ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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157 「あ」

 

 

「ご安心くださいツカサ殿。敵はこのシャルラが許しませぬ。我が領土から小石一つでも奪おうものならば、我が影にて縫い合わせます!」

 

 覚悟は出来ているのだろうなエルツィオーネと、吸血鬼が右腕を前に突き出した。

 

 部屋中にシャラリと影の剣が無数に生えて、場に居る者すべてに緊張感をもたらす。中でもヤバいのはアルスさん。まるでガンマンの様に剣の柄へと手を伸ばし、抜くタイミングを今か今かと見計らっている。シャルラさんには悪いがちっとも安心が出来ない。

 

 すぐさまに止めなければと思い、俺は膝に頭を置く魔女を跳ね除け立ち上がった。

 

 でも、待ちなさいと手で俺を制したのは、意外にも切っ先を向けられるイグニスの父親本人であった。

 

「ラルキルド伯爵。この度は誠にご迷惑をお掛けしました。同じく領を預かる身とし、そのお怒りは正当なものと理解します。何もかもがこちらの落ち度、申し訳もございません」

 

 外であれだけの人数を捌いていたのだからプロクスさんの疲労とて相当なものだろう。それでも疲れている様子などは表に微塵も出さず、外見は中学生程度のツインテ娘に深々と頭を下げていた。

 

 あまりの大人の対応に、俺は唇をぐっと噛みこんだ。

 俺はシャルラさんの事情を知っているだけに、彼女の怒りも十分に理解出来てしまう。

 シャルラさんがこの場に来た理由は明白。山頂での戦闘行為に気付き、領地が侵されたと思ったのだろう。

 

 悪魔共の目論見はあながち間違いではなかったのだ。吸血鬼は300年以上の間、ただひたすらに領と民を守る事を目的に生きてきた。軍を向けられ犠牲でも出ようものならば、彼女は本当に鬼となり屍の山を築くはずだ。

 

 けれども、その怒りの矛先が正しいのかが俺には判断が出来ない。

 プロクスさんは自分が悪いと言うが、悪いのは深淵ではないか。そりゃあフランさんはエルツィオーネ家の人だし、領内部の出来事ならば領主に責任があるというのも分かるのだけれど。

 

 他の人の意見を聞きたい所だが、領主同士の会話だからとアトミスさんもイグニスも口を閉じていて、アルスさんとシエルさんに関してはいまだに一触即発の睨み合いを続けていた。

 

 ならばと、俺は思いきって口を開いた。俺は貴族でもないのだから不作法だろうと構うまい。

 

「シャルラさん、せめて言い訳を聞いてくれませんか」

 

「分かりました。ならばツカサ殿に免じ、この度は矛を収めましょう」

 

 シャルラさんは何も聞かずに分かったと言った。俺が目をぱちくりさせていると、アメジストの様な紫の瞳にからかいの色を帯びてそっと視線を合わせてくる。

 

「私はツカサ殿を信じております。それにこの家に来るまでに町の只事ではない様子も見ていますし、事情はあるのだろうなと察してはおりました」

 

「なんだ……なら最初からそう言って下さいよ」

 

「誠意というものがあります。頭に来ているのは事実なので最初から言い訳を並べるなら許しませんし、二度目も許しはしません」

 

「駄目だシャルラ! エルツィオーネを許すな、この一族は滅ぼすべきだ!」

 

「シエルさんお願いだから掘り返さないでください!」

 

 ジグルベインがうむうむと頷くあたり、魔王軍と賢者の確執は根深いのであった。

 

 

 とりあえずに話し合いの雰囲気に持ち込む事が出来た。ならばお茶を淹れて来ようとイグニスが全員分の珈琲を淹れてきてくれたのだけど、どうやら父親の取って置きだったらしく、中年男性は愛娘の淹れたお茶をほろ苦そうに口にしていた。

 

「以上が今回の事件のあらましですね」

 

 そう言うのはアトミスさん。騎士団だけにこの中で一番事件に精通していて、第三者的な立場の人なので話の進行役にはぴったりであろう。

 

 妖女が吸血鬼に聞かせたのは今回の騒動の内容だ。

 悪魔が勇者の子孫と手を組んだ事。狙ったのはラルキルド領とシャルラさんの命。エルツィオーネの子息も主犯の一人である事などである。

 

