ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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「ハッハー。ではこの案件はしかと陛下にお伝えしとこう」

 

「やれやれ悪魔の次は貴族の粛清ですか。暫く忙しそうですね」

 

 翌日。アトミスさんはまだ仕事があるからと、アルスさんを連れて王都へと戻って行く。白い軍服を着こなす紫髪の女性はもうひと頑張り頼むぞと軍馬の首元を撫でて颯爽と去っていくのだが、何故かその様子を見ていたイグニスはやっちまったと言わんばかりの苦虫を噛み潰したような顔をしていて。

 

「ねぇイグニス。そういえばボコは?」

 

「その……山の麓で休ませてる、よ」

 

「ボコを乗り捨てしやがったのか!?」

 

「ちゃんと迎えに行くってば!」

 

 思えば一緒の馬に乗って帰ってきたのだから俺たちの愛鳥を置き去りにしているのは明白であった。俺は時間があるので迎えに行こうかと言うのだけど、提案は膠も無く却下され、大人しく寝ていなさいと額をぺしと叩かれた。

 

「君はしばらく安静だ。いいな」

 

「ふぁい」

 

 怪我こそ回復魔法で治ったものの、体力は逆に根こそぎに持って行かれたのだった。

 意外だったのはこの世界には輸血という概念が無い。医療の未発達とかではなくて血液に含まれる他人の魔力を身体が拒絶してしまうそうだ。お陰で昨晩は身体が血が足りねえと訴えてるもので、それはもう無心にガツガツと肉を食らい水を呷った。

 

「ツカサ殿。お身体にはお気をつけ下さいね。人間なんて意外とあっさりと死んでしまうものなのです。私はツカサ殿が死んでしまうのはとても悲しいですよ」

 

「もっと言ってやってください。ツカサは私が目を離すとすぐに死にそうになっているのです」

 

「気をつけます」

 

 シャルラさんは結局エルツィオーネ家に泊まった。シエルさんはこんな家に泊まれるかとラルキルドに帰ったのだけど、プロクスさんは明らかに安堵していた。なんでも顔合わせた時に命を狙われたらしい。アルスさんが傍にいなかったら死んでいたとの事だ。一体あのエルフはエルツィオーネに何をされたのだろう。

 

(故郷の森も焼かれてるし、世界樹も焦がされてるのう)

 

「イグニスも住処を燃やしたし、業が深い一族だね」

 

 一方でシャルラさんがエルツィオーネと同盟を結ぶというのも面白い話だ。

 片や魔王軍幹部の子供。片や勇者一行の賢者の子孫。その二人が長い年月を超えて手を取り合ったのである。

 

 プロクスさんが提案したシャルラさんの王都行きを面倒見るという話だが、アトミスさんとイグニスの後押しにより本当に後見人になるという方向に向かったのだ。

 

「今更ですが、本当に私などの面倒を見て貰ってよろしいのですかね?」

 

「遅すぎたくらいでしょう。何百年も独りぼっちにさせてしまってごめんなさい」

 

 ウルウルと目に光るものを溜め込むツインテ娘に、さぁ中に入りましょうと魔女はそっと肩に手を回す。エルツィオーネから見ても、やはりラルキルドは腫物だった。それはそうだ。かつての敵なのだ。強さも危険さも承知しているからこそ、迂闊に近づく事は無かったのではないか。

 

「あらシャルラ様、こちらに居らしたのですね。イグニスの古着を何着か裾上げしましたの。こちらで試着してみてくださいな!」

 

「え、ターニャ殿。もう出来てしまったのですか。しかし昨晩もあれだけ……あー助けてくださいイグニス殿~!」

 

「なんか私より愛されてる気がする」

 

 魔女は引きずられていく吸血鬼を複雑な目で見送る。

 一夜経ち多少の余裕が出来たのか。それとも伯爵の対応のほうが優先順位が高いのか。ともあれイグニスママはシャルラさんにべったりだった。

 

 イグニスの服を譲るという発言が発端ではあるのだが、シャルラさんのボロ……いや、質素な服が貴婦人のオシャレ心に火を付けたようだ。

 

「外見はあれでも中身は300歳年上だぞまったく」

 

「でも俺は気持ちは分かるよ。シャルラさんの身の上聞くと、幸せな生活を送って貰いたくなる」

 

「むー。私も甘やかされたい。甘やかせよ」

 

「まずは黒幕みたいな悪い笑顔をやめてからだな」 

 

「私だって可愛い女の子だぞ、きゃるん☆」

 

 俺は無視をした。尻を蹴られた。

 カノンさん直伝の体術に痛いと声を上げるも、俺の視線は執務室にお茶を運ぶメイドさんを追っていた。

 

