ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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作者からのお願い。
185話は背景色が黒を前提として書いています。お手数ですが、お読みになる時はナイトモードでお読みください。

面倒をお掛けして誠に申し訳ございません。なろうだと作者側で設定出来たのです……。


185 星を見に行こう

 

 

 

「大丈夫? 怖かったら言ってね」

 

「う、うん。もう少し、ゆっくりでお願い」

 

 エーニイちゃんの強張った声を聞き、俺は分かったと歩くペースを落とした。

 俺が一歩進むと、後ろでもガサリと足音が響く。詩人は今、俺の腰に手を当てて地面だけを見ながら歩いていた。まるで子供の電車ごっこの様でどこか面白い。

 

「なあツカサ。私は君にそんなに優しくされた記憶が無いんだが」

 

「ええ? 俺はいつだって紳士じゃないか」

 

「何言ってるんだか。まぁ、今日は構わないけどさ」

 

 2羽の駝鳥を引かされる魔女が言った。耳触りの言いハスキーボイスが闇に溶けていく。

 そうだろう。例えば今日がイグニスの特別な日ならば、望むなら俺はお姫様の様に扱おう。

 

 けれども今日は、エーニイちゃんの日だ。

 

「もう少しで頂上だからね」

 

「……うん!」

 

 セトの町を旅立ち今日で8日。詩人はとうとう目的地である星見の丘に到達をした。

 イグニスがあの場所がそうだよと指差したときのエーニイちゃんの表情はそれはもう愉快だった。

 

 真顔のままに首を傾けたんだ。何言ってるんだコイツと、脳が本気で理解を拒否している様だった。

 

 なにせ星見の丘は街道を走りながら普通に見えてしまったのだ。

 こう、草原の真ん中にぽっこりと盛り上がった場所があり、高さはだいたい15メートルくらい。山と呼ぶには余りに小さくこじんまりとした隆起。俺はなるほど丘だと強く納得をした。

 

「まあ肝心なのは景色じゃないか」

 

「そうですけどー」

 

 エーニイちゃんの心境を例えるならば観光名所の滝だと聞いて壮大に水が流れる景色を想像していたら、実物は水がチョロチョロと流れるだけだったくらいの肩透かし感か。ジグルベインなんか余りのしょぼさに久しぶりにカカカのカが出た。

 

 けれどもイグニスは最初に言っていた。

 場所では無いのだよと。これは吟遊詩人が旅に出る為の儀式なのだ。

 自分で目的地を定め、自分の足で辿り着き、詩を読み完遂する。彼女の一番最初の冒険譚。

 

「さあ着いたよ。もうちょっと待ってね」

 

 先に夜空を見上げていたイグニスがコクリと頷く。

 それを合図に、俺はランタンの明かりをフウと吹き消した。

 

 唯一の明かりを失い周囲は黒の一色に染め上げられて。失った視力の代わりに、澄まされた耳が葉の擦れる音や虫の鳴き声。そして少女二人の息遣いまでを拾った。

 

 雲も風も無い良い夜だった。

 目が闇に慣れれば、少し欠けた月が眩しい程に輝いていて。

 

 少女の手を腰から放し、握ったままにそっと声を掛ける。

 

「いいよ」

 

 茶髪の少女はハイと返事をすると、ゆっくりと、ゆっくりと顔を空へと向けていく。

 琥珀色の瞳が天を仰ぎ、小さな口は大きく開かれて。第一声は声にも成らない息が漏れた。

 

「…………わぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……君も見上げてほしい夜空の星を。どれだけ離れても、私は同じ空の下で、変わらず貴方を想うのです。たとえ手も声も届かなくても、今同じ星を眺めていると感じるだけで、心はこうも満たされる」

 

 詩人は星をそう読んだ。

 町を出てから、今日この瞬間まで夜空は見ないのだと俯いていた少女は、満天の星に親友を見たのであった。

 

「おめでとうエーニイ。良い詩だったよ」

 

 イグニスが詩人に祝福の言葉を伝える。

 

 8日の旅だった。

 進むペースはゆっくりだったので、実際は王都からラルキルド領くらいまでの移動距離ではないか。

 

 街道を進むだけだった。

 商人などが日常に繰り返す行為。険しい山や深い森などを通ったわけでもない。

 

 それでも「おめでとう」やはりこの言葉しか出て来ない。

 

「あり、ありがとう、ございます!」

 

