ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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195 川の民

 

 

 大瀑布が生み出す大河の流れに沿って移動した。

 俺は大きく広い川を見て単純にアマゾン川と比喩したが、構造はあながち間違いでもないと思う。本流から枝分かれた支流が血管の様にそこかしこを走っているのだ。

 

 今まで通ってきた高原と比べても水源に近い分か水の浸食率が高く、何処を走ってもすぐに水に阻まれ移動が非常にストレスである。ああもうと渡れる場所を探すのに躍起になっての前進なので、走った時間に比べて進んだ距離は微々たるものだろう。

 

「あった。あれが川の民の暮らす町、のはず」

 

「やっと着いたのかー。意外と遠いかった」

 

 見えてきた町は確かに川沿いではあるのだけど、支流に逸れた水の流れが穏やかな場所にあった。草原の民は島に住みテントで暮らして居たが、こちらは木の柵で覆われた普通の町の様だ。

 

「なんか思ったより普通の町そうだね」

 

(じゃな。てっきり水の上にでもあるのかと)

 

 この辺りまで来ると訪れる商人や旅人も少ないのだろう。門番さんには何しに来たんだとでも言いたげな胡散臭げな目で見られた。けれど左腕を見せ犯罪歴が無い事を確認して貰うと、まぁいいだろうと通してくれる。この辺の文化は同じの様だ。

 

 俺は町門を潜り抜け、へぇーと町を見回した。

 木で出来た柵からサマタイの獣人の村を想像していたのだが、中身は全然違うのだ。 同じ木造住宅が主なのだけど、高床式とでも言うのだろうか、1メートル程嵩上げされた家が並んでいる。

 

「家が持ち上がっているけど、もしかして水が来るのかな」

 

「いや、用心だよ。この国の住人が水を侮るはずがないからね」

 

「まあ備えっていうのは大事だよねー」

 

 日本も地震や台風と中々に自然災害が多かったので、その気持ちは良くわかる。

 自然の雨は少ないのだろうが近くには川が幾らでもあるのだ。何かの間違いで氾濫するという可能性を考えれば、用心はしてもし足りないだろう。

 

 そういえば移動している最中に聞いたのだけど、こちらでは財産を身に纏う文化があるようだ。いつでも水から逃げられる様に首輪や腕輪などの装飾品に変えるのだという。フラウアの町で詩人が腕輪をお土産に買っていた事を思い出し、なるほどと納得をした。

 

「うおお、なんか初めて見る生物が居る! あれは何?」

 

「ああ、ポポタモスだね」

 

 随分可愛い名前である。たぶんジグの口から出ていたら信じなかったのではないか。

 その外見はなんというか、ちょっと足の長いカバだ。ずんぐりとした身体からスラリとした足が伸びていて、そのアンバランスさは見ていると転ぶのでは無いかと気が気でない。

 

 魔獣の背には神輿の様に籠が担がれている。草原の民は水牛を引いていたが、もしかしてコイツが川の民の移動手段だろうか。そういえばカバは漢字で河の馬か。

 

「あの魔獣はね、泳ぎが得意なんだよ。というか、脂肪が浮きになって水に沈まないんだ」

 

 魔女の説明を聞いてクスリと笑いが込み上げる。あの生物が水辺にプカリと浮いている姿を想像したら面白かったのだ。いや、水に沈まないのは凄いな。さすが魔獣、変な進化をするものだ。

 

 今日は日も傾いて来たので、この町で一泊する事にした。

 訪れる人が少ないなら宿はあるのかなと心配したけれど、草原の民とは普通に交流があるようで無用の心配だった。

 

 

「あ? これに乗せろって、お前ら正気か?」

 

 この町には移動日数をショートカットする為に船に乗せて貰おうと訪れたのだが、いざ乗せてくれと言ったら正気を疑われてしまった。

 

「何故だ。貴方達はサナータ川を下りラメールまで荷物を運んでいるのだろう。一緒に運んでくれてもいいじゃないか」

 

「いや、そうだがよ。人と荷物を一緒にしたらいかんだろう」

 

 イグニスの話では物流は川の民の大きな産業の一つだ。川の流れを利用して人や物を運んでいるらしい。でもオジサンは怪訝な顔をする。お前ら本当にこれに乗る気なのかと、使い捨てのイカダを指で示すのだ。

 

