ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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204 バッドラック

 

 

 バシャンと水音がして、波紋が俺を飲み込む。水中に飛び込んでも視界は驚く程に鮮明だ。なんて限りなく透明に近い水だろう。まるで空気が重たくなったのかと錯覚するほどだった。

 

 左腕にはスティーリアさんを無事に捕まえている。だから早く浮上し船に戻らなければ。

 分かっているのだ。頭では。

 

 でも、幾ら透き通っていようと水は水。人はその中で呼吸は出来ず。空気よりも大きい抵抗は確実に動作を阻害する。

 

「ごぼぉおお!!」

 

 誤算だった。滝壺の近くだからか流れが速いのである。水の勢いに巻き込まれ深くに引きずり込まれてしまった。ましてや今は非常事態。滝口が壊され、頭上からはバシャバシャと岩石と水が注いで来るではないか。

 

 ただでさえ慣れない着衣泳だというのに、水中に白泡を立てて進む石はまるで流星群だ。いくら水を掻こうと乱れ暴れる水は身体を押し流し、石と一緒に洗濯機にでも放り込まれた気分にさせる。

 

「んん! んん!!」

 

 スティーリアさんが腕の中で暴れる。息が出来なくて苦しいのだろう。もう少し耐えてくれと彼女の後頭部を支えながら顔を胸元に隠した。

 

「ぐぼぉ!!」

 

 くそ、衝撃で貴重な空気が少し漏れる。今度は背中をやられたらしい。石の礫が水流で飛んでくるのだ。なんとか雪女に被弾させまいと抱き抱えるが、その行為に左腕を使い、右腕は浮上する為泳ぎに使う。たとえ頭を打ち付けようと俺は甘んじて被害を受け入れるしかなかった。

 

 上へ上へ。

 息が苦しい。酸素が欲しい。船底は見えているのだ。あそこまでたどり着ければと、魔力を防御に使う事なく脚へと込める。

 

「ぬごーー!!」

 

(頑張れお前さん! もう少しぞ!)

 

 降り注ぐ岩がガンガンと無遠慮に顔を打ち付けた。水の流れが容赦無く身体を沈めようとする。世界が俺なんて溺れてしまえと言っている様だ。でもジグルべインがこっちだ早くと道標をしてくれるから、俺は彼女の手を取ろうと無心で手を伸ばし、脚を漕ぎ続けた。

 

「ぷっは!」

 

「けほけほ。あ、ありがとう」

 

 甲斐ありなんとか水面から顔を出す俺たちだが、そこで見た光景は残念ながら救いでは無かった。潜っていた時間は一分足らずくらいか。船上ではフィーネちゃんが勇者の力を振るった後の様だった。

 

 迸る虹色の魔力は、空が落ちてきたかの様に迫りくる大瀑布を見事両断せしめて。

 分かれた滝の流れがちょうど俺が顔出した位置に落ちて来るのであった。

 

(お前さん、やはりちと運が悪いのではないか?)

 

 言わないでくれよ。あんまりな出来事に俺もスティーリアさんも言葉は無い。

 ただ、襟元をきゅっと握られたのが分かった。俺も離さない様に今度は両手で雪女の腰を抱きしめる。

 

 ああ。頭上から滝が降ってくる光景をなんと例えようか。俺は神様に小便でもぶっかけられた気持ちになったね。くそったれ! 

 

「「ぎゃー!!」」

 

 

 ううんと意識を取り戻す。

 降って来た水に思いきり沈められた記憶はあるのだけど、はてあれからどうなったのか。

 

 目の前は真っ暗だった。目を閉じていても開いていても変りの無い、無明の世界だ。

 耳には微かに水音が届き、肌は体温が下がったのか薄寒さを訴える。疲労のせいかやたらに体が重いが、とりあえずまだ生きている様だと安堵の溜息を溢した。

 

「ジグ、居る?」

 

(目が覚めたかお前さん。だが今は儂と喋らぬ方が良いぞ)

 

「ああ、良かった。起きたのね」

 

 か細い声が聞こえた。この透明感のある声はスティーリアさんのものだ。良かった彼女も無事だったのかと思っていると、足音と共に灯りが近づいて来る。どうやら違う部屋に居たらしい。

 

「ツカサ、あんたね。結果良しとはいえ、あんまり無茶すんじゃないわよ」

 

「助けて貰った身からすると、あまり彼を責めないであげてほしいのだわ」

 

「あれ、カノンさん?」

 

 何故か雪女と共に僧侶が居るのである。もしや俺が寝ている間に合流が出来たのであろうか。俺は身を起こし、現状を教えてくださいと言う。分からない事だらけなのだ。あの爆発の原因。勇者一行のその後。この暗い部屋は何処で、何故俺はパンツ一丁なのか。

 

「そうね。良い情報、フィーネ達はたぶん無事。悪い情報、此処がどこだか分からない。って感じかな」

 

 どうやらカノンさんは俺とスティーリアさんが流される間際の声に気づいて水に飛び込んだ。つまり一緒に流されたようだ。とても泳げる勢いじゃなかったと肩を竦めるお姉さん。そりゃあれだけの水量が一気に落ちてきたならば抵抗は出来ないだろう。

 

 けれど俺たちと合流は出来たので治療は済ませてあると。

 なるほど。身体のダルさは神聖術のものだったか。言われてみればあれだけ打ち付けられた身体は痛む場所が無かった。

 

「だから今、私たちでここが何処だかを調べていたのだわ」

 

 調査の結果はドワーフの使用していた鉱山ではないかと言う話だ。何故ドワーフと限定出来るのかと言うと天井が低いらしい。ほらと松明で照らされ見える部屋は、確かに小人のものだと納得出来る。

 

「たぶんだけれど、ここは地下ね。町が沈む時に偶然残った場所なのではないかしら」

 

(それで合ってる。儂はお前さん達が山に押し込まれる所見てるでな)

 

 そうか、ジグルベインならばそりゃ見てるだろう。ここは地下と聞いて、俺はふーむと頭に地図を思い浮かべた。

 

 勇者一行が寄ろうとしていた島は、言えば山が湖に沈まなかった部分である。

 このタルグルン湖が出来る前は町があり、この山をドワーフが利用していたと考えるならばあり得ない話では無いのだろう。

 

 状況として考えると、ちょっと面倒だ。これが外ならば狼煙でも上げればすぐにフィーネちゃん達と合流出来たのだけどな。出口があるのかも分からない場所から脱出するという手間が増えてしまった。

 

「私のせいで本当にごめんなさい」

 

「いえいえ。無事で良かったですよ。それに魔法使いが居てくれると心強いです。この状況でスティーリアさんがヴァンなら俺は絶望してましたね」

 

「アハハ! それ言えてる。この状況で魔法使いほど頼もしいものは無いわね」

 

 何せ遭難したせいで手荷物が一つも無いのだ。この世界に来てから俺のライフラインであったランタンと水差しも今は持ち合わせていなかった。だから火を起こせて水も出せる魔法使いは本当に貴重なのである。

 

「で?」

 

「で、って何よ。状況説明は以上よ」

 

「なんで俺はパンツ一丁なんですかね」

 

「……中身は見てないから安心しなさい」

 

 僧侶は目を逸らし、雪女が俯く。びしょ濡れだったので服を脱がせ身体を拭いてくれたらしかった。だが何故そこでバツの悪い顔をするのか。

 

(生存本能かの。お前さんのお前さんがとても元気じゃった)

 

 理由が分かり俺も俯いた。どうすんだこの空気。

 

 

「え、ええと。じゃあツーくんも起きた事だし今後の話をしておきましょう」

 

 乾かして貰った服を部屋の片隅でいそいそと着込み、三人で火を囲み座る。

 身体が冷えているのでお茶の一杯でも飲みたい所だが、ここにはお茶はおろかコップすらもないのであった。

 

「そうね。原因は、まあ後ででいいわ。とりあえず今はいち早くフィーネ達と合流しなきゃね」

 

 カノンさんの意見にコクリと頷く。

 今回の事件はどう考えても人為的な物だった。王女様の口にしたシュバール狂騒曲という言葉が耳に蘇る。

 

 犯人は草原の民か川の民か。はたまたエルフか。考えるだけで頭の痛くなる状況だし、もう勇者一行が襲われないという保証も無い。合流は急務だった。

 

「まずは脱出。そして狼煙辺りが無難だと思うのだわ」

 

「あー。それなんですけどね」

 

 スティーリアさんの意見に俺は口を挟んだ。実に正論だけに反論し辛く、まごまごしていると、カノンさんが気にせず言いなさいと続きを促してくれて。

 

「ウィンデーネを目指しましょう。なんかイグニスならそこに居る気がして」

 

 

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