ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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156 いまだ慌ただしく

 

 

「っ…………」

 

 耳元でイグニスの息を呑む音が聞こえた。故郷の変わり果てた姿を見ての事だろう。 

 ルギニアの町は既に火は消えて黒煙も晴れている。けれどその爪痕は大きく、建物の壁という壁に残る煤と立ち込める焦げた臭いが事件当時の凄惨さを容易に思い浮かばせた。

 

 いっそ彼女が被害者として何でこんな事にと涙を零す人間ならば、君は悪くないよと慰められるのに。でもこの少女は止められなかったと後悔してしまう人間だ。それも身内が関わっているのならば尚更に。

 

 俺は回復魔法のお陰で若干動く様になってきた手で、何も言わずに小さな手を強く握りしめた。泣けはしない。けれど言葉も出ない。そんなイグニスに掛ける言葉を見つけられなかったから。

 

 そして会話も無いまま俺たちはエルツィオーネ邸まで到着する。

 庭先には多くの人々が押し寄せていた。別に怒声が飛び交うわけでもないので抗議活動などの危うい雰囲気ではなさそうか。どうやら仮設のテントを張り対策本部としているらしかった。

 

 たぶん外でやっているのは訪ねてくる人が多すぎるからだろう。

 服装で判別出来る人達だけでも騎士団に魔導士団、そして三柱教が出入りをしている様子だった。

 

「うわぁすごい人数」

 

「だが一応協力的だな。まぁ反発があるとすれば落ち着いてからか」

 

「そうだね。けれど父上なら根回しくらいしているだろうさ」

 

 家の前が人でごった返し、使用人の一人も出迎える事が出来ない状況。とりあえず中に入ってくれと、イグニス自らが扉を引いてくれた。

 

 お邪魔しますと、やはり火の跡残るお屋敷へと踏み込んで。そこで初めて何か御用ですかと執事が現れた。イグニスを見た使用人は2~3秒固まり、俺たちを出迎える前に奥様~と廊下に消えてしまう。おいおいと思う対応だが、すぐさまにバタバタとこちらに向かって走る足音が聞こえた。

 

「あ……母上……」

 

「ああ、イグニス。良かった無事だったのね。一人でフランを止めに行くなんて貴女は無茶をするのだから!」

 

 現れた薄茶色の髪をした女性はまずイグニスを抱きしめた。

 胸元の特大メロンに埋まった魔女は再会の余韻など無く苦しそうに藻掻いている。

 

 イグニスママ。名前は確かターニャさんと言ったか。二度ほど会った事があるけれど、いつも身なりの整った上品な雰囲気の人だ。そんな人が、今ばかりは化粧もせずに慌ただしく動いている様だった。

 

「奥方、今後の話があります。後で構わないのでエルツィオーネ智爵にお目通りを願いたいのですが」

 

「ええ、勿論ですわシャルール侯爵様。大したおもてなしも出来ませんが、ごゆるりとお待ち下さいませ」

 

 王都から駆けつけて来たのだから休めていないのだろうと、こんな状況にも関わらず湯を沸かし部屋を用意してくれるそうだ。

 

 流石に俺たちの相手をする時間は長く取れないのか、何かあったら呼んでくれと使用人をゾロゾロと引き連れて消えてしまった。

 

 なんでも事後処理が忙しいそうだ。

 火事で崩れた建物も多い。だから使えそうな建物を避難所とし、そこに物資を運んでいるらしい。このままでは寝る場所も無い人が大勢いるだろうと、夜が訪れる前になんとか用意を済ませるそうだ。

 

 そんな話を聞いて、イグニスは私も手伝うよと声を挙げた。

 けれどイグニスママは、もう十分に頑張ったのだからゆっくり休みなさいと、彼女の赤い髪をそっと撫でる。

 

 めげず嘆かず責任を果たそうとするターニャさんの姿を見て、俺は確かにイグニスの面影を感じ取るのだった。

 

 

「すまないね少年。君だって疲れているだろうに」

 

「いえ、大丈夫ですよ。俺はここまでじゃないです」

 

「ふふ。親の顔を見て緊張の糸も切れたか」

 

 イグニスは俺の膝を枕にすぅすぅと寝息を立てていた。

 相当無理して進行し、一人でフランさんを食い止めていたというのだから疲労も溜まっていたのだろう。

 

 身体を清めた後に、アトミスさんは山頂での出来事を聞きたいと俺に言ってきた。

 俺は二つ返事で快諾すると、イグニスも当然の様に参加するというので皆で客間に集まった。

 

 けれども碌に話をする前からこっくりこっくりと船を漕いでいた魔女は、やはりというか肩にしな垂れて来て。もう寝てしまえよと横にさせれば、抵抗も無く夢の中だ。

 

