ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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161 俺たちの旅

 

 

「おっらー死ねぇ!」

 

(カカカ。そんなんではいつまで経っても当たらんなぁ~)

 

 ジグとの懐かしいやりとり。そういえば、前にこの家に滞在した時も同じ様にこの場所で剣を振っていたか。

 

 あれから二か月。その期間でどれだけ成長出来たかと言えば微妙なところだ。なにせ王都の武術大会の結果はベスト8である。あれ、本当に微妙だ。まぁ戦闘のプロである騎士の卵達に混じって戦ったわけだから善戦したと思っておこう。

 

(ん。感触はどうじゃ)

 

「うん結構馴染んできた」

 

 大活性の上から更に魔力を注ぎ込み、今は溢れた魔力が身体全体を覆っている。

 闘気法の初歩にして極意、闘気。ヴァンとの一戦で壁を越え至り、今回の死闘で完全に物に出来た様だった。

 

 師匠の魔王様にはまだまだ子供扱いされてしまうが、こんな俺でも確実に成長はしているのだ。それが実感出来るのは少し嬉しい。いつかあの糞二刀流野郎に追いついてやろうと密かな野心があるのだ。

 

「やあ、やってるね。身体の調子はどうだい?」

 

「お蔭様で絶好調だよ。体力も特に落ちてはなさそうかな」

 

 イグニスが様子を見に来たので剣を振るのを止めて息を整えた。二週間近くもダラダラして過ごしたので久しぶりの疲労がなんとも心地よい。

 額から零れる汗を袖口でぐいと拭っていると、ホラと顔に向かってタオルが投げつけられる。

 

「じゃあ明日は予定通り発てそうかな?」

 

「問題無し!」

 

「よろしい。じゃあ汗でも流して来なよ。湯船の準備が出来たってさ」

 

「愛してるー!」

 

 俺がお礼を伝えると、魔女は用意したのは女中だけどなと笑いながら、手をひらひらと振りながら去っていった。

 

 

「よし、景気づけに高い酒でも開けちゃおう」

 

「どうしたのコレ」

 

 風呂上りに部屋で荷物を纏めているとイグニスがグラスと酒瓶を手にやってきた。

 なお、俺は王都から手ぶらでここに来てしまったので、荷物はプロクスさんに回収して貰っている。

 

「どうしたって。父上の秘蔵の酒だよ。盗んできた」

 

「返してこい!そろそろお父さん泣くぞ!」

 

「なぁに、明日から居なくなるんだから怒られようがないさ」

 

「誰もイグニスの心配はしてないんだけどなぁ」

 

 さぁ飲もうとキュポンと良い音立てて開封される瓶。硝子のグラスにゆっくりと注がれる赤黒い液体はなるほど実に芳醇な香りだ。でもこれ飲んだら共犯なんだよね。

 

 そう思いつつもワインを舌で転がし恍惚の表情を浮かべるイグニスを見ては味に興味がそそられて、ついつい俺も一口。あ、うんめ。

 

「にして精霊巡羅とはね。フィーネも思い切ったものだ」

 

「手紙に書いてあった次の行き先だね。結局どこなの?」

 

 魔女は頬杖をして上目遣いでこちらを流し見た。そして私たちとは逆方向と、ややオーバーに肩を竦めて見せる。

 俺はありゃと言いつつ美味しいワインに夢中だった。コンと脛を蹴られた。

 

 勇者の行き先は俺達にも無関係な話では無い。手紙には一月後に隣国で落ち合おうと書いてあったからだ。

 

 俺もイグニスもフィーネちゃんに助力を頼まれて断るという選択肢は無い。個人的にはむしろあの面子と再び冒険に行ける事にワクワクすらする。

 

「精霊巡羅。かつて勇者に力を貸した四大精霊を巡る旅だよ。フィーネは聖剣クエント・デ・アダスの全盛期の力を取り戻すつもりだね」

 

(カカカ!儂のアドバイスを聞くとは愛い奴よ!)

 

 つまり発端はシエルさん。魔王に近い圧倒的な力を目の当たりにして、彼女も更なる力を求めているという事なのだろう。

 

「四大精霊は土地の魔力の清らかな場所に住むんだ。とりわけ水精と土精は住処をコロコロと変えている。シュバール国に向かうというならば、最初の目的は水精かな」

 

 ただ、とイグニスは言い辛そうに口ごもるもので、俺もただ?と口にして先を促した。

 

「そうなると向かう方向は南東になるんだよ」

 

「南東かー。まぁ別にいいんじゃない」

 

「軽いなおい。君の旅だろうに」

 

 その言葉に俺はうーんと返答を悩む。

 俺の旅と言うならば目指す場所としては、世界のへそという場所がある。そこにはジグルベインの親友が住んでいるらしいのだ。方向は北東。

 

 そしてそこを経由して、魔大陸の最果てにも行きたい。悪魔ラヴィエイの言葉に12翼の天使というワードがあった。恐らくジグルベインの肉体はそこにあると睨んでいる。

 