 プロクスさんはまだ忙しく被害の復旧に奔走している。それでもどこか顔に活力が宿るのは、先行きの目途が立ったからだろうか。

 

 アトミスさんの話では、王家の命を危険に晒したイグニス兄の罪は重く、その責任は家にまで圧し掛かるという事だった。

 

 でも今回の事件、亜人排斥派という貴族の派閥まで関与する大事件なのである。

 つまり、事件に関与する多くの貴族が処罰されるという事だ。

 

 膿を出すといえば聞こえはいいが、実際はもう少し大ごとで、言わば社会の歯車を取り換える様なものなのだ。上手く回っていたものが回らなくなる。それは国のトップである王だからこそ頭を悩ませるものだろう。

 

 妖女はそこを逆手に取った。

 シャルラさんと交流を持ち後見まで務めるというのは代えの効かない人材だ。

 手落ちはあれど実際に罪を犯してはいないプロクスさん。処罰をしなくていい理由があるならば、王は絶対に家の存続を許すだろうという事である。

 

「なんとかなればいいね」

 

「なるさ。そうだね、罰は多分責任もってシャルラ殿の後見を務めろってとこじゃないかな」

 

 なら問題は無いねと言うと、だから君は安心して休みなさいと客室までぐいぐいと背中を押された。

 

 魔女は何か飲むかいと聞くも、既にカップに珈琲を注ぎ始めている。俺は苦笑しながらじゃあそれでと言う。んと差し出される黒黒とした液体はやはり少し濃いめの味で、いつものイグニスの味がした。

 

「こんな時に聞く事でもないんだけどさ」

 

「うん? なんだい」

 

「イグニスはこれからどうするの?」

 

 やはりこの魔女との冒険はここで終わりなのだろうか。そんな事が頭を過った。

 跡継ぎであるフランさんが居なくなってしまったのである。ならば当然家督を継ぐのはイグニスになるはずなのだ。

 

 仮に王の判断で家の存続が決まろうと、町が半壊し爵位も継ぐとなれば、流石に趣味で冒険をしたいと我儘を言える状況では無い様に思えた。

 

「一緒に行くに決まっているだろう」

 

「ええ?」

 

 何言ってんだこいつと言わんばかりの魔女の顔に、俺はマジかこいつという顔で返す。

 横暴ではあるが貴族の責務だけは果たす女だと思っていたので、その答えは本当に意外なものであった。

 

「おいおい。君が言ったんじゃないか。世界の果てまで付き合えと。きっと楽しい旅にするってさ」

 

「確かに言ったけどさー」

 

「……これは、家族の許可も取った事だ。今回家が存続出来るのは君のおかげさ。だから家主よりエルツィオーネ家長女として恩を返して来いと命じられたよ」

 

「そっか」

 

 その言葉を聞いて、俺の身体はへにゃりと力が抜けた。どうやら返答を聞くのに思った以上に力んでいた様だった。俺の様子を見ていたイグニスは寂しかったのかとニヤケ顔で頬を突いてくるので、照れ隠しにやかましいと手で払う。

 

「でもどうせイグニスの事だから助かる案くらいはあったんでしょ?」

 

「まぁ保険はあったよ」

 

 そう言いながら胸元から取り出すのは一枚の書状。そういえばいつだか署名させられた謎の書類があったか。魔女はもうこれは要らないねと、俺の目の前でボワリと紙を燃やして見せた。若干名残惜しそうな顔だったが、果たして内容はなんだったのか。

 

「だがこれで助かるのは恐らく私だけだった。ふふ。まさか山が崩れてラルキルド領と繋がるとはね。こんな未来は三柱にだって予測出来ないだろうさ。まったく現実というのは面白いものだよ」

 

 イグニスは語る。父のプロクスさんがシャルラさんの後援を務める以上は世代の交代は出来ないのだと。

 

 そう言われれば俺も納得であった。王様にちゃんと責任見ろよと罪を許されるのならば、爵位を譲ったので後は知りませんという事は出来ない訳で。それが何年の歳月かは分からないがプロクスさんへの罰となるのだろう。

 

 逆を言えばその期間こそイグニスに与えられた猶予となるわけである。

 コイツ昨日の段階でここまで考えていたのかと戦々恐々に魔女を見ると、真っ赤な瞳を輝かせてドヤっていた。やはりこの赤髪の少女に愛され系は無理だなと俺は悟る。

 

「そういう訳だ。空の上から海の底までこの世界を冒険し尽くそうじゃないか」

 

「そんな所行く予定ありませんけど!?」

 

(カカカ! 終わり良ければ総て良し、じゃの!)

 

 

 

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