ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
イグニスの語った儲け話は一枚噛まないかで締め括られたのだが、俺はこれを断った。
美味しすぎるのだ。その計画に俺は必要無い。魔女が自分で考えて実行する所まで漕ぎつけているのだから、乗っかるだけというのには罪悪感があった。
(お前さんはなんというか、損な性格じゃな)
「え、何もしないしてないのにお金だけ貰うのって気持ち悪くない?」
(そういうところじゃが)
「そうかなー」
まぁジグルベインの言い分も理解は出来た。何せ今立っている場所が場所だ。
町の入り口のほど近くにある建造物。扉の上に鳥の紋章を掲げた店。そう冒険者ギルドである。儲け話を断っておいて何を血迷ったのかとそりゃ思うだろう。
「イグニスを見て思うところくらいはあるんだよ」
イグニスとは朝に宿で別れた。「ようし、次は風呂尽き宿に泊まってやる。フカフカベット待ってろよー」と意気揚々とドワーフに会いに行ったのだ。
まったく逞しい奴だと、魔女の背中に行ってらっしゃいと手を振った俺。でも、ポツンと部屋で一人になった時に思った。俺はこれでいいのかなと。
今は確かに貯金がそれなりにある。けれど収入が無いのは事実だし、それでなくとも生活水準が上がっているのを実感したばかりだ。旅を始めたばかりだと言うのに出ていくだけというのは心細い。
止めに、今頃はティグもルーランさんと一緒に仕事しているのかなと、お金の使い方も知らなかった友人が必死に働いている姿を想像してしまい、よっしゃ俺も働くかと労働を決意したのであった。
「ごめんくださーい」
俺は既に経験豊富な冒険者である。けして油断はせずに、まずは扉をそうっと開けた。
顔の幅程まで開くと頭上ではカロンと軽くベルが鳴る。来るか?ドアの隙間から身構えながらギルド内を見回した。
右を見て左を見て、人肉に群がるゾンビの様な筋肉男達が居ないかを確認する。
ほっ、良かった。人攫いは居なかった。この段階でもう胸はドキドキであった。
「いらっしゃいませー。お仕事のご依頼ですか?」
「あ、いえ。仕事を探しているんですけど」
以前笑顔は共通ですと言った受付嬢の言葉の通りに、ここのお姉さんも張り付けた様なニコニコスマイルだった。俺は自分も冒険者だと名乗り、鳥の紋章が入ったプレートを差し出す。
机に載せた首飾りはジャラリと音がした。思えば随分実績も溜まったものである。
ラルキルド領の金板。武術大会本戦出場の白板。獣人の村のお守りに、ウルガさんとキツネさんの家紋。どれも大切な俺の思い出だった。
若干にドヤりながらお姉さんに何か仕事ありますかと聞くと、「それはもう選り取り見取りですよ!」と笑顔で言われる。おおマジですかと食い気味に返すと、「はい。どちらに行かれます?」とスッと手で後ろを示した。
「冒険者……冒険者だ」
「活きが良い、若い男!」
「それも魔力使い!!」
なんて事だ。目を血走らせる筋肉質な男達が扉の前に立ち塞がっていた。さも無事にココから帰さないと言わんばかりである。罠だったんだ。逃げ道を失った。
俺は数秒額に手を当てなんでこうなったと自問したが、答えが出ないのでお姉さんに聞いてみる。
「あのう。実績って、増えると仕事の幅増えるんじゃないんですか?」
「増えてますよ? 武術大会に参加するくらいの魔力使いと聞いて皆さん大興奮です!」
俺は絶望した。確かにこの実績だと伝わるのは強い魔力使いという情報くらいだ。
あるいは護衛などならば個人で探せば見つかったのかも知れない。けれど、冒険者ギルドに来る求人はと言えば、読み書きすらも期待されていない肉体労働が大半なのではないか。
「そんな……馬鹿な……」
そこでお姉さんはフイと俺から視線を逸らした。ガシリと男達に両肩を捕まれたのと同時の事であった。しかし舐めるな大活性。魔力を使い机にしがみ付く俺は如何にマッチョであろうと一人二人では剥がせまい。何か他の仕事をと根気強く粘る態勢に入る。
「おお、細いくせにびくともしないぞ」
「ハハハ。こりゃすげえや。こいつが居れば十人力だぞ~」
「やめてー! あー、足を持ち上げないでー!!」
俺は群がる男達に神輿の様に担がれた。こうなっては力があろうと関係は無い。白昼堂々と行われる人攫いなのだが「ご利用ありがとうございましたー!」と場違いな明るい声が聞こえる。受付のお姉さんはまるで見慣れた光景であるように笑顔で手を振っていた。
◆
今日のお仕事は穴堀だった。いや、壁堀りになるのだろうか。スコップを片手に永延と土を掻き出させられた。
町が半円なことは知っていたが、裏では山を崩して土を掘り出している様だ。
