ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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172 しょんぼり

 

 

 ルコールの木の探索1日目は、結局山を往復しただけで終わってしまった。

 当然移動の最中にはそれとなく森の中を見回していたのだけど残念ながら発見は出来ていない。

 

 ただでさえ時間は少ないのに、貴重な時間を分けて貰いイグニスには申し訳ない事をしたと思う。でも。記憶せよと見せられた魔王の爪痕。その光景を、俺はちゃんと心に刻み込んだ。

 

 氷の世界から流れ込む冷風は、まるで開けっ放しの冷凍庫の前に立たされている気分にさせた。この山が冷える理由は分かっただろうとガクブル震えながらイグニスが言ったもので、俺は十二分に理解したよと、同じく震えながらに頭を縦に振る。

 

 では日が暮れる前に帰ろうかという言葉に異論は無く。今日は何を食べようかとなどと話しながら俺たちは拠点に引き返したのだが。

 

「なんじゃこりゃー!!」

 

 事件は起こった。

 昨日頑張って建てたテントが倒され踏み荒らされていたのだ。幸いと言えば荷物を置いて行かなかった事。失った物は無いしテントはまた建てればいいのだけど、それでもしょんぼりだよ。

 

(おおう。こりゃ酷いのう)

 

 感傷に浸っていても事態は変わらないので、一体何があったのだと現場を検分をする。

 風よけに張っていた防水布は地面に無残に横たわっている。泥を被り、所々が破れてしまっていた。布をペロリと捲れば、中の骨組みまでバキバキにへし折れていて、自然の転倒には思えない。

 

「どう見ても風じゃないよなぁ」

 

「うん。そのようだね」

 

 ごらんよと、魔女は座り込んで地面を擦った。落ち葉の下から出て来たのは足跡だ。

 恐らくは犯人のものなのだろう。俺はどれどれとイグニスの横で中腰になる。 

 

 うーん。これは一体なんの動物だろうか。一見は人間の足型の様にも見えて、すぐさまにいやいやと自分で否定をする。人ならば残るのは靴跡だろうし、やたらに大きいからだ。であれば結論は一つしかない。

 

「ちくしょう、雪男の仕業か!」

 

(うむ、違いない!)

 

「熊だよ」

 

 憤慨と共に浪漫を感じていた所だったので、俺とジグは歯を剥きだして熊だととオウム返しに魔女に問うた。

 

 イグニスはそうだと頷きながら、足跡の後ろ側の落ち葉も払う。なんて事だろうか。そこには如何にも獣を思わせる肉球の跡と、大きな爪の跡が残されていた。儚い夢であった。

 

「熊の足跡は前足と後ろ足の距離が近いんだ。ちなみに最初に見つけたのが後ろ足ね」

 

「ふ、ふーん。なるほど熊ね」

 

(分かってたわー。儂分かってた)

 

「なんでそんなに悲しそうな顔を?」

 

 テントが倒れて悲しいからさと言い訳をした。

 まあ人に荒らされたよりは獣に荒らされたと分かった方が気持ち的には楽で。

 じゃあもう一度建て直しますかと気合を入れた所、いやとイグニスが待ったを掛けてくる。

 

「念の為に場所を移そうか。狙われている様なら最悪戦う事も視野に入れないと」

 

 どうやら熊は意外と執念深いようで、発達した嗅覚で獲物をどこまでも追いかけてくるらしい。とりわけ人の味を覚えた熊は人を積極的に狙うようだ。まぁ魔獣なんて兎でも襲ってくるのだが。

 

 イグニスの話を聞き、湿原を抜けた直後にこの山から感じた視線を思い出す。もしかしたら俺達は最初から狙われていたのだろうか。

 

 俺は周囲を見渡しながら、魔女に分かったと返した。

 出会ってしまったならば仕留めなければならないのだろう。

 

 だって地面に押された足のスタンプは1メートル程もあるのである。全長ならば一体何メートルになる事やら。コイツが山を降りたらと考えるだけで、周囲の町の混乱は易く想像出来るのだった。

 

 

 さて、そんなこんなで二日目だ。

 ボコで30分ほど走った場所に新たに拠点を作り、昨日と同じく寒さに震えて眠った。そして朝には昨日と同じくケダモノと(なじ)られた。つまりあれから問題は無いという事だ。

 

「今日はどうしよう。上から探して見る?」

 

