ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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198 仲間の印

 

 

 勇者一行との感動の再会は「遅い」の一言で一蹴された。

 みんなの険呑な視線が俺とイグニスの身体をつま先から頭まで突き刺さして、直感的にマズイと感じ取る。

 

 足元はサンダル、上着にはポンチョを被り、手にはお菓子。まるで俺たちがのんびりと観光をしていた様ではないか。

 

(いや、しとったよ。めっちゃしとった)

 

「ジグ、しっ!」

 

 カノンさんが無言にスッと立ち上がった。これはまさかの鉄拳コースか。俺はすぐさまに待ったを掛けて魔女とシンキングタイムに入る。

 

「俺たちもしかして間に合わなかったのかな?」

 

「いや、日数的には間に合っているはずだよ。間違い無いさ。他に怒っている要因があるならば、そうさね」

 

 イグニスは言う。例えば、勇者一行がこの国に向かう時に、ルギニアに寄っていたらどうだろうかと。

 

 エルツィオーネ家でもう俺たちが旅立ったと聞いたのだ。追い付かなければと急いでラメールまでやって来たものの、何故か先に到着。その後も待てど暮らせど音沙汰なしと。

 

 ありえそうな可能性だった。そしてなるほど。それは遅いと怒るだろう。

 少なくとも、立場が逆ならば何処で道草食っていたのかと文句の一つも言いたくなる。

 

「惜しいわねイグニス。半分正解だわ」

 

「それは残念だ。けれど半分だろうと間に合った以上は怒られる謂れなんて無いぞカノン!」

 

 目の前までやってきた僧侶に対し、不当暴力断固反対と拳を構え正当性を主張する魔女。

 悪びれないというか反省しないというか、心の強い奴である。勇者一行が待っていたのは事実なので俺は素直に謝ったよ。

 

「良い子ねツカサは。けれど私達は別に怒ってるわけでもないのよ」

 

 青髪ポニーテールのお姉さんは、俺とイグニスの肩をガシリと掴み、無事で良かったと告げた。その言葉と、湿っぽい声色で悟る。ああ、この人は心配をしてくれていたのだと。

 

 思えば勇者一行と別れたのは武術大会の後。深淵の勢力が押し寄せてきたドタバタの最中だったではないか。安否や顛末くらいは届いているだろうけれど、早く顔を見たいと思って当然だった。

 

「イグニス、あんた水臭いじゃない。また相談も無しに飛び出して行っちゃってさぁ。辛い時に力に成ってあげられなくてゴメンね」

 

 カノンさんはイグニスをぎゅっと抱きしめた。

 そうか僧侶の生まれもルギニアならば、エルツィオーネ家の存続が掛かったあの事件は気が気でなかった事だろう。

 

 幼馴染の慟哭には流石に魔女も心を痛めたのか、「こちらこそ気が回らなくてごめん」と謝罪を口にしながら、カノンさんの背へとそっと手を回す。

 

 回すのだが、その手は次第にバシバシと、藻掻き苦しむ様に僧侶の背を叩いていた。

 ギブアップを意味するタップアウトもなんのその。熱すぎる抱擁はサバ折りの様にメキメキとイグニスの華奢な身体を締め上げたのである。

 

「おいカノン。イグニスの奴、手震えてるけど大丈夫かよ?」

 

 異変に気付いたヴァンが止めに入り、解放されたイグニスはくきゅーと床に伸びる。

 カノンさんは無自覚だった様で、なんでどうしてと狼狽しながら死体を眺めていた。

 別れてから一層に肉体を鍛え上げたのだろう。抱擁で殺人が起きるなんて怖いなフェヌア教。

 

「イグニスなら酒飲ませりゃ復活すんだろ」

 

「止めなさいバカ。私が癒すから余計な事すんなっての」

 

「酒……飲む……」

 

「うそ生き返った!?」

 

「ほら見ろ!」

 

 俺はカノンさんの恐怖のスキンシップから逃れるべく、そそくさと勇者の元へ移動した。

 一部始終を見ていた碧の瞳は賑やかな光景を愛おしそうに眺めている。

 

「久しぶりフィーネちゃん。心配掛けたみたいでごめんね」

 

「ううん。また2人の元気な顔が見れて嬉しいな」 

 

 その瞳を俺が独占する。フィーネちゃんの姿は相変わらずだった。太陽の様に眩しい黄金色の長い髪。優しい眼差しと、凛々しい顔つき。これぞ俺たちの勇者である。

 

 ソファーに座るフィーネちゃんの前で、俺は床に片膝を立てしゃがみ込んだ。

 低い頭よりも更に頭を下げて、目線だけはキッチリと合わせながら言う。

 

「名前はツカサ・サガミ。生まれも育ちも知れぬ風来坊。ラウトゥーラでは成り行きでの同行となりましたが、この度改めて貴女に剣を捧げます」

 

 王都で俺は勇者一行への勧誘を蹴っている。けれど別行動が許されるのであれば、俺は彼らと心を共にしたい。ラウトゥーラの森の踏破は立場が曖昧だった為に、胸を張って勇者一行と名乗る事も出来なかったから。だからこれはケジメなのである。

 

 言ったはいいけど、さてどうしたものか。手でも足でも差し出してくれるならば口づけくらいはするのだけどな。迷った挙句、受け取ってくれますかと、手に持っていたお菓子を差し出してみた。

 

(カカカ! なんじゃそりゃ)

 

「もう! ドキドキしたのに締まらないなあ、ツカサくんは!」

 

 フィーネちゃんは容器から小骨をスッと1本引き抜くと、そのままカリカリと食べ進めた。そして「ツカサくんの心食べちゃった」と言って、頬をみるみるに紅潮させる。

 

「もうずっと仲間のつもりだったけど、そうだよね。こういう儀式は大事だよね」

 

 勇者は自らの首に掛ける勇者の印をそのまま俺の首に掛けてくれた。

 俺は仲間の印が貰えた様で、嬉しくて、ニヘリと口元を緩めながら印を眺める。イグニスもカノンさんもヴァンも皆が付けている勇者一行の証。白くて光に晒すと虹色の複雑な輝きを放つ宝石だった。

 

「ごめんね。それは勇者のだから、明日ちゃんとした物を……」

 

「うん。ありがとうって、どうしたの?」

 

「首輪付いてるー!!」

 

 何かショックな物でも見た様にフィーネちゃんが固まった。はて、何の事だろうか。

 ともかくこれで俺も晴れて勇者一行の仲間入りという事で、傍に座るスティーリアさんにも挨拶をした後、よいせとソファーに座らせてもらった。

 

「よろしくねツカサくん。ところでどうしてこんなに遅くなったのかしら?」

 

「いやー色々ありました、としか」

 

 雪女が不思議そうに訊ねてくるも、そうとしか答えられなかった。イグニスとあちこちで遊び回ってたからね。そうだフィーネちゃんにお土産があるのだと、俺はリュックの中をほじくり返す。

 

 勇者は何かなと言いながらも、カリカリと小骨を食べるのを止めなかった。ハマるよねそれ。スティーリアさんも気になったのか、私にも一本と手を伸ばし、ポリポリ地獄に落ちた。

 

「これは新触感ね!」

 

「だよね。止まらなくなっちゃう」

 

「ハディーっていうこの国のお菓子だって。屋台で売ってたんだ」

 

 見るからに庶民の安菓子なので貴族街では見ないのだろう。

 口に合って何よりと言いながら、俺もリュックから目当ての物を見つけ出す。そしてはいコレと勇者に手渡した。

 

「あ、女中リーナの恋物語。えっと、お土産ってこれ?」

 

 フィーネちゃんは受け取り複雑な顔をした。好きな物語だと聞いたが、それはつまりとっくに所持しているという事だ。同じ本の2冊目を貰っても扱いに困るだろう。雪女も悟った様で同情の瞳を勇者に向けている。

 

 俺はそこで意地悪らしく笑みを浮かべて、開いて見てと言った。

 素直にペラリと表紙を捲った勇者は、目を見開いたままに、本に顔を吸い込まれたのではないかと思うほど、書かれた文字に顔を近づける。

 

「ら、ラウトゥーラの森の冒険譚に私は勇気を頂きました。勇者一行の旅路に幸あれ。ハ、ハトヴァリエー!?」

 

 エーニイちゃん直筆のサインである。頼み込んだら快く書いてくれたよ。

 ファンならば喜んで貰えるのではないかと思ったのだけど、瞬間俺の襟元は両の手で強く握られていた。いつ移動したのか、いつ行動を起こしたのか、全く理解が出来ない速さであった。

 

「ど・う・い・う・こ・と!!」

 

 肩を揺すられた。その行為は正しいのだけど、衝撃までは表現できまい。

 揺すられる勢いで頭蓋が跳ね上がり、首の可動域限界までミシミシと仰け反った。視線はいつの間にか天井を眺めているのだけど、気づけば次に床を見ている。

 

 顎が自らの胸骨を打ち付け、反動でまた首の限界へのチャレンジを強いられた。

 さながバーテンダーに脳をシェイクされている気分である。

 

「ダメよフィーネ! ツカサくんが死んじゃうわ!」

 

「はっ! ごめん。つい力加減が」

 

 流石は勇者一行。人類未踏に挑む超人の集まり。ついうっかりで人を殺せる人が多すぎる。俺は胃から込み上げる物を必死に抑え込みながら、旅で何があったかを話す事にした。

 

「ねえ、私の分は無いのかしら。私も好きなのハトヴァリエ」

 

「無いよ」

 

「おうコラ。ティアの分が無いとはどういう事だよ」

 

 スティーリアさんに肩をポカポカと叩かれていると、目つきの悪い剣士が口を挟んできた。俺は「よう」と挨拶をすると、「おう」と短く返ってくる。

 

「俺たちへの土産は、何か面白れえ話で良いよ。どうせお前は何処でも馬鹿ばっかりやってるんだろう?」

 

「俺はお前ほど馬鹿じゃねえよ。だいたいはイグニスが悪いんだ。イグニスのせいなんだ」

 

「なんだとう。私だけのせいにするんじゃない」

 

 ヴァンに続き、イグニスとカノンさんも席にやってくる。

 机にはドドンと酒瓶が並べられて、どうやら料理も後から来るようだ。合流を記念し、道中に起きた出来事を肴に飲もうじゃないかと。

 

「え、長期熟成のルコール? 貴方たち頭おかしいんじゃないの?」

 

「エーニイさん。そっかー。星見の丘に。良いなー、羨ましいなー!!」

 

「おう、アニーと会えたのか。そりゃ良かった。アイツ、お前と再戦するんだって意気込んでたからな」

 

「ちょ、イカダで川下りってね。もう少しまともな手段あったでしょうに」

 

 まずはエーニイちゃんの事を話す為に俺たちの冒険譚を話した。

 何をしてる、何故そうなると突っ込みを受けながらに話した。だからイグニスのせいなのだと弁明をするも、酒のせいか皆笑い。果たしてどこまで理解して貰えたやら。

 

 そうして一頻り肴を提供したところで、今度は勇者一行の番となる。

 そこで俺は思わぬ名前を聞く事になった。

 

「ツカサくんは覚えているかな。【軍勢(レギオン)】って」

 

 ほう、と混沌の魔王が金色の瞳を光らせた。

 

 

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