ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
そこはアリの巣の様に伸びる複雑な構造の通路だった。
暗闇を光球で照らすと、岩でゴツゴツした壁はなんとも不規則な影を生み出して。今は誰も居ない廃墟に三つの影を躍らせながら俺達は進む。
ドワーフの住まいだけに天井の低い箇所が多い。少しばかり背中を丸めながら足を動かすのだけど、洞窟内は周囲の音を良く反響して面白かった。コツコツ、ピチョピチョ、たまにバシャン。
やはり湖の底に沈んでいるだけに大部分が浸水しているのである。水の透明度は相変わらずの様で、足が濡れて始めてそこが水溜りであると知る事が何度もあった。
歩いてみた感覚としては、スティーリアさんの知識通り、山の側面が住居であり、内に進むほど坑道になっていく感じだろうか。住居スペースは同じ洞窟の中でも石畳みが敷いてあったり岩がお洒落に加工してあったりと意匠を凝らしているのだった。
「駄目ですね。ここも塞がってて通れないそうにないです」
「困ったわね。居住区はこの辺で最後だと言うのに」
「ちょっと壁でも蹴飛ばしてみましょうか?」
「「やめてください!」」
言うが早いかすっと片足を持ち上げる僧侶をスティーリアさんと止めた。
探索をするならばまずは居住区だ。何か使えそうな物が残っている可能性があるし、何より居住区ならば、階段、ないし階を跨ぐ手段という物が存在するはずだったから。
しかしその予想は空振りに終わった。
いや、かつてはあったのかも知れない。けれど今はもう使えないのだ。失われてしまったから。
「土砂崩れ。地盤沈下。その辺りかしら。此処は壁が崩れて浸水を免れた区域と見て間違いはなさそうね」
雪女の意見にこくりと頷く。洞窟の中はそこかしこで崩落をしているのだ。
居住区を探索し始めても早々に行き詰まり、枝分かれする道を虱潰しに歩き回る事になった。まるで出口の無い迷路に放り込まれた気分である。
(儂は宝箱を回収する為にはずれの道も全部選ぶ父上を思い出した)
「ああ、父さんってそういう所あるわー」
というか、歩いてみて思ったのだけど、この鉱山は内部が崩れて当然なのではないだろうか。いくら崩落が無い様に補強を入れようと、誰が浸水を前提に道を掘れるだろう。水を迎え入れた時点で土の部分が解け流れ、そこから連鎖的に崩れ落ちたのだと思う。
「ちょっと奥に入っちゃいそうだけど坑道の方も見てみるでしょ?」
カノンさんがねえティアと同意を求めると、雪女はええとと、眉間に皺を寄せた渋い表情をして、進むしか無いだろうと頷いた。
「何の成果も無しですもの。留まるだけでは何も解決はしないわ」
俺はそんなスティーリアさんを眺め、内心でふむふむと納得する。
まだ付き合いが短いので性格や個性を把握しきれていなかったけれど、この人は真面目な人なのだと思った。
居住区でさえこれ程に入り組んだ作りがされているドワーフの住処。ならば坑道はどれ程複雑なものであろうか。そのリスクを承知した上で、生きる為には進むのが最善だと選択出来るのだ。
(のうお前さん。気付いたか?)
ジグルベインの質問に勿論だよと首だけを動かす。これは多分実際にドワーフの暮らしを知っていたからだと思うのだけど、俺は有るはずの物が存在しない事に気付いていた。
「俺も奥に行くのに賛成です。部屋をざっと見て回った限りだと、炉が無いんですよね。多分何処かに共用の大きな鍛冶場でもあるんじゃないかな」
「え、鍛冶場? 鍛冶場なんて探してどうしようって言うのよ」
首を捻るカノンさんだが、スティーリアさんには俺の言いたい事が伝わった様で。雪女は何故気付かなかったのかしらとワナワナと身体を震わせていた。
「そうよ、あるわ。あるはずだわ! 採掘しても炉が無ければ製鉄出来ないものね。そして炉があるなら、外に煙を排出する為の煙突もある!」
「ああ、なるほどねー。煙突。そりゃ盲点だったわ」
鍛冶場を居間にしているようなドワーフを知るからこそ違和感を覚えたのだけど。一つの山の中に暮らしながら採掘、製鉄、鍛治までするってドワーフってどれだけ鉄が好きなのだろうか。
「よっしゃじゃあ行きましょうか」と明かり役の俺を急かす僧侶。
カノンさんも探索が楽しくなってきたのかなと邪推をするのだけど、次の瞬間にはクキュル~と可愛らしい腹の虫が鳴り、洞窟の中で反響した。
青髪ポニテのお姉さんは照れくさそうに「ごっめーん」と謝罪をするが、仕方ないだろう。俺達は朝食しか取っていないのだ。魔法で水が飲めるとはいえ、食料の無い今空腹は切実な問題である。釣られて俺の腹の虫までが飯を寄越せと鳴きだした。
◆
「ええいドワーフ! あいつ等なんて場所に住んでるのよ!!」
カノンさんは激高し、八つ当たりに周囲の岩を殴った。拳を受けた岩石はメコリと凹み、変形に耐え切れずバラバラに砕け散る。恐ろしい拳だ。
「気持ちは分かるわ。まさかここまで複雑だなんてね」
真似てか雪女は転がる小石をカツンと蹴飛ばす。先も見えぬ暗闇に飛んでいき、カカンと子気味良い反射音が帰って来てこの先は通れないと教えてくれた。おのれドワーフ。俺も二人の怒りに全力で同意しよう。
坑道とは採掘などの為に作られた道の事を言う。けれどそれって、道の為に掘っているのでは無いのだ。少なくとも此処では、掘った場所が道に成っているだけだった。
俺はここを蟻の巣状と例えたが、なるほど言い得て妙ではないか。ドワーフは山を白蟻の様に内部から食い進めていた。
複雑だと予感はしていたのだけどこれはあんまりである。住居区から選んだ道の一本を進むと、採掘場らしき少し開けた空間に出て。おおと感心するのも束の間の事、そこからは10を超える小道が乱立していたのだ。
どこを進もうかと悩むが、取り合えずということで、目印を付けて一本を選ぶ。
すると枝分かれに枝分かれをした道に迷い込み、しかも掘り飽きたのか行き止まりであった。もう絶対に個人で好き勝手に掘っただろと、文句の一つも言いたく現状である。
「これはマズくない? 道を総当たりなんてしてたらとてもじゃなけれど終わらないわよ」
「ですね。何か法則でも掴まないとこれは……」
「ご、ごめんなさい。また私の安易な判断が……」
雪女が肩を小さくし黄色い目を伏せるもので、俺もカノンさんもスティーリアさんのせいでは無いよと励ました。責任感が高いのだろう。進もうというのはみんなの意見だし、誰が悪いのかと言えば、テメエだドワーフ、この糞ボケが。
(んあ? 今何か動いた様な)
置かれた状況に辟易していると、ジグセンサーが反応したようだった。何かって何だよと確認するも、周囲は変わらない岩だらけの洞窟だ。俺の異変を察したのか僧侶がどうかしたのかと聞いてくるもので、ジグの言葉通りに今何か動いた様なと返す。
「ま、また貴方はそういう事を。少しは真面目にやって欲しいのだわ!」
後ろから脅かした経験があるからか、スティーリアさんは半信半疑に、それでもキョロキョロと警戒モードに入る。そして一番早くに「あ」と壁を指で示した。
「岩蜥蜴よ。逃がさないで! 【展開】【柔き水に包まれて】【固き鎖に囚われて】」
展開陣からビュンと飛び出したのは水球か。まだ敵を発見出来ない俺は、そのまま飛来する方向を眺める。バシャりと着弾したのは岩肌のゴツゴツした普通の壁だ。
水球が壁にぶつかり弾けると、なんと水分がパキパキと氷始める。水球では無く氷結弾であったか。そんな事を考えていると、ボロリが壁の一部が剥がれた。
「あ! あれか!!」
そしてようやっとに魔獣の姿を理解する。見つからないはずだ。敵は保護色を超えて、岩そのものを身に纏っていたのだ。2メートル近くある鱗が岩のトカゲが氷に前足を囚われ藻掻いていた。
「へえーあれが岩蜥蜴なのね。よく見つけたわ、ツカサ、ティア」
よっしゃー食材確保とカノンさんがトカゲに飛び込む。顎を脇下で挟み、脚を身体に絡めてと、流れる様な寝技である。そうかフェヌア教って寝技もあるんだなと感心すると同時、美人なお姉さんになら締め付けられたいな等と場違いな感想を抱いた。
いや、訂正しよう。文字通りに岩肌なトカゲだが、カノンさんの剛力により絞められてビキビキと鱗に亀裂が走っている。あれは人体で体験してはいけない技だ。
「ツカサー、尻尾だけ貰いましょう、出来る?」
「任せてくださーい」
俺は左手でゾルゾルと黒剣を引き抜く。カノンさんのリクエスト通りに尻尾を切断しようと思い、身体強化に魔力を回す。やはり魔法と身体強化は相性が悪いのか、魔力が身体を循環し始めると、手のひらから放出していた光球が大きく乱れた。
それでも短時間ならばと、そいやと一振り。カノンさんの拘束から解かれたトカゲは、まだビチビチと動く尻尾をその場に残し消え去った。
◆
(ぐぬぬ。とうとうヴァニタスを串扱いしおってからに)
「まだ言ってるのかよ」
持ち合わせの刃物は黒剣一つなので、輪切りにした後、刺して火で炙った。魔王激オコだった。調味料も無いので味気ない食事であったが、腹が満ちるというのはそれだけで気分も違うものだ。
そしてせっかく火を起こしたのだしと言う事で、今日はもう休息する事にした。
足場が小石ばかりなので、少しでも丸みを帯びた岩に上り、せめてもと上着を敷いて横になっている。
「……ぐす」
寝付けなかった俺は、小さく鼻を啜る音に目を開けた。
見張りを買って出てくれたスティーリアさん。もしかして、今彼女は泣いているのだろうか。
「だめよ」
「カノンさん」
どうしたのだろう。話くらいは聞けるのではないか。そう思い身体を起こそうとした所で、隣で横になる僧侶に寝とけと頭を抑えられた。
「彼女が弱音を吐いた時には聞いてあげなさい。でも今ティアは、まだ歯を食いしばって耐えているの。気付かないフリも、優しさよ」
今日一日を振り返る。湖に落ちて溺死しそうになった。仲間と逸れた。出口の分からない迷宮に囚われた。俺はトラブルに慣れすぎていたのだろうか。こんなの女の子じゃなくても泣き出しておかしくはないのだ。
ましてや彼女は勇者一行になったばかりで、いわば初冒険。慣れない環境にこのトラブルは精神的にかなりキツイと、何故察する事が出来なかったのか。
良くも悪くも、俺の基準がイグニスだったから。そしてスティーリアさんが辛さを表に出さない様に、必死に気丈に振舞ってからだ。
気付かなかったのだから最後まで気付いてやるなと言われ、俺は素直に目を瞑り直した。
そして、目が覚めたらもう少し彼女と向き合おうと思った。雪女が弱みを見せたくないのは、か弱い女の子ではなく対等な仲間として扱って欲しいからなのだと気付けたから。
「見張り代わるよ、ティア。俺の上着そのまま使って」
「!! ……ええ、ありがとう。ツーくん」
白藍の髪を揺らし首を傾げる雪女。地下で初めて見せる笑顔は、とても晴れ晴れとしたものだった。