ちだったのである。部下は普通に倒せたので忘れていたよ。俺は心臓をバクバクさせながら一端距離を置く。

 

「父さん、嫌だよ、許して。ごめんさない、ごめんさない、勇者じゃなくてごめんなさい!」

 

「…………」

 

 自我を喪失し半狂乱に泣き喚く偽勇者を見て、俺は唇を噛み締めながら頭をガリガリと掻いた。どうやら俺の言葉が、彼のスイッチを押したらしい。

 

 剣を振って来なかった、か。アトミスさんの話では騎士団の入団試験に落ちたり、勇者一行に入ろうとしてヴァンに負けたりと、戦闘の適正はあまり高くないと聞いている。

 

 もし、もしだ。本人は争い事が嫌いで、それでも無理やりに父に剣を振らさせられていたとしたら……。

 

(お前さん、辛いなら代わってやるぞ)

 

「いや、大丈夫だよジグ。俺のケジメだ」

 

 分かってた事だ。悪魔に魅入られる奴なんて心に隙がある証拠なのだ。

 けれども俺はそれで刃を鈍らせる様な優しい人間ではない。先の戦いでも、肩や脚を狙ったのは結局は自己満足だ。こんな場所で命が残った所で、重症ならば死んだも同然である。いっそ苦しませずに殺すのが優しい人間というものではないか。

 

「な!? あいつ何考えてんだ」  

 

 もう終わりにしよう。そう強く剣を握りしめた所で偽勇者は奇行に出た。

 俺に襲い掛かるでもなく、剣を取りに走るでもなく、地面に倒れる部下を殺して回っているのだ。

 

 ぐしゃり、バキリと耳に堪えない音が響く。もうとっくに事切れている人も居たが、多くは短い断末魔を残す。それをアイツは、アヒャヒャと笑いながらに踏みにじった。

 

「やめろよお前!!」

 

 俺はついカッとし飛び出した。唯一理性にブレーキを掛けたのが、ジグルベインがいかんと叫んだ事。奴の手には剣があった。一体どこからと疑問に思うが、死体の握っていた物を奪ったのだろう。

 

 そして剣が振るわれ、息を呑む。

 飛ぶ蠅を払う様な雑な一撃だった。けれども風圧で足場の靄が吹き飛ぶ。なんなら岩を砕き、地面を裂いた。明らかに先ほどよりも出力が向上している。

 

「負けない。負けるわけがない。見ろこの力を。僕こそGA勇者NANDA!!」

 

(勇者の子孫だけはあるという事か)

 

「ジグー、簡潔に説明しろー!」

 

 相手が殺意満々に剣をブンブン振り回すもので、俺は後退しながらジグルベインにパワーアップの秘密を聞く。

 

 語ったのは悪魔の事だった。悪魔というのは他者に魔力を貸し、身体に馴染ませる事で寄生する生命体。それは以前に聞いた話だ。

 

 だが、上級悪魔というのは宿主以外にも魔力を分け与える性質があった。

 何故かというと、魔力を回収する為だそうだ。相手に魔力を受け入れさせる事で、宿主が死んだ時に自分の力だけでなく相手の魔力ごと奪うのである。俺はその話を聞いて、虫を水に飛び込ませる寄生虫の話を思い出していた。

 

(して、勇者じゃがな)

 

「いいよ、そっちは分かる」

 

 勇者は無限にも近い魔力と、その超過負荷の出力に耐えられる肉体を持っている。

 アイツが本当に勇者の子孫なのだとしたら、その肉体はやはり魔力負荷に強い耐性を持っているのではないか。

 

 魔力を溜め込む上級悪魔。そして幾ら溜め込もうとも耐えられる勇者。

 皮肉にも相性は抜群だったという訳だ。

 なるほどね。闘気と張り合える程の異常な馬鹿力の正体が見えた。

 

「ラヴィエイ、もっと、もっと僕に力ををを」

 

 てめぇ、その力を手に入れるまでに何人殺した? 

 

 

 

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