ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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179 エーニイちゃんの大冒険

 

 

「いいよ。行こう、冒険に」

 

 向かう先が一緒ならば構わないではないか。俺はイグニスにそう進言をした。

 魔女はやや不服そうに赤い瞳をギロリと持ち上げて、けれども俺を見ながらフームと顎を擦る。

 

「エーニイ。こういうのはどうだろう。彼を護衛として雇うんだ。腕は私が保証しよう」

 

「え、お金取るの? 別にいいのに」 

 

 ドスリと鳩尾に肘が刺さった。痛い。

 いいかいエーニイと、イグニスは諭す様に、詩人と目を合わせながらに言う。

 

 吟遊詩人は身一つ楽器一つで旅をする。相乗り馬車で、時には自分で護衛を雇い、町から町へと移動するのだと。星見の丘というのはその予行練習の場らしく。地名ではなく、近くの小高い丘へと冒険をして星の詩を読む風習の事なのだとか。

 

「まあ正確には星見の丘という場所はある。けれど、大事なのは場所ではないんだよ。分かるね」

 

「……はい」

 

 なるほど。それは確かに大事なのは場所ではないのだろう。

 町の外へと出ようという気概。冒険に行くのだという心構えが試されているのだ。だからイグニスは詩人の同行を一度は拒否したのである。

 

 だが、そう。護衛を雇うならばどうだ。普通だ。商人も、他の吟遊詩人だってそうしているではないか。自身の安全をお金で買うのだ。キチンと対価を差し出すならば、彼女は胸を張り冒険をしたと言えるだろう。

 

 勿論そこには信頼関係が必要だ。俺は護衛が商人を裏切った例を知っていて。はてどうしたら信用して貰えるかと考えた時、自然と笑みが零れた。

 

 かの虎の獣人はちょび髭の商人に向かい、守り通すから信じてくれと正面から言った。相手と真摯に向かい合う。信用の第一歩はそこからではないか。

 

「俺を護衛に雇いませんか。この身を投げ出し貴女を守ります。どうか信じて下さい」

 

 冒険がしたいと言うエーニイちゃんに俺はそう声を掛けた。 

 少女の返答は無言。けれどコクリコクリと力強く首を縦に振る。

 良かった。そう思うと同時、ガンと脛に衝撃が走った。痛いと声を上げる。犯人はもちろん赤髪の女だ。

 

「やりすぎ」

 

「そんなー」 

 

 まあ、そんなやり取りがあり、エーニイちゃんの初冒険は決まる。

 その後は契約の内容を煮詰めようとポッター男爵の家まで引き返した。流石に準備というものがあるので、護衛に付きます、さあ行こうとはならないのだ。

 

 イグニスに言われ決めたのは目的地と費用の概算だった。まず目的地は星見の丘では無くフラウアである。それはそうだ。町でない場所に置き去りにする訳にはいくまい。

 

 日数は10日と見積もって。その間の食糧などはどちらが負担するのかも決める。

 護衛の費用は1日銀貨1枚と仮定しても、10日分ならば費用は金貨1枚まで膨れるのだった。

 

 幸いにエーニイちゃんはそれなりの貯金があるらしく、お金はあるから大丈夫ですと気前よく前金で小金貨2枚を預かった。

 

 そして最後は帰り道の事だ。

 俺は言わば片道切符。このままでは詩人はフラウアの町で一人置き去りだ。その話を聞いて、ガビーンと顔を青く染めるエーニイちゃん。

 

 でもイグニスが帰りは知り合いの貴族に頼んでみようと言ってくれる。

 人見知りな詩人はそれでも頬を引き攣らせるが、最後はお願いしますと、俺たちに頭を下げた。

 

 

「よし。じゃあ出発だ。エーニイ、先に行くといい」

 

「は、はい。では、行きます!」

 

 そう言い一匹のシュトラオスが町から街道へと駆け出していく。俺たちはその様子を眺めた後、逸れないように後を追う。後ろではレクシー嬢が行ってらっしゃいと手を振っていて、詩人はそれに答えブンブンと手を振り回していた。

 

(人間にはこれが冒険になってしまうのだのう)

 

「いいじゃん。初めての事は全部冒険なんじゃないかな」

 

