ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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163 魔女の金策

 

 

「ドワーフ?」

 

 俺は魔女の言葉をオウム返しに呟いた。

 この町に小人が住んでいると言う話なのだが、俺はもっと前にもドワーフを見た記憶があったのだ。はてどこだったかと首を捻っていると、ジグルベインもやはり見覚えがある様だった。

 

(あれじゃよお前さん。最初に影市場とやらに寄った時のことだ)

 

「あーそれだ!!」

 

「なんだい?」

 

「いや、俺ドワーフ見たことあった」

 

 そう影市場だ。あの時はファンタジー世界だなーくらいで流したけれど、ドワーフの鍛えた武器を勧められた記憶もある。

 それを告げると、ちょうど俺の皿からミートパイを盗んでいた赤髪の女は、慌ててパクリと口に隠し大きく頬を膨らませていた。

 

「なりゅほど。それば、んん。それは信憑性が増したね」

 

「怒らないから口に食べ物入れて喋るなよ」

 

 お嬢様だろと非難の目を向けると流石に不作法だとは思ったのか、次に口を開くのはお行儀よく咀嚼し飲み込んだ後であった。

 

「つまりサマタイだ。なら獣人と取引でもしているんじゃないかな」

 

 ああ、と納得する。サマタイにある獣人の村も鉱山を掘って生活しているのである。言われてみれば取引があってもおかしくは無かった。

 

 まぁ俺はその程度の話なので、肝心の儲け話にドワーフがどう繋がるのかと聞くと、魔女はココで話す事では無いだろうと肩を竦めた。

 

 俺は顔を上げ周囲を見渡しす。混み合う食事処だけに所狭しと人が居る。ガヤガヤと賑やかな店内で俺たちの会話に聞き耳を立てる物好きが居るとは思わないが、場所に相応しくない話題であるのは確かなようだった。

 

「君も料理を食べなよ。値段なりの味はするよ」

 

 そだねと俺ももしゃりとミートパイに噛り付く。

 外はカリカリで層になった生地が歯に心地よい。中には味の濃いプリプリの挽肉とトロリと溶けたチーズが挟まっていた。

 武術大会の時に屋台で似た料理を食べたなと思ったが、出来立ての温かい料理となるとまた各段に味が良い。

 

「うん美味しいー!」

 

(むぅ。美味そうじゃのう)

 

 

 食事を終えて宿に戻り、イグニスと少々ベットの上で戦りあった。

 そう言うとなんだかいやらしいが、なんて事は無い。自分がベットで寝るのだと蓑虫の様に布団に包まる魔女を腕力で排除しただけだ。

 

「分かった。妥協しよう。一日交替でどうだろうか」

 

「最初からそう言うんだったな。実力行使に出た相手に慈悲は無い」

 

「くっ!!」

 

 何も無い部屋だけど机があるのだけは救いだろうか。

 テーブルに旅で使っているコップを並べる。銅で出来たマグカップだ。水は魔道具の水差しで幾らでも出せるのでイグニスに沸かして貰えばお茶は簡単に入れられた。

 

 この部屋はベットの数で想像出来るが一人部屋だ。椅子は一脚しかないので、俺は勝ち取ったベットに腰掛けてニチク茶を啜る。

 

「君はシャルラ殿に譲った上衣を覚えているかい?」

 

 イグニスはとんがり帽子も外套も脱ぎ捨てすっかり部屋着。椅子の背もたれに肘を置いた相変わらずの態度の悪さで食堂での話の続きを振ってきた。

 

「ああ、うん。覚えてるよ」

 

 俺としても中々に思入れのあった一品だ。パジャマでこの世界に飛ばされた俺は、暫く一張羅として羽織っていたのである。魔王の愛用していた品だけに丈夫で着心地も良かったのを覚えている。

 

(あれ、儂の寝間着じゃがの)

 

 寝間着だったか。まぁゆったりしてたしサラサラ生地だったし向いてはいるのだろう。

 それがどうかしたのかと魔女に話を戻すと、実はねと頭に付けて驚きの事を言った。

 

「あの服の素材は真銀と言ってね。今では手に入らないとても貴重な物だ」

 

「寝間着ー!?」

 

 イグニスは素っ頓狂な声を上げる俺を無視して話を続けた。

 それが今ではシャルラさんの一張羅。エルツィオーネでもあれ以上の物は用意は出来ないだろうと言う。

 

 俺はほうと相槌を打つも、まだ彼女の言いたい事が理解出来ない。

 魔女は魔女で俺の反応を見ながら喋っているので、赤い瞳を愉快気に歪ませながらヒントを小出しに喋った。

 

