ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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154 魔王VS上級悪魔

 

 

「では我全力をお見せしようぞ」

 

 そう言うと、ラヴィエイはヌゥン!と掛け声を上げながら、全身に魔力を張り巡らせた。 すると彼の黒い体表には赤い筋が走り、複雑な幾何学模様を描き上げていく。

 

 どう見てもパワーアップ的な動作である。ジグルベインは余裕なのか呑気に敵の変身を眺めていたので、俺は止めた方がいいのじゃないかと忠告をした。

 

(ジグ、止めなくていいの)

 

「ちと格好良いと思ったのは認めるが油断ではない。あれはそもそも強化でも無いはずじゃ」

 

(あ、強化じゃないんだ)

 

「降霊術式。古くは精霊と交信するためのものだが、人間は御霊分けにも使っちょるな」

 

 その言葉を聞いて俺は何処かで見た事があるなという疑問を解消した。ラルキルド領で山羊の獣人が悪魔の力を取り込む時に使用したものだ。ジグルベインは正解と笑い、魔力の通りを良くし受け入れやすくする程度のものだと教えてくれた。

 

(じゃあなんでわざわざ?)

 

「知らぬ。見かけ倒しならさくりと首を取るだけよ」

 

 そして待たせたなとばかりに赤い紋様を光らせる悪魔。スッと手を持ち上げ構え、消えた。

 

「ぬっ!」

 

 ジグルベインが後ろを取られる。神懸かり的な反応速度で真後ろから放たれた拳を躱すも、相手が選んだ間合いは剣よりもなお近いインファイトだ。細やかにステップを刻みながらにピタリとジグの動きに追従してくる。

 

 ジグの視界から景色を見る俺は、これは剣士だとやり辛いだろうなと思った。

 剣の適正距離は一歩踏み込んで刃が届くくらいだ。こうも近くに張り付かれると、剣はろくに振るえもしない。

 

 ただ、まぁそう考えるのは俺が剣専門だからだろうか。

 ジグルベインはラヴィエイの鋭い拳撃を事もなくヒョヒョイと躱すと、お返しとばかりに敵の顔面に拳を突き刺した。

 

「カカカ。無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃー!!」

 

「ぐぬおおおおおお!?」

 

 魔王の激しいラッシュを受け後方に吹き飛ぶ黒い悪魔。

 そもそもがこの魔王、剣でさえ型も無く振るうのである。必要であれば手でも足でもそりゃ使う。きっと魔力に余裕があれば魔法だって使うのだろう。

 

「はん。やはり何も変わっとらんな」

 

「フフ。まぁ、今はな」

 

 闘気で思い切りぶん殴られた悪魔は山の岩肌にめり込むも、ガラガラと岩を崩し姿を現した。かなり一方的に攻められているはずなのだが、その口振りには未だ余裕が溢れ薄気味悪い。

 

(やっぱり核っての壊さないと駄目っぽいね。大丈夫ジグ、かなり闘気使ってるけど魔力足りる?)

 

 俺がそう言うと、ジグルベインはフンと自分の腹を強く殴った。思わず痛いと叫ぶ。

 当然そう感じる痛みは彼女の感じたものだ。コイツ、俺に痛みを与える為だけに自傷しやがった。

 

「たわけ。お前さんが儂の力も使わず立派に戦ったのである。儂が何故泣き言を言おうか。お前さんはドンと大船に乗ったつもりで居るがよい!」

 

 俺はうんと力強く返答した。そりゃあ俺程度の魔力ではジグはいつだって魔力不足なのだろう。けれど不安があるかと言えば違う。俺はもはや立派な暴力信者。この魔王の振るう暴力が、何もかもを蹴散らしてくれると信じてやまないのである。

 

「おお、来たか」

 

 ズモモモと、悪魔に黒い霧が纏わりついた。

 あれも見た事があるモノだった。前に戦った悪魔はその身を霧の様に変えて欠損を補っていたのだ。

 

 俺の予感が正しいのならば、アレは奴の身体の一部であり、魔力なのだろう。

 しかし何処からと疑問に思う。ここに居た二十数名の配下は偽勇者が力を回収する為に皆殺しにしている。他に魔力を回収する充てなんて……。

 

「なるほど。これはしくじったかも知れぬな」

 

 ジグルベインが頭上を見上げると、この山頂の空を中心に巨大な魔法陣が展開していた。

 ジグは言う。「これは成長促進の魔法陣か」と。独り言じみた呟きだったのにその言葉を受けてラヴィエイは律儀にも「そうだ」と返してきた。

 