 エーニイは顔をくしゃくしゃにし、ボロボロと大粒の涙を零した。

 見かねたイグニスがハンカチで滴る雫を拭うのだけど、拭けど拭けど涙は尽きる事が無い。

 

 内気で人見知りな少女が見知らぬ男を護衛に雇って町を出た。

 初めて通る道、見知らぬ風景。故郷から離れる度に、心には不安が押し寄せただろう。

 

 股擦れと筋肉痛に耐え、悪心に苛まれようと前へ進んだ。

 時には魔獣に遭遇し、時には味気無い保存食で腹を満たし、けして快適とは言えない生活を送りながらも、帰りたいとは一言も漏らす事は無くて。

 

 だから、冒険を達成した今、貯め込んでいた弱気が堰を切るのも無理は無い。

 

「うわーん。レクシーに会いたいよーー!!」

 

 

 三人で草原に寝転がり空を見上げていた。

 今更だが、輝く星々の中に俺の知る星座は存在しない。何処へ行った、デネブ、アルタイル、ベガ。

 

「へえ。ツカサくんの故郷には星事に名前やお話があるんだ」

 

「うん。有名なのしか知らないんだけどね。北斗七星とか南十字星とか」

 

(カカカ。北斗七星の脇に輝く星は見えるか?)

 

「星座ならばこちらにもあるよ。有名なのだとあれがサラマンダー、夏に見られる星座だ」

 

 エーニイちゃんと二人でへえとイグニスの指先を追った。

 一体どう見たら火竜に見えるのか分からないが、人は星という余りに遠い存在に浪漫を感じるのは同じらしい。

 

「お二人には、一体なんて感謝をしたらいいのか……」

 

「必要無いさ。これはエーニイ、君の冒険だった。なあツカサ?」

 

「そうだよ。俺なんて金額分だけ働いたに過ぎないから」

 

 エーニイちゃんの頭がある方から、ズズと鼻を啜る音が響いた。どうにも今日は涙腺が緩んでいるのだろう。

 

 魔女がコツンと脛を蹴ってくるけれど、心配しなくても乙女の泣き顔を盗み見る様な無粋はしない。折角闇に覆われているのだから、誰も見ていない今くらい好きに泣けばいいではないか。

 

「私、最初にお話した様に、経験が欲しかったのです」

 

 空を見上げてたままに、詩人はポツリポツリと冒険に旅立つ経緯を語り始めた。

 今のエーニイちゃんの年齢は14歳。来年には成人をし、職に就かなけばならない様である。うん?と疑問に思う。この少女は王都でも大人気な詩人だと聞いていたからだ。

 

「あ、それはね。レクシーと共同名義なの。今実際に詩人ギルドに登録してるのはレクシーなんだ」

 

「ああ。それでハトヴァリエという偽名を使っている訳だね」

 

 何かに納得した様なイグニス。

 俺としては作家がペンネームを使う事は珍しく無いと思っていたのだが、名前を売るのには隠す必要はないだろと言われる。そういうものか。

 

「こんな言い方傲慢かもですが、予想外に人気が出てしまったのですよね」

 

 エーニイちゃんの進路は、予定の通りに進めばポッター男爵家の女中が内定していた。

 この年齢で庶民ながらに文字も扱えしっかりした子だと思っていたが、貴族の館でも務められる様に教育を受けて来たのならば納得だ。

 

 けれども最近になり、詩人という第二の選択肢が出来てしまう。

 

 両親は安定しない職業より貴族の下で働く事を強く薦める。

 親友のレクシーは、これからも貴女の物語が読みたいと言ってくれる。

 

「とても、悩みました」

 

 館で働くならば、親友とずっと一緒に過ごす事が出来た。

 ならば詩人はどうか。売れているとはいえ、これからはレクシー嬢の手も借りず、一人でやって行かなければならない。

 

 そう聞くと、なんだかメイドさんとして働いた方が無難な生き方な気はする。

 だが、エーニイちゃんが詩人になる事に唯一メリットがあるとすれば、レクシー嬢と主従では無く、対等の付き合いが出来る事だと言う。

 

「ああ」

 

 どうして彼女が、吟遊詩人の旅立ちの儀に挑んだのかをようやく理解した。

 巣立つ為だ。親元を離れる覚悟。親友と向かい合う覚悟。

 エーニイちゃんはこの冒険を成し遂げる事により、1人でもやっていけるという勇気と実績を欲したのではないか。

 

(んお。流れ星じゃ)

 

 まるで夜空が少女の旅立ちを祝う様に、チカリと星が煌めいた。

 

 

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