「つまりシャルラ殿はあの服を着て社交に出る事が多くなるだろう。じゃあさ、周りの奥様方は、真銀の上衣なんて見せられてどう思うのかねぇ?」

 

「うーん?ああ。え、うっわ性格悪っ」

 

 つまりイグニスは予想したのだ。シャルラさんが社交界にデビューする事で真銀を使った服が流行すると。

 いや、希少性を考慮すれば本物を使う事は難しいだろう。だが、代用品でも銀糸を使った服を誂えさせるのではないか。そこで最初のドワーフが出てくるのだろう。

 

「正解。真銀の再現は人類が散々試した。中でも一番近いと言われるのがドワーフが考案した魔法銀と呼ばれる品なんだ」

 

 イグニスは机の上にドンと銀塊を置いた。いわゆるインゴット。全部で一キロらしい。これを魔法銀に加工させ、素材として服の仕立て屋に高値で売りつける狙いだそうだ。

 

 なるほどと思う。服屋は貴族に真銀に似た素材で服を作れと無茶を言われる。何か良い素材はと探している所にコレが欲しいのだろうと現品を持ち込めば、幾らでも足元を見れるだろう。なんて嫌な奴だ。

 

「へぇ魔法銀。本物とはどう違うの?」

 

「おっと~それを聞いてしまうかー。仕方ない説明しよう!」

 

(殴りたい笑顔じゃな)

 

 奇遇だねジグ、俺もそう思ったよ。

 これは少しばかり振っては行けない話題だったかと、反省しながら珈琲を口に含む。

 

「真銀というのは名前の通り真の銀と呼ばれる希少素材さ。銀は黒ずみ曇るが、真銀が輝きを失う事は無い。そして鋼よりも遥かに頑丈で軽量だ」

 

(うむ。儂の時代でも金の十倍以上の値段で取引されておったぞ)

 

「そんなもんを寝間着にすんな!」

 

(カカカ!儂はそれが許される程に偉かったのだ!) 

 

 聞けば聞くほどにミスリルという金属は凄いらしかった。だが元からドワーフしかその鉱脈の位置を知らず、今では滅多に市場に出回らない幻の金属なのだそうだ。

 

「そして魔法銀。これは言ってしまえば真銀の失敗作だね。光沢こそ負けないけど、強度は少し頑丈な銀の域を出ない。けれどドワーフが好んで銀細工に使うし、市場価格は今でも結構高いよ」

 

 俺は元の銀の性質をいまいち理解していないのでへぇとしか言えなかった。

 それを見透かされたのか話は金属のお勉強の流れに持ち込まれた。なんで分かったのかと聞くと、君は顔に出やすいのだと返ってくる。

 

「そもそも金や銀というのはとても柔らかいんだ。加工しやすいといえば聞こえは良いが、脆く傷つきやすいというのはあまりに欠点だ」

 

 だから金貨や銀貨も合金だよと聞いて、俺は思わず財布から金貨取り出し眺めた。

 小さいのに存在を主張する重さ。黄金色の艶やかな輝きは不純物の存在を感じさせない。

 

「ちっとも分からん」

 

 そりゃそうだと魔女はカラカラと笑い。そのままの顔でだからこそ、と凄む。

 貴族が真銀の糸を求めるのならば、その代用はただの銀色の糸では成りえない。ドワーフの加工した魔法銀くらいの箔を求めるだろうと言うのだ。

 

 話は分かった。イグニスなりに次の流行を予測し、先んじて現物を手に入れようという話。俺では考え付かない儲け方である。でも博打だ。いくら首尾よく魔法銀とやらを手に入れようと流行らないのではどうしようもないだろう。

 

「やりたい事は分かったけど、勝算はあるの?」

 

「父上から王妃が食いついていたと聞いたからそれなりに」

 

 ああ、やはりただの勘での行動では無かったのか。少ない情報を紡ぎあげ未来を読む魔女に実にらしさを覚えながら、そっと机にコップを置く。

 俺は分かりやすいと言われた顔で更に分かりやすい笑顔を浮かべ言った。

 

「で、じゃあそれいつから計画してたの?」

 

「ついさっき思いついた!」

 

「嘘つけー!銀塊まで用意しやがってー!」

 

 恐らく旅立つ前からイグニスはずっと金策を考えていたのだろう。財産を手放せど相変わらずに強かな少女に俺は思わず拍手をしたい心地だった。

 それはそれとして、旅立って一つ目の町でこれとは先の思いやられる話であった。

 

 

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