「エルツィオーネはこれからどうなるんですか?」

 

 必死に対応し奔走している家の人達であるが、状況がよろしく無いのは俺でも分かる。

 なんと言っても主犯格の一人が血の繋がる家族なのだ。どうあっても批判は出るだろうし、王都では王家にさえ刃を向けている。

 

「それは裁判の結果次第だね。犯行がフランのものと言え、ここまで大事になれば責任は家にも向くだろう」

 

 アトミスさんの言葉に、やはりそうなってしまうのかと肩を落とし落胆すると、ああと無慈悲な肯定が。

 

「……あまり私に期待してはいけないよ。起きた出来事は変えられない。私に出来る事は罪の所在を明らかにする事くらいだ」

 

「そうですか」

 

 妖女は罪は罪だと言い切った上で、少しニンマリとしながら、だが功績は功績だと明言した。

 マイナスがあるならばプラスで補えばいいのだと言うのである。俺は目を丸くしながら、彼女の言葉の続きを待つ。

 

「私は君たちの働きを大きく評価しよう。先の深淵の事件もそうだが、イグニスはフランを見事討ち取った。そして君は主犯であるバングを討伐した。私は騎士団副団長として事実を王に伝える」

 

「……じゃあ?」

 

「安心しろとまでは言えないがね。多少の罰はあれ、一族根切りとまではいかないと私は読んでいるよ」

 

 この怜悧な女性がそう言うのならば、事態は最悪までは行かないのだろう。

 だから山頂での出来事を包み隠さず教えて欲しいと言われて。少しでもイグニスの力に成れればいいなと思いながら、アトミスさんと別れた後の記憶を呼び覚ました。

 

 

 俺の話を聞いた妖女は難しい顔で顎を撫でまわしていた。

 

「君が決闘でバングを倒した。分かる。ラヴィエイと名乗る悪魔が大規模に魔力を集めた。分かる。じゃあ結局山を崩したのは誰なんだい?」

 

「そりゃもうラヴィエイですよ。きっと全部アイツが悪いんですよ」

 

(うむ。儂は何も悪くないのだ)

 

 ジグルベインがカメカメ波打ちましたとも言えないので、都合の悪い事は全部悪魔に罪を擦り付けるつもりだった。けれども一つ苦しい事があった。あの上位悪魔を山諸共に吹き飛ばした手段だ。

 

 事情を知るイグニスならば、ああ魔王の仕業かと納得もするのだろう。

 けれどジグの存在を知らない人にはどうにも説明が付かないので、う~ん、え~とと言葉を濁らせて。

 

「あれは私だ」

 

 と、ノックも無しに扉を開け放った人物が言う。俺もアトミスさんも同時にその人に目を向けた。

 

 黒真珠の様な長い髪をした女性が立っていた。小麦色の肌とエメラルドの瞳。そして黒と白のコントラストが眩しいメイド服。何故ここに。【黒妖】こと、混沌四天王の一人、シエル・ストレーガその人だった。

 

「どういう事だ。というか誰だ」

 

「それはこれからコイツが説明する」

 

「やあアトミス。えーとね。私も説明が欲しい」

 

 コイツがと腕を引かれシエルさんの後ろから入ってきたのは、領主でありこのエルツィオーネ家の当主。イグニスパパことプロクスさんだ。

 

 そして更にその後ろには灰色の髪を二つに結った吸血鬼と、金髪金眼をした白百合の騎士までが控えている。なんておっかない面子だろう。

 

「えーとなぁ。山が崩れた影響で、うちの領とラルキルド領を繋ぐ道が出来たんだ」

 

 その説明を聞いて、俺は「あ」と声が出た。元から領はあの山で隔たれていたので、それが消えたのならば繋がるのは当然だった。プロクスさんの言葉にはアトミスさんもそうなるかと頷いている。

 

「そして、崩れる原因になったあの光を放ったのが、こちらのシエルさんだと言う」

 

「言っておくが、尋常でない魔力が山頂に集まっていたから反撃したのだ。正当防衛だ。むしろ我々は侵略行為と捉える。エルツィオーネ領からの言い分を聞こう」

 

 シエルさんの翡翠の瞳からアイコンタクトがあった。

 そうかシエルさんには遠目からでもジグルベインの魔法であると判断が付いたのだろう。

 もしかしてシャルラさん共々俺が面倒ごとに巻き込まれていると思い援軍に来てくれたのだろうか。

 

「ですです! ご安心くださいツカサ殿。このシャルラが来たからにはって、あ~膝枕してるー!?」

 

 なにやら混沌みを帯びてきた現場で、目を擦りながらイグニスが一言放った。

 「これ、どんな状況?」残念ながらそれを説明出来る人はこの部屋には誰もいない。

 

 

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