ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「「おー!!」」
図らずエーニイちゃんと声が被ってしまった。
見えて来たのだ。今回の旅の終着点であるランデレシア王国最東の町が。
遠目からでも、いや遠目だからこそ分かる巨大な街だった。どうやら小高い丘に陣取っている様で、景観は圧巻の一言である。
丘を取り囲う様に広がる高い町壁は、珍しく円形ではなく、なんか尖った歪な形だ。
そして町の中心付近にはもう一つ壁があるようで。多分、中には貴族街の様なものでもあるのだろう。丘の上に見える壁からは白い塔な様な物も見えていた。
「あれがフラウアだよね。なんか変な形の町」
「ああ、あれはね」
(獣ではなく、人の軍に備えた昔ながらの佇まいじゃな)
イグニスがピンと指を立てながら俺の肩に顎を置いたところで、先にジグルベインが教えてくれた。拍子遅れて魔女が昔の名残だよと言うので正解なのだろう。
なるほど国境近くというだけの事はあり過去には砦の役目も果たしたのだと思う。
そしてそれが残る程に歴史のある古い町という事か。
「よーし、エーニイちゃん、門まで競争だ!」
「あ、ズルい。負っけないぞー!」
「もう。子供だなぁ君達は」
(カカカ。よし、市場を目指せい!)
◆
「やったー勝ったー」
「バカな、負けただと。イグニスが重」
「おいツカサ。言葉は慎重に選べよ。燃やされたくなければな!」
はい。という訳でやって来ましたフラウアの町!
入門料は5日で小銀貨3枚だった。この値段は王都よりは安いけれど、一般の町と比べると大分お高い。やはり国境近くだと人が集まるので敷居を上げているのだろう。
「うわぁ、大きい町ー!」
一足早くに門を潜った詩人はキョロキョロと周囲を見渡していた。それに倣い、俺も視線を町並みへと移す。
大通りは馬車が何台も通れる程に広く、地面は煉瓦で舗装をされていた。
建物も煉瓦が多いか。壁は白く塗り潰されていて、屋根に赤煉瓦を使っているせいか見た目はとてもお洒落で小綺麗だ。
丘を巻くように町が出来ているので建物に高低差があるのだろう。そのせいで、町自体にとても立体感が出来ている。坂道や階段などの小道も多く、裏道に入ったら迷ってしまいそうだと思う反面、何処に繋がるのかと考えると好奇心を刺激して。
なによりも活気があった。
門を潜りすぐに始まる目抜き通りは様々な品が集まっていて、行き交う人達がワイワイと楽し気に買い出しをする姿が目撃出来る。
「いいね」
思わず口からそんな言葉が飛び出した。瞬間ガシリと手首が掴まれる。
振り向けば、赤髪の少女が幼稚園児の引率をする先生の様な、使命感を帯びた目をしていた。
「この町ははぐれたら探すの大変なんだ。分かるね」
「はい」
でも魔王が市場に飛び出せと囁いてくるんだよ。
しょんぼりしているとイグニスは「エーニイ君もだ」とフラフラしていた詩人にも遠くへ行かない様にと注意を飛ばした。
まあやっぱり最初に向かった先は宿である。
宿ではあるのだけど、安宿だと思っていたら貴族の使うお高い宿だった。
エーニイちゃんは入る段階で薄っすら察した様で、不安げに後を付いて来たが、従業員にお帰りなさいませと出迎えられて完全に固まった。
「イ、イグニス様。私こんな高級な宿に泊まるお金は無いのですががが」
「ああ大丈夫。こちらの都合だから私が持つよ」
「というかイグニスもお金無かったのでは?」
「使い時を弁えているだけさ。今は惜しむ時じゃないからね」
ふふんと微笑を浮かべた魔女は、エーニイちゃんの背を押しながら風呂に入ってくると消えてしまった。俺も身綺麗にしとけと言われたので、10日ぶりにゆっくりと湯舟を頂く事にした。
「ああ、イグニス様のお肌はとても白く滑らかで、舐めたいと言っていたレクシーの気持ちが良く分かりました」
「……彼女との付き合い方を少し考えなければな」
そして風呂上り。顔を真っ赤にモジモジしている詩人は置いておいて、魔女はなんというか戦闘モードだった。
正装まではしてないものの、上品な黒いワンピースに身を包んでいる。
顔は化粧を施し普段よりも2割増しの美貌。さりげなく身に着けられた貴金属の輝きと、ほんのり漂う香水の香り。お美しい。
「綺麗だよイグニス。まるで貴族のご令嬢みたいだ」
「だろう。君にはエルツィオーネじゃ格不足かも知れないがな」
「おっと、その話は止めようか。古い話だ」
「つ、ツカサくんも恰好良いよ!」
「そう? ありがとう」
俺も正装まではしていないけれど街着に着替えて上着くらいは羽織った。
それで何処に行くのかとイグニスに聞けば、この町でやる事はなんだいと、逆に質問が返ってくる。
「魔法銀の換金と、エーニイちゃんの護衛探しと、観光!!」
(大事じゃな、観光!)