 ついでにシエルさんに頼み事もされた。そこはノーキンという場所なのだが。魔大陸の入り口付近なので本当についでで寄れる場所である。

 

 並べると何だか多忙な様に思えるが、結局のところ俺が地球に帰る方法に目星はない。 ならば、足を止めなければそれは一歩前進なのだと前向きに考えたい。

 

 こんな話は前も王都でしたが、寄り道をしたからこそシャルラさんやシエルさんと出会う事が出来たのだ。

 それに、なにより。

 

「もう俺の旅じゃなくて、俺達の旅でしょ?」

 

 俺はイグニスの漫遊計画にすっかり付き合う気持ちなので、別にどこが目的地であろうと付いていく心積もりなのであった。というか、どうせ騙されて気づけば向かっているに違いないだろう。

 

「……言ったな。その台詞、後悔させてやるぜ」

 

「なんでだよ!?」 

 

 赤髪の少女は顔をくしゃくしゃの笑顔にしながら、すっとグラスを持つ手を伸ばしてきた。そういえば乾杯して無かったかと、俺も腕を伸ばした、接触するグラスはチンと涼やかな音を鳴らす。

 

「「乾杯」」

 

 グイと口に注ぐ液体は、濃い葡萄の味。甘く、渋く、ほろ苦い。

 真っ赤な色合いはまるで血液を連想させて、なにやら悪魔よりも質の悪い魔女との契約書に判を押してしまった気持ちにさせた。

 

 

「ツカサ。父上がストラウスを使っていいって言ってるけどどうする?」

 

 翌朝。荷物を背負い館の前で待つと、同じく旅支度を済ませた魔女が言う。

 俺はボコが良いと返すと、じゃあボコを出しておいてくれと言われたもので、分かったと裏庭にある厩舎に足を運んだ。

 

「なぁジグ。どれだと思う?」

 

(儂に聞くなよ)

 

 厩舎には6頭のシュトラオスが繋がれていた。駝鳥はどれも真っ白で特別見分がつく模様もない。

 なおストラウスは駝鳥が進化した馬鳥だ。これは四足歩行のグリフォンの様な姿なので簡単に見分けは付く。

 

「ボコは……お前だ!」

 

 今まで旅をした仲間を間違える訳がない。そう思い一匹の駝鳥に抱きつくと、執事さんが言いにくそうにコチラですと隣のシュトラオスを指した。わ、わかってたし。

 

「行ってらっしゃいイグニス。うふふ。次に帰ってくる時は、家族が増えているかも知れないわよ」

 

「父さんもまだまだ若いからな。頑張っちゃうぞ。あ、ツカサくん。イグニスに手を出すのは構わないけど男としてちゃんと責任は取るんだよ」

 

「二人して恥ずかしい事言うな!」

 

 ボコに荷物を積んで俺の背中に張り付く魔女は、家に帰りづらいなととんがり帽子を深く被って顔を隠した。愉快な両親だねとからかい混じりに言うと、早く出ろと赤い瞳が睨み付けてくる。

 

 俺は笑いながらに「それじゃあ、行ってきます」と手を挙げた。

 イグニスパパとイグニスママが。執事さんもメイドさんもが、揃いに「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた。

 

「思い出すね。この道を全速力で逃げたっけ」

 

 街道を見渡しながらイグニスが感慨深げに囁く。

 そう。あの時は家出だったから周りの迷惑も考えずにひた走った。

 

 あれからたった二か月なのに、もう懐かしいと思える思い出だ。けれど景色は随分と変わってしまっている。崩れた家。残る焦げ跡。火災の跡が痛ましいのだ。

 

「次に見る時は、また綺麗な街に戻っているといいね」

 

「っは。次はもっと良い街になっているだろうさ。父上が、エルツィオーネがある。なら大丈夫だよ」

 

 肩から顔を見せるイグニスは自信満々にそう言い切った。

 そうだね。俺もそう思うよ。壊れたら直せばいい。それは生きているからこそ出来るのだ。獣も人もこの程度でへこたれないと、頭を撫でてくれた狼の手の平を思い出す。

 

「【人よ何を思うて空を仰ぐ】」

 

「ちょっとイグニスさん?」

 

 耳元でハスキーな声がなんとも不穏な響きを告げた。一体なんの魔法の詠唱だろう。

 道行く人が、過ぎ行く人が、揃いも揃って、言葉の通りに空を仰ぎ見ていた。

 俺もつい釣られて空へと視線を向けて、そして見た。巨大な火竜が天に向かい羽ばたく姿を。

 

「ハハハ」

 

 火竜。エルツィオーネの紋章であり、象徴。魔女は言外に街に伝えたのだ。エルツィオーネ健在なりと。  

 ポカンと間抜けな顔で上見る住人の脇を俺とイグニスは二人でイタズラ顔で駆け抜ける。

 

「「アハハハハハハハ!!」」

 

 さあ行こう。次の町に。

 この少女とならば退屈はしないと確信を持ち、俺は手綱を繰る。

 

 




これにて第一部完となります。まだまだ続くので楽しんで頂けたら嬉しいです。
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