ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「このやろっ……!!」
ド素人が振り回す鋼の棒切れは、どうしようもなく力任せで。けれども経験も理をも捻じ伏せる圧倒的な腕力であった。
ただでさえ闘気と張り合う程に剛腕だった男。それが更に仲間を殺して魔力を奪う事で、手の付けようが無い程の勢いを見せる。
暴虐。偽勇者の剣を例えるならば、この一言だろう。
どけ、邪魔をするな。乱雑に振るわれる剣は、目の前のもの全部が気に食わないとばかりに手あたり次第に薙ぎ払う。
「僕GAああ!」
もはや絶望的な身体能力差である。
その刃は落雷のようだ。煌めきと共にズドンと降り落ちて、岩だろうが何だろうが砕いていく。後退し、命かならがらに身を守るも、距離だけでは安全を確保できなかった。
「勇者DAAA!!」
まるで子供の駆けっこのような不格好な姿勢。それでもズバ抜けた脚力が爆発的な推進力を生みだし逃げの一手も許さない。
息をつく間もなく繰り出される連撃。当たれば即死の超糞ゲー。ふふふ。丸めた新聞紙で追い掛け回されるゴキブリの気持ちが良くわかる。
それほど奴の攻撃は執拗で容赦がない。もっと力に溺れて高笑うくらいの余裕があれば楽なのだけど、地面に転がされれば躊躇なく頭蓋を踏み潰そうと追撃が来る。
余程に俺が嫌いなのだろう。生意気にも立ち塞がる無名のゴミ虫。折角手に入れた圧倒的な力に抵抗する目障りな糞虫。たぶん俺の評価はそんな所か。気が合うじゃないか。俺もお前の様なカス野郎は大嫌いだ。
「テメェなんかが勇者を名乗るんじゃねー!!」
他人を殺して奪った力を堂々と振るい。嫉妬に焦がれて勇者を騙り、自分に箔を付ける為だけにシャルラさんを狙う。笑えてしまう。誰だコイツ、自分の力というものが何一つとしてないではないか。
いやさ。自分の無さという分には俺だって相当なものだよ。
視線を恐れ部屋に3年もの間引き篭もっていたのだから、この世界に来た当時はそれこそ何も持ち合わせてなんていなかった。それでも、今は。
「お前が何を知っているってんだ」
刃がぶつかり火花散る。衝撃の勢いは剣を通し俺に跳ね返った。
骨が軋む。力む内圧に血が吹き出る。身体がバラバラになってしまいそうだ。けれど足りないまだ足りない。もっと威力を上げろと霊脈さえも酷使して剣戟を加速させていく。
「お、おお?」
胸に沸く感情は怒り。己のちっぽけな正義が奴を許すなと吠え立てる。
こんな俺にも知り合いが出来た。友達が出来て、大切な人が、出来たんだ。
だからシャルラさんを傷付けようとするお前を。勇者を侮辱するお前を。イグニスを悲しませようとするお前は――絶対に許してなんてやるものか。
「うおおおお!!」
暴虐に暴力をもって抗う。魔力を纏う黒剣は正面から相手の剣とぶち当たり、これを撃墜した。何故だという疑問の声と共に、より激しく暴虐は繰り出され。打ち払う、切り落とす、弾き飛ばす。暴力が悉くをねじ伏せる。
「Aり得ない。この力DE潰せないなんて。ラヴィエイ、ラヴィエイ!」
周囲を見渡すも、もう彼に味方は居なかった。己の糧にする為に、自分で殺し尽くしてしまったからだ。
スッと剣を構えると、奴はびくりと大きく反応をした。結局の所、コイツは戦士などでは無いのである。望むのは圧倒的な蹂躙のみ。負けるなど論外で、傷付く事さえも恐れている。覚悟はおろか、勇気さえも持ち合わせてはいなかった。
「く、来るNAー!!」
袈裟切り。斜めに振り落とされる刃を身を低くし踏み込んで躱す。
頭上を通過する風音は武術大会で戦った大剣使いを遥かに超えて強烈で、けれどもアニーちゃんの大剣の方が余程に恐怖したものだ。
「自分の金玉くらいしっかり守れ!!」
どうせ斬っても治るのだろう。ならばと俺は打撃技を放つ。右足で偽勇者を思いきり蹴り上げた。未熟か油断か、右足は面白いほど狙い通りに相手の股の間にめり込んだ。
「「ほんぎゃぁぁあ!?」」
(なーんで蹴ったお前さんまで絞めた鶏の様な声上げとるんじゃ)
だって足の甲にぶちって感触が伝わって来たんだよう。一度ガキに蹴り上げられている身としては痛みが容易に想像出来てしまい、俺は思わず自分の股間が無事かと股へ手を伸ばしてしまった。よしちゃんと2個ある。
「やめ……!?」
流石に復活も早い。潰れた睾丸も即座に修復されたのだろう。けれどもどうやら痛みは残るようで、剣を持ち上げる俺に対し股座を抑えながら後退した。
知らんわと黒剣を振り下ろし、頭から縦に真っ二つに切る。血は飛び散らなかった。代わりに切断面から黒い靄が溢れ出て絡み合い、再び一つに結合する。
「ああ、やっぱりもう人間でもないのか」
まだ自意識くらいはあるのだろう。確かに一度死んだという事実で、心と身体の認識が合わずに偽勇者は顔をペタペタと触りながらに嘔吐していた。
俺は足元から適当な剣を拾いあげ、奴の目前に投げ捨てた。そして茫然自失する相手に構わずに上から声を張り上げる。
「立て! 男ならば剣を取れ! 俺はお前に、決闘を申し込む!」
戦士が己の誇りを賭け戦うというこの国の流儀。最後はコレと決めていた。
気に食わないから問答無用で腕力で敵を排除する。それではこの男と一緒ではないか。
別に正義を気取るつもりもないから暴力でも構わないのだけど、彼女達の屈辱を正式に果たす為、なにより、胸を張って勝ったと言う為に。
偽勇者は迷っていた。俺と剣を交互に見やり、足元は微かに震えている。
もうパワーアップは出来ないからか、現時点で対等に戦う俺を脅威として捉えているのだろう。勝てるか勝てないか。そんな下らないものを天秤に掛けている様に思えた。
「もう一度告げる。男ならば、剣を取れ。お前にも誇りというものがあるならば、言葉では無く剣で示せ!」
続けて言う。
「俺は冒険者相模司。住所不定無職、取るに足らない路傍の石だ。俺なんかから逃げるのか、自称勇者様よ!」
「……! 光爵家長男バング・メルフラフ。お前の挑戦、受けてやろう!」
(カカカのカ。よろしい、ならば儂がしかと見届けようぞ)
バングは生まれたての小鹿の様に震えながらもしっかりと立ち上がり、右胸を守る様に剣を左半身で構えた。
両断された後だからか、ここだけは死守してやるという強い意志を感じる。逆を言えば、弱点が丸分かりだった。
右胸は霊脈の中心である架空の心臓がある場所だ。恐らく悪魔はそこに寄生し、奴に魔力を分け与えているのだろう。
俺は思う。吸血鬼は心臓に杭を刺さないと死なないという逸話に対し、心臓を刺せば誰でも死ぬだろうという意見がある。阿呆かと。心臓刺せば死ぬのと、心臓を刺さなければ死なないのでは、天と地程に差があるではないか。
だから右胸を死守する不死身の怪物を前に、俺はめんどくせえなと感じた。
俺は足を肩幅に、腰を若干に落とす。両手は天高く、剣にて月を分かつが如く。
あの日恐怖したかの剣鬼の構え。振り落とす。ただその機能にのみ特化した攻撃重視な型だ。
もう身体も体力も限界だった。正直血が抜けすぎて目さえ眩むほどで。だから剣を振るえる時間は長くない。ならば一振りに全力でと思った時、身体は自然とこの構えを選んだ。
これが正真正銘の最後の一振りだから、もう身体壊れてもいいよねと、闘気にありったけの魔力を込めて、身体能力の限界突破を加速させて。
「こいよ。暴力(けんじゅつ)を見せてやる」
「冒険者風情に何が分かる。俺は、俺たちはこれから誇りを手に入れるNだー!」
狂気は削げ落ちて、それはきっと生のバングの言葉だったのだろう。
だが、意味を考える時間なんてものは無かった。別に弱気になろうと身体能力まで落ちたわけではないのである。
雄たけびを上げながらに突っ込んでくる姿には、今日一番の気迫を感じ取り、今日一番に人間らしかった。
振るわれる斬撃はやはり力任せの乱暴なものだ。
暴虐。数多くの人間を手掛け、殺める毎に力を増す、まさに悪魔の所業。
一体何人切ったのやら。まるで斬った人の魂が剣に宿る様に、重さを増し鋭さを増し。
だが、その一撃がいくら速かろうと重かろうと、凌駕してみせよう。
自称だろうと勇者を名乗るからには覚悟しやがれ。これこそは魔王仕込みの由緒正しき破壊の力。
これが暴力だ。
ただ振り下ろすという行為に全力を注いだ。
天を向いた剣は、今は柄を残し刀身全部が地面に隠れていた。当然にその軌道にあるもの全てを断ち切って。
「ジグ……終わったな?」
両腕は骨まで砕けてもう持ち上がらない。腕だけでなく足にも背中にも焼ける様な痛みが走り、こりゃたまらんと尻餅をつく。
暴虐を切り伏せた。剣を断ち切り、肩口からずっぱりと再びに両断した。
誇りを手に入れる、ね。この反逆は奴なりに存在証明を求めてのものだったのだろうか。
倒れるバングはもはや語らず、もう誰もその物語を知るものは居ない。
(カカカ。しかと見届けた。決闘はお前さんの勝ちよ)
(であるからに、後は儂が引き受けようぞ)
「……え? 終わってないの?」