「最後がやたら協調されてたのが気になるけど、まあ宜しい。その観光を楽しむ為にも、前2つはさっさと済ませてしまおうじゃないか」
「はーい」
移動には馬車を使うようだった。まあワンピースで騎乗は出来ないか。
宿に頼み馬車と御者を用意して貰うのだけど、ヒヒンと嘶く馬を見て俺は眉を顰める。
「どうしたの?」
「いや、馬って凄く凶暴じゃん。なんか身構えちゃって」
馬車には乗り慣れているらしい詩人が首を捻った。そしてイグニスがあははと声を出して笑ってくる。そんなに可笑しい事を言っただろうか。やばいんだぞ馬さんは。
「君の知っている軍馬とは別種だよ。オノスと言って大人しいのんびり屋なんだ」
「ああ、そなの。安心した」
説明を聞き、街中で見る馬はどうやらロバなのだと理解する。
普通に馬の大きさだから気が付かなかったよ。そうか、人をボウリングのピンの様に吹き飛ばし、これでもかと踏みつける危険生物では無かったか。
それから20分くらいガタガタと馬車に揺られて、如何にも高級店が立ち並ぶ一角で車はピタリと止まった。俺は一番に馬車を降り、イグニスとエーニイちゃんに手を貸しながら、ほへぇとその店を見る。
婦人用の服飾店だろうか。大きなガラス張りの店構えで、ショーウィンドウには煌びやかな白いドレスなどが飾ってあった。店名は貴青の羽衣だろうか。読めるぜ、ドヤァ。
「へえ。コルデラめ、中々良い店を開いたじゃないか」
「あ、知り合いのお店なの?」
「うん。来るのは初めてだけどね」
なるほどねと納得し、どうぞお嬢様と扉を開く。鼻歌交じりに入店するイグニスの後を、庶民が入っていいのだろうかと顔を青くしたエーニイちゃんが続いた。俺はこの子にとても共感が出来る。
「いらっしゃいませ、お嬢さ……ま!?」
来店しすぐさまに出迎えに来た店員のお姉さんが固まった。
すごいな。頭が処理落ちしているにもかかわず、お姉さんはなんとか笑顔は崩さないで接客を続ける。
「エルツィーネ家のご令嬢とお見受けしますが、本日はどの様なご用件でしょうか? 恫喝? 脅迫? それとも放火?」
あ、駄目だ。治ってないよお姉さん。というか何だその選択肢は。
「イグニス、知り合いの店なのでは?」
「ああ。知り合いだ。貴族院だと顔を合わせる度に罵り合う仲さ」
「……そっかー。素敵な関係だね」
俺は考えるのを止めた。
そうしている間にも魔女は、クレーマーの定番コマンド「店長を呼べ!」を発動していて。
店員さんは可哀そうに、こんな喧嘩を売りに来た奴でも無碍には扱えず、いそいそと偉い人に相談に向かった。
「アンタ一体どういうつもり!?」
結果俺たちは二階にある応接間に案内された。
たぶん他のお客の迷惑にならない様にだろうなとお茶を啜りながら考える。エーニイちゃんは俺の隣でガタガタと震えている。
「なんだい。私が来るのはそんなにおかしな事かい。共に学園生活を送ったの
「どう考えてもおかしいでしょうよ!!」
コルデラ婦人はふんがーと頭を抑えながらに身を強く捩じった。まるで荒ぶる感情の向け先が無い様だった。
ウェーブの掛かった
コルデラ・ザフロアレ。旧姓はベルレトルと言い、このベルレトル領の領主の娘さんらしかった。つまり立場的にイグニスとも渡り合える権力者だという事だ。
「では君には不要だったかな、この魔法銀は」
「……!!」
コルデラさんは人目も憚らずにガリと親指の爪を噛みながら、机の上に置かれている眩い光沢を持つ金属を睨みつけていた。
「なんで、なんで、私なの。この時期ならば魔法銀の塊なんて誰だって欲しがるでしょうよ」
そう問うコルデラさんに、イグニスはそんなの決まっているだろうと返す。
ニチャーと聞こえて来そうな程に粘っこく、性格の悪さが見透ける程に暗黒な笑みだった。
「君ならどれだけ足元見ても良心が痛まないからな」
なるほどなーと俺は感心した。そりゃわざわざ敵陣に乗り込むわけだった。
コルデラさんの次の一言は、当然に「帰れ!!」だった。