「それがいいかな。ルコール自体は割と特徴のある木だしね」

 

 イグニスは特徴あると言うが、俺から見ればあれは普通の樹木である。

 木を隠すならば森の中なんて言葉があるけれど、山の中で有るか無いか分からない木を探すのはかなりの労力と運を要する様に思えた。

 

 とはいえど、探さなければ見つからないのも事実。

 昨日は山の反対側に行く都合上ひたすらに真っすぐに進んだので、今日は新拠点から上の方を重点的に捜索をする事になった。

 

 上に向かい感じたのは意外に暖かい事。

 このヘグル山は裏に氷塊があるので冷気が流れ込んでくる。その冷気は風に乗り山を越えて降りてくるので、てっきり頂上に向かう程に気温は下がるのだと思っていた。

 

 だが方角の関係か表側は日中に日が当たるのだ。なので上に向かった所で今はそれほど寒くは無かった。夜になれば別なんだろうけどね。

 

 ボコで走るも、なんだか拍子抜けする程に普通な山で、俺は魔獣に警戒をしながらも視線は斜め上の木の枝に向けていた。そこで唐突に後ろに座るイグニスが肩をバンバンと叩きながら森の中を指した。

 

「あ、おいツカサ。ちょっとアレを見てくれ!」

 

「んーどれ?」

 

 何やらはしゃいでいるので、もしや見つけたのかと思ったが、そこに居たのは一匹の魔獣だった。ルコールじゃないのかと落胆は隠せない。

 

「あれは……」

 

 熊ではなく狐の様だった。全長2メートル程度で魔獣としては一般的なサイズか。

 とてとてと獣道を歩いている姿で、それがどうしたのかと首を捻る。

 

 だが次の瞬間、狐はコケた。ぐっぐと起き上がろうとして、また転倒。

 怪我でもしているのだろうか。いや違う。歩き姿はよっとっとと千鳥足。足元がどうにも覚束ない様で。これはあれだ。

 

「酔っ払いだ!」

 

 見ていて微笑ましい光景なのだが、魔女の言いたい事はそうでは無いのだろう。

 俺たちの探しているルコールの木に生る果実はアルコールを生成するのだ。こんな山の中で動物が泥酔しているとなれば、理由は知れた事。

 

「あるぞ。ルコール!」

 

(おおおー!!)

 

 

 いやっほうと魔女と魔王がはしゃいだのは1時間くらい前の事だ。

 あの狐の様子からそんなに遠くに移動していないだろうと読んで周辺を探索した。

 すると近くに渓流を発見する。ビンゴだ。岩場にルコールの実が流れ着いているのを見付けた。

 

 恐らく近くに木があり、落ちた果実は流されて辿り着いたのだと思う。ならば上流だなと、俺たちはルコールを見落とさない様に川沿いを登って行って。

 

「……あったね、ルコールの木」

 

「そだね。あったね」

 

 イグニスは頬を膨らませて言った。

 いや、ルコールの木自体は発見する事が出来たのだ。渓流を登っていくと、5メートル程の小さな滝がある場所に出た。そこの崖上には、ハインセの町で見せて貰ったキノコの様に傘開く植物が確かに生えてはいた。

 

(肝心の実が無いでは話にならぬわ)

 

「それは俺に言われてもねー」

 

 そう。木にはもう果実が実っていないのである。

 ルコールの栽培が成功した事で、人間は確かに自然のルコールを狙う事は少なくなったのだろう。

 

 でもそんな事は山の動物には関係の無い話だ。

 ルコールも立派に山のもたらす恵の一つ。先ほどの狐然り、動物が食べないとは限らないではないか。

 

「ふふふ。でも生えている事は分かった。何も一つじゃあるまいし、ならば他の木を探すまでさ」

 

「うわー前向き。でも動物も食べるなら長期熟成物なんてあるのかな」

 

(きっとある! というか、昔はあったんじゃ)

 

「あーそうか。ジグは十年物食べてるんだっけか」

 

 俺はその話を聞いて改めてルコールの木を見た。木は水の飛沫が掛かるのか、水に向く半分が凍っている。周囲も氷柱が出来たり、薄く氷が張ったりと、この場所だけ早くも冬が到来したかの如くだ。

 

 日が当たらないから溶けないのだろうなと思うと同時、頭の片隅で無いやらピコーンと閃く。

 

「あ、分かったかも」

 

 

 

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