「なるほど。やはりツカサ殿は我が領の為にそんなにボロボロになってくれたのですね」

 

 よよよと涙を見せる吸血鬼の横でアルスさんが「私も戦ったのですがね」とボソリと呟いた。やはり深淵の用意した1千の兵を叩き潰したのはこの人だったらしい。

 

「あれで領を守った顔をするな! 風に乗って血の雨は降るし死体から武器から木まで降ってくる大惨事だったんだぞ!」

 

 げんなりとするラルキルド領の二人に俺は心の中で合掌をした。山頂からでも見える巨大な竜巻だったのだから近隣は確かに被害が凄いのだろうなと思う。

 

 さて、話はこんな所かなとシャルラさんは席を立つ。

 領が攻められた事に憤慨はしていたが、領主から謝罪も聞いたしもう済んだのなら良しという事らしい。

 

「ええ、では王都でお待ちしておりますね」

 

「い、今なんと?」

 

 去り際に背に受けた言葉に、吸血鬼はギギギと錆び付いた機械の様に振り返る。

 妖女が訝しみながら「まだ伝えてないのか」と確認すると、男装の麗人は「あ」と言った。さも今思い出したと言わんばかりの「あ」であった。

 

「アルス! 今まで何してた貴様!」

 

「いえ、思った以上に敵の数が居たので斬っている内に楽しくなってしまって」

 

 はぁと大きなため息と共に頭を押さえるアトミスさん。

 俺もなんでシャルラさんが王都に?と疑問に思ったので、こっそりと隣の魔女に聞いてみた。

 

「うん。まぁ行った方が確実ではあるな」

 

 煮え切らないイグニスの言葉に、「どういう事」と俺とシャルラさんの声は被った。

 

「「ゴウト」」

 

 魔女と妖女がタイミング良く答えを被らせる。そしてその名前を聞いて、俺も事情を思い出した。

 

 深淵は強行策という事でエルツィオーネ領から進軍しようとしたが、本来はシャルラさんから叛旗を翻すという形を望んでいたのだ。だから黒い噂を広めたり、武術大会襲撃の罪をシャルラさんに擦りつける裏工作までしていた。

 

「今回の事件で多くの貴族が捕まるでしょう。しかし口を揃えて貴女が犯人だと言う可能性があります」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「ええ、馬鹿なです。イグニスからはゴウトという獣人を裁いたとも聞いてますしね」

 

 だけど重要参考人に違いないし、国王から召喚状が出る可能性もある。だから王都に出向き無実を証明するべきだとアトミスさんは訴えた。突然の王都への呼び出しにシャルラさんは見事にフリーズをした。

 

「王都。貴族の振る舞い、できるかな。いえ、そもそもまだ町に滞在するお金なんて私には……」

 

「ではラルキルド卿、こういうのはどうでしょう。お詫びと言っては何ですが、私が伯爵の後見を務めましょう」

 

 そう切り出したのはイグニスの父プロクスさんだ。

 面倒を掛けたのだから王都では別荘に招待するのでお金を気にせず滞在してくれと太っ腹な事を言う。

 

「ああ、良い案じゃないか。どうせ父上だって呼び出されるのだろうし」

 

 罪人としてね、という娘の言葉に父は打ちひしがれた。

 

「まぁそれは冗談として。シャルラ殿、折角家まで来たのですから、私のお古でよければ好きなだけ服を持って行ってくださいよ」

 

「よろしいのですかイグニス殿?」

 

「ええ。どうせ旅をする身なのでね。服も箪笥に眠らせるよりは嬉しいでしょう」

 

「おお! それはなんともありがたい!」

 

 うん。話はなんとか綺麗に纏まったのだろうか。

 町の被害こそは無かった事にはならないけれど、山が崩れた事により領の境も消えたし、シャルラさんに足りなかった貴族の部分を補う後見人も見つかった様だった。

 

「いやーなんだか可愛い娘が出来たみたいで嬉しいですなぁ」

 

「ははは。老眼ですか父上? 目の前にもう可愛い娘はいるじゃないかよ、おい」

 

「なあツカサくん。どう思う?」

 

「こっちに爆弾投げないでください」

 

 後は王様の判断を仰ぐだけ。けれどもそちらは何とかなる予感があった。

 魔女と妖女が、「げへへ」と物凄く悪そうな笑顔を浮かべているのである。俺たちは全員でドン引いていた。

 

 

 

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