ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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187 金出せ金

 

 

 俺はほうと唸る。出された紅茶がとても上等な物だったのだ。流石は貴族様、飲むものが違うね。

 

 いや、正直味の良し悪しなど貧乏舌なので分からないよ。安物であろうと砂糖たっぷり牛乳たっぷりであれば満足だもん。

 

 そんな俺でもハッキリと分かる違いといえば、それは香りだ。

 ルビーを溶かした様な赤赤とした液体は立ち昇る湯気からもふんだんに香気を振り撒くが、口に含めば茶葉の爽やかな香りが鼻孔を吹き抜けていく。ううん上級階級になった気分だね。

 

「これはきっと、ダージリンのファーストフレッシュだな」

 

(お前さん、ファーストフラッシュな)

 

「し、知ってた」

 

「ツカサくん、現実逃避はやめよ? ね?」

 

 エーニイちゃんが帰って来いと俺の太腿を軽く揺すった。

 見たくないなぁと思いつつ、手元の紅茶から目を離して隣りを盗み見る。

 

「オイオイ、対価も払わず商品に手を出すとは一体どんな教育を受けて来たんだ?」

 

「うっさいわ! 約束も無しに押し掛けてくる奴に言われたくないのよ!」

 

「なんだい。遥々ご祝儀持って君の店に足を運んであげたというのに」

 

「茶出してやったでしょ。ソレ置いてとっとと消えろ」

 

 頼りにしてくれる所悪いのだけど、たぶん俺には何も出来ないと思う。無力でごめんよエーニイちゃん。

 

 服飾店の店長コルデラさんは、売り言葉に買い言葉で「帰れ」と叫んだ。

 しかしイグニスが「じゃあ帰る」といそいそと魔法銀を仕舞おうとすると、手は言葉とは正反対に銀塊を掴んで離さなかった。

 

 素直じゃないなぁとニヨリと口角を上げる魔女と、足元見る宣言をされているだけにグギギと下唇を噛む夫人。そして罵倒が始まる。うん。仲が良さそうで何よりだ。

 

「舐めるな。舐めるなよイグニス。いくら欲しかろうとアンタの腹の中も見えずに飛びつけるか」

 

「十分飛びついてるだろ。なら手を放せ。そして金出せ金」

 

 イグニスの言い分にウンウンと頷いていると、キッと鋭い視線がこちらにまで飛んできた。いけない。俺は置物俺は置物。こっち見ないで。

 

「一体どうやって手に入れたっていうのよ。アイツら金を積んでも何しても魔法銀だけは手放さないでしょ!」

 

「やだねえ金で解決しようという女は。誠心誠意向き合って絆を育みたまえよ、絆を」

 

 ほう。秘伝の製造法をチラつかせ作らないと流出させるぞと脅した女は言う事が違うね。

 確かにルコールで酒飲みして絆は育んだけどさ。

 

「じゃあ、もっと手に入るっていうの?」

 

「ふーん。どうだろうね。それは君の出方次第なんじゃないか」

 

「はい嘘。ここであると言わないならもう無いのでしょうね」

 

 コルデラさんはより一層に魔法銀を見つめた。まるでもう出会えない恋人に向ける様な熱い視線だ。この反応を見るに、魔女の読みは的中したという事を理解する。

 イグニスは銀を装飾に使った服が流行すると読み、先持ってこの魔法銀という特殊素材を調達したのだ。

 

「もう一度言うわ。なんで私なの?」

 

「君が欲していると思ったものでね。その様子だと魔法銀を使った注文がかなり来ているのだろう?」

 

「チッ。そう、時期が良すぎると思えば流行を先読みしてた訳か。けれどお生憎様、こちらにだってドワーフの伝手くらいはあるのよ」

 

「だろうさ。ふふん。けれど君は現物が喉から手が出るほどに欲しい。違うか?」

 

 イグニスはニヤリと本当に底意地悪く微笑んで見せた。ははあ見えてきた。

 コルデラさんは多分、魔法銀を使う刺繍か何かの部分だけ外部委託をしているのだ。それならば小人とて仕事として請けるだろう。

 

 けれど彼女は服飾店の店長。それこそ職人達の頭であるのだ。

 仕方なしに委託はしているが、本音で言えば自分達の手で商品を完成させたいと考えるのは不思議では無い。

 

「そうよ。だから気持ち悪い。こんな流行を左右するもの、自分の派閥に卸すのが普通じゃない」

 

 では何故すぐに手を出さないのか。それは貴族特有のパワーバランスか。

 イグニス派なんて迷惑な輩がいるように、領主の娘であるコルデラさんも当然に立場というものがある。

 

 魔女はその垣根を乗り越え、敵に塩を送る様に魔法銀を差し出した。

 金を払うにしろ、多くの味方がそれを欲しているに関わらずだ。これは確かにコルデラさんから見たら不気味だろう。

 

「要求を言いなさいよ。取引はそこからでしょう」

 

 イグニスの性格を知るならば、要求が金だけだと思えないのは仕方がない。

 さあどう出るのかと赤髪の少女に注視すると、「二つだ」と言いながら、言葉の通りに指を二本立てて見せた。コルデラさんがゴクリと静かに唾を飲む。

 

「金額の半分はランデレシア硬貨ではなく、シュバール硬貨で貰いたい。後、この子をセトまで送ってあげてくれないか」

 

「…………え、それだけ?」

 

「ああ、それだけ」

 

 余りにも肩透かしの要求だったのか、ポカンとした間抜け顔で詩人を見るコルデラさん。

 そしてそんな彼女を見ながら、イグニスはしてやったりとカラカラと笑った。 

 

「ふざけんなー! 1キロンなら相場は精々金貨30枚でしょう! 40!」

 

「おいおい、それはドワーフの銀細工の話だろう。銀塊が競売に掛けられたら幾らになると思ってる。80!」

 

「この守銭奴が! だから行き遅れるのよ! 50!」

 

「私はアトミスに気を遣っているだけだ! 90!」

 

「上げんなボケがー!!」

 

 魔法銀は激しい交渉の末に金貨60枚で取引される事になる。これは300万相当の大金だ。

 イグニスが最初に用意したのは銀塊一つ。元手が幾らか知らないが取ったなぁ。

 

 けれどだ。俺はこうも思う。魔法銀を求める悪友に、本当に開店のご祝儀として持ち込んだ可能性は無いのだろうか、と。本音を探るべく左隣に座る赤髪の少女を見るが、真実は彼女の胸の中だった。

 

「それで、送り場所はセトだったわね。発つ予定ははいつ?」

 

 そして今はエーニイちゃんの送迎の話を詰めている。

 俺はてっきり帰りも護衛を雇うものだと思ったが、考えてみれば送って貰ったほうが圧倒的に速くて安全なのだった。貴族の馬車なんて魔道具のお陰でキャンピングカーの様なものだからね。

 

「私達は明日1日観光して明後日には発つけど、君はどうするエーニイ?」

 

「な、なら私も明後日出発でお願いしましゅ!」

 

「結構急ね。最悪は家の馬車出すようかしら」

 

 やはり初対面の人間は苦手なのだろうか詩人は噛んでいた。

 けれど王都に向かう女性を当ってみると言われて一安心したようであった。思えば、星見の丘で自分の答えを見出した彼女には、もう冒険をする理由も無いのである。

 

「イグニス。アンタ、勇者一行として国を出るって本当なのね。エルツィオーネはもう大丈夫なの?」

 

 手紙をサラサラと書きながらコルデラさんは言った。机に目を落とし、イグニスの顔など見ようともしないが、罵倒し合っていたのが嘘の様に湿った声だ。

 

「君なら銀の流行する経緯くらいは知っているのだろ。そういう事さ」

 

「……そう。まあ久しぶりにその憎たらしい顔見て安心したわ。この子の事は任せて何処にでも行っちゃいなさい」

 

「ああ、頼んだよ」

 

 コルデラさんが見てない隙に、魔女はふと顔から険を消し微笑んだ。

 ねえねえとエーニイちゃんが俺の袖を引っ張ってくる。そうだね。口では悪く言うが、きっと互いに嫌いでは無いのだろう。

 

 俺にはイグニスの学生時代なんて想像も出来ないが、階級のハッキリした貴族の世界では、対等の立場でものを言い合えるというのは貴重な存在なのかも知れない。

 

「ああいうのね、俺の故郷じゃツンデレって言うんだよ」

 

「へー、ツンデレ」

 

 とりあえずまあ、イグニスは無事にお金を手に入れて、エーニイちゃんの帰り道も何とかなりそうだった。明日は観光に時間を使えそうなので楽しみである。

 

 

 

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