ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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209 待ってろよ

 

 

 ジャブンと湖に飛び込み足を浸す。ヒンヤリとした水の触感、底に滞留する泥は思ったよりも全然深く、足はくるぶしを超えズモモと埋まってしまった。

 

 そして両手で沈む泥を掬い上げる。指の隙間からタパタパと水と土が零れ落ち、手のひらには小金色をした砂利だけが残って。俺はその粒を摘み、おおうと感嘆の声を漏らす。

 

 凄い。砂金だ。それも無造作に掬い上げられる程に大量に。こんなの興奮しない方が嘘だろう。初めて見た金の粒は、デコボコで不格好。そこらの小石と変わらないものだった。しかし鈍い黄色が自分は確かに金だよと主張している。

 

(おおう。よもや本当にお宝があるとはよ)

 

「んはは。すんげえ。これちょっと持って帰っても」

 

「「駄目に決まっているでしょう」」

 

 ティアとカノンさんの二人に被り気味に否定をされた。記念に一粒と食い下がるのだけど、勇者一行として品格を持てと注意される。勇者の名前を出されては引かないわけにもいかず、俺はちぇっと浪漫を湖の底に戻した。

 

「でも、勿体無いのは確かね。合流したらフィーネに報告はしましょうか」

 

「流石に国も金山くらいは把握していると思うのだわ。忘れてはいないと思うけど、ここは聖地だから普段は立ち入り禁止なのよ」

 

 ティアの台詞でああそうだったと思い出す。このタルグルン湖はウィンデーネが住んでいるからと立ち入り禁止だったのだ。開発したくても出来ないのだろう。

 

 でも、と思考をする余裕が出来たのは空が見えて脱出も目前だからか。

 王女もイグニスも口を揃えて言った。特異点の破壊は国内のパワーバランスを崩すと。

 なるほどこれだけ地下資源が豊富であれば、いよいよその言葉も現実味を帯びてくるではないか。この騒動にあの魔女二人は一体どんな結末を描くのやら。

 

「はいはい。金が凄いのも分かるけど、私たちの目的はフィーネ達との合流でしょ。まだ脱出も出来てないんだから気を抜くのは早いと思うわ」

 

 カノンさんがパンパンと手を叩き俺の注意を引く。それもそうか。自分の物にならないのであれば砂金であろうとただの黄色い砂利である。俺は改めて頭上を眺め、さあどう脱出しようかと頭を捻った。

 

 鍾乳洞の高さはおおよそ20メートルくらいか。結構深い。いくら身体強化を使っても跳ねて出るのは難しそうだ。天井に続く柱もあるが、ツルツルなので登るのは現実的ではない。

 

 ならば壁はどうか。こちらは凹凸が多いので途中までならまあ登れそう。けれども出口が天井にある岩の裂け目なので、天井に張り付く術でも無い限りは登る意味も無さそうであった。

 

「壁とか柱でも砕いて積んで見る?」

 

 カノンさんは相変わらず腕力思考の様だが、これが中々現実的だ。たぶん俺と僧侶の二人きりだったならば採用していた意見だと思う。

 

 でもそんな崩落の危険を冒す必要も無いのだ。なんたってこっちには魔法使いがいるのだから。頼んだよとティアの肩をポンと叩く。すると白藍の髪をした少女は任せておきなさいと、胸を叩き前に出た。

 

「ええと、そうね。3人乗れる幅で、高さは、まずはこのくらいかしら」

 

 雪女がムンと魔力を込めると、1メートル程の水柱が一本沸き立ち、更にヌンと気張ればピシパシと凍り付き始める。あっという間に水柱が氷柱に早変わりである。

 

「……なんかちっちゃくないです?」

 

「よ、様子見なのだわ。創造魔法は繊細なのよ」

 

 さあ乗ってと背中を押されるものだから、俺もカノンさんも訳も分からないままに氷の柱にちょこんと座る。そして行くわよとの合図で、なんと氷の柱はタケノコの様にニョキニョキと伸びだしたのである。

 

「うはー、凄いわねティア!」

 

「うふふ。私だってこのくらいの事は出来るのだわ!」

 

 グングンと近づく天井を眺めながら、なるほどなぁとその魔法を観察した。

 これは下に伸びる氷柱(つらら)の逆なのだ。水を流し込み、即座に固める事で上へ上へと長さを伸ばしているのである。

 