なるほど山の断層は見事なマーブル模様。土が名物と言われても余りピンとは来なかったが、一か所で多くの種類が取れるのである。
これも採掘場になるのだろうか。山が人の手で削られていく経過は、ははぁよくやるものだと、ため息しか出てこない。
「ひぃー!! もう無理だよー!!」
魔力使い。それも大活性ともなれば出力は常人の非ではない。一振りでザンとスコップの剣先を粘土質の硬い地面に埋めて見せて、ソイヤと振るえばボコリと大塊が抉れるのである。
効率で言えば段違いだろう。だが、すげえすげえと持て囃されたが、掘れども掘れども壁が無くなる事は無く。
一方で疲労は同様にやってくる。
最初は調子良く腕を振るおうが、それがずっと続けば辛いのだ。すごく辛いのだ。魔力の出力で誤魔化すが腕は鉛の様に重く、脚も腰もがもう休めと訴えてくる。
(カカカ。楽して儲けておけばいいものを)
「ちょっと後悔してるよね!」
ジグに答えながら汗を拭う。上着は汚れるかもと思い小屋に置いてきたが正解だった。
土を掘っていれば一時間もしないうちに靴の中まで土塗れであった。しかもここの土、色が濃いので染みついてくる。そういえば顔料にもなるとイグニスが言っていたか。
「いやぁ坊主。冒険者にしちゃあ根性あるなぁ。どうだいもうここに住まねえか?」
「住む? 移住者って結構居るんですか?」
「おう。ここは人手が幾ら合っても足りねえからな」
少し休憩していると俺の掘った土を更に運ぶ髭面のオジサンが話しかけてきた。何を隠そう俺も元冒険者なのだと笑ってみせる。採掘場から町へとなる時に住民を募集していたようである。
俺はへぇと相槌を打った。
確かに人の需要は多そうだ。掘っていると土ばかりに目が行くが、当然その土を使い焼き物をする職人も居るだろうし、焼くという事は木を倒し薪を作る人だっているはずなのだった。
「ありがとうございます。でも俺、まだ旅の途中なんで」
「ふぅん。それだけの腕っぷしならさぞ強いだろうに謙虚なんだな」
「強ければ偉いってわけじゃないですからね」
「そりゃそうだ」
俺から見たらみんな凄い。栄えある仕事で無かろうと、毎日汗水ながして働く彼らを尊敬しよう。だってこのお仕事まじ大変。
「お、終わったー」
仕事が終わったのは夕暮れであった。
俺が掘りすぎて土の運搬が追い付かなくなったり、岩盤を掘り当ててそれを叩き割ったりと色々あったが何とか一日終了である。
過去一番辛い仕事だったかもしれないとボヤいたら、周りにはお前が張り切りすぎただけだとからかわれた。また明日も頼むねと多くの人に肩を叩かれたのだが、俺は快くハイと頷く事は出来なかった。弱い俺を許してほしい。
「よし。じゃあお前ら行くか」
「ふぇ!? どこに!?」
てっきりもう帰れるのだと思った矢先に親方が言った。
給料もまだなのにそりゃないよと抗議すると、親方は笑いながらその恰好で帰るのかと俺を指さす。
土が汗で溶けたのか泥だらけであった。顔や肌は元より、服も靴もだ。確かにこれは酷いなと改めて自分を見回した。
「だから風呂入って綺麗にしてけ。なに、金は取らん」
「親方ー!!」
なんて素晴らしいサービスだろう。宿にも風呂が無いだけにその提案に俺は感極まった。
◆
「あー生き返る」
(いや、死にそうじゃ。侍らせるなら美少年だけじゃろオヤジは死ね)
全身を綺麗に洗い、広い湯舟にカポーンと浸かっているとジグルベインがゲッソリとした声でそういう。男湯に入らせてごめんよ。これを避けてたのにね。
大衆浴場があるのは知っていたが来るのは初めてだった。正直あまり衛生的じゃないかなとか思っていたのだけれど、これはごめんなさいをしなければなるまい。
なんでも風呂はダングス教の管理らしかった。この世界の宗教ならばそりゃ安心である。
中でもダングスといえば、確か魔法売りだ。こんな山奥でも魔法で潤沢にお湯を使えるという訳だった。
「おう、お疲れさん。明日も来るのか?」
「あ、どーも。お疲れ様です」
隣に来たのは俺の後ろで土運びをしていた髭面のオジサンだった。「他に仕事が無ければ来ますよー」などと逃げ道を作りながら会話をしていると、俺はどうにも違和感を覚える。
仕事をしている時は足場に高低差があったので気付かなかったが、オジサンの頭の位置がやけに低いのだ。それこそ身長で言えば150にも満たないのではないか。
気付いた時、俺は湯舟からザパリと立ち上がっていた。
俺は髭面で背が引く、けれども逞しいという身体的特徴を持つ種族に心当たりがあるのだ。そう。今日イグニスが会いに行ったはずのドワーフさんである。
「おおう坊主。ご立派な物ぶら下げてんなぁ」
「見ないで!?」
イグニス、居たよドワーフ。