ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
勝負も終わり、アニーに怪我は大丈夫かいと声を掛けた。
刃で斬った訳でないが、打ち合った衝撃で吹き飛んでいるのである。黒剣を直接受けた長剣は砕け散り、防御姿勢を取っていたアニーは自分の腕で強く顔面を殴打していた。
けれど、心配をよそに彼女は怪我には慣れていると治療を拒む。
流石に鼻からドバドバと垂れる血は気になったのか、豪快に袖口で拭おうとして。俺は慌ててそれを止めてハンカチで拭いてあげた。
「か、買って返すから」
「安物だから気にしないでいいよ」
女戦士が鼻をハンカチで押さえながら上を向いていると、見物していた。いや、待たせていたイグニスとエーニイちゃんが試し場へとやって来る。
怪我人が出てあわあわしている詩人と違い、魔女は冷静にお疲れ様と預けていた上着を返してくれた。
「それじゃあアニーがエーニイちゃんを送ってくれるって事でいいのかな?」
「ああ、任せておくれ。実は夫人にはもう引き受けるって言ってあるんだ」
そういう事ならば話は早い。俺はエーニイちゃんに向かい、この人がセトまで送ってくれるのだよとアニーを紹介をした。詩人は意外と人見知りなので、出発の直前に顔合わせをするよりは気持ち的に楽だろう。
「エーニイと言います。明日からよろしくお願いいたします」
「これは可愛いお嬢さんだね。こっちこそ宜しく」
顔合わせの挨拶を終えた所で、詩人に向けてアニーは君と同い年だから仲良くねと告げる。「ふぇ!?」という驚きの声と共にエーニイちゃんは視線を上に向けた。頭二つ分は違う女戦士を見てははぁと驚嘆のため息を溢す。
気持ちは分かった。女の子で、それも14歳で180センチという身長は確かに凄い。けれどそれは、生まれついての才能である。アニーはそこから、戦士として徹底的に身体を鍛えているのだ。凄いよね。正直あの身体は俺も羨ましい。体質なのか中々肉が付かないんだよね。
「よし。じゃあどうする? 市場戻る? それとも他の場所行く?」
「え。君この空気の後で観光続ける気か」
「あ、それならアタシ地元だから案内するよ!」
「二人とも元気ですね」
そこからアニーも交え4人でフラウアを観光する事になる。
国境近くという事で外国の商品が沢山入ってくるこの町だが、どうやら入ってくる物は品物だけには留まらないとの事だ。
「そう。音楽や詩などの芸術と呼ばれるものも多く入ってくる。この町の別名は花の都と言ってね。文化や流行の発信地なんだよ」
例えばエーニイちゃんの実行した吟遊詩人が星を詩にするという風習。
あれの元は星を読む占いだそうだ。外国からやってきた吟遊詩人が偶々に星占いをしていて、それをこの国の吟遊詩人がお洒落だからと真似たらしい。
「占星術。古来からある考えだね。見える星から暦などを知れるし、実は旅をする吟遊詩人には合理的な能力だったんだ」
(あー星見なー。あったあった)
時が経ち、本来の意味は忘れられた。けれど、風習だけはまた違う意味を持ち今も残る。
なるほどと頷く。商品を運んでいる様でも、持ち込むのは人なのだ。異文化コミュニケーションとでも言うべきか。交流する内に自然と混じる文化もあるのだろう。
「「「へえー」」」
イグニスの説明に打つ相槌は三つあった。おいアニー。俺と詩人はともかく、お前地元なんだろアニー。
「アタシが芸術や文化なんて高尚な物を理解出来ると思っているのかい。生まれてこのかた剣に人生捧げてきたよ」
「なら何処を案内してくれようと?」
「いや、その。行き付けの食堂とか。安いし量が多いんだ」
ならばまぁと、昼食はその店に行く事にした。
確かに量はあったのだけど、イグニスとエーニイちゃんには多すぎた様だ。結果、俺とアニーが頑張り処理する事になる。
イグニスなんて料理が来た段階で半分渡して来たし、エーニイちゃんは涙目になるまで頑張ったがギブアップとばかりにフォークを置いた。
食事の最中はまだエーニイちゃんとアニーの会話はぎこちなかった。
同性で年が同じとは言え、武人少女と文系少女では好みが余りに違いすぎて会話のきっかけが掴めなかったのであろう。解けたきっかけは俺の溢した一言だった。
「エーニイちゃんは、本出してて王都でも有名な詩人らしいよ」
「わーツカサくん、恥ずかしいから言わないでよー」
「へぇ凄いじゃないか。けど、ごめんね。アタシ滅多に本なんて読まなくてさ。唯一まともに読んだのは友達に勧められた『女中リーナの恋物語』くらいで」
「ああ、それこの子の本だ」
アニーの「えー!!」という絶叫は店中に響き、何事だと視線を集める。
何やら大ファンらしい。乙女らしい所もあるのだなと思うと同時、エーニイちゃんの作品の知名度の高さを実感する。ちょっと本の内容に興味出てきたな。
そこから作品の話を通して打ち解けたのはいいけど、今度は共通の知り合いという事で俺の話題で盛り上がっていた。武術大会の話や旅の道中の事などである。
「そうなんだよ。武術大会は凄かったんだ。相手は騎士団長の息子で勇者一行にも選ばれたあのヴァン・グランディア。誰しももう駄目なのかと思ったよ。けれどこの人は一撃で状況をひっくり返したのさ。もうアタシは立ち上がって手を叩いたね」
「うんうん! ツカサくんって凄く頼りになるんだよ」
「俺の話やめない?」
(儂は聞いていたい。というか混じりたい。自慢したい)
隣で聞いてると凄く照れ臭い。言葉でどう飾ろと二回戦敗退の事実は消えないのだ。
珍しくイグニスがだんまりを決め込んでいるのだが、ボソリと呟かれた「首輪……」という言葉が不穏で仕方がなかった。首輪が一体どうしたというんだ。
その後は自由市では無く、この町の市場に寄って買い物を楽しんだ。
町を歩くとなると地元の人間であるアニーの存在は頼もしい。俺は本屋に寄ってエーニイちゃんの本を手に入れている。紙と手間の関係か結構値段は高かったけど作者直筆のサイン入りだぜ。
エーニイちゃんは折角の遠出だからと沢山のお土産を買いこんでいて、俺もついつい物珍しい工芸品に目を運びがちだった。
けれど魔女がため息交じりに言う。旅の物資を買うの忘れてないかと。
いけね。イグニスは観光のついでに買い出しも済ませるつもりだったのである。
途中から食料や消耗品の調達に奔走して、両手で抱えきれない荷物になってしまったので、宿への帰り道は馬車を使う事になった。そうして、楽しかったフラウアの観光は終わる。
◆
「イグニス様。ツカサくん。短い間でしたが、本当にありがとうございました。お二人の旅の安全をお祈りしています」
「ああ。ありがとうエーニイ。レクシーにも元気でと伝えておいて欲しい」
「寂しくなるね。エーニイちゃんのお陰で楽しい旅だったよ。帰り道も気を付けてね」
翌日。詩人との別れの朝がやってきた。
アニーの家の馬車が迎えに来るまで一緒に居たのだけど、到着した以上はもうサヨナラをしなければならない。
「あの。ツカサくん、これ」
エーニイちゃんが手に、小金貨3枚を載せて差し出してくる。
この旅での護衛費だった。セトの町で前金を貰っていて、これを受け取る事で契約は終了する。
「はい。確かに受け取りました」
少女の小さな手を包み、報酬を受けとった。
俺の役目はここまでだけど、冒険は家に帰るまでが冒険だ。エーニイちゃんの大冒険、後はよろしく頼むよと視線を上げると、短い柿色の髪をした戦士は任せておけと目で語る。
「勇者様達と合流するんだよね。行ってらっしゃい勇者一行様。私は最高の護衛を雇えて幸せでした」
「はは、照れるな。けど、うん。行ってきます」
「ああ。私たちの活躍は吟遊詩人の詩ででも聞いておくれ」
またね。
無責任な言葉だ。帰ってくる予定はまだ無い。今生の別れかも知れない。
けれど、だからこそ言う。お互い健康で居よう。また会えるさと。
「またね!」
「……! またね!」
魔女はそんな俺達を見ながら、深く帽子を被り、行くぞとばかりにシュトラオスの背に乗る。俺は頷き、よっととボコに飛び乗り、イグニスの腰に手を回した。
愛鳥がブエーと可愛い鳴き声を上げながらテクテクと進み始める。俺は折角後ろの席なのだし手を振ろうかななんて考えて。
「ツカサ。振り返るな」
「?」
(……まあ、そうだの)
背中から少女の声を押し殺した嗚咽が聞こえた。
きっと湿っぽくなるからと泣くのを我慢していたのだろう。俺は後ろ髪を引かれる思いで、精一杯に心の中で手を振った。
さようならエーニイちゃん。さようならランデレシア王国。俺はこの国が、大好きだったよ。