ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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178 レクシー嬢の頼み

 

 

「うわー本当に近いんだね」

 

「だろう。というか、こっちが最初に在ってリーリャが派生したんだけどさ」

 

 はい。という訳でやって来ましたセトの町。移動を始めたら街道を沿ってたった30分くらいで着いちゃった。

 

 この距離ならばいっそ一つの町にしてしまえと思うのだけど、魔獣対策に町を壁で囲う都合上、どうにも拡張するよりも新しく建てた方が早いらしい。

 

 俺はそんなイグニスの説明をふーんと聞きながら、セトという町に目を向けた。

 今は半分役目を譲った様だが、やはりここも焼き物で発展したのだろう。町壁や家はその名残なのか、ここも煉瓦の造りが多いようだ。

 

 一目で分かる違いと言えば、それは物流か。

 町の外には影市場が出来るほどに商人の姿が多い。目抜き通りを歩いていても、皿や壺などの焼き物の店が目立つ様に思える。

 

「そういえばリーリャだと陶芸品を売っているお店ってあまり見なかったよね」

 

「良い所に気が付いたじゃないか。そう、リーリャで作り、ここで売っていると考えていいよ」

 

「へぇ。なんか作った場所で売った方が無駄が無い気がするけど」

 

「ははは。それはまた商人殺しな言い分だね」

 

 ピンと人差し指を立てる赤髪の少女は、作っても売れなければ意味が無いだろうと言う。

 考えてみなさいと。周りが職人だらけの町で一体誰が商品を買うのだと。言われれば確かにそうだ。観光客が居るわけでもあるまいし、そんな環境ならば売るのは商人に任せた方が確実なのだろう。

 

 そういえばリーゼント商人も、生産者の為に自分は売る義務があるのだと語っていたか。

 俺がふむふむと頷く。商売というのは俺が理解するには難しいという事が分かった。

 

「まあそんな事はどうでもいいね。市場に行く前にまずは荷物を預けてしまおうよ」

 

「はーい」

 

 この町には買い出しとルコールの配送を目的にやってきた。

 配達を頼む先はイグニスに当てがあるようだ。この領はまだイグニスの実家であるエルツィオーネ領の隣なので顔も効くのではないか。

 

「でも、貴族の所に行くんだよね。こんな格好でいきなり訪ねて大丈夫なの?」

 

「そりゃ正式な訪問なら不作法だ。けれど使用人で済む話だから問題はないさ」

 

 ははあ。このお嬢様はこれ運べやと荷物をぶん投げて来る気なのだ。

 どうやらルギニア経由で王都の別邸まで届けて貰い、そこから自分の家の使用人に運ばせるらしい。確かに貴族ならば王都へ足を運ぶ機会は多いのだろう。

 

「おっと。そこの屋敷だよ」

 

 俺ははいはいと言われるままにボコを止めた。

 そこは庶民の家よりは一回りくらい大きなお屋敷だった。見張りまでは付いていないけれど、門を構えた立派な建物で、門に立てられた旗には壺らしき紋章が描かれている。

 

「ええとポッター男爵だっけ?」

 

「おや、君が一回で覚えるとは珍しい」

 

(カカカ。そりゃ儂ですら忘れんわ、ポッター)

 

 うん。なんか額に傷がありそうな名前だよね。

 そんな事を考えている間にもイグニスはずかずかと敷地に侵入し、コンコンとノッカーと叩いた。

 

 間もなく、使用人の方がどちら様ですかと現れる。魔女は帽子を取りながらに一礼をして見せた。最近酔い倒れた姿しか見ていなかったので、心中この詐欺野郎がと罵倒した。

 

「これはイグニス様ではありませんか。遠い所を良くお越し下さいました。ただいま家主を呼びますので、どうぞお上がりお待ちください」

 

 まだ若い執事さんなのだけど、物腰柔らかく屋敷に招き入れてくれようとする。

 そんな執事にイグニスはいやいやと手を振って、ずずいと箱と手紙を押し付けた。

 

「急な訪問で申し訳ない。こちらをレクシー嬢に渡して頂きたいだけなのです」

 

「ああ、そういう事ですか。確かにお預かり致しました」

 

 これが出来る男という奴なのか、執事はエルツィオーネ家の封印が入った箱を見て用事を察したらしい。というか、実は結構な頻度で使い走りにされているのではないか。

 勿論礼金は包むのだけど、なんか申し訳ないな。

 

「であれば、お嬢様をお呼びなさいますか?」

 

「いや。すまないが急ぐんだ。男爵とレクシーに宜しくと伝えておいて欲しい」

 

「かしこまりました」

 