(カカカ。そういうものか)

 

 結局昨日はポッター男爵の屋敷に泊まらせて貰った。

 そこでレクシー嬢からエーニイちゃんの事を聞かされたのだ。

 

 レクシー嬢の幼馴染エーニイ。彼女は貴族では無く、男爵家に出入りする商人の娘だった。まあこの識字率の低い世界で詩人なんて出来るのだから、ちゃんと教育を施された良家の生まれではあるのだろう。

 

 似ているが吟遊詩人と詩人は別もので、楽器片手に声を張り上げ歌うのが吟遊詩人であり、詩を文字とし書き記すのが詩人だ。

 

 エーニイの才能を見つけだしたのはレクシー嬢だった。

 人見知りで内向的な少女が書き出した物語を彼女は見つけたのだ。これは素晴らしい、本にするべきだとエーニイを説得し、王都でも大人気の謎の詩人ハトヴァリエが誕生したのだと言う。

 

「ちなみにフィーネも愛読者だよ」

 

「へぇ。ならサイン貰っておかないと」

 

 ちなみに彼女の代表作は、貴族とメイドの身分違いの恋を描いた物らしい。

 どの時代でも。いや、どの世界でも女性はそういうのが好きなのだなと、作品の話で盛り上がるイグニスとレクシー嬢を眺めて思ったものだ。

 

「イグニスはやっぱり乗り気じゃなかった?」

 

「そんな事は無いさ。彼女とは話しをしてみたいと思うしね」

 

「なら良かった」

 

 さて、そんな内気なエーニイちゃんが冒険なんて行為に踏み出す経緯だが、原因はイグニスにあった。

 

 やはりというか大分イグニス大好き少女だったレクシー嬢は、エーニイちゃんに魔女の自慢をしまくっていたのだ。

 

 曰く賢明で美しく気高くもお優しいイグニス様。笑ってしまう話だ。もはや誰それだが、最近そこに一つの肩書が加わる。勇者一行の魔法使いという肩書が。

 

 伝説ではなく今刻まれる歴史の1ページ。ラウトゥーラの森の冒険譚は、酷く詩人を魅了したらしい。そこで吟遊詩人には星を詩にする風習を思い出し、自分も冒険に行ってみようと計画はするが、実行する勇気までは出なかったようだ。

 

 正直俺は仕方がないと思う。

 魔獣は魔力使いだろうと油断すればあっさり食い殺してしまう生物だ。そんな奴らが生息する世界で、魔獣だけでなく人間にも注意を払い旅をする。それはやはり危険な事なのである。でなければ、日銭を稼ぎ暮らす住所不定の無職が冒険者などとは呼ばれないのではないか。

 

「セトに寄ったのはルコールを届けて貰うだけのつもりだったのにね。まったく間が良かったのか悪かったのか」

 

 後ろで肩を竦めるイグニスに俺はそんなものだよと返した。

 出会いなんていうのは、いつだって偶然だ。俺だってこの魔女と旅をする仲になるなんて最初は考えもしなかったものだ。

 

 そしてエーニイちゃんはイグニスと出会い、勇気を出して冒険へと踏み出した。

 目指すのは星見の丘。街道沿いにあるという何の変哲もない普通の丘で。けれでも非力な少女からすれば、果て無く遠い大冒険に違いない。

 

 今回の俺の役目は、そんな冒険を見守る事だ。

 そりゃお金を貰わなくても守るのだけど、違うんだ。お金を貰ったからには契約なのだ。

 俺はフラウアまで、宣言通り身を投げ出してでも彼女に傷をつけさせまい。

 

「エーニイちゃん。どうかな、外を走った気分は?」

 

「はい。正直、怖いです。不安です。でも、とても楽しいです!」

 

 茶髪のショートカットの女の子は、駝鳥の手綱を握りながら正面を睨んで言う。

 その横顔は本当に楽しんでいるのかと不安になるけれど、今はそれだけ気を張っているという事なのだろう。

 

「エーニイ、疲れたら気軽に言うんだぞ。先は長いのだから、ちゃんと休憩を取るんだ」

 

「は、はい。イグニス様」

 

 短い間だが、こうして旅に仲間が1人加わった。

 

 

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