「フランという男は本当に有能な奴だった。地脈の流れを利用しバングが我の魔力を回収する算段をつけていたのだ」

 

「あーもう儂本当にエルツィオーネという一族嫌いじゃー。なんじゃいあいつら。人様に迷惑かけんと生きていけんのか?」

 

(ノーコメントで)

 

 つまりはこうか。今この場で戦う悪魔は他人に力を分け与えているから、魔力がすっからかんなのだ。そこでイグニスのお兄さんは魔力を回収できる方法を考えた。成長促進。土地から魔力を集め植物に流しこむ事で、植物自体を強化すると聞いた事がある。

 

 ならば地脈を利用する様な強力な術式を用いれば、遠く離れた位置からでもこの悪魔に魔力を送り込む事が出来るのではないか。例えば、ラルキルド領へと進行した1千の先兵などから。

 

「馬鹿な、多すぎる。まさかラルキルド領に到着も出来ずに全滅したというのか。あそこに一体何が居るというのだ」

 

 ラルキルド領より奥の地から、黒い霧がやってくる。

 まるで飛蝗が起こす蝗害の様な黒い群れ。夜が走って近づいて来るような景色を塗り替える規模の異常だった。

 

 アルスさんは上手くやったのだろう。いや、上手くやり過ぎたのだろう。この短時間の内に、敵1千の悉くを皆殺しにして見せて。

 

 悪魔の貸し付けていた魔力が死人の分だけ上乗せしこの地へと向かっていた。

 

「不安か?」

 

(信じるって言ったばかりだぞ)

 

「カカカのカ! それでよい!」

 

 刻限のリミットは恐らく奴の魔力が到着するまでだ。

 魔力が空の状況でもこれだけの強さを誇る敵。完全な状態すら想像が付かないのに、更に千人分の魔力を上乗せされるなんて考えたくもない話であった。

 

「という訳だ。まさかズルいとは言うまい」

 

「うむ。上手くやったと褒めておこう。しかし宣告した通り、お前の生きる道は儂と出会った瞬間に途切れておるわ」

 

「……ならばせめて足掻くまでだ。胸を借りようぞ、魔王!」

 

 剣と拳がぶつかり合った。ラヴィエイが先ほどに回収した魔力はフランさんの率いていた部隊のものなのだろう。ならば20~30人分。1000と比べると少なく見えるが、悪魔はその出力を確かに向上させていて、ジグルベインとほぼ互角に打ち合うまでの実力を見せていた。

 

「ぬああああ!!」

 

「おおおおお!!」

 

 奔る黒剣のなんたる荒々しさか。振るえば閃光の如く煌めいて、刃が駆けた軌道は当然とばかりに綺麗サッパリと斬り別れた。それが山を微塵切りにでもする気かというほどに乱舞する。

 

 その中で唯一切れぬ黒き拳の重硬さは如何なるものか。二つの両拳が縦横無尽に暴力を迎え撃つ。もはや魔法の小細工も要らぬ程に研ぎ澄まされた打撃は岩を軽々と砕き、その有様さながらに山を穿つが如く。

 

 斬撃一振りズパンと岩切れ崖が切れ、ヌンと拳を一振り石を砕き、大地を揺らす。

 両者の本気のぶつかり合いは、もはや大自然すらも狭いとばかりに景観を薙ぎ払った。

 

「どうしたどうした混沌。そちらも随分消耗している様ではないか」

 

「やかましいわ」

 

 嗚呼、自分の無力を呪いたくなる。ジグルベインはもはや闘気も温存する程に残りの魔力が少ないのだ。

 

 交代は俺とジグの魔力が釣り合う事が発動条件。だから彼女は俺の込めた倍の魔力だけでしか活動が出来なかった。かつて無敵の魔王も今は相模司という枷を嵌められ、一振りごとに消耗していく儚い存在なのである。

 

 そんなジグルベインがラヴィエイに対抗出来ているのは、魔剣技だ。

 人間の騎士が研ぎ澄ませた簡易戦闘用魔法。ジグルベインは闇属性の魔力で命中の一瞬に刀身を超重量へと変える事で攻撃の質だけは落とさなかった。

 

 だが闘気が使えないとなれば速度の面で大きく差が出る。

 悪魔の拳は何度もジグルベインを捉えた。走る激痛よりも、同じ痛みを共有している彼女の口から痛くさせてすまぬと詫びの言葉が出るのが一番に辛かった。

 