 その会話を耳に挟みつつ、当てという意味を理解する。察するにここのご令嬢、イグニス派なのではないだろうか。であれば配達くらいのお願いは余裕で聞いてもらえるだろうなと思いつつ、隣領にまで手下を作っている魔女にドン引いた。

 

「言っておくけど普通に交友があるだけだぞ」

 

「ふうん。そう」

 

「ちっとも信じている顔じゃないな」

 

 

 さて、レクシー・ポッター嬢とやらに届け物を任せ、俺とイグニスは市場を彷徨っていた。水は魔道具で出せるので、必要なのは主に食料の買い込みだ。

 

「うーん。ナンデヤ産の肉を見るとつい欲しくなっちゃうな」

 

「買ってもいいけど日持ちする奴をだよ」

 

「ならやっぱり腸詰かな。おばちゃーん、これくーださい」

 

 そういえばと、地球にも腸詰があるんだと話をした。俺的には面白い偶然だと思ったのだけど、イグニスは興味深そうに瞳を輝かせ、それは偶然ではないと断言をする。

 

「保存食というのは人類の発展には欠かせないだろ。どれだけ持つかで、どれだけ遠くへ行けるかが決まるじゃないか」

 

 世界が違くても人は同じ様に考え、外へ外へと冒険をした。面白いねと語る魔女に、俺はそうだねと頷く。ただの偶然で片づけるよりも、同じ工程を辿ったと考えるのは、とてもロマンのある考えだった。

 

 その後も買い物を続け、肉に野菜に調味料にと買い込んで、ああお茶もそろそろ補充をしようと市場を見渡す。

 

「居た! イグニス様ー!」

 

「お、おおう?」

 

 市場の人混みを掻き分けて一人の女性が駆けてきた。どれだけの距離を走ってきたのか、ぜいはあと肩で息をしながら、イグニスに抱き着いたのだ。

 

「レクシーじゃないか。まさか自宅から走って来たのかい?」

 

「いえ……はあ、門から……ふう」

 

 まずは落ち着きなさいとイグニスが声を掛ける。同意だ。

 するとレクシー嬢はスーハーと暫く深呼吸をして、呼吸を整えてから改めて魔女に向き直った。

 

 どうやら包みを預かり来訪を知ったようだ。そして町門で俺たちがまだ滞在していると確認し、街中を探し回っていたらしい。

 

「お手紙にフラウワに向かうと書かれてましたね。そこで不躾なのですが、私めのお願いを聞いて貰いたくて……」

 

「うん。言って御覧なさい」

 

 けれどもまずは場所を移そうと、イグニスがチロリと周囲を見る。

 俺を含め、多くの人の視線がレクシー嬢に集まり、お嬢様は顔を真っ赤にして頷いた。

 

「紹介しますイグニス様。この子はエーニイと言います。私の友達ですの」

 

「どうも初めまして。イグニス様」

 

 なんか俺が存在しない様に扱われているが、まあいいか。

 レクシー嬢に案内され大通りまで出ると、馬車からそのエーニイという子は出てきた。

 小柄で顔立ちは可愛いのだけれど、表情はブスリと愛想が無く、緊張しているのかややレクシー嬢の陰に隠れている。

 

「うん。初めましてエーニイ。それでレクシー。君の頼み事は、この子と関係しているのかな?」

 

「はい。イグニス様ならハトヴァリエという名前をご存じでは?」

 

 イグニスは珍しく意表を突かれた様で、ほうと唸る。

 俺にはちっともご存じでないので、魔女の背中をちょんちょんと突いた。

 

「詩人だよ。王都で詩集が大人気だ。かく言う私も愛読している」

 

「へぇ」

 

 レクシー嬢の頼みというのは、この子を星見の丘という場所まで連れて行って欲しいというものだった。方向的には俺たちが向かうフラウアと同じのようで、旅に支障は出さないと言う。

 

「どうか検討して戴けませんか」

 

「ふーん。星見の丘ね。吟遊詩人の最初の冒険と言われている所だ。なんでも、星を眺め、それを詩にするという習わしがあるのだとか」

 

 説明的な口調だが、俺にではなくエーニイちゃんに確認の意味で言ったらしい。

 エーニイちゃんはレクシー嬢の後ろでコクコクと首を縦に振っていた。

 

「ならだめだ。その風習はね、度胸試しだよ。人に頼るものではない」

 

「い、一度だけでいいのです。私を冒険へ、連れて行ってはくれませんか!?」

 

 内気な子がイグニスに怯まずに声を張り上げた。

 その様子を見て、俺は思わず任せろと口を挟んでいた。

 

「いいよ。行こう、冒険に」

 

 

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