ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「ねーねー。私はー? ティアとは仲良くなったのに私とは仲良くしてくれないのー?」
「いや、呼び方変えただけじゃないですか」
「ずるいー私もー!!」
全員が仮眠を取りさぁ探索の続行だと進み出した。のはいいのだけど、俺がスティーリアさんの事を愛称で呼び始めた事に気付いた僧侶はめっちゃ絡んできた。肩を組みこの様にしつこいのである。若干うざい。
「カノンさん、歩きづらいんですが」
「いいや許さねー。私は弟の様に可愛がっているのだからツカサはお姉ちゃんと呼ぶべき」
(む? その理屈なら我が子の様に可愛がっている儂は……お母さん!?)
便乗するなぶっ飛ばすぞ魔王この野郎。
とにもかくにも探索は続いている。そして若干心が折れそうになっている。或いはカノンさんはそんな空気を感じ取り、無理に明るく振舞っている可能性もあった。あるのかな。
そんな馬鹿な話をしていると、また足が止まる。
今進んでいた道は下り坂に続いていた様で、進路がどっぷりと水に浸かってしまっていた。俺たちは仕方なく分岐点まで引き返し、この道も駄目だったと入り口に×印を付けた。
「まさか3本とも全部進めないだなんて」
なんて事でしょうと目を覆うティア。カノンさんはまあまあ次こそ当たるわよと明るい声で励ますが、目元には若干に不安の色が覗いている。
ただでさえ先住民であるドワーフが好き勝手に坑道を掘っていて、鉱山の中は立体的で複雑な迷路になっていた。加えてだ、土砂崩れと水没の合わせ技でかなりの道が塞がれているのである。
何度も何度も引き返すという精神的なストレスと、当たりの道も埋もれているのではないかという不安から、もしかして一生出れないのではとマイナス思考が過るのは俺だけではないはずだ。
「いいえ。いいえ。空気はあるもの。何処かで地上と繋がっているはずなのよ」
そう。今はその思考に縋るしか無かった。
現在が何階かも分からない現状だけど、道の浸水から考えて一階は無いだろう。そして恐らく、炉は1階にある。
燃料や金属の運搬を考えれば、高い位置には設置しないだろうという見解だ。
いや、もしかしたら鉱山内部では無い可能性もあるのだけど、今は高所に煙突が設置されているだろうと、出口を仮定でもしなければやっていられなかった。
「ねー私疲れちゃった。ちょっと休憩しましょうよー。ティアお水ちょーだい!」
「ええ、もうなの? ……はい。器も無いから手からでごめんなさいね」
水を溢さない様に手を合わせる僧侶と、その手に魔法で水を注ぐ雪女。
ゴクゴクと美味しそうに喉を潤す青髪ポニテのお姉さんを見て、白藍の少女は仕方の無い人だとすっかり表情を緩めていて。その様子を眺めながら俺は静かに気を引き締める。
シュトラオスと並走して走れる体力お化けのカノンさんが、俺達より先に疲れるはずがないではないか。むしろ逆。俺やティアの消耗具合を見てお前ら休めと言っているのだ。
闇雲に動いても駄目だなと観念し、頭を切り替える為に俺も水を貰う事にする。
そしてはたと気付くのだが、俺は右手で光球を作っているので手が塞がっていた。ティアにくぅーんと悲しげな眼を向けると、冷めた目でどうぞと水を汲んだ手が差し出された。ペロペロ。
「にしてもツーくん、貴方ずっと光球を維持していて疲れないの? 初級魔法とはいえそれなりに負荷はあるでしょう」
「え、これくらいなら全然。光度の調整に気を遣うくらいですよ」
一緒の部屋に泊まっているのがバレるから言わないけれどイグニスなんてブックライト代わりに延々と使わせるしね、うふふ。……イグニスか。あの魔女ならばこんな時にどう行動するのであろうか。逸れた赤髪赤眼の少女を思い出し、俺はねえティアと声を掛けていた。
「ドワーフってどんな人達なのかな?」
イグニスは頭も良いのだろうけれど、その根幹を支えるのは膨大な知識なのだ。相手をきちんと知る事から始め、様々な対策を打ち立てているのである。だから俺は魔法使いに小人の話を求めた。
彼らはこの鉱山でどの様な生活をしていたのだろう。それを知れば迷宮を突破する手掛かりにならないかと考えて。スティーリアさんは休憩中の雑談がてら、そうねと頬に手を当て答えてくれる。
「実はランデレシアだと人間との関係はあまり良く無いの。山に勝手に住み着いて、この有様に変えちゃうから」
鉱山の発見に勘が効き、金山や銀山を不法占拠してしまう種族なのだとか。
領に住まわせて交易するメリットもあるけどデメリットも大きいので、ドワーフを追い出したいと考える貴族も少なく無いと語った。
「それって、今回粛清された亜人排斥派って人達?」
興味本位かカノンさんも会話に交じってきて。雪女はそうよと頷き、領内で勝手に山を掘るのだから彼らに同情もあると心境を晒した。そうかティアも領主の一族であったか。
「やっぱり金属の扱いは人間以上に長けているわね。根気強くて拘り深い職人気質の人が多いから、シュバールでも造船技術で一役買っていると聞くのだわ」
後は、と付け加えられる身体的特徴。種族を通して穴倉住まいが長いからか、身長は全体を通して低め。けれども岩を掘り鉄を叩くので屈強な肉体をしたものが多いと。その説明を聞き、そう言えばフォルジュさんも俺の想像通りのドワーフだったなと頷いた。
「そういえばこんな迷信もあるのだわ。ドワーフが髭を伸ばすのは猫の髭と同じで、空気の流れを感じる為に伸ばしていると。そう考えるととても可愛らしいわよね」
口元を隠しアハハと笑う雪女。しかし次にはギョッとした顔で勢い良く立ち上がった。
壁に駆け寄りペタペタと壁面を手で探る仕草は、まるでパントマイムでも眺めている様である。
「ティア、どうしたの?」
「ねえツーくん。ち、ちょっと光球を消してみてくれないかしら」
興奮を隠し切れないティアの声に、俺ははいなと明かりを落とす。
当然周囲は真っ暗闇に包まれるのだけど、代わりにボワリと小さな赤い火が灯った。
雪女は言う。通常はこのくらいの明かりで進むのではないかと。更には、ここの住人は小人だ。130~150センチくらいの人間が、もう少し背を丸めると視線はどの位の位置に来るのかしらねと。
答え合わせをする様に、壁を照らす位置が下がっていく。
ああ、なんて事だ。俺も考えてはいた。ドワーフはこの複雑な経路をどの様に把握していたのかと。地図でも持っていた?いやいや。
「視線の高さが違ったのか」
普通に目印を付けて迷子にならない様にしていたのだ。
ただし位置は、大人の膝くらいの高さで。今は風化したのか石の壁に薄っすら残るくらい。これでは余程注意深くに観察しないと気付けないだろう。
「ティア、お手柄じゃーん!!」
「ちょ、止めてカノン。苦しいのだわ!」
再びに光球を使い照明を確保すると、良くやったと僧侶に揉みくちゃにされる雪女の姿があった。脱出の目途が立ち、褒められるのが嬉しいのであろう。止めてと口にしながらもティアは破顔し、目元も口元もだらしなく緩んでいる。
「カノンさんもありがとう」
「私は何もしてないじゃない」
知りませんとあくまで白を切る僧侶。ならばそういう事でと、俺も言葉を飲み込む。
あの魔女の面倒を見てきただけはあるというか、この人は本当に勇者一行全員のお姉ちゃんなのだなと実感した瞬間であった。
ドワーフが残した印は簡易な記号だったので、解読する為に今度は記号をみんなで手分けして集める。そして、奥に進むほど大きくなる数字はたぶん番地の様な物。矢印で道の伸びる方向、〇と×で開通しているかどうかを表している事が判明する。
「つまり矢印が上を向いている道を探していけば良いって事よね?」
「そうよカノン。私たちこれで此処から出られるわ!」
「やったー!」
俺たちは嬉しさのあまり三人で抱き合った。