「ふむ。どうやらここまでのようだな」

 

「おお、であるな」

 

 急に周囲一帯に夜が訪れる。

 ラヴィエイが上を見上げ、ジグも視線を同じにする。空で展開する魔法陣へと向かい黒い霧が集結していく様子がハッキリと見えた。

 

 そして、魔王が動く。

 

「カカカ。これを待っていたのは儂とて同じよ!」

 

 急に身体が軽くなったように感じた。恐らくはこれも魔剣技の応用なのだろう。刀身を重くしていたのとは逆に、自分の身体を軽くしたのである。ブンと一瞬足に闘気を纏い、ジグルベインは跳躍という言葉では足りない程の大ジャンプをして見せた。

 

「何を……する気だ?」

 

「カッ! こんな大量の魔力を独り占めさせるのは勿体ない。儂も少し使っちゃるわ」

 

「狂うたか混沌。我が魔力を奪える訳があるまい」

 

「いーや。何も身体に受け入れずとも扱う方法はある!」

 

 魔法陣からはガンガンと魔力をラヴィエイへと送還しているのだろう。渦を巻き地上へと黒い霧が落ちていく。そんな嵐の中心にジグルベインは飛び込んで、ガバリと両腕を大きく開いて見せた。

 

「【栄華を崩す破壊の音色に酔いしれろ】【さらばさらばだ婆娑羅世よ】【法布き自由を駆逐する】【翼をはためかす空は既に無し】【ここに幻想は失墜する】」

 

 混沌の魔王の腕には、周囲の魔力が集い両腕を目一杯に広げようやく抱え込めるくらいの黒い球が出来上がっていた。

 

 その球はバチリバチリと不穏な音を立てながらも、周囲の魔力をガンガンと飲み込んでいく。その収束率は俺の目には悪魔が吸収する魔力よりも余程に多い様に感じた。

 

「馬鹿なー!?」

 

 下から絶叫が聞こえた。やはり思った以上にジグルベインは相手の魔力を掻っ攫っていったのではないか。

 

「カカカ。それもあるだろうが、この技に驚いているのであろうさ」

 

 ジグは言う。かつて天空には覇者が存在したと。その種族は制空権を握り高度から一方的に攻撃する事で地上をも支配しかけたと。

 

竜の吐息(ドラゴンブレス)。世界を震撼させた降り注ぐ脅威よ」

 

 言いながらジグは球を抱き潰す様に強く力を込めた。黒球は強い反発感を生み、バチンバチンと鳴る轟音はまるで雷雲を手に握っている気分にさせる。

 

「儂は気にくわなかった! だって見た目極太レーザーじゃ、超格好いい! だから儂は心に決めた。コイツ等同じ方法で撃ち落としてやろうと。そうしてこの魔法は生まれた」

 

(理由を聞きたく無かった!)

 

 俺は気づいてしまう。周囲に漂っていたあの膨大な魔力が両の手にすっぽり収まる位に圧縮されてしまったのである。

 

 そしてジグルベインは地上を見据えつつ右構えに腰を捻って。

 

「かつての名は竜墜蒐束砲。じゃがここに名を改め!」

 

 カメカメ波だった。

 解き放たれた膨大な魔力は一筋の奔流となって地上へと向かっていく。

 暴力が空気を裂き焼き尽くす。眩い輝きと轟音が視覚も聴覚も奪っていく。手から放出される魔力の勢いに、一瞬強い反発の様なものを感じるが、抵抗は虚しく掻き消えた。

 

「おいおいなんつー威力だよ」

 

(カカカ! ほれ、儂は大船であったろうが)

 

 手から魔力を出し切って、同時に渡した魔力も使いきったのか身体が戻ってきた。

 再びに紐なしバンジー状態なのであるが、落下の恐怖や着地の事を考えるよりも前に、その破壊の痕跡に目が行った。

 

 山が、崩れていく。

 悪魔など跡形も残らないだろう超絶威力。かつてこれを吐く生物が大量に空に居たならばそれは天下を取るのも当然だ。

 

 上からドシャンと神の拳でも降ってきたかのように山には縦に大きな穴が開いていた。

 元々岩肌の多い山だったから衝撃に耐えられなかったのだろう。ガラガラと崩れ落ちる山を見ながら、俺はようやく着地をどうしようかと考え始めた。

 

 

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