 俺もイグニスも至って真剣な表情で頷くと、何故かオジサンは雨に濡れた子犬でも見る様な可哀想な目でこちらを見て来た。

 

 いや、こちらだって好きでイカダで川を下りたいなんて思わない。

 残念な事に船が欠航しているそうなのだ。これは町で出しているバスの様なもので、少し値段は高いが護衛付きで移動出来るらしい。

 

 イグニスはその船を目的にやってきたそうだが、一つだけ誤算があった。

 勇者一行が訪れたという知らせを聞き、貴族が挙って船で移動してしまったそうなのだ。

 

 なんでそんな大移動をと怪訝に思ったが、勇者の力で特異点が消えるというならば、止まない雨が止まるならば、それはまさしくこの国の悲願なのではないか。

 

 だから空いているのは漁に出るような小舟かイカダくらいしかないと。そして小舟にシュトラオスは乗らないので、結果的にイカダ一択なのである。

 

「でも、イカダで下るのもちょっと面白そうだよね」

 

「私もイカダに乗った事はまだ無いな。ワクワクする」

 

「なんで目がキラキラさせてるんだ、この馬鹿野郎共!」

 

 

「いいか、言っとくが水に絶対の安全なんて無い。俺も船を出す時は毎度命懸けだ」

 

 それでも構わないのかと言うオジサンに、俺は大丈夫だ問題無いと返す。魔女なんてさっさとボコを連れ乗り込んでいた。

 

 口説き落とすのは簡単だった。イグニスが私も勇者一行なのだと印を見せたのだ。俺たちがラメールへ行きたい理由を理解した中年男性は太陽を眩しそうに眺めていた。

 

 噂の勇者一行に会えて感激したのだろう。いや、まさかこんな馬鹿が勇者一行かよと悲観していた事はないはずだ。

 

「金はしっかり貰うからな、勇者一行様よ!」

 

 カルゴと名乗った短髪の中年男性はポンチョを脱ぎ捨てて逞しい腕を晒すと、長いオールで陸を突く。水に浮かぶイカダは反発力でスゥと滑る様に桟橋から離れていく。

 

「ポポタモスで牽かないんですか?」

 

「ああ。河馬を使うのは目的地による。ラメールはこの川の下流だから流れだけで十分だ」

 

 どうやらカルゴさんは運送業をしているらしい。このイカダも木材屋に卸す売り物の様だ。ははあと感心をする。確かにこの量の木材を馬車で運ぶのは大変だ。けれどこの方法ならば水の流れが自然に運んでくれるのであった。

 

(そんなんどこでもやってるぞ)

 

「そういうもんかね」

 

 そう言っている間にも本流に合流したようだった。大滝が作る荒々しい波に乗ってイカダは急激に加速すると共に、激しい揺れが襲う。

 

 魔女がぬおっと驚きの声を上げながら体勢を崩したので、肩を支える。船頭をするカルゴさんから落ちるんじゃねえぞと怒鳴り声がした。

 

「これは、中々!」

 

 俺にしがみつくイグニスは面白くて仕方がないとばかりに赤い瞳を輝かせる。やはりコイツ、どこか頭の螺子が緩んでいるのではないだろうか。

 

 今更だがイカダには掴まる様なものは無い。せいぜい身を屈め、床の木材を掴むくらいか。俺は身体強化を活性にしてボコの手綱を握りながら腕に魔女を抱く。

 

 ザブンザブンと波に乗るたびにイカダは上下左右に激しく揺れる。あっという間に靴もズボンもびしょ濡れなのだが、よく見れば木の組方が格子状になっていて、床に隙間が多いのである。

 

「床濡れてるけど、いいんですか?」

 

「仕様だよ。この格好の方が波に耐えるし、下から魔獣が来ても槍で突けるんだ」

 

 答えたのは何故かイグニスで、カルゴさんも物知りだなと感心をしている。

 だが、その間も川の民は振り返る事も無く川を睨み続けていた。俺たちがしゃがまなければ振り下ろされそうな揺れのなか、男は堂々と仁王立ち(かい)を握りしめていた。

 

「俺は忠告したからな、この命知らず共」

 

 イカダは川の流れに乗りどんどん加速していき、おいおい何処まで速くなるのだよと思った時に、俺は気づいてしまう。この乗り物ブレーキないじゃないですか、やだー。

 

 

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