 俺はドカーンと巨大な足場が建つ魔法を想像した。妖女ことアトミスさんが容易く氷の橋なんてものを造って見せた事があるからだ。

 

 けれども多分あれはもの凄く効率の悪いやり方なのだ。大量の水を出せたとしても、それを維持しなければならないし、ましてや凍らせるとなれば水の容積が増える程に冷やす力も必要ではないか。

 

 ティアのこの方法ならば、時間こそかかれど出す水も冷気も最低限で済むのである。ううむ。魔法も奥が深い。

 

「……ツーくんは何か言いたそうね」

 

「いや。アトミスさんはドカンと氷で橋を造っていたから、こういう方法もあるんだなと」

 

「アトミス、それシャルール卿の事? 白百合の副団長じゃないの。比べないで頂戴よ!」

 

 珍しく声を荒げる雪女を見ながら、やはりアトミスさんも化け物の類であったかとしみじみと思う。そうこうしている内に、パアと身体が日の光に包まれた。伸びる氷柱はとうとう鍾乳洞の天井を超えたらしかった。

 

 眩い日差し、果て無く青い空。まるで檻から解き放たれた様な開放感に本能が歓喜する。

 ドワーフの坑道探索もなかなかに面白かったのだけど、やはり人間は太陽の下が一番だ。

 脱出して俺がまず最初に取った行動は、天を仰ぐ程に胸を逸らし、大きく大きく伸びをした。

 

 

 脱出の感動を味わうのも束の間。カノンさんの言った通り、俺達の最終目標は勇者達との合流である。

 

 なのでとりあえず周囲を確認出来る高い場所に上り、狼煙でも立てて見ようかと相談していたところ、森の奥からドゴーンと派手な爆発音が響き、上空に黒い煙がモクモクと広がっていく。

 

 俺はその様子を眺めながら、どう思いますかと、年長者である僧侶に意見を求めた。

 

「どうって。あんな事するのイグニス以外にいないでしょ」

 

「ですよねー」 

 

 うむうむ。やはりそう思うか。なんともあっさりと相手の居場所が分かってしまった。

 やはりフィーネちゃん達は先行して探索をしている様で、煙の位置から随分と先にまで進んでいるという事が分かる。

 

「嘘。本当に先に進んでいるだなんて」

 

 その黒い狼煙を愕然とした表情で眺める雪女。俺はええとと掛ける言葉を選んでいると、ティアは俺のそんな気配を感じ取ったのか、余計な心配はするなと口をへの字にして首を横に振る。

 

「分かってるわ。私たちは信頼されている。そうでしょう」

 

「うん。きっと」

 

 無事だと信じてくれているから、彼女達は前進の道を選んだのだ。

 というかこっちも別に勇者達の心配なんてしていなかった。だって上手くやると信じているから。

 

「でも進んでるって事は、ウィンデーネの居る場所の目安は着いたんですかね」

 

「さあ? まあ向こうにはイグニスが居るし、何か考えはあるんじゃない?」

 

 なるほど確かにと無責任に笑っていると、少し考え込んだティアは「探すのではなく、呼び出すつもりなのかも」と自身の見解を口にする。

 

 勇者達が居るという事は、今自分達が居るのは、おそらく最初に目的地にしていた島である事。その島では年に一回水精に祈りを捧げる風習があるらしかった。

 

「なんの関りも無い場所でそんな事はしないわ。たぶん地脈的に優れた場所なのよ」

 

 つまり精霊と交信しやすい場所なのではないかと。俺はなるほどそれだと賛同するが、僧侶が本当に分かったのかと詰め寄ってくるので、実はさっぱりと肩を竦めた。頑張って説明してくれた雪女が背中をポカポカと叩いてくる。

 

「まあ理由はどうあれ合流しないといけないんだし、早く追いついて安心させてあげましょうよー」

 

「よーし、スティーアリア探検隊前進!」

 

「え、止めてよ。その名前凄くダサいわ!」

 

(本当にダサいの。カカカのカ!)

 

 まじか。結構気に入ってたんだけどな。 

 そんな事は置いておいて、ようやく地下から脱出した俺達は、待ってろよ勇者一行と、遅れを取り戻すべく森の奥を目指し駆け